世界救済のハジマリ③
「「「覚えてやがれえっ!」」」
伝統芸能の域に達しつつあるやられキャラの台詞を言い捨てて、チンピラ三人が敗走していく。
路地裏のどんづまりともいうべき袋小路には、這いつくばる俺と、息一つ乱れていない赤毛の少女と、目を輝かせた幼女だけが残った。
「すごーい! やっぱりお姉さんは強いねっ!」
「それほどでもありませんよ。……こんなものは、与えられた力に過ぎませんから」
俺はようやく立ち上がり、服の埃をはたきながらそんな二人に声をかけた。
「……助かった。ありがとよ」
「えへへー。お姉さんが近くにいてよかったね!」
幼女は元気よく笑ってそんなことを言った。
本当にその通りだ。特に木刀を持ってからの赤毛少女の強さは常軌を逸していた。俺とほとんど年も変わらないであろう少女が体格ではるかに上回る男三人を一方的に滅多打ちにする光景は、どこか非現実的ですらあった。
「ああ、本当にありがとう。あんた、女なのに強いな」
俺はこの言葉を本心からの賛辞のつもりで言った。
本心からの賛辞のつもりで言ったのだがーー帰ってきたのは、おそろしく冷たい視線だった。
「……そういうあなたは、男なのに隋分情けない様子でしたね」
赤毛の少女は軽蔑するように言った。
俺は思わずたじろぐ。
「え? あ、ああ、……その、喧嘩は苦手でな」
「そうですか。確かに無様でしたね」
「……」
正直ぐさっと来た。
「三対一とはいえああまで一方的にやられて、半泣きで這いつくばって、おまけに女なんかに助けられて恥ずかしくないんですか?」
「ぐっ……」
俺は羞恥と屈辱で表情がぴくぴくと引きつるのを自覚した。少女の言っていることは正しい。正しいが、その内容が正論だからこそ俺の男としてのちっぽけなプライドに深々と突き刺さる。
赤毛の少女は表情をほとんど変えないままフンと鼻を鳴らして、とどめの一言を放った。
「私は、男のくせに臆病で弱い人が一番嫌いなんです」
侮蔑に近い視線を浴びせられ、俺は思わず項垂れた。気分は負け犬そのものだ。
「……そっすか」
「あなたのことですよ?」
「言われなくてもわかってるよ!」
目の前の少女は初見で見惚れるほどの美人だ。そんな相手にいきなりここまで言われれば普通に傷つく。
とはいえ、俺がこいつの前で醜態をさらしていたのは紛れもない事実だ。甘んじて受け入れるしかない。
「はいはい、喧嘩はダメだよ! お姉さんも言い過ぎ!」
と、ここで幼女が間に入った。え、今のが喧嘩? どう見ても俺が言葉の刃で八つ裂きにされていただけじゃね?
「……すみません」
いかにも不本意そうに謝ってくる赤毛の少女。
ふむーー
「そうそう。やっぱりどんな時でも相手を思いやる心ってのは大事だよな。ま、俺は心が広いから特別に許してやらんでも(スパァン!)」
俺の顔面に何かが叩きつけられた。
さっき大男に取られたはずの財布だった。
なるほど、どうりで金属で殴られたような感覚があったわけだ。中には硬貨かぎっしり入ってるもんな。
「さっきの戦闘中に取り返しておきました。あなたのものですね?」
「ああ。ありがとう。できればもう少し穏便な返し方がよかったな」
「そうですか。では次からは腹をめがけて投げますね」
「いや、そうじゃなくて」
ぶつける場所を変えてほしいという意味ではない。
「それでは私たちはこれで。行きましょう」
「うん! じゃーねお兄さん! もう一人で裏道入っちゃだめだよ!」
「おう」
赤毛の少女は、こっちにぶんぶんと手を振る幼女を連れて去っていった。
俺は財布を投げつけられたせいでじんじんと痛む鼻と、大男に殴られて痛む腹を気遣いながら、誰もいなくなった路地裏で重い溜め息を吐いた。
……異世界って、優しくねーなぁ……。
×××
「お客さん、旅人かい?」
「まあ、そんなとこです」
しばらく路地裏で立ち尽くしてから、俺はとりあえず宿を探すことにした。
暗い裏道を脱出して表通りに入り、異国情緒あふれる街並みを徘徊することおよそ十五分、目についた宿屋に入り、そこで運よく一室確保することができた。
宿はさほど大きくない二階建ての一室で、内装は六畳もないような部屋に簡素なベッドが置いてあるだけ。床は一部腐っているのか踏むと変な音がした。心なしか部屋の中から汗臭いニオイが漂ってくるような気もしたが、野宿よりは明らかにマシだ。
で、拠点を手に入れた俺はさっそく宿屋の女将を捕まえて情報収集にいそしんでいるというわけだ。
「どうりで顔がこのへんの人っぽくないわけだね。あんた、どっから来たの?」
「太平洋に浮かぶ島国から」
「タイヘイヨウ? 島国ってーと……ああ、南のほうか。いやあ、随分遠くから来たもんだねえ」
そりゃもう遠くから来たよ。そろそろホームシックにかかりそうなくらい。
「で、何か聞きたいことでもあるのかい?」
俺はいくつか事前に考えておいたことを尋ねた。
「えっと……この街で、魔法関連のお店はないですかね。魔法の本が置いてある書店とか」
今のところその恩恵はまったくないが、俺の中には女神からもらった魔力があるはず。魔力の使い方がわからないのなら、学べばいいだけのことだ。
女将はふーむと腕を組んだ。
「魔法関連の本ねえ……王都やら、ここからずーっと西に行ったシャレアなんかならたくさんありそうだけど、このへんだとちょっと聞かないねえ」
「そうですか……」
「あ、でもこの近くに魔法具売ってる店はあるよ。地図書いてあげようか?」
「いいんですか? 助かります」
「ま、お客さんだしね。他には何か聞きたいことはあるかい?」
聞きたいことか……基本的には魔法関連のことが聞きたかったんだよな。他に知りたいこととなると……。
「……あ。あの、このへんにパン屋ってありませんか? 赤毛で、俺くらいの年の女が働いているようなとこ」
俺の脳裏をよぎったのは、さっきチンピラに絡まれていた俺を救出した剣客少女のことだ。見た目に反して鬼のような強さを持ち、また高火力な毒舌を持つあの女は俺の中で強く印象に残っている。
いちおう助けてもらったわけだし、後日改めて礼をしておく必要もないではない。
「ああ、あの子かい。木刀持った、えらく綺麗な娘?」
「そう、それ。あいつ、何者なんですか?」
「さあねえ……」
女将は腕を組んで、難しい顔を作った。
「あたしも良く知らないんだよね。ここ十日くらいかな? この街にやって来て、表通りのパン屋で働いてるみたいだよ。……ま、この辺の人たちはみんなあの娘に感謝してるだろうねえ」
「どういうことですか?」
俺が重ねて聞くと、女将はこう説明してくれた。
「この辺はスラム街が近いから、そっちの連中が商品を盗みに来たりするんだよ。だけど、あの娘はそりゃもう強くて、そういう手癖の悪い連中を棒切れ一本で懲らしめちまうのさ。きっと見たらびっくりするよ、あんなかわいい子がチンピラ五人を一瞬でのしちまうんだから」
「……へえー」
俺は複雑な気分で相づちを打った。
思い出されるのはついさっきの路地裏での記憶だ。確かにびびった。あれはもう、一般的な同年代の女子とは生物学的に一線を画していると言ってもいいだろう。
「ここのとこ、あの娘のにおかげで万引きとかはぐっと減った。チンピラ連中の間じゃあ『番犬』なんて呼ばれてるみたいだけどね、礼儀正しいいい子だよ。もし話す機会があるなら仲良くしときなよ」
「そっすね」
俺はついさっきその礼儀正しい子に心をへし折られかけたけどな。
「あの子について知ってるのはこんなところかねえ。他に何か聞きたいことはあるかい?」
「いえ、もういいです。地図書いてもらってもいいですか?」
「あいよ。あ、情報料はうちで晩飯も食うってことで手を打とうじゃないか」
そういやこの世界って飯代と宿代が別になってるんだよな。
「了解です」
俺は苦笑しながらそう言い、女将から地図を受け取って外に出た。
それにしても、スラム街ねえ……金輪際近寄らないようにしねーとな。
×××
女将が教えてくれた魔法具店というのは、宿屋からそう離れてもいなかった。
「こんちわー」
ガラガラ、と引き戸を開けて薄暗い店内へと入る。
「いらっしゃい」
出迎えたのは四十代くらいの男性だった。
さして広くもない店内には俺以外の客はいなかった。やや埃っぽいようにも感じたが、店の中はよく整頓されている。埃っぽいのは品物を積み過ぎて掃除しにくい場所があるせいだろう。壺やら水晶玉なんかが整然と並ぶ様子は何となく骨董屋じみていた。
店の棚には剣や槍といった武器から、ネックレスや指輪と言ったアクセサリー類も多く並んでいる。
「何か用か、坊主」
奥の椅子から店主が歩いてくる。
「あー……ちょっと店を見て言ってもいいですかね」
「そりゃ構わんがな、何か欲しいものがあるなら探してきてやるぞ?」
意外と親切だ。とはいえ、ピンポイントで欲しいものがあってきたわけでもないのでそう言われても困るんだが。
「それじゃあ、何か素人でも使えるようなやつないですか。戦える感じの」
「戦える感じの? 何だ坊主、そんなひょろいナリで賞金稼ぎにでもなりたいのか?」
賞金稼ぎというのが何なのかはよくわからんが、とりあえず頷いておこう。
「これでも魔力には自信があるんすよ」
「ほう、言うじゃねえか。……なら、これなんかどうだ?」
店主が出してきたのは壁にかかっていた一本の槍。
「こいつは柄が魔法樹でできたマジックアイテムだ。込めた魔力によって硬くなったり、柄が伸びたりする。なかなかの逸品だぜ? 魔力が多いってんならこれがおすすめだな」
「へえー」
俺は店主から槍を受け取り、適当に構えてみる。
「おお、いいな坊主。なかなかサマになってるぞ」
「どうもどうも。おっさん口がうまいなあ」
「誰がおっさんだ。……じゃあほら、魔力を込めてみな」
よし、じゃあさっそくやってみよう。魔力を、……魔力を……?
「……なあおっさん。魔力を込めるのってどうやんの?」
「……は? 知らねーってことはないだろう。ほら、体の魔力を手に集めて、指先から柄に流すんだ。こんなのガキでも知ってるだろ?」
ほほう、指先から。俺は深呼吸をし、意を決して槍を強く握る。
「はあああああああああああああああああああああッ!」
重要なのはイメージだ。意志の力だ。血流を意識しろ、体内を流れる魔力を感じろ。それをすべて、この槍へと注ぎ込めーー!
「おい坊主。まったく魔力が流れ込んできてねえぞ」
……ふう。
「どうやら俺とは相性が悪いみてーだな」
「兄ちゃん。一応聞くが、冷やかしじゃねえんだよな?」
まずい。店主が疑いの目で俺の方を見てきている。
だが俺にも言い分はあるのだ。ここで追い出されるわけにはいかない!
「聞いてくれおっさん、俺は冷やかしなんかに来てるんじゃない!」
「ほう」
「信じてくれーー俺は、魔力の使い方が一切わからないだけなんだ!」
「お前に魔法具店の敷居をまたぐ権利はねぇな」
店から蹴り出された。
「おいこらおっさん! 客になにしやがる!」
「そういう台詞は一人前に魔力を扱えるようになってから吐け。……ああそうだ、噴水広場に行けばガキ相手に魔法の手ほどきをしてるジジイがいる。ガキに混じって教わって、人並みに魔力を使えるようになったらまた来な」
「は? 何? ジジイ? 落ち着けおっさん、まだあんたはそこまで老けてねーよ。自分に自信を持てよ」
「一体何の話をしてんだてめーは! ほら、営業の邪魔だからどっかいけ!」
扉が閉まった。
待ってくれよ。噴水広場とか知らねーよ。どこなんだよそれは。
……お久しぶりです。(目を逸らしながら)
まさか更新するの忘れてたなんて、そんなことありません。断じてありません。神様に誓えるか、という質問に関しては土下座するので勘弁していただけるとありがたいです。
次回更新は近日中に!




