蛙の声を止めるのは⑥
あんだけメッタメタに対策立ててきたのにまさかこんなヘマをするとは思ってなかった。
残ったステンレスの盾が、ベルゲルの酸攻撃を防いでいる音が聞こえてくる。
「……まさかポーチがピンポイントでやられるとは思ってなかった」
「誰だっけ? さっき『俺に攻撃は当たらない』とかドヤ顔で言ってたの」
「やめろ、何か恥ずかしくなってくるだろ! 俺には当たらないようになってたんだよ!」
俺は気まずさと羞恥心を紛らわせるように叫んだ。
ああ、俺は確かに自分の身体には当たらないように盾の配置を調整していた。
だがそれはあくまで俺の身体だけしか考えておらず、両腰に引っ提げたポーチまでは考えていなかったというオチだ。なんという計算ミス。
……いや、だって仕方ないだろ……あんな本気の戦闘でしか使わないようなアイテム、持ちだしてくるのは三年ぶりだし……。
「おまけに見てよあれ、中身までばっちり酸で溶かされちゃって」
ヒガンの言う通り、ポーチはほとんど原型を残していないくらい溶けており、中に入っていた感応紙は根こそぎ持っていかれてしまった。これでは戦闘どころじゃない。
酸の塊がドシュドシュと撃ち込まれる音が止まない。心なしかステンレスの盾が傾いてきたような気がする。
俺とヒガンは顔を見合わせた。
「……一応聞くけどシグレ、本当に予備の魔法陣はないの?」
「……ない。ちなみにヒガン、お前実は本当にまだ無事な手持ちモンスターがいたりとか」
「……ないねえ」
……ふむ。
俺は現状を端的に分析した。
「\(^o^)/オワタ」
「何それ」
「絶望のポーズだ」
まったく同じタイミングでガァン! と激しい音が聞こえてきた。
ステンレスの盾が吹き飛んできた音だった。
『はァッ、はァ……ッ! おらァ、いつまで隠れてんだ人間どもがァ!』
どうやら酸は効かないというのに、酸の塊を吐きだす勢いだけでステンレスの塊を破壊したらしい。これじゃあ盾の役目はもう果たせそうにない。
『死ねェ!』
ベルゲルが酸の塊を撃ちだしてきた。
そして、俺たちを守る盾はもう存在しない。
「くっそ……!」
俺は右手をかざした。
俺がこの戦闘に当たって引っ張り出してきた戦闘用のアイテムは二つある。一つは魔法陣を【検索】する機能のあるポーチ。
もう一つは、
「掌陣【炎爆】!」
ーー【炎】系統魔法を刻んだこの手袋だ。
凄まじい速度で飛来する酸の砲弾を俺は手のひらから発した火炎で迎撃する。
この手袋は、【炎爆】という爆炎を生み出す魔法陣が刻まれた俺特性のマジックアイテムだ。着けていれば魔力を流すだけで超火力の炎を生み出すことができる。
酸の塊は、俺が生み出した炎で何とか相殺できた。
だが、その衝撃だけは消しきることはできずに俺の身体を捉える。足が宙に浮き、気がつけば俺は後方にふっ飛ばされていた。
「いっづぁ!」
視界が旋回する。地面を一回バウンドし、地面に叩きつけられた。痛みに視界がちかちかする。
「シグレっ!」
駆け寄ってきたヒガンが俺の腕をひっつかんだ。何だ、心配でもしてんのかと思う間もなく俺の視界が唐突に切り替わった。
気が付けば、俺はさらに後方にいた。おそらくヒガンの使役獣であるカーバンクルの【転移】だろう。なぜヒガンが俺を転移させたかといえばそれは明白で、おそらくさっきまで俺が転がっていた場所にちょうど酸の塊が着弾しているところだった。
どうやらベルゲルの追撃から俺を救出してくれたらしい。
『あァ……?』
ベルゲルが無様をさらす俺を見て、にやりと笑った。
『ゲゲッ、ゲゲゲゲゲッ! 何だよオイ、どうしたァ? もう小細工は品切れかァ!?』
俺は取り合わず、周囲の状況を整理した。
俺はポーチを失い、予備の魔法陣すらない。あるのはグローブと靴にそれぞれ刻んだ【炎爆】と【空歩】のみ。
ヒガンはカーバンクル以外の使役獣を呼び出せない。
対して敵はというと、弱ってこそいるもののーー
『何黙ってんだ、ゴラァ!』
この元気っぷりである。
酸の塊が吐き出された。俺はぐいっとヒガンの腕をつかんで後ろに回し、さっきよりも出力を上げた【炎爆】で迎え撃つ。
「っぐ……ッ!」
それでも押される。あいつ、あんだけ【ブレイズキャノン】食らったくせに何でこんなに余力があるんだよ!
「ヒガン、お前ちょっと転移で王城まで行ってリッカを呼んで来てくれ!」
俺は乱射される酸の塊を弾きつつ頼み込む。リッカに助けを求めるのも屈辱だが、この際四の五の言っていられない!
「……ああ、ごめん。それは無理」
「ああ!?」
「ぼくはともかく、カーバンクルは王城の場所を知らないんだよ。だから王城に転移はできない」
……マジか。
「じゃあ、村人全員をどっかに転移させるのは?」
「いやあ、実はカーバンクルの魔力ってそんなに多くないんだよねえ。運べてもせいぜいあと三人くらいが限界じゃないかな」
「三人って……」
「ぼくと、シグレと、あと一人くらいかな?」
ここでまた酸の塊が飛んできたので【炎爆】で吹き飛ばす。ヤバい。手がみしみしと変な音を立て始めた。
「ねえシグレ、これもう無理だと思うんだけど。さっさと逃げない?」
「お前アホか! 今俺らがとんずらこいたら村人が全滅するぞ!?」
あの連中はおそらく今ごろどこかに立てこもっているはずだ。最悪村は放棄するにしても、死人が出るのは避けたい。
「……相変わらずお人好しだねえ。でも、そんなこと言ったらぼくだけで逃げちゃうよ?」
「ぐっ……」
ヒガンが呆れたように言った。まあそうだ。こいつからしてみれば勝ち目がないというのにここに留まり続ける理由はない。
その間、断続的に撃ち込まれてくる酸の砲弾を俺は【炎爆】で三発相殺した。いい加減手首の関節が外れそうだ。
「シグレ。現実を見なよ。もうこっちに勝ち筋がないっていうのはシグレも理解してるでしょ? 意味ないって。無駄だって。これ以上ここにいてもいいことないって」
「うるせーよ、現実見せてくんなよ! さっきのおっさんは顔見知りだし、人死にが出たら夢見が悪くなるだろうが!」
「ーーなら、ぼくはシグレも見捨てるよ?」
ヒガンの声から温度が消えた気がした。瞳は細められ、冷たい視線が俺を穿っている。
「何か勘違いしてるみたいだけど、ぼくは今更シグレの味方になったつもりはないよ。でもいちおう借りがあるから、シグレのことは助けてあげてもいいと思ってるだけ。だけどどうしてもシグレがそれをいらないっていうなら、ぼくはシグレを見捨てて逃げる」
「……ッ」
「ぼくはシグレが死んだって別に構わないんだからさ」
少し前の記憶がよみがえる。例の魔王再襲撃事件で、こいつは俺を殺そうとした。
その事実がこいつの言葉に真実味を与えている。
こいつは積極的に俺を殺そうとは思っていないだろうが、必要なら実行しかねない。そう思わせてくる。
「ま、シグレがここに残って犬死にしたいっていうなら別にそれでもいいよ。ぼくは一人で勝手に逃げるだけだし」
ヒガンはそう言って、肩に載っかるカーバンクルをちらりと見た。
ーーと。
『さっきから何話してやがんだァ、くそったれ共ォ!』
ひときわ巨大な酸の塊が吐き出された。ほとんど反射的にグローブを着けた右手を構える。
だが、今度の狙いは俺じゃなかった。俺は短く喉を引きつらせた。
「ッ……、このバカ!」
「え?」
俺は全力で飛び込み、間一髪、ヒガンに命中しかけた酸の塊を【炎爆】を吹き飛ばすことに成功する。だが咄嗟のことだったせいで位置取りを考える余裕もなく、手首のあたりに炙られたような感触があった。飛び散った酸の一部が俺の腕を焼いたのだ。
「ってああああ痛ってえええ!」
しかもバランスを崩して横転した。当然【炎爆】の反動を殺すこともできず道端に転がる。
『ゲゲゲゲッ! まだ終わりじゃねえぞォ! おら、しっかり防げェ!』
「くそ、容赦ねーなあぁ……ッ!」
俺はなりふり構わず起き上がり、連発される酸の塊に【炎爆】を応射する。体勢も崩れたまま撃ったため、変な方向に負荷のかかった右手首がみしりと嫌な音を立てる。
「ちょっ……何してんの!? ぼくなら転移で逃げられたのに!」
あ。
「うるせーな、知らねーよそんなもん! 咄嗟の判断ミスくらい誰にでもあんだろ!」
「いやおかしい! さすがにバカ過ぎない!?」
「ああ!?」
「今のはシグレが助けに入る場面じゃないでしょ? だいたいずっと言ってるじゃんか! ぼくはシグレの『敵』なのにーー」
「……ッ」
その言葉に、俺は。
「ーーまだそんな寝言ほざいてんのかてめーは!」
俺は思わず振り返ってヒガンを怒鳴りつけた。
「察しろバカが! あのなあ、本当にお前のことを敵だと思ってたらここで庇おうとかするはずがねーだろ! 俺はお前のことを敵とか思ったことねーんだよ、何でそんなこともわかんねーんだてめーは! 頭腐ってんのか!?」
「あっ、頭腐って……はあああ!?」
ヒガンが愕然としたような声を上げた。
「いきなり何を言い出すのかな、ぼくはきみの敵だってさんざん言ったし態度でも示したでしょ!? いい加減認めてよ!」
「できたらこんな苦労してねーんだよボケ! そもそも一年近く一緒に旅してたのにたかだかここ一か月でいきなり敵認定なんぞできるか! てめーの言ってることのほうが無理があんだよ!」
「殺されかけたのに!? どれだけおめでたい頭してるのさ!」
「は? 何が? 知らねえもう忘れた。つーかお前アレだからな。ここにお前を連れてきたのはリッカからお前を逃がすためだから。減刑とかは理由の半分でしかねーからな」
「ッ……何!? シグレどんだけぼくのこと好きなの!? お人好し過ぎて気持ち悪いんだけど!」
「あああ!? お前言うに事欠いて気持ち悪いとか言いやがったか!? てめえ上等だ、いい加減ごめんなさいこの間はすみませんでしたと謝罪させてやるよ! だいたいお前一言謝りさえすればこんなややこしいことにもならなかったんだろうが!」
『てめえらいつまでやってんだァ! 人間ごときが俺を無視すんじゃーー』
「「カエルは黙ってろ!!」」
『あァ!?』
俺とヒガンが同時に放った罵倒にベルゲルはびきりと苛立った表情を浮かべ、それを還元したかのように巨大な酸の塊を放ってきた。
「【炎ばーーうおわっ!?」
酸自体は爆炎で防いだものの、また勢いに負けてふっ飛ばされてしまう。ゴロゴロと転がる俺めがけて、またベルゲルが追撃の酸砲弾を放ってくる。
「ああもう、少しは学習しなよ!」
ヒガンがまず、俺のもとに来るまでに一回転移。
そして俺に触れ、安全な場所に転移するまでにもう一回。
「あ、あぶねえ……」
「本当にバカだよねシグレって」
ベルゲルの視界に入らない物陰で、俺は荒く呼吸を繰り返す。隣ではヒガンがあきれ果てたようにため息を吐いていた。やんのかコラ。
「うるせーな、あれは事故だ」
「事故でも死んだら一緒だと思うなあ」
「ぐっ……とにかく、あんなミスはもう二度と」
ボロッ
酷使し続けた手袋がついに崩れた。
ああ、これはもう死んだかもわからんね。
「もう二度と、何だって?」
「何でもねーです。ヒガン、ちなみに転移はあと何回できる?」
「人間一人を一回ぶんかな」
「…………うわあ」
「もうおしまいだよこんなの」
ヒガンの声もすでに投げやりだ。
『くそ、どこいったあのゴミ共ォ……』
現在地は半壊した民家の陰。ベルゲルからは死角になっているが、見つかるのも時間の問題だろう。あいつが俺たちを諦めて村人たちのところに向かおうとしたら嫌でも出て行かざるを得ないだろうし。
「シグレ、一回分の転移でこの状況をどうにかする方法はある?」
「帰りてぇ……」
「現実に戻ってきてシグレ。このままだと僕ぼくたちが還るのは土か天だよ」
確かにこのままだとデッドエンド以外見えない。何かしら考えないといけないのはわかるんだが……。
「……とりあえず、お前だけでも逃げろよ」
「シグレは?」
「何とかして村人が逃げるまで時間を稼ぐ。で、その後俺も適当にずらかる」
「時間を稼ぐって、何か方法はあるの?」
「……知恵と勇気で」
「それは無策って言うんだよ。っていうか、この期に及んでまだぼくだけ逃がすつもりでいるんだねえ……」
ヒガンは深くため息を吐いた。
「なんだか、シグレを見てると色々考えるのがバカみたいに思えてくるよ」
「ケンカなら買うぞ」
「手ぶらのシグレなんてそのへんの犬より弱いじゃんか。いや、まあもうなんか、うーん……」
ヒガンはあと一回ぶん転移のストックがあるからか俺よりは余裕があるように見える。
とはいえ、こいつが残るよりは俺が残ったほうがまだマシだろう。オークのおっさんの店まで行けば、魔法素材もいくらかあるはずだ。
そこで感応紙と魔力インクが手に入れば新しい魔方陣を描くことができるだろうし、そうすればまだ戦況も持ち直せる。
「ほら、さっさと行け。邪魔だし」
「本当に残るつもり? 多分シグレ死ぬよ?」
「だからってこのまま逃げたら村人がみんな殺されるだろ。それは気分が悪いから嫌だ」
俺は立ち上がり、ごりごりと肩を回す。
そして、座り込んでいるヒガンを見下ろして言った。
「ま、気にすんなよ。きっちり村人は逃がしてみせるから」
「いや、あのさあ……」
「そんで、俺も生き残る」
俺はヒガンの言葉を遮って続けた。
だから、と。
「お前は好きに悪だくみの準備でもしてろよ。何でもやってろ。次も、俺がまた止めてやる」
「ーーっ」
リッカを巻き込んでな、とせせら笑う俺をヒガンがじっと見つめた。
「……はぁ」
「何だよ」
そして深い溜め息を吐き、おもむろに立ち上がった。
「おい、どうした?」
「やっぱ逃げるのやーめた」
「は?」
「やられっぱなしなのも何だか癪だし」
ヒガンはポケットから何を取り出す。
それは、謎の黒い液体が入った小瓶。
「ぼくがやるよ。シグレは座ってて」
……え? 何? 何するつもりなのお前?
寒いと何も手につかなくなる勢です。寒いの嫌いなんで冬早く終わって欲しいんですが、待ち構えているのが花粉の季節となるとあんまり素直に喜べません。
……次回更新は未定です。




