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幕間②



 深夜の山奥。

 静寂と暗闇が支配するその場所に、軋むような叫び声が響き渡る。


『あァ、あァぁあああああ……ッ!』


 その音源は山中にある洞窟の中だった。不協和音じみた絶叫と共に、何か巨大なものがのたうち回るような振動音が空気を震わせる。


『くそったれ、あの小娘がァ……、いてェ、ああ、いてェ! くそったれがァ!』


 しわがれた叫び声の主はカエルの怪物だった。



 人間ならば二十人は悠に収容できそうな洞窟を、一体だけで埋めしまうほどの巨大なカエル型の生物。

 怪物が転げまわるたびに酸と毒で湿った肌がべちゃり、べちゃりと音を鳴らした。口の端からは絶えずどす黒い煙が溢れ、洞窟の内部を陰惨に色付けしていく。

 カエルの化け物の皮膚にはいくつものひどい火傷の痕があった。今は傷口から漏れた魔力がかさぶたのようなものを形成しているが、その痛みは傷を負ったその日からまったく衰えていない。



 カエル型の生物ーーベルゲルは、同僚である『ガリオ』の死の真相を探る目的でこの世界にやってきた。彼の主にはおおよその敵の容貌は聞いていたし、かすかなガリオの残り香をたどってそれらしき人間に接触することもできた。予想外だったのはその人間がベルゲルにとっての天敵ともいえる竜を従えていたことだ。



 結果、ベルゲルははるか格下であるはずの人間ごときに無様をさらすことになる。

 襲撃に失敗して二日が経った今も、ベルゲルの身体はその傷に蝕まれていた。

 

ーーと。


「……随分と見苦しい姿ですね」


 淡々とした女の声がベルゲルの耳に届く。かつかつ、と洞窟を踏む靴の音も。

 ベルゲルの赤い瞳が闖入者の姿を視界に収めた。


『やっと来やがったかァ……遅せェぞ……』


「それは申し訳ありませんでした。こちらも立て込んでいましたので」



 現れたのは灰色の外套を羽織った一人の女だった。周囲に暮らす動物でさえ近寄ろうとしない洞窟の中に、躊躇なく踏み込んでくる。

 女は手に持ったランタンのような魔法具で洞窟の中を照らした。

 魔法具の明りはそれまで闇に覆われていたベルゲルの醜悪な外観と、その皮膚に刻まれた大火傷をあらわにする。


「それで、これは何の冗談でしょうか? 仮にも『蛙』の家紋を継ぐ毒使いがこの有様とは」


『……うるせェ』


「報告を受けた時にはたかだか人間一人にやられたと聞きましたが」


『油断しただけだ! 次はちゃんとぶっ殺してや、っぐ……ッ』



 声を荒げようとしたベルゲルが、火傷の痛みにうめく。びくびくと湿った皮膚が波打った。

 常人であれば卒倒してもおかしくないような光景に、女は眉ひとつ動かさない。

 当然だ。女は常人どころか人間ですらないのだから。

 女は凍えるような視線をベルゲルに向けた。



「あなたへの命令は、『ガリオの死の真相を探る』ことです。敵を殺すことは主様の意志に背くことになる。それを理解していますか?」


『うるせェって言ってんだろクソ女ァ! いいからこのケガを何とかしろ、てめェはそのために来たんだろうがァ!』


 わめくベルゲルを見て、女は小さく息を吐く。


 女はベルゲルのバックアップだ。何か不都合があればそのフォローをするという役目を負っている。だからこそ、負傷したベルゲルからの呼び出しに応えてわざわざこんな山奥を訪れたのだから。


「……では」


 女はつ、と掌をベルゲルの皮膚に這わせた。本来ならば触れただけで指が溶け落ちるベルゲルの皮膚に、対して気に留めた様子もなく手に持った『何か』を押し付けていく。


 ベルゲルはびくりと体を震わせた。


『あぐ、ギャアアアアアアアアアアアッ!? てめェ、何か塗って……!?』


「動かないでください。ただの塗り薬です。『蛇』から受け取ったものですから、効果はあるでしょう」


『蛇だァ……!?』


 『蛇』は『蛙』と対をなす治療と浄化のエキスパートと言える一族だ。毒と薬、という対照的な二つを研究対象にするこの二家は以前から不仲で知られている。


 だがこの場合においてはこれほど信頼のおける肩書きもない。


 じゅう、と焼けるような痛々しい音を経て次々と火傷が治っていく。


「終わりました。これで、明日の朝には動けるようになっているでしょう」


『はァ、は……ッ』



 女が言うと、ベルゲルは荒い息を吐いて体から力を抜く。

 それから女の方を見て言った。


『おい、ふざけんじゃねェ……身体は治ったが、体の中の魔力がスッカラカンになってんぞ』


「ええ。あなたの魔力を強制的に消費して治療魔法を自己発動する薬ですからね」


『こんな状態でどうしろってんだァ』


 ベルゲルの質問に女は何を今さら、と振り返る。


「決まっているでしょう。魔力がなければ補充するまでです」


 魔族にとって魔力は生命線だ。身体のほとんどを魔力で構成される体質上、魔力の不足は死に直結する。


 そして魔族が魔力を補充する手段は二つ。

 誰かから了承を得て受け取ることと、もう一つ。


「山を下りた先に小さな村があります。動けるようになったら、そこへ行きなさい」


『魔力を下さいって頼めってかァ? 人間ごときに?』


 まさか、と女は続けた。


「ーー奪えばいいでしょう、魔力など。住人を皆殺しにして」


 魔族式の正論。

 魔力を補充するためには他の生物を殺して奪うのが一番手っ取り早い。


『ゲゲッ、ゲゲゲゲゲッ! 違いねえ! そんでその次はあの胸糞悪いくそ女の番だなァ! 手足全部溶かして動けなくしてからゆっくり殺してやるゥ! ゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲッ!』


 金属が軋むような醜悪な笑い声。邪悪な絶叫が響く。


 呪詛をはらんで、殺意と狂気を振りまくように。




 その頃ベルゲルさんは、という閑話でした。

 一章の序盤をいい加減どうにかしたいのですが、リアルが多忙過ぎてとても手が回らない……毎日更新で精いっぱいという。


 次回更新は未定!

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