赤×黒×紫➂
「料理ができないということが、一体どれだけの汚点になり得るだろうか? そうだな、確かに温かい料理を作ることができるのは素晴らしいことだ。しかし人間ってのは一人で生きているわけじゃない。複数人が集まり、それぞれの苦手分野を補い合うことが必要だと思うわけだ。なあリッカ、お前もそう思うだろ?」
「興味深いわね。ならあんたは私のどんな苦手分野を補ってくれるのかしら?」
「脳まで筋肉でできているお前の代わりに頭を使うことができる」
「殺すわよ」
そんないつも通りのやり取りをしながら作った料理をテーブルに運んでいく。
大皿に盛りつけたパエリア、湯気を立てる温かそうなスープ。それを視界に入れた待機組がそれぞれ反応を示す。
「おおっ、うまそー!」
「すみませんお師様、リッカ様。すぐに片づけます」
ババ抜きでもやっていたらしいミア、カレンの二人がテーブルの上を食事できるレベルに整理する。
「やあ、おいしそうだねえ。さすがリッカ、いいお嫁さんになるよ……ところでぼくのぶんもあったりする?」
「ない、って言いたいところだけどちゃんと用意したあげたわよ。感謝しなさい、そして食べるなら配膳くらい手伝いなさい」
「はーい」
ヒガンが間延びした声で返事して立ち上がる。この二人の険悪でないやり取りって久しぶりに見た気がするな。
「あの、すみませんでした、お師様。本当ならお食事の用意は私の役目なのに……」
パエリアの大皿をテーブルに置いた俺を見て、ミアが申し訳なさそうに言ってくる。
俺は肩をすくめた。
「アホ言え、疲れてるお前に料理なんかさせたりうちの皿がひとつ残らず砕け散るだろ」
「う、うう……でも、最近はお皿を割ることも減っているんですよ?」
「そうかあ?」
「はい。最近は皿を落としても、床にぶつかる前に風の魔法陣でキャッチできるようになったんです」
そんなスキルを身に着けるくらいなら皿を落とさない努力をしろと言いたい。
とはいえ、だ。
「ま、そんなこと気にしなくていい。無事に飯が食えるのはお前がリッカやカレンを止めてくれたからだし、むしろよくやった」
と、弟子の頭をぽんぽんと撫でてやる。
すると弟子はがきんと硬直し、
「え? ……ええっ!? お師様どうしたんですか今日は、どうしてそんなに優しいんですか!?」
「は? いや、頭撫でるくらいよくやってるだろ」
「でもでも、お師様から撫でてくださることは今までそんなにありませんでした! 何だか今日のお師様は変です、いじわるじゃありません!」
「何だとコラ、俺はいつだって優しい人格者だとーー」
「あー、ミアずるいー! シグレあたしもー!」
「じゃあその次はまた私です!」
「何なんだよお前ら……」
カレンまでやってきて頭を撫でろ撫でろとせがんできた。まるでしばらく構ってやれなかったペットのようだ。
とりあえず猫耳が残りっぱなしのカレンの頭をわしわしと撫でてやる。ついでに三角形の獣人特有な耳の裏をかいてやると、金髪褐色猫耳ロリは本物の猫のようにごろごろと喉を鳴らした。
「にゃーん……」
「さあお師様、次は私です」
「お前さっきやっただろ、我慢しろ」
「「!?」」
なぜカレンまで驚いているんだ。お前もまだ撫でられ足りないのか。
「お師様、私は今日『ひーちゃん』さんの看病をしました! 一人で留守番もしました! 少しくらいご褒美があってもいいと思います!」
「シグレ、あたしは昨日師匠に出されたピーマンを全部食べたぜー! あたしにもご褒美ー!」
め、面倒くせえ……。
「…………(わっしわっし)」
「「んふー♪」」
俺は学習した。弟子たちのおねだりは断るほうがエネルギーを消耗する。
「……(ギリィッ)」
「リッカやめろ。視線だけでHPが持っていかれそうだ」
そしてこの方針だとリッカからの嫉妬が急加速することも俺は学習した。あちらを立てればこちらが立たないというのはこのことだろう。
「あはは。シグレってば小さい女の子たちにモテモテだねえ」
キッチンからスプーンやコップといった食器類を持って戻りながらヒガンが呑気にそんなことを言っていた。
ともあれ、準備が整ったので食事の開始である。
席順は俺とリッカが隣、向かい合ってヒガン、カレン、ミアの並びだ。リッカとヒガンが向かい合っているわけだが、もう本当に何も起こらないでくれることを祈るばかりだ。
「じゃあ、冷めないうちに食べましょうか」
「「「「いただきます」」」」
リッカの音頭で俺たちは手を合わせて日本式の儀式をして料理に取り掛かる。
「取り分けますね」
こういうところでさらっと気を遣えるのはミアの美点だと思う。十二歳とは思えない。
「げっ、にんじんー……」
「カレン、きちんと食べきるようにね?」
あれはあれで十二歳とは思えない気がする。もうすぐ中学生って年齢なのに何という子供舌。
「あはは、カレンちゃんはにんじんが苦手なの? 好き嫌いしてるとリッカみたいになれないよ?」
と、カレンの隣に座るヒガンがそんなことを言っているが、カレンは「けどなー……」とぼやくだけでにんじん入りのスープに手をつけようとはしない。
「だって師匠みたいにぼいんぼいんになっちまったら、動くとき邪魔そうじゃんかー。あたし胸とかなくていいー」
「そうだねえ。確かにリッカくらい大きいと色々大変そうだよねえ。肩こりそうだし。ねえリッカ?」
「あんたらねえ……」
リッカが呆れと怒りの境目のような表情で口元をひくつかせている。いかん、会話の流れを変えよう。
「無駄だぞヒガン、その程度じゃカレンは動かない」
「そうみたいだねえ……あ、じゃあこうしようか」
ヒガンは何か妙案を思いついたようにくすりと笑った。その目に悪戯っぽい色が映っていたのは気のせいじゃないはず。
「……ねえシグレ、何だか嫌な予感がするんだけど」
「奇遇だな、俺もだ」
「ひどいなあ、二人はぼくのことを何だと思ってるのさ」
「ねえカレンちゃん」とヒガンは警戒心を高めた俺とリッカを楽しそうに眺めたまま、
「そのスープに入ってるにんじんを全部食べたらシグレが一緒にお風呂に入ってくれるってさ」
そら見たことか!
「おいいいいお前ふざけんなよ! お前は俺を本格的なロリコンに仕立て上げるつもりか!?」
「撤回しなさいヒガン、私の可愛い弟子の肌をこんな変態もやしに晒すなんてことがあっていいはずないでしょうが! こいつはあらゆる女の子を標的にするマルチタイプの変態なのよ、こいつが性欲を抑えきれなくなったらどうするのよ!?」
「誰が変態だこの脳筋ゴリラぁあああ!」
このアマ、俺のことをそんなふうに思っていやがったのか! 許しがたい!
「だいたいリッカ、お前は勘違いしてんだよ! 俺が守備範囲広めなのは二次元限定だ! 三次元で俺が受け入れるのは、金を無限に出してくれて『私があなたを一生養ってあげるわ』って言ってくれる年上の美人だけに決まってんだろうが!」
「それはもう変態どころかヒモじゃない! あんたやっぱり性根腐ってんじゃないの!?」
「何だとこの単細胞生物が、上等じゃねーかてめーに人類の叡智を物理的に叩き込んでやるから外出ろや!」
「いい度胸ねこの引きこもり。あんたにはそろそろどちらが上か教え込んであげる必要が」
「ごちそうさまでしたー! よしシグレ、あとで一緒に風呂なー!」
「「はああああああああああ!?」」
俺とリッカが驚愕してカレンの方を向いた。
「お前何でいきなりそんなやる気出してんだよ、何がお前をそうさせたんだよ!」
思わず突っ込んだ。こいつは一体何を考えているんだ!?
「そうよカレン、考え直しなさい! 危険よ!」
どういう意味なんだそれは!
カレンは息を荒げる俺とリッカに向けてへらっと笑った。
「え? いやー、シグレに頭撫でられるのって気持ちいいからさー、全身洗ってもらったらもっと気持ちよさそうじゃんかー?」
まるで俺と一緒に風呂に入るということに抵抗を感じていないような雰囲気だ。というか、俺に体を洗わせるつもりでいるのか。
「なるほどねえ、シグレは小さい女の子を気持ちよくすることができると」
「やめろ!」
わざとらしく頷く元凶が腹立たしい。
「おいリッカ、お宅の教育どうなってんの? もう十二歳だろ? 男と一緒に風呂とか完全にアウトだろ、地域によっては条例に引っかかるぞ」
「そういえばカレン、普段は兵士たちに相手してもらうことか多いからノリが男の子寄りなのよね……迂闊だったわ……」
リッカと額を突き合わせて囁き合う。俺は気まずさ、リッカは弟子を守るためというそれぞれの理由はあるが目指すところは一致している。
と。
「私は反対です!」
それまで黙っていたミアが勢い込んで立ち上がった。
その表情はまるで正義のために法廷で戦う弁護人のように正義感に満ちている。そうだ、言ってやれミア! 十二歳の少女が男と共に風呂に入るという発想はさすがに問題がーー
「ーー私だってまだお師様と一緒にお風呂に入ったことなんてないんですよ! カレンちゃんだけずるいです!」
誰が問題を大きくしろと言ったんだ。
「あんたミアちゃんとどんな関係なのよ……! っていうか教育が行き届いてないのはあんたのとこも一緒じゃない!」
「待て待て待て落ち着け首を絞めてくんな! 俺は無実だ、俺は悪くない!」
弟子たちに聞こえないように小声でそんなやり取り。畜生、ヒガンが余計なことを言いさえしなければこんなことには……!
「それじゃ、いっそのことミアちゃんも混ざってきたらどうだい? 何だか面白いことになりそうだし」
「いい考えですね。そうしましょう!」
「おー? ミアも一緒かー? 楽しそうたなー!」
向こうは向こうですでに決定事項であるかのような会話だ。ヒガンのやつ、明らかに面白半分で話を広げていやがる。
「おい、そのへんにしとけよヒガン。俺はこいつらと一緒に風呂なんざ……」
「あ、拒否したら胸元のキスマークをつけた子のことみんなにバラすから」
「カレン、ミア、今日は三人で裸の付き合いだ。楽しみだな」
「はあああ!?」
一瞬で意見を翻した俺にリッカがぎょっとしたように叫んだ。
「あんた、一体どんだけその唇の痕のこと隠し通したいのよ! いったいどんな秘密があるわけそれ!?」
「はは、気にすんなよリッカ。俺は十八歳。ミアとカレンは十二歳。何も間違いは起こらない。そうだろう?」
「きゅ、急に意見を変えやがって……」
爽やかな声で言い放つ俺にリッカが唖然としているようだった。
いやもう、会ったばかりの幼女にいきなりキスされた話とか俺も忘れたい。そんな話を聞いたあと弟子にどんな目で見られるか想像もつかないし、それが公表されれば今度こそロリコンのそしりは免れないだろう。
そうなるくらいならいっそミアやカレンと一緒に風呂に入るほうがマシだ。なに、いつも一緒に暮らしている弟子とその友達が一人、親戚の女の子の背中を流してやるようなものだ。まだ常識の範囲内だと言えるだろう。
「さすがシグレー、話がわかるー!」
「最近のお師様は何だか甘やかしてくれますねっ!」
何も知らない弟子たちはわんわんにゃーにゃーとはしゃいでいる。お前ら、俺がどれだけ苦渋の判断のもとに首を縦に振ったか絶対わかってないだろ。
「ほらほらリッカ、シグレもこう言ってることだし」
「まあ、カレンがいいならいいけど……」
リッカは抜き身の刀のような視線を俺に向けて言った。
「けど、何か間違いを犯したら私があんたを殺すわ」
あ、これ本気で言ってる。こんな確信抱きたくなかった。
相変わらずの二分割。八千文字とかで一括のほうがいいんですかね……? けどなんかいきなり増やすのもなあ……
どうでもいいんですが、最近ゆっくりクトゥルフの動画見るのにハマりました。どうしてニコニコの方々はああも茶番がうまいんでしょうか。めちゃめちゃ笑ってます。
次回更新は近日中に!




