エピローグ
「あー……」
俺は背中にぷかぷかと水に浮かぶ感覚をとらえつつ真上を見上げた。
二十五メートル×十五メートルの巨大な石造りの浴槽にありったけ水を注ぎこんだこの物体は、地球人であれば『プール』と即座に看破するだろう。俺はこちらも自作した浮き輪を使ってそこに体重を預けつつ、上空の太陽と肌を焼く熱気に呪詛を吐いた。
「夏、うぜぇ……」
瞬間。
「うおっ!?」
浮き輪からはみ出した足首を真下から引っ張られ、俺は無様にも浮き輪から落ちて水の中に引きずり込まれる。
水中で目を開けると、そこでは水着を纏った金髪ネコミミ幼女がいたずらに成功したような顔でにやにや笑っている。このガキ……。
あ、やべ、息が続かない。
「ぷはっ! こ、殺す気か!」
「ぷはーっ! あはは、シグレ油断しすぎだろー!」
「お前なあ……」
金髪ネコミミ幼女、もといカレンは俺と同じように顔だけ水から出しつつ楽しそうにけらけらと笑っている。季節感たっぷりの水遊びが楽しくて仕方ないといった様子だ。
「ああっ、駄目ですよカレンちゃんイタズラしたら! ……大丈夫ですか、お師様?」
と、石造りのプールの端を走ってくるのはこちらも水着を着込んだ銀髪ロリだ。
水着は薄い黄色のワンピース型で、やや子供っぽいような気もするがこいつにはやたらと似合っている。
ちなみにカレンの方は上下の別れたやや露出の激しいタイプだ。いや、全裸でプールに突撃しようとするこいつを止めただけでもいいとしよう。色は水色で、こちらもよく似合っていた。
どちらの水着も俺が【記憶転写】で適当な漫画やライトノベルの挿絵から引っ張ってきたものだ。
ついでに言うと、我が家の庭の無駄に広いスペースにこのプールを造ったのも俺だ。
「シグレー、さっきの水がぐるぐるーってするやつまたやってくれよー」
「あ、私もやりたいです!」
「あー、はいはい」
俺は投げやりな感じで防水用に加工した魔法陣を海パンのポケットから取り出した。
一体なぜ俺が昼間から幼女二人のプール遊びに付き合わされているのか。
それは昨日の夜まで遡るのだがーー
×××
カエル退治、村の復旧作業、ついでにケガをしていた青年を【転移】で街の治療院まで連れて行った俺は、ようやく一仕事終えた気分で自宅へと帰還した。
自宅の扉を開けると、
「あ、お帰りなさいお師様」
「おう」
弟子に出迎えられ、
「晩飯の用意できてるぞー。腹減ったー、早く食おうぜー!」
当然のようにいるカレンに労われ、
「……あら? シグレ、ヒガンはどうしたの?」
「さあ。気が付いたらいなくなってた(ガッ)」
「何してんのあんたは……っ!」
「いだだだだだだだだただ!」
昔の仲間にいきなりコメカミを締め上げられた。こいつに疲れた人間を労わる優しさはないのか。
「どういうことよ、あのバカを逃がすなんて」
アンアンクローから解放され、尻餅をついた俺にリッカが呆れたような声を落としてくる。
「……ベルゲルを殺したあとに村の修繕をしてたんだが、その時に逃げられた。今ごろ転移でどっか遠い所にでも行ってるんじゃねえの」
あの後、結局ヒガンのやつは戻ってこなかった。意地でも牢屋に入ると言ったかと思えば、いきなり姿をくらます。相変わらずあいつの行動は読めない。
「……っていうかあんたもしかしてわざとあいつを逃がしたんじゃ……」
「……そんなことねーよ?」
「……まあ、いいけどね。どうせこんなことになるような気もしてたし」
リッカはため息を吐いて居間へ入っていく。
「あれ、もういいのか? 俺正直四、五発くらいは殴られるの覚悟してたんだけど」
「あんたは私を何だと思ってるのよ。自分の代わりに敵と戦ってくれた相手に鞭打つようなことしないわ」
ふむ。リッカはどうやら本当にもう怒っていないようだ。
ということは、
「何か変なものでも食ったのか?」
「はっ倒すわよ。いいからさっさと手を洗って着替えて来なさい。すぐ食事にするわ」
「……はいよ」
俺はのろのろと立ち上がり、言われるがままに手を洗って着替えて食卓へ。
晩飯のメニューは重労働を終えた俺に対して気を遣った胃に優しい料理……ではなく容赦なく肉料理だった。殺す気か。味はうまいからいいけど。
問題は食後に起こった。
「まんぷくー」
食い終わったカレンが例によってうとうとし始めた。
俺はその様子を見ながら、ごきごきと肩を鳴らす。……ちくしょう、久しぶりに運動したから体が痛てぇ……。
「シグレ、先にお風呂に入ってきたらどう?」
「ああ、そうすっかな」
「「おふろ」」
と、このやり取りに弟子組がぴくりと反応した。
「わかりました、じゃあ行きましょうお師様。背中流しますね!」
「あたしも行くー!」
「座ってろガキども」
何なんだ急に。
俺が半眼で言うと、ミアとカレンはわくわくした感じの表情で言った。
「何言ってるんですかお師様、昨日言ってたじゃないですか!」
「あたしがにんじん食べたら一緒に風呂ー!」
「……そんなこと言ったか?」
「言ってたわね、そういえば」
対面のリッカに尋ねると、苦虫をかみつぶしたように頷いた。
「実は私、お師様と一緒にお風呂に入るのは初めてなんです」
「そうなのかー。一緒に暮らしてるのに変わってるなー」
「そうなんです! お師様はいじわるなんですよ!」
「あのねミアちゃん、シグレがミアちゃんと一緒にお風呂に入るのはいじわるとかじゃなくて色々と問題があるからだと思うわよ?」
「ごめんなさいリッカ様、いくらリッカ様の言葉でもそれは聞けません! お師様が何と言おうと、師匠の背中を流すのは弟子の義務だと思うんです!」
俺はぼんやりとそのやり取りを見ていた。元気だなこいつら。
そんな俺にリッカが目配せをしてくる。
俺とリッカくらい付き合いが長いと、相手が何を言いたいのか目線だけでもだいたいわかったりするものだ。
おそらくリッカはこう言いたいんだろう。
『ーー本当にこの二人と一緒に風呂に入ったら私があんたを殺すわ』
俺にどうしろってんだ。
まあ、昨日は何となく勢いでいいと言ったが俺だって別に好き好んでこいつらと一緒に入浴なんかしたいわけじゃない。
だが、
「じゃあお師様、行きましょう!」
「体洗ってー!」
かといってこうまで乗り気の弟子たちを前に断りきるのもかなり面倒くさいと思われる。疲れ切った今の俺にそんな抵抗力はない。
というわけで俺はこう言った。
「風呂はなしだ。代わりに明日プールでも作ってやるからそれで我慢しろ」
「ぷーる?」
「何だそれー?」
「風呂みたいなもんだ」
この言葉で納得したらしく、ミアとカレンはあっさり引き下がった。リッカも、『まあ水着を着るなら』と首を縦に振り、かくしてすべては明日の俺に託された。
そしておよそ十二時間後、『明日の俺』は昨日の俺が丸投げしてきた面倒事を消化しているというわけだ。
×××
「疲れましたー……」
浮き輪に乗っかってプールを漂っていると、遊び疲れた感じのミアがぱしゃぱしゃと泳いで寄ってきた。
ミアは俺のそばまで来ると、こう言った。
「お師様、私もそれに乗ってみていいですか?」
「あー、そんじゃ好きに使えよ。俺はプールサイドで休んでるからーー」
「ありがとうございます。それじゃ」
「は? ちょっ」
ミアが意外に身軽な動きで浮き輪を乗り越え、俺に抱き留められるような形で乗っかってきた。浮き輪がやや水に沈んだ感じがするが、それでもしっかり二人分の体重を支える。
「重い」
「お、重くないですよ!」
何? そこは大事なところなのか?
「お前なあ……」
「えへー」
ミアが俺にもたれかかりながら、にへらっと緩く笑った。
……まあいいや。追い出すのも面倒だしこのまま好きにさせておこう。というかそれ以前に動くのがだるい。
「もう夏ですねー」
「そうだなー」
「……たまにはこういうのもいいですねー」
「……たまにはなー」
特に何をするでもなく、ぼけっと空を見上げたままぷかぷかと漂う。初夏の陽気が眠気を誘ってきて、俺たちはどちらからともなくあくびをした。
「……あ、そういやリッカはどうしたんだ?」
俺はふと尋ねた。そういえば、今日はカレンしか来てない。
ミアとカレンが水着になるような遊びに、あいつが来ないはずがないんだが。
「何だか、お客様がいらっしゃったそうで、少し遅れるってカレンちゃんが言ってました」
「ふーん」
お客さ
ザパァン
「ぶっは! げほげほっ!」
「あははー、また引っかかったー!」
カレンが後ろから浮き輪を掴んでひっくり返しやがった。俺と、俺の上に乗っかっていたミアも水面に叩き落される。
「このガキ、いい加減にしねーとしばくぞ!」
「あたしを仲間外れにして二人で楽しそうなことしてるのが悪いー!」
「だったら素直に混ざりにこいや!」
いきなり浮き輪から引きずり降ろされるのは心臓に悪いんだよ!
と。
「……楽しそうなことしてるわね」
「お、リッカ」
すぐそばのプールサイドから、リッカが俺たちを見下ろしている。その目はどことなく羨ましげだ。
「こんにちは、リッカ様」
「師匠も一緒に遊ぼー!」
「ええ。そうしたいのは山々なんだけどね……」
どうしてかリッカは目が映ろだ。どことなく疲れているようにも見える。
「まあとにかく着替えてこいよ。水着は持ってきてんだろ?」
リッカはいつもの軍服姿のままだ。どうやら転移してすぐこっちに来たらしい。
「その前に、紹介しておかなきゃいけないやつがいるのよね。……こっち来なさい」
紹介? 何だ? 新しい部下とか?
「どーも皆さん、昨日ぶり☆ 王国軍諜報部所属、ヒガン・カレギシです!」
「」
顎関節が真下に落ちるほど唖然とした。
「あ、昨日のねーちゃんだー」
俺とミアは言葉を失う。カレンだけは呑気に笑っていたが。
紫色の髪。妖精じみた顔立ち。リッカのものと似た軍服を着崩しているのは、俺たちのよく知る人物だった。
「……おいリッカ、どういうことだよ」
「私が聞きたいわよそんなの。朝いきなり国王に呼び出されて、謁見の間に行ってみればこいつがいたんだもの」
ってことは、例の『お客様』ってのはヒガンのことだったわけか。ますます意味がわからん。
「あのあの、『ひーちゃん』さんはどうしてリッカ様と同じ服を着ていらっしゃるんですか?」
ミアが尋ねると、ヒガンは笑いながら、
「いやあ、昨日シグレと別れたあと、偶然王国軍の密偵さんと出会ってねえ。これも何かの縁かと思って、自首してみたんだよ。で、王城まで連れて行かれて、王様に会って、その時にちょっと取引を持ち掛けられたんだ」
「取引、ですか?」
「うん。簡単に言うと、『ぼくが今までしでかしたことは忘れてやるから、代わりにぼくの力を国のために貸してほしい』んだってさ。ぼくはそれに乗ったわけ」
俺はヒガンの言葉を理解するのに五秒ほど要した。
「おいヒガン、つまりそれって……」
「条件付き無罪放免、ってとこかな? まあ手配書なんかの回収にはもうちょっと時間がかかるだろうし、しばらくは大人しくしてないといけないけどさ」
きゅ、急展開にも程があるだろ……。
俺は信じられない思いでリッカを見たが、リッカは力なく首を横に振るだけだった。どうやらこいつもこの事態に頭を痛めているらしい。
あの国王、正気か? リッカはともかくこの危険人物を抱き込むとかリスキーとかいうレベルじゃないぞ。確かにヒガンを味方につけるメリットに関しては認めるが、正直信じがたい。
だが、現実としてヒガンはリッカと似た軍服を身にまとっている。
「そういうわけだから、」
ヒガンはくすりと笑った。邪気などまったく感じさせない満面の笑みで、
「これからはリッカの同僚になるから、シグレもどうぞよろしく。仲良くしてね!」
「ええー……」
……いや本当、どうなるんだよ、これ。
というわけで第二章終了です。ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
……あ、続きます。
次回更新は未定!




