蛙の声を止めるのは②
「準備完了っと」
俺は右手に指ぬきグローブ、腰の両側に自作ポーチを装備してそう呟いた。
「あら、今回はそれ使うのね」
「前は不意打ちやられて死にかけたからな……」
リッカが言ってくるのに本心からそう応じる。
魔王再襲撃の際は使っていなかったが、この二種類の自作アイテムがあるのとないのとでは戦闘のやりやすさが全然違う。せっかく準備していく余裕があるんだから使わない手はない。
「そんじゃ行くぞヒガン。転移頼んだ」
「はいはい」
俺の転移魔法陣は言ったことのない場所は転移先に設定できない。というわけで、今回はヒガンの使役獣である『カーバンクル』に敵陣まで送り届けてもらうことになる。
さて行くか、と思ったところでくいくいっと腕を引かれた。
「お師様。手を出してください」
「あん?」
ミアの言葉に従って掌を差し出すと、ミアは無言でそれを軽く握ってきた。
「……何してんの?」
「私、これでもけっこう運がいいんです」
「はあ?」
何のこっちゃと首を傾げる俺を、弟子はじっと不安そうな表情で見上げてきた。
ああ、と俺は思い出す。
ミアは以前の戦いで無様にも死にかける俺の姿を見ているのだ。
「……私の運は、お師様に全部あげます。だから、絶対に無事で帰ってきてください」
その言葉はあまりにも切実で、真剣で、どうにもむず痒く感じた。
だがミアはその手の純粋な感情の権化なのだ。俺が目をそらしても、じっと俺を見上げたまま返事を待っている。
「愛されてるわね、シグレ」
「そうだねえ。ひゅー」
「お前らなあ……」
リッカとヒガンがわかりやすく茶化してくるのが腹立たしい。
どう答えたもんかと迷っていると、それまで会話に入らずふーさんと遊んでいたカレンがあっけらかんと言った。
「ミアは心配症だなー。シグレは大丈夫だって、師匠と同じでめっちゃ強いからなー」
本当に心からまったく心配などしていないような顔である。
俺は苦笑してミアの手をほどいた。
「……お師様?」
「ま、気楽にアリシアんとこ遊びに行っとけ。ほら、俺はこれでも魔王討伐パーティだからな」
魔法の言葉、魔王討伐パーティ。これさえ言っとけばたいがいの相手は納得する。
「はいっ!」
弟子は俺を信じ切ったように破顔した。
×××
ヒガンが転移の目的地に選んだのは、鬱蒼とした森の中だった。
「ここは?」
「ラドルク山脈の奥地。ぼくが襲われた場所の近くだよ」
ラドルク山脈って言うとアレか。ヒガンとアリシアが魔王の強化実験をしてたっていう場所だったよな。
周囲はひたすら背の高い木々に囲まれていて、確かに身を隠すにはもってこいの場所であるように思えた。
「で、ベルゲルとやらの居場所はわかるのか?」
「さあ? ぼくが逃げる直前にいた場所まで行けば、手がかりくらいあるんじゃない?」
「そんじゃそこまで案内頼む」
「……はいはい」
仕方ないなあ、とでも言いたげにヒガンが言った。何だそのやる気なさげな態度は。
ヒガンは丸腰のくせに特に気負った様子もなく木々の間を縫って歩いていく。
俺はいちおう警戒しながらヒガンの後について行った。
で、ヒガンが化け物に最後に交戦したという場所までやってきた。
「……ずいぶん派手にやったなおい」
森、という言葉の跡形もないほど盛大に焼け焦げた木々が視界中に広がっている。デカい消し炭が並んでいるだけのようにすら見えた。雷が十発連続で同じ場所に落ちたような光景だ。
「けど、見た感じカエルはいねーな」
「そーですね」
「おい、お前何でちょっとやる気なさげなんだよ」
俺が聞くと、「だってさあ」とヒガンはため息を吐いた。
「シグレ、ぼくにこうやって案内させることでぼくの減刑狙ってるでしょ」
……うっわ。
「何のことかさっぱりなんだが」
「いや、バレバレだから。シグレ知ってるでしょ? っていうか言ったよね? ぼくが今使役できるのはカーバンクルだけだって」
その通りだ。あれはメルヴィの家だったか、こいつはベルゲルとの交戦でカーバンクル以外の手持ちモンスターを『すべて』失ったと言っていた。
ヒガンの使役獣はやられても時間を置けば復活してまた呼び出せるようになるのだが、さすがに致命傷を受けたら二日程度ではそれも無理。
つまり、現在のヒガンはほぼ完全な戦力外。
よって、
ーーどうせお前の使役獣、何体か残してんだろ。俺一人だと前衛がザルになるからそいつらを貸してほしいんだ。
さっきの作戦会議で言ったこのセリフは完全に嘘である。
じゃあなぜ俺がそんな嘘を吐いたのかという話になるわけだが、ここまでバレたうえで隠し事を暴くことにかけては天下一品のヒガン相手に俺の狙いを隠し通せるほうがおかしい。
「ついでにもう一つ、リッカを置いてくるのは普通に考えておかしいでしょ? 前衛が本当に足りないならリッカがいたほうがいいはずだし、ミアちゃんたちが心配ならアリシアのいる王城に預けておけば放っておいても兵士たちが守ってくれる」
それもヒガンの言う通りだ。
ベルゲルの狙いがイマイチ読めないのは本当のことだが、今回の討伐戦に万全を期すならリッカを連れてきたほうがいいに決まってる。というか別に城が狙われたところで、リッカなり俺なりに連絡が入ったらすぐに転移で城まで行けばいいだけのことなのだ。もともとリッカを置いてくる理由はないに等しい。
「わざわざ戦力外のぼくを連れてきて、リッカを置いてくる理由。シグレの性格を踏まえて考えるとーーそれはもう、ぼくに花を持たせるくらいしか思いつかないんだよ。リッカを置いてきたのは、もしかしてちょっと話を盛って功績をかさ増ししようとしたとか? リッカはその手の不正には向かないだろうしねえ」
ヒガンはあっさりと俺のたくらみを全部暴きやがった。容赦ねーなおい。
「……お前性格悪いな」
「知ってる☆ ……相変わらず甘いよねえシグレは。いい加減ぼくのこと敵って認めたほうがいいと思うよ? 悪あがきしてないでさ」
「それができたら苦労しねーんだよ」
本当に誰か俺を助けてほしい。敵ってアレだろ? こいつを殺せるかってことだろ? 無理だって。絶対無理。殴るのも無理。想像すらできない。
「ってかお前何でそこまでわかってたのについてきたんだ?」
「やだなあ、ぼくがいなかったらベルゲルのいるところまで来られないでしょ? シグレの転移って言ったことある場所にしか飛べないし。……あのカエルが痛みと苦しさでのたうち回るところ見たいしね」
「マジで性格悪いなこいつ」
「で、そのあとは減刑とか全部突っぱねて牢屋でしばらく作戦練ろうかな。次はもうちょっとシグレたちを苦しめられるといいけど」
「お前本当に何がしたいんだよ……」
俺は重いため息を吐いた。こいつはどうしてここまで思い通りにならないんだろう。
「やだなあ、女の子の半分は秘密でできてるんだよ?」
「残り半分は?」
「悪意」
「嫌な生き物だな」
こいつの価値観は一体どうなってるんだ。
「で、シグレ。あそこ、何か重たいものを引きずったような跡があるよね」
「あん?」
ヒガンの細い指が示す先を見ると、確かにうっすらと地面に黒い軌跡が見える。
「しかもけっこう先に続いてる。あれ、ぼくが見た化け物のお腹と同じくらいのサイズだと思うんだよねえ」
「ああ。行ってみるか」
俺は二日前の深夜、ここで起こったことを思い描いた。
逃げるヒガン。それを追うベルゲル。ヒガンが出した竜に、カエルの怪物は皮膚を散々燃やされ、どこか体を休められる場所へと移動したはずだ。
たとえば、雨風をしのげたり、野生のモンスターから隠れたりすることのできる洞窟など。
そして、黒い跡を追いかけた俺とヒガンはいかにもな洞穴の前にたどり着いた。
「……ビンゴだな」
「だねえ。行く?」
「当たり前だろ。あ、ヤバそうなら即逃げるから近くにいろよ」
「やあ、守ってくれるの? シグレってば紳士だね。かっこいー☆」
「ぶっ飛ばすぞ」
シリアスさの欠片もないヒガンとそんなやり取りをしつつも俺は洞窟へと足を踏み入れる。
洞窟内部は薄暗かったが、入り口から光が差し込んでいるためある程度は視界が確保されている。洞窟はかなり広く、これなら人間二十人は余裕で暮らせるだろう。巨大なカエルが仮宿にしていても何らおかしくない。
何より。
「……くっせえ……」
「ぼくもさすがにこれは……」
洞窟内は死臭にも似たおぞましい気配で満たされていた。ただの野生動物くらいではこんな悪臭は発生しない。
つまり、何か通常とは異なるものがここにいる。
俺は思わず腰のポーチから魔法陣を取り出して構えた。撃てば洞窟が崩落する可能性もあるが、そうも言っていられそうにない。
そして俺たちは足を進め、洞窟の最奥に到達する。
そこにあったのはーー
「……は?」
どす黒い液体がぶちまけられた土壁。
巨体な何かが転げ回ったようないびつな痕跡。
それだけだ。ぐるりと周囲を見渡すが、巨大なカエルの姿は洞窟のどこにもなかった。
「これって……」
俺と同じくヒガンが呆然としたように呟いたのと同時、通信用の魔法陣が俺に着信を知らせた。
リッカからだ。
「おい、どうした? まさかそっちに例のカエルが行ったとかーー」
『いいえ。王城はいつも通りよ。けど、ベルゲルと思われるモンスターの情報が入ったわ』
「情報?」
リッカは通話口の向こうから、俺にこう告げた。
『ラドルク山脈のふもとにある村。……ベルゲルは、そこを襲ってる最中よ』
「……ッ」
そう来たか、と俺はうめいた。
カエルさんはご不在の模様。
次回更新は未定!




