世界救済のハジマリ②
ゲーム、漫画、ライトノベル、アニメ、イベント、動画サイトーーとにかくサブカルチャーの匂いがする分野には片っ端から首を突っ込んでいた俺は、当然『異世界転生』という単語に一般人以上の知識があった。
ネット小説なんかだと、サイトのランキング上位はそのジャンルばかりだ。現実世界で死んで、死後の世界で神様と遭遇。事情や経緯は作品ごとに異なるが、大抵物語の主人公はそこで規格外の能力、いわゆる『異能』を与えられ、希少かつ強力なそのスキルを武器に地球とは異なる世界で暴れ回る。女にもてはやされ、金はどっさどっさ手に入り、インスタントに与えられた能力で酒池肉林を体現する作品も少なくない。
俺はその手の物語が大好物だった。通称『俺TUEEEEE』系の小説は、勉強で疲れた俺の心を癒すオアシス的存在だったのだ。
そして俺は、今までフィクションだと思っていたその異世界へとやってきている。
女神からもらった異能を武器に、転生ーー俺の場合は女神曰く『転世』というらしいが、要するに地球とは異なる剣と魔法のファンタジーへと足を踏み入れたのだ。
もちろん女神から与えられる異能には、ロマンあふれる『大量の魔力』を要求した。ついでに当面の生活資金も。
その代償に、俺はもうすぐ現れるとかいう一体の凶悪極まりないモンスターを仕留める必要があるらしいが、そのあたりはおいおい考えていくとして。
それじゃあ、夢にまで見た異世界転世を実体験した俺の現状はというと。
「ーーうおあああああああああ!!」
「待てやコラァ!」
「うろちょろ逃げてんじゃねーぞクソガキぃい!」
「ぶっ殺されてーのか!」
中世ヨーロッパのようなレンガ造りの街並み。その路地裏で、恐ろしげな容貌をしたチンピラたち三人に追い回されている、というものだった。
息を荒げ、長年鍛えることを怠った貧弱な手足はすでに悲鳴を上げている。だが、向こうはいっこうに追いかけてくるのをやめる気配はない。
「おいバカ女神、聞いてんだろ! 何とかしろよこれ! 本当に何とかしてくれよ!」
虚空に向かって叫ぶが返事はない。
「ちくしょうやっぱ無理かぁー!」
いや、別に俺の頭に疾患があるわけじゃない。昨日までは、つまり異世界にやってきてまる一日くらいの間は、俺をこの世界に飛ばした女神と念じるだけで会話することが可能だったのだ。
通貨単位、この世界の地理、どの方角に行けば最寄りの街に着くか、食べられる木の実はどれか。いきなり異世界の山奥に放り出された俺に、女神は懇切丁寧に教えてくれた。
そんな経緯があったから、一日山で夜を明かし、初めて野生モンスターと遭遇した俺は迷わず女神に助けを求めたのだがーー
「あの女神、通信がこんなに短時間で切れるなら先に言っとけよ……!」
山でのモンスターとの遭遇以来、女神とは一切コンタクトが取れなくなっていた。
おかげであの野犬のようなモンスターには自分一人で対処せざるを得なかったんだが、ここで問題が一つ。
俺は女神から『異能』として大量の魔力を受け取ってこそいたがーー迂闊なことに、それを用いて魔法やら魔術やらを使う方法をまだ聞いていなかったのだ。
「はっ……はあっ……」
入り組んだ路地裏をがむしゃらに駆け抜けながら、自分は魔法の使い方がわからないという状況に直面したときの絶望感を思い出す。
結局念じても適当な呪文を唱えても何も起きなかったので、遭遇した野犬のようなモンスターは息をひそめてやり過ごすしかなかった。幸運にも襲われることなく危機を脱し、そのまま山を離脱。
それから前日に聞いていたとおりの道順で街を目指し、門番に百メリルを払って街に入り、路地裏に迷い込んだところで三人のチンピラに目をつけられて。
「っしゃあ、追い詰めたぜ!」
「ったく、手間かけさせやがって……」
「大人しくしてりゃあいいのによ」
こうして行き止まりに追い込まれ、息を荒げたガラの悪そうな男たちににじり寄られているというわけだ。
「ぐっ……」
汗だくでうめく俺だったが、逃げ場がないのでどうしようもない。周囲に人けはないし、あったところでこの状況で首を突っ込んでくるようなやつもいないだろう。髪をバサバサに伸ばしたほうと、小柄なほうはさほど強そうに見えないが、リーダー格と思しきスキンヘッドの大男は明らかに強そうだ。
「……何だよ、あんたら俺みたいなのを追っかけて何がしてーんだよ。全員ホモかよ」
「そんなわけねーだろブチ殺すぞ。兄ちゃん、腰にいいもん提げてんだろ? 俺らはそれが欲しいわけだ」
大男が指さすのは俺が腰に紐で引っかけている革袋だ。
中身はこの世界の硬貨。当面の生活費として女神から受け取ったものだ。
「あ、アホ言え! これを渡したら俺はどうなんだよ、全財産だぞ!?」
「知らねえなァ」
「ま、そんなモン持って俺らのナワバリに入ってきたのが悪いッつーか?」
いたぶるようにじりじりと距離を詰めてくる大男たち。ヤバい。逃げ道が見つからない。
「く、来んなって。おい」
「おーおービビっちゃって」
ぞくり、と寒気が背筋を這い回る。呼吸が浅くなり、思考が蒸発していく。
逃げ道はもう塞がれてる。背後は壁。頼みの綱は俺の体内にあるとかいう魔力だが、何度念じても火の粉すら出ない。
こうなったらーー
「わ、わかった! 金は渡す!」
俺は腰から紐を解いて硬貨の詰まった革袋をばっと前方に突き出した。
大男はにやりと笑ってそれに手を伸ばす。
「あ? 何だよ、意外と話がわかるじゃーー」
かかった!
「おらああああああああああ!」
俺は躊躇なく大男に殴り掛かった。
完全な不意打ちだ。これなら避けようがないはず(ぺちっ)……あれ、音弱くない?
「……痛ってえな」
大男の目に怒りの炎が灯った。口元を引きつらせる俺に一歩詰め寄り、
「何してくれてんだ、ゴラァ!」
「げうっ!」
俺の腹に恐ろしい衝撃が響いた。殴られる、とわかってはいた。だが足がすくんで動けなかった。
「げぇっ、げほっ!」
みぞおちを殴られ、壁に叩きつけられる。地球では喧嘩など一度もしたことがない俺は、立っていることもできず地面をのたうち回った。呼吸に失敗する、という体験を生まれて初めて体感する。
「マジでぶっ殺すぞ、あァ!」
「……ッ」
大男の声が本気でおそろしく感じた。吐き気も収まらず、恐怖と不快感で視界が明滅し始める。
逃げたい、と発作的に思った。だが体は動かない。
そもそもどうしてこんなことになってるんだ。ああくそ、異世界転世なんて言葉に踊らされた一日前の俺を呪い殺してやりたい。
「はっ……はっ……」
何とか這いつくばって立とうとする俺の視界に、何か光って見えた。
「……ッ!?」
大男の手にナイフが握られている、と気づいた俺は気を失いそうになる。
「あーやっぱ駄目だわ。殺すわ」
「……ぁ」
すがるように視線を動かす。視界に映るのはナイフを構える大男、にやにやと笑ってそれを見る二人の取り巻き。
だけでは、なかった。
「何してるの?」
幼い声が聞こえた。
ちら、と視線を小柄なほうのチンピラの向こうに投げる。するとそこには、買い物かごを抱えた小学生くらいの幼女がぽかんと口を開けていた。
「……あァ?」
「悪いことしてるの?」
怪訝そうなチンピラにもひるむことなく幼女は再度尋ねた。
すると小柄なチンピラがずかずかと幼女の方に歩み寄っていき、
「オマエ、パン屋のガキかヨ。ああそう、悪いことしてんの。いいからあっち行ってろ」
パン屋のガキ、と呼ばれた幼女はびくりと身を固くしたが、ちらりと俺の方を見てからすぐそばの路地に視線を移した。
「やっぱり、悪いことしてたんだって」
その声に合わせて路地から人影が現れた。
「そうですか。では、首を突っ込まざるを得ませんね」
落ち着いて、凛とした声。
俺はそいつを見て思わず目をくぎ付けにされた。視線を離せなくなった。
特徴的なのは目の覚めるような赤い髪だろう。やや内向きのクセはあるようだが、背の中ほどまでと思しきその髪は不思議とどこか品があるように思えた。体つきは細身でこそあったが、ぴんと伸びた背筋が少女の印象から頼りなさを排除している。
顔立ちに関してだが、俺はここまで整った美人と言うのは地球でも見覚えがなかった。顔の造りは少女らしい未成熟さがあったが、呆れたように細められた目だけはどこか大人びて見えた。
そこまで考えてから、俺は自分があの赤毛の少女に見とれていたことを自覚した。
だが、この場においてそんな呑気な反応をしているのは俺一人だった。
「てめえ……」
「またお前かよ、番犬女」
大男とバサバサ髪のほうも赤毛少女を見るなり表情をゆがめた。知り合いなのか?
「あなたたちも凝りませんね、また弱い者いじめですか」
赤毛の少女はちらと興味なさげに俺を見てから言った。
「うるせえな、女のクセに偉そうにしてんじゃねェーよ!」
一番近くにいた小柄なチンピラがいきなり赤毛少女に殴り掛かった。あ、と思った時にはもう遅く。
チンピラの拳は、あっさりと空を切った。
「あ、あァ!?」
とん、とその肩が押される。小柄なチンピラはあっさりと態勢を崩されて尻餅をついた。
それをやった張本人は、何事もなかったかのように自分の持っていた買い物かごを幼女に預けている。
「危ないので少し離れていてください」
「うんっ! お姉ちゃん、頑張ってね!」
「……はい」
赤毛少女はくすりと小さく笑みを浮かべた。
「このアマ……」
仲間をあしらわれたチンピラ二人も赤毛少女へと向きなおる。尻餅をついていた小柄なチンピラも立ち上がり、三対一の構図が出来上がる。
「……」
赤毛の少女は無言で腰に手を移動させた。見ると、そこにはベルトに挟まるようにして、一本の木の棒が差さっている。
それをひゅんっと振り、ゆるく構えた。まるで剣のように。その時の感覚は何と言ったらいいかなーーまるで、『あるべきものがあるべき場所にある』ような感じがした。
チンピラ三人が三方向から一斉に襲い掛かる。赤毛の少女は見下げ果てたように目を細めて、
「……本当に、凝りませんね」
瞬間、木刀が鮮やかな円弧を描いてチンピラたちを迎撃した。軽やかなステップ、音すら置き去りにする剣速。
路地裏に男三人分の野太い悲鳴が反響した。
お久しぶりです。
次回更新は未定!




