蛙の声を止めるのは➃
「よっと」
巨大岩石が無事に標的へと着弾したことを確認したのち、俺は【空歩】を解除した。
地面が近づいたら衝撃を殺すための【エア・バースト】。
降り立った場所は、大岩の着弾地点より少し離れたところにいるヒガンのそばだ。
「ああっ! あんた!」
ヒガンのそばにいた村人が落ちてきた俺を見るなり叫び声をあげる。
その村人だが、よくよく見ると何だか見覚えのある外見だ。毛深い腕にゴツい体格。いかつい顔立ち……あ。
「オー……おっさんじゃん。そうか、ここはあんたのいる村だったか」
「おい待て兄ちゃん。あんた今俺のことをオークと言いかけなかったか?」
「あれ? このオークとシグレは知り合いなの?」
「なあ姉ちゃん。今さらっと俺のことをオークと言い切っただろ」
なるほどなるほど。どうりで見覚えがあると。
「……ああくそ、今はどうでもいい! なああんた、これはどうなってんだ? あの化け物は何なんだよ!」
おっさんが勢い込んで尋ねてくる。俺は肩をすくめた。
「……俺もよく知らねーんだよ。ただ、あの魔王に関係のあるモンスターだ。俺とこっちのヒガンはあいつを潰すためにここに来た」
「どうもーヒガン・カレギシといいます☆」
「『法陣士』だけじゃなくて『従魔姫』まで……どうなってんだよ……」
おっさんが口元を引きつらせた。確かに客観的に見れば元魔王討伐パーティが二人来ているとか異常事態だよなあ。
それはともかく。
俺はおっさんの抱える血まみれの青年に目をやった。
「そいつは?」
「……あのカエルにやられたうちの村のもんだ。大丈夫、まだ生きてる」
「けど、これってあんまり悠長にしていていいケガじゃないよね? おじさん」
「ああ。だから正直すぐにでも村の医者のところに連れて行かなきゃならないんだが……」
ちら、とおっさんが前方を見た。
おっさんの視線の先には、俺がさっき上空から落とした大岩がある。
あれで潰れて死んでくれれば楽なんだが、と考えて俺はその思考を打ち消した。
そんなに上手くいくはずがない。
『……あァ、痛ってえなァ』
低い声が聞こえると同時に大岩が揺らぐ。俺の隣でおっさんが気圧されたように息を呑んだ。
『痛かったぞ、くそったれがァ! どこのどいつだァァァアアア!』
じゅう、と何かが溶ける音。その直後に【グランドキャノン】で生み出した巨大な岩石が真ん中から割れた。
そこから青白いカエルの頭部が現れる。そしてその巨大なカエルは身体を大きく震わせ、その振動で大岩をはねのける。
岩は確かに巨大カエルに直撃したはずだが、不思議なことに岩の残骸は真っ二つに割れ、それらの内側は不自然にえぐられていた。まるで、何か特殊な液体に溶かされたように。
すげえ。全然効いてないっぽい。周囲の民家やら道やらは大変なことになっているのに当のカエルだけはピンピンしている。
『……てめーかァ、このベルゲル様に向かって岩なんぞを落としてきやがったのはァ』
カエルがーーベルゲルが俺のほうを向いた。その目は怒りでぎらぎらと輝いている。
俺は無言で左右のポーチから一枚の感応紙を取り出した。
「へえ、よくわかったな。お前頭悪そうなのに」
『あァ……ッ!? ってか待て、てめえの後ろにいる女はァ!』
ベルゲルが目を見開いた。その視線に気づいたヒガンはにっこりと笑みを浮かべた。
「やあ。元気にしてた?」
『……ッ!!』
ベルゲルの表情が物凄いことになっている。
驚愕から呆然を経由して、煮えたぎるような怒りへ。
『てめェ、ふざけてんじゃねえぞォ! ああァ、殺すッ! 今すぐ殺してやるゥ!』
「それじゃあシグレ、ぼくこの人たちをお医者さんのところまで送ってくるから」
「お、おお、おいっ! 何挑発してんだ嬢ちゃん!? あのカエルめちゃくちゃキレてんぞ!?」
おっさんの言葉通り、ベルゲルの頭部はただでさえ醜いというのに怒りのあまりしわかが寄ってとてつもない様相を呈している。それに比例するように叩きつけられる殺気が圧力を増していた。
殺してやる、という怨念じみた感情が噴き出して俺とヒガンに向けられる。子供が同じ体験をすれば泡を噴いて気絶するだろう。目の前にいるおっさんも、ベルゲルのどす黒い殺意に当てられて膝をがくがくと震わせている。
『死ねェ!』
いきなりベルゲルが口を開いた。人が十人は入りそうな口腔の奥に何か黒いものが見える。そう思った時にはその『黒いもの』は凄まじい速度で俺たちの方に飛んで来ていて、次の瞬間。
ドパァン! と衝撃音が響いた。
ベルゲルが吐き出した黒い物体は、俺の目の前で弾かれる。
『……あァ……?』
弾かれた黒い塊は水音を立てて周囲に飛び散った。落ちた地面から煙が上がっているし、道端の植物はそれに触れた部分だけ溶けている。……なるほど、これがメルヴィの言っていた『酸』による攻撃か。
巨大なカエルが口を開けたまま唖然としている。振り返ると、背に庇ったおっさんまで同じ表情をしていた。
「どうしたおっさん。ブサイクだぞ」
「うるせえ! って、いやそうじゃねえ! あんた今何した、ありゃ何だ!?」
「何ってお前」
俺はちらりとたった今俺たちを酸攻撃から守ってくれた物体に視線を向けて。
「『ステンレス』だけど」
短く正解を答えた。
ステンレス鋼。
鉄を主成分とする合金鋼であり、金属の中でも特に『錆びにくい』ことで知られている。
錆びにくいとはつまり耐食性ーー酸への耐性が強いということだ。この世界ではいまだに見たことがないが、かつて俺やヒガンが住んでいた地球ではよく化学薬品を扱う際の設備なんかに利用されていた。
耐食性だけの話をするなら金だのプラチナだのでもいいんだろうが、あのへんは迂闊に生み出すと経済バランスがぶっ壊れかねないということで俺は扱わないことにしている。よって戦闘で使うのはステンレスと。
『あ、あァア!? 何だそりゃ、何で俺の酸で溶けねェ!? ふざけんじゃねえぞォ!』
「【アシッドシールド】」
連続して酸の塊が飛んでくるが、俺は追加で二枚ステンレスの盾を追加して出現させる。はっは、厚さ一メートルの高耐食性金属がそう簡単に溶けるわけねーだろ。
盾の表面に黒い液体の塊がぶつかるたび、辺りにその飛沫が飛び散って周囲のあらゆるものを溶かし始める。
ベルゲルは動揺したのか、乱射した酸の塊の一発が見当違いの方向に突っ込んでいきーードジュッ! という音とともに着弾地点が蒸発した。
……威力はとんでもないな。対策立ててきてよかった。
「おいおっさん。あんたはさっさとそいつ連れて医者の所に行ってくれ」
うっかり防ぎ損ねたら即死間違いなしだ。
「あ、ああ。しかしあんた、本当にとんでもねえなあ……」
血まみれの青年を担いだオークはもたもたと去っていった。よし、これで気を遣う部分が減った。
「ヒガン。お前もどっか行っていいぞ」
「やあ、お気遣いなく」
「お前が俺に気を遣え」
戦力外のくせになぜこんな危険地帯に残りたがるのか。
「まあまあ、ぼくも本当に危なくなったらちゃんと逃げるからさ。しばらく見物させてよ」
こいつ呑気だよなあ……。
『くそが、何で溶けねェ!? こうなったら……』
と、ベルゲルは頭部をやや上に向け、角度をつけた酸爆撃を放った。
なるほど、正面から【アシッドシールド】を突破できないならその上を飛び越えてしまおうというわけか。短絡的ではあるが妥当な選択といえるだろう。
バカめ。
「【エア・バースト】!」
今日こればっかり使っている気がするが、まあいいだろう。
俺は突風を起こす魔法陣を起動し、放物線を描いてこちらに向かっている酸の塊を空中で吹き飛ばした。もちろん吹き飛ばす先はベルゲル以外有り得ない。
『あァ、嘘だろ、ちょっ、うおあァッ!!』
ばしゃあん、と見事な音。
ベルゲルの顔面は黒で染まった。ちなみに驚いてこそいるようだが、見たところベルゲルの身体に溶けていそうな気配はまったくない。【グランドキャノン】を食らっても無傷だったことといい、普通の人間が浴びれば即死しそうな毒液を跳ね返されてもたいしてダメージになっていないあたり、やたらと頑丈な皮膚を持っているらしい。
しかし、何というか。
「あいつ頭悪ぃなあ……」
「なんかぼく、あいつにやられたのが恥ずかしくなってきたよ」
『あァ!? 何だァ、人間ごときが偉そうに言ってんじゃねえぞォ!』
本当に全然効いていない。怒りに満ちたベルゲルの絶叫が鼓膜にガンガン響いてくる。
『いい気になんなよくそったれどもォ! そんな盾くらいで俺をどうこうできると思ってんのかァ!?』
ベルゲルは凄まじい形相のまま唾液をまき散らして突進してきた。地響きのような足音を立てて二階建て民家ほどもある巨大な両生類が迫ってくる。
まあそりゃそうなるよな。ステンレス鋼は酸に耐性があるって言っても、普通に防御力で測れば鉄塊と大差ないし、あの巨体なら盾もろとも俺たちを轢き潰せる。
よって俺のとるべき行動は、あれを近づけないという一点に収束される。
「【検索】。【ブレイズキャノン】、それと、【フロート】」
俺は左右のポーチから合計九枚の感応紙を取り出す。内訳は攻撃用の【炎】魔法である【ブレイズキャノン】が八枚、サポート用の【フロート】が一枚。
俺はまず【フロート】を発動した。他の八枚の感応紙を浮かせ、『とある法則』に従って空中に並べる。
「それって……」
ヒガンは俺がしようとしていることに気付いたらしい。
だが、こっちに突っ込んできているベルゲルはおそらく気づいていない。
『ゲゲッ、ゲゲゲゲゲッ! ぶっ潰してやるァァアア!』
俺はカエルの咆哮を無視して宙に浮かぶ感応紙に魔力を流した。
「【ブレイズキャノン】」
炎が、溢れた。
『…………あァ?』
宙に浮かんだ感応紙の一つ一つから灼熱の塊を吐きだす。合計八つの炎塊は瞬きする寄り早く膨張して小さな恒星と化す。
そして俺の意志を受け取り、それぞれがまばゆく発光したかと思うと次の瞬間には八条の熱線となってベルゲルへと殺到した。
『あ、あァ、あッ、ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?』
落下速度をプラスした【グランドキャノン】でさえ傷一つつかなかった目の前の怪物が身の毛もよだつような悲鳴を上げる。それは俺の放った【炎】魔法がベルゲルに対して有効だったという何よりの証拠になる。
『はッ、はあッ! ぐおぁぁぁぁあああァァァァァ……ッ』
苦悶の声を発する巨大カエルに向かって、俺は問いを放った。
いまだ宙に浮かぶ八枚の魔法陣を指して。
「なあ、お前これの意味がわかるか?」
『はァ、あァ……?』
まあわかるはずもないんだが。俺の弟子であるミアか、もしくはこれを以前間近で見ているヒガンでもない限りーー魔法陣で魔法陣を描くなんて手法、知っているはずがない。
仕方がないので教えてやろう。
八枚の感応紙を頂点として宙に描いた魔法陣の意味は、『魔法陣の同時発動』ともう一つ。
「ーー『最初からやり直せ』」
砲撃の再装填。
俺の言葉と同時に宙に浮かんだ【ブレイズキャノン】の感応紙が再び発光する。
感応紙がそれぞれ極大の火球を生み出し、それが砲門のようにベルゲルを照準した。この光景を見れば嫌でも次に起こることがわかる。
『……な、ァ』
ベルゲルの目が恐怖に染まった。初撃を相当食らってすでに皮膚は火だるまだ。それをもう一度食らえばどうなるかは想像に難くない。
ベルゲルの弱点は火。それはヒガンの話を聞いてすぐにわかった。他のモンスターはさっぱりだったのにファフニールの炎だけがやたら効いたって話だから、大方あの皮膚を覆っている毒液が可燃性だったりするんだろう。
とはいえ、女神からもらった俺の魔力がいかに膨大だろうと例の黄金竜ほどの火力が出るかは怪しいものだ。比較対象のファフニールというのも大概化け物だからな。よって俺の選択肢は手数によるごり押しに限られる。
一発は足りないかもしれんが、十六発も撃ち込めばどうなるか。
俺は手を前にかざした。
「そんじゃ行くぞ」
再装填完了。発射準備完了。目標照準完了ーー
「ーー【ブレイズキャノン】」
灼熱が視界を満たす。それはベルゲルにとって絶望的な光景だったはずだ。
ごう、と炎が吹き荒れ、ベルゲルを呑みこんだ。
お久しぶりです。
なんかもう、色々とすみません。ちょっと小説の修行してました。ちょこちょこ更新再開していこうと思います。




