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蛙の声を止めるのは➂



 オリード・ディレッタはどこにでもいる魔法素材ショップの店主だ。



 ラドルク山脈のふもとの村で産地直送の天然魔法素材を仕入れ、もっと大きな街に売り出すことをメインの稼ぎ経路にしているが、いちおう店売りもしている。

 これでも村に少ない男手なので危険なモンスターが出れば山狩りにいくようなこともあるし、外見はなかなかにたくましいのだが、その実根っからの商人で荒事はあまり得意ではない。


 実は以前火熊の討伐に出向いたときも案の定ひどい目に遭っている。


 その時は偶然近くにいた『法陣士』に助けられて命を拾った。おかげで今日も商売に精を出すことができるわけで、オリードにしてみれば法陣士様々だ。まあ、命の恩人にしては素直に感謝しづらい人物だったのだが。


「さて、今日も一日頑張るか!」


 オリードは元気よく伸びをすると、店から出て、入り口のプレートを『Close』から『Open』に変えて爽やかな日差しに目を細めーー




『ゲゲッ、ゲゲゲゲゲッ! もっとだァ、もっと魔力を寄越せェ!』


「くっ、何でこいつ魔法が聞かねーんだよ!」


「気持ち悪い見た目しやがって!」



 ーー村の入り口で見張り番の若者たちから魔法を浴びながら歓喜する、巨大なカエルを発見した。


「オラァ!(パァン)」


「どうしたんですかオリードさん!?」


 己の意識を夢から引き戻そうと自分のほおを張るオリードを見て、すぐ近くにいた村人が驚いていた。しかし今のオリードには『おはよう』の一言を口にする余裕はない。ほおの痛みをこらえつつ前を向くと、相変わらずカエルはいた。


「お、おい。あのカエルは何なんだ! 魔獣か!?」


「さあ……なんか少し前に村の前までやってきて、見張り番がびっくりして魔法を撃ったらなんか喜び始めたみたいで……」


「はあ?」


 周囲には野次馬というか、困惑気味の村人たちが集まってきている。彼らからの説明を聞いて、オリードも似たような表情になった。


 魔力を扱えるとはいえ、魔獣とて動物だ。魔法で攻撃されれば嫌がるか、怒るかのどちらかだろう。それが攻撃されて喜ぶとは何事か。


『ゲゲゲゲゲッ、もっとだァ! もっと俺にィ、魔力をぶつけろォ!』



 ……なんだか楽しそうだ。

 そして喋っている。家と見まごうようななサイズの身体も合わせて、オリードにとっては完全に未知のモンスターだ。少なくともオリードの店で取り扱う商品の中にあんな化け物の素材はない。


「くっ……バカな……」


「何で効かないんだよ……!」


 と、しばらく呆気に取られてオリードが見ている先で巨大カエルに攻撃を仕掛け続けていた見張り役の青年二人が膝をついた。どうやら魔力が底をついたようだ。あの二人はこの村ではかなりの手練れなのだが、カエルは彼らの魔法を散々受けたというのに傷一つついていない。


『……あァ? 何だよ、もう終わりかァ?』


 カエルは白けたように言った。



『ーーじゃあもういらねえなァ。食うか』



「「……え?」」


 カエルの纏う雰囲気が変わる。青年二人が目を見開く。それまで村の入り口から微動だにしなかったカエルがゆっくりと村へと侵入して、その巨大な前脚を持ち上げて。


 ぐしゃり、と。


 鈍い音を立ててその前脚が青年に振り下ろされた。

 オリードのそばで悲鳴が上がる。


『残りカスでもバカにしちゃなんねえよなァ。 やっぱ食い物は最後まできっちり食わねーとォ』


 カエルの怪物が何気なく持ち上げた前脚には、今しがた叩き潰された血まみれの青年が握られている。オリードの位置からでは生死すら定かではない。カエルのすぐそばで、もう一人の青年があまりのことに絶句していた。


「……ッ、くそ!」


 オリードは思わず駆け出した。あれは洒落にならない。あのカエルの化け物は、本気で青年を食うつもりだ。


『あァ?』


「【ライト】!」


 唱えたのは【火】系統魔法の初歩の初歩。ただの明りを出すための魔法。ただし最大出力、出現ポイントは怪物の目先。


『ぐォ、目がァ!』



 おそろしく油断していたらしいカエルの化け物が顔をそむける。その隙に、握られていた青年が落下。

 オリードには今の目くらましで精いっぱいで、もう一人の青年は完全に体が硬直してしまっている。落下する青年は誰にも受け止められることなくべちゃりと地面に叩きつけられた。足があらぬ方向を向いているうえ血だるまだが、地面に落ちた際にうめき声を上げたのでまだ死んではいないようだ。


「逃げるぞ!」


 目を血走らせて叫んだオリードの声に押されて硬直していた青年は再起動。足をもつれさせながらも何とか巨大カエルとは逆方向に逃げ出す。オリードは血だるまで倒れているほうの見張り役の青年を担ぎ上げ、おぼつかない足取りでその後を追う。


「づっ!? 何だ……?」


 青年に触れたオリードの手に違和感がある。見れば、軽い火傷のようになっていた。オリードはここでカエルに握られた部分だけ、青年の肌もまるで酸に触れたように変色しているのに気付く。


『あァあぁぁあ! 舐めやがって人間風情がァ! ぶっ殺してやるァァァ!』


 もたつくオリードの背後でおぞましい叫び声が弾けた。カエルの怪物はその青白い前脚をぶんと降り、そばにあった民家を一撃で半壊させる。瓦礫が飛び散り、思わずオリードの足が止まる。


「ぐっ……」


『いい度胸だなァ、くそ猿がァ……!』


 血走った赤い瞳がオリードを見下ろした。ぞくり、とオリードの心臓が凍り付く。 

 足が動かない。恐怖で締め上げられるような感覚。


『殺すゥ!』


 カエルが吠え、オリードは動くことすらできずにその魔手が迫るのを呆然と眺め、



「はい、じゃあ逃げるからぼくの手に捕まって」



 突如目の前に出現した少女を見て完全に思考が止まった。


 こいつは何だ? どうしてここに? いつから? なぜ?

 疑問符だらけのオリードが何か言うより早く、その少女はーー紫色の髪を揺らす美しい少女はぐいっとオリードの手を取った。その肩に乗る小動物じみたモンスターに釘付けになるオリードの耳に、少女の囁くような声が届いた。


「あとはよろしく、シグレ」


 次の瞬間、カエルの頭上に巨大な岩石が出現した。



×××



「空飛ぶぞ」


「おっけー」


 ベルゲルを探しに入った洞窟を出て、俺が唐突に言った台詞にヒガンはあっさり応じてきた。


 うむ。さすがは仮にも一緒に旅したことのある元仲間。以心伝心とはこのことか。



 ついさっき、ミアたちの護衛という体で残してきたリッカから通信が入った。

 何でも俺たちが探している例のカエルはこの山のふもとにある村を襲っている最中らしい。どうしてその情報をリッカが持っているのかは知らないが、せっかく居場所がわかったのにもたついている手はない。ファフニールを一撃で殺すような化け物が暴れれば小さな村など一瞬で壊滅だろうし、そういう意味でも時間はない。


 というわけで、俺は思いついた中で一番スピーディな方法で標的の居場所まで突っ込んでやろうかと思い、その末がさっきの発言というわけだ。


「じゃあさっさと行くか。【検索】」


 俺はそう言い、右腰のポーチに手を突っ込んだ。


 このポーチだが、手を突っ込んで頭の中で術式の名前を思い浮かべるだけでその時欲しい魔法陣を検索してくれるという優れものだ。いちいち自分で手触りだの順番だのを数えて探す必要がないぶん戦闘の時間ロスを減らせるため、これがあるのとないのとでは俺の戦闘能力が大きく変わってくる。


 で、たった今検索した魔法陣の名前は、


「【重力操作】」


 俺とヒガンの身体が体重という縛りから解放される。


 トン、と地面を軽く蹴るだけで身体が浮いていく。そのままある程度の高さまで浮いたところで俺は次の魔法陣を【検索】した。


「よしヒガン、手」


「はい」


 ヒガンが素直に差し出してきた手を握る。こうしておかないと大変なことになるからな。

 それじゃあ行ってみようか。見さらせ、これがシグレ・ジウ式の飛行魔法だ!


「【エア・バースト】!」


 ごう、と視界がかき消えた。


 感覚的にはそうとしか言えないんだが、表現的には『視界が物凄いスピードで流れた』が正しい。

 要するに【重力操作】で無重力状態になった自分の身体を魔法で起こした突風で目的の場所まで吹き飛ばしてしまおうというわけだ。正直かなり荒っぽい方法ではあるが、ちまちまと操作しなくてはならない専用飛行魔法よりも楽ができる。


 そして爽快感がヤバい。


「いいいやっほぉーう! 俺は風! 風になるぜぇええええあああっはっはっ!」


「シグレってばこれ本当に好きだよねえ!」


 ここまで凄いスピードだと風の音がうるさいので、俺もヒガンも喋るというよりほとんど叫んでいる。しかしその開放感がまた良しだ。



 なぜか知らんが俺は昔から回転や乗り物への耐性がやたら強い。この方法だともう上下左右とんでもなく揺らされるため乗り物酔いするやつなんかはもれなく胃の中身をすべてブチ撒けることになるのだが、魔王討伐パーティーの中で俺とヒガンだけは頑強な三半規管によりこれを移動手段とすることができるのだった。リッカならできそうかと思ったんだが、本人が全力で拒否してきたのでいまだに試せていない。あいつはあれで意外と弱点が多いのだ。


 さて、【風】魔法で方向を微調整すること数度、俺たちはすぐに山のふもとの村に規格のおかしい化け物がいることに気づいた。


 それは一言で表すと、巨大で青白いぶよぶよの塊。


 どれくらいのサイズかといえばそのへんの二階建て民家と大差ないくらい。おそらく体高五メートルは超えているだろう。表面は日の光を反射してぬらぬらと光っている。


 キモいと言わざるを得ない。



 そんなキモい巨大両生類だが、何か苛立つことでもあったのか前脚を持ち上げて駄々っ子のように近くの民家に叩きつけ始めた。恐るべき腕力により民家は一撃で崩壊。中に誰もいなかったのが救いだろう。

 そして、ほとんどの村人はカエルと逆方向に逃げているし、そこそこ距離が離れてもいるのだが、約一名だけカエルのすぐ近くにいる村人がいる。誰かに肩を貸しているようにも見えるが、ここまで距離があるとよく見えないな。


 というか、せっかくあのカエルに不意打ちできるチャンスだというのにあの村人が邪魔で魔法が撃てない。


 俺はポーチに手を突っ込んで【検索】を発動。【念話】をサーチし即発動する。


 風を切る音で会話ができないのがこの飛行方法の欠点なんだよな。


「(あの村人が邪魔だ)」


 俺が言うと、ヒガンはそれだけですべて了解したように頷いた。


「(オーケー、ぼくが先に行ってカーバンクルの転移であの人を離れたところに運ぶよ)」


 考えることは同じだな。俺は加減した【エア・バースト】を数発撃って制動をかけつつ青白いカエルの真上に位置取る。


 まだ【重力操作】は発動しているので、今すぐ落下することはない。ヒガンはうまく空中でバランスを取りつつ話しかけてきた。


「じゃあ行ってこようかな。ああシグレ、いちおう家とか巻き込まないよう配慮してあげなよ?」


「ああ、大丈夫だ」


「そう?」


「家くらいいくらでも造り直してやる」 


「そういう問題じゃないと思うんだけど……ま、シグレに言っても無駄だよねえ 。それじゃ行くよ、カーバンクル」



 ヒガンが華奢な腕を伸ばすと、虚空から現れた小さな獣がそこに載っかった。額に赤い宝石をくっつけたレアモンスター、カーバンクル。

 ヒガンはその魔法を使ってその場から転移し、一瞬で眼下の場面に割って入る。完全な不意打ちであいつが下手を打つとも思えないので、俺はさっさと魔法陣を起動した。


 【空歩】発動。【重力操作】を停止。空中に足場を作ってそこに留まる。


 ついでに【生体感知】を発動し、標的の周囲の生命反応をサーチする。……オーケー、周囲の民家にも人はいないようだ。これなら村人を巻き込む心配はないだろう。


 そして俺はポーチに手を突っ込んで【検索】を発動した。さて何がいいかな。

 色々とあるが、まあこの場面ならこれ一択か。


「【グランドキャノン】」


 唱えた瞬間目の前に巨大な岩が出現した。【グランドキャノン】は巨大な岩を生み出し、それを発射するだけの単純な攻撃魔法だ。


 なぜこれかと言えば、理由は一つ。


 この魔法、岩を発射するという超物理的な代物なので、こと『真下に落とす』ことにかけては他の追随を許さない威力を発揮するのだ。

 せっかくなので、【重力操作】を岩に使って重力加速度をプラスしてみようか。あんまり威力を高めすぎると地盤がぶっ壊れるから適当なところで自重するけど。


 足元ではすでにヒガンたちは離脱している。取り残された哀れな巨大カエルだけがそこにいた。


「そんじゃ開戦だ」


 派手に行こうぜ! 


 数秒後、俺の真下で凄まじい轟音が響き渡った。



 なぜか今回、主人公のテンションが高いような。どうした。

 試験期間中につき色々と滞っておりますがどうぞご容赦を……。


 次回更新は未定!

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