赤×黒×紫②
「あう、リッカ様、私も何かお手伝いを……」
こちらに歩いてきたミアに、リッカは苦笑しながら手を横に振った。
「いいわよ、ミアちゃんも疲れてるでしょ? 今日くらい私に任せて」
「でもでも、リッカ様はお客様です。お客様に晩ごはんの用意をしてもらって何もしないというのも……」
「ふふ、大丈夫よ。今日はこれを借りるから」
リッカがぐっと俺の二の腕をつかんだ。え? 俺?
「何言ってんだリッカ、お前も知ってるだろ。俺はおにぎりくらいしか作れないぞ」
「目玉焼きくらいなら作れるでしょう?」
「卵の殻まみれでもいいならな」
「いいから来なさいっての」
と、俺の料理の腕前を誰よりも知るはずのリッカがぐいぐいと俺を台所に引きずり込んだ。まあ、いいけどな別に。ヒガンの看病で疲れているミアに料理やらせたら皿の損害が倍プッシュだろうし。
「じゃあぼくたちは料理ができるの待ちだねえ。せっかくだから何かして遊ぼうか。ねえシグレ、トランプとかないの?」
「ああ、こないだ作ったのがある。ほらよ」
と、俺は【不可視の右手】を発動して部屋の隅にひっそりと置かれていたカードの束をヒガンに放り投げた。
ちなみにあのカード、俺が自作した一点モノだ。
最初は全部無地のカードなのだが、手に持って念じながら魔力を注ぐとカードにはトランプ、ウノ、花札、麻雀牌などなど地球産ゲームグッズの図柄が浮かび上がる。カード一組で色んな遊びができるというシグレ・ジウ謹製の魔法玩具だ。
名付けて【カメレオン・カード】。近日発売予定。
「相変わらずシグレは面白いもの作るよねえ。あ、本当にトランプになった」
「何だそれ? ……武器じゃねーだろーなー?」
「『ひーちゃん』さん、それは一体?」
カレンはちょっと警戒しながら、ミアは好奇心からといった調子でソファに座ったままカードをシャッフルするヒガンの手元を覗き込む。
「あはは、これは武器なんかじゃないよ。これはね、例えはこうすると」
「「?」」
「はいよく見ててね。ワンツースリー、するとどうでしょう、さっきまでぼくが持っていたカードが消えてしまいました」
「「!!」」
と、プロ顔負けのトランプマジックを披露するヒガンに弟子組は大げさなくらい驚いた。
「すっげー! カードがどっかいったー!」
「ど、どうやったんですか!?」
「さあ? どこにいったのかなー。あ、こんなところにあった」
「「おおーっ!」」
ヒガンが手をぱっと開くと、そこについさっき消えたはずのカードが出現した。それを見たカレンとミアはまた声をそろえて歓声を上げる。
「ま、魔法かー!? でもそんなの使ってるヒマなかったし……」
「『ひーちゃん』さん、凄いです!」
すげーなヒガンのやつ。カード一枚でもう弟子組を手なずけてるぞ。
弟子組とは違う角度で見ている俺からすれば、ヒガンはトランプを『消した』んじゃなく手の甲にうまいこと隠したのが丸見えだったりするんだが、あえて言うまい。あれ、正面から見てると全然わからないんだよな。初めてヒガンに見せられたときは俺もびびったもんだ。
「……私も手品、練習しようかしら」
隣からそんな声が聞こえた。そんな本気で羨ましそうに言わんでも。
「も、もっかい! もっかい見してー!」
「えー、どうしよっかなー」
……ん?
ヒガンに手品をせがんでいるらしいカレンの背中が見えるんだが、珍しくカレンが何か荷物を背負っている。サイズ的に……何だ? 武器か? 背嚢に入っているせいで何かはわからないが、普段は手ぶらどころか服すら着てこないことすらあるカレンが荷物を持ってくるとは、一体どういう風の吹き回しだろうか。
そんなことを考える俺の横で、リッカがわざとらしく咳払いした。
「……ま、あのぶんならカレンたちに危害を加えたりはしなさそうか。それじゃシグレ、料理始めるから」
「おう。頑張れよ」
「まず鍋にお湯を張っておいて。それからこっちのにんじんと玉ねぎをみじん切り。五分以内にできなかったら、この腸詰めの代わりにあんたの指を切り落として焼くわ」
料理を始めて一分も経っていないのに指をなくすという危険が生まれてしまった。女にとって厨房は戦場だというが、どうやらあれは単なる比喩ではなかったようだ。
「馬鹿なこと考えてないで手を動かす」
「へーい」
俺は適当な返事をしながらリッカの指示に従う。
「今日のメニューは?」
「にんじんと押し麦のスープ、あとパエリア」
「パエリア? うちに材料あったっけ?」
我が家の保冷庫は家庭菜園のおかげで野菜類だけ異様に充実しているが、立地が海から遠いのでパエリアに使うような魚やら貝やらは全然入っていなかったはず。
「もともとここで晩ご飯作るつもりだったから、材料は持ってきてたのよ。量も少し多めに持って来たから一人くらい増えても問題ないわね。残念ながら」
リッカが俺の三倍くらいの速度で調理工程を消化しながらそんなことを言っていた。
『一人くらい増えても』ってことは、きっちりヒガンのぶんまで作るつもりではいるらしい。なんだかんだ律儀なやつである。
「で、どういうこと?」
「は? 何が?」
リッカの唐突な質問に俺は素で聞き返した。
「ヒガンのことに決まってるでしょ。病気の治療だか何だか知らないけど、あんたにあいつの面倒を見てあげる義理なんてあったの?」
ああ、それか。そういえばカレンの乱入ですっかりうやむやになってしまっていた。
リッカが俺に料理の手伝いをさせるなんてどんな風の吹き回しだと思ったが、つまりここで説明しろというわけだ。向こうだとヒガンが茶々を入れてくるのが目に見えてくるから、こうして別の場所に俺を連れてきたと。
「まあなんつーか、色々事情があったんだよ。あいつの病気はとあるモンスターの仕業だったんだが、そいつの情報を引き出すために仕方なくな」
「モンスター? あいつ、スクィッグ(化け茸)の群生地帯にでも突っ込んだわけ?」
ムール貝をがしがしと洗いながらリッカが怪訝な表情で聞き返してくる。
面倒くさいが、リッカには今日のことを知らせておいたほうがいいだろう。俺は頭の中で今日起きた出来事を整理しながら説明を始めた。
まず、昨日の朝に倒れているヒガンを見つけたこと。
あいつを治療するためにアリシアに話を通してセンの居場所へと向かったこと。
センには会えなかったが、その弟子がヒガンを治してくれたこと。
カエルの化け物『ベルゲル』と獅子頭の魔王『ガリオ』との関係性、魔界だの家紋持ちの魔族だのについてのこと。ベルゲルの標的はおそらく過去に魔王を倒した俺たち全員であることまで話し終えた頃には、すっかり夕食づくりの下準備を終えてしまっていた。
「……何だか厄介なことになってるわね」
「ああ」
「前回のことといい、今回の件といい……私たちはトラブルに巻き込まれる運命にあるのかしら?」
「冗談になってねーんだよなあ、それ」
パエリアの具材を放り込んだ鉄鍋がぐつぐつと煮えていくのを眺めながら、俺とリッカはそろってため息を吐いた。
だいたい話が違うのだ。俺たちは女神から『魔王を倒してきてください』と命令されてこそいたが、それはすでに達成済みである。ようやく平和を満喫できると思っていたらここに来てさらなる敵の登場とか本当に冗談じゃない。
「しかもそのベルゲルっていうの、魔王と同じくらい強いかもしれないんでしょ?」
「まあ、ヒガンいわくな」
「あのファフニールでも歯が立たないくらいなんでしょ?」
「そうも言ってたな」
リッカも当然ファフニールの化け物っぷりは知っている。
「おまけにその、『家紋持ち』? がベルゲルで打ち止めなんて保証はない、最悪ベルゲルを倒してもまた新しいのがやって来るかもしれないなんて……まあ、知らないよりはよかったけど」
その情報提供者に感謝ね、とリッカは言った。
ちなみにベルゲルだの家紋持ちだのの話だが、メルヴィとの関係性は隠しておいた。そうしないとメルヴィが関係者ってことで軍に引っ立てられてしまう可能性があるからだ。重要な情報源であることに代わりはないが、ヒガンの治療をしてもらった恩があるのであまり迷惑はかけたくない。
あいつに関してはまた俺のほうで個人的に会いに行くって方針で。
「で、どうするか考えはあるの?」
「カエル退治について?」
「ええ」
鍋からは視線を外さず、リッカが壁にもたれかかりながら聞いてきた。
あのベルゲルを倒す、というのはリッカにとって決定事項らしい。
俺も同感だ。もちろん準備は必要だろうが、潰すなら早い方がいい。
理由は決まっている。
『うあー、またババだー!』
『ふふふ、引っ掛かりましたねカレンちゃん。さあ、まだまだ勝負はこれからですよ!』
などと楽しげにはしゃいでいる二人は、俺とリッカの弟子であり、保護対象だ。
ベルゲルを放っておけば、向こうから俺たちのもとに来るかもしれない。そうなれば弟子たちも戦闘に巻き込まれる可能性がある。俺もリッカも、前回の魔王襲撃の件でそのパターンには懲りているのだ。
というわけで先手必勝。敵が来る前にこっちから出て行って駆除する。
そういう意味ではリッカが今日ここに来ているのは好都合なのだが……。
「まあ、ないことはない。リッカ、お前明日ヒマ?」
「ええ」
「そんじゃ、今日泊まってけ。明日やる」
ヒガンの話が本当なら、今のベルゲルは手負いだ。なら傷が完全に癒える前に奇襲するのがいいだろう。
こんな急な話、普通のやつなら面食らうだろうが俺の目の前にいるのは普通じゃない。
「わかったわ。早い方がいいものね」
まるで買い物にでも行くようなノリであっさりと頷くリッカ。まあ、こいつに限っては剣さえあれば準備も何もいらないからな。
「で、作戦は」
「当日発表」
「…………」
「おい、何だよその疑いの目は。あるって。ちゃんと考えてるって」
リッカが物凄い疑いの目で見てきた。
ちなみに本当に考えていることはある。あるが……これはリッカに言ったらぶっ飛ばされること請け合いなので迂闊に口に出せない。もっともらしい建前を思いつくまではリッカに気付かれることすら避けたいところだ。
「……何か企んでるわね?」
「滅相もございません」
「あらシグレ、この世界で一番付き合いが長いのは誰か覚えてないのかしら? あんたが隠し事をしているときの癖くらいとっくに気づいてるわよ」
もうやだこいつら。どうして俺の周りの女ってのはこう勘がいいんだろう。
それでも俺が黙っていると、リッカは小さくため息を吐いた。
「……ま、言いたくないならいいわ。あんたがそうすべきだって思ったってことだろうし。けどミアちゃんやカレンを危険にさらす真似じゃないわよね?」
「そこは保証する。間違いなくあいつらは安全だ」
本当に間違いない。【夢幻牢】なんて目じゃないくらいの安全地帯を用意できるはずだ。
「ならいいわ。ところでシグレ、話は変わるんだけど」
「ん?」
リッカはちらりと流し台のほうに目をやって、
「なぜか玉ねぎの皮はあっちにあるんだけど、にんじんの皮だけ見当たらないのよね。ほら、最初にあんたに剥いてもらったやつ。あんたどっかに捨てた?」
……?
「え? にんじんの皮って剥くもんなの?」
「今度ミアちゃんに料理教えてもらいなさい」
リッカが頭痛でもするように額を押さえていた。
出先からなので、誤字チェックとかかなりアレです。見つけたらぜひぜひご指摘お願いいたします。
次回更新は未定!




