赤×黒×紫
「ようリッカ。久しぶりだな。どうかしたのか?」
「いま言ったじゃない。あんたにもらった通信用の魔法陣が壊れたから、見てもらいに来たのよ。……まあ、直すのはミアちゃんがもうやってくれたけど」
通信用の魔法陣が壊れた……って、ああ、そういや昨日こいつに連絡しようとしたとき繋がらなかったな。あれは単なる魔法陣の故障だったか。
俺はにっこりと爽やかな笑みを浮かべて言った。
「そりゃ悪かったな。とりあえず、用は済んだんだよな? じゃあ気をつけて帰れよ」
「残念ながらたった今用事が増えたのよね。誰かさんが素敵な登場をしてくれたおかげで」
リッカはまったく笑っていなかった。ヤバい。右手が剣の柄をしっかり握っていやがる……!
「まさかここであんたに会えるとは思ってなかったわよ、ヒガン?」
ぞくり、と俺まで肌が粟立った。室内がリッカの放出する剣気に浸食されていく。
まだ剣を抜いてすらいないのにこの迫力だ。距離が近いせいで動こうとすら思えない。一歩でも動けばその瞬間ぶった斬られるんじゃないか、という確信めいた恐怖が俺の胸中を満たしていった。
え、斬られないよな?
リッカのやつ、俺までぶった斬ろうとは考えてないよな?
さすがにヒガンもこの剣圧の中じゃあいつも通りには動けなーー
「あは、リッカってばこわーい☆ そんなにシグレがぼくに取られるのが嫌なの?」
正気かこの女は。
「おいヒガン! やめろ、くっつくな!」
「やだなあ、シグレってば照れちゃってー。それともやっぱりメルヴィちゃんやミアちゃんみたいな小さい女の子じゃないと興奮しなむぐぐぐ」
「それは誤解だと言っただろうが黙ってろ!」
俺は慌ててヒガンの口を開いている手で塞ぎにかかる。
リッカの前でその発言は何よりも危険だ。俺がロリコンだという根も葉もない話がリッカに信じられでもしたら、ミアを溺愛するあの女は容赦なく俺に制裁を加えるだろう。それは何としても避けなくてはならない。
しゃらん。
「あら、随分と仲良さそうね、シグレ?」
「剣抜いてんじゃねえー!」
まずい。あの目は明らかに俺まで標的に数えている目だ。このままだとヒガンのついでに俺までやられてしまう。
「落ち着けリッカ、誤解だ! 俺は別にこいつの味方をしているわけじゃない!」
「ふうん? どうでもいいんだけど、胸元に唇の痕までつけてその言い訳は苦しいんじゃないかしら?」
「ちょっと待てそれも誤解!」
あああああ、また面倒なことに! メルヴィのせいで! あの藍髪ロリがつけていったキスマークのせいで!
「まあ、確かにヒガンの顔がいいのは認めるわ。けど忘れたの? そいつ、指名手配犯よ。情にほだされたって言うならあんたも同罪ね。そんなに仲が良いなら一緒に牢へぶち込んであげるわ」
「やったねシグレ! ぼくたち、これからもずっと一緒だよ☆」
「言ってる場合かこの馬鹿! ちょっと待て、リッカも落ち着け!」
「ええ、いいわよ。あんたらをまとめて縛り上げたあとでね」
駄目だ! まったく聞く耳を持とうとしてない!
などと心の中で絶叫していると、
「そこまでにしてください!」
ミアの声が俺たち三人を硬直させた。
「み、ミアちゃん……? どうしたの、いきなり」
「リッカ様、聞いてください。『ひーちゃん』さんはご病気だったんです。森で倒れていたところを私とお師様が見つけて、お師様は『ひーちゃん』さんの治療をするために出かけていただけなんです」
「治療?」
リッカがちらりと俺のほうを見たので、俺はぶんぶんと首を縦に振って肯定。
「本当だ。ってかミアがこんな顔で嘘つくわけねーだろ」
「……それもそうだけど」
釈然としない様子ながらしぶしぶと頷くリッカ。すげえ。俺が何を言ってもガン無視だったのに、ミアが事情を話しただけでリッカの態度が明らかに軟化した。
「だとしても、私には関係ないわ。ミアちゃんも知ってるでしょう? あいつは手配書に名前が載ってる立派な犯罪者よ。私は立場的にヒガンを捕まえなきゃいけないわ」
「でも、本当に『ひーちゃん』はご病気だったんです。ものすごい熱が出ていて、立つこともできないくらいで……」
「いやー本当に体調悪いなー。もう足腰がつらくてつらくて。立ってるの疲れたからソファに座ってていい? あ、ぼくのことは気にせずに話続けてね」
「縄はどこにしまったかしらね」
「お、落ち着いてくださいリッカ様! 嘘じゃないです! お師様がお医者様に診せに行くまでは本当に体調が悪かったんです!」
ヒガンが適当な口調で言った台詞でリッカが見るからに苛ついている。つくづく相性の悪い二人だな。犬猿の仲とはこのことか。
「……けど、ミアちゃん。こればっかりはどうしようもないわ。あのバカは悪いことをして、それはきちんと償わなきゃいけない。それはわかるわよね?」
リッカはミアを諭す方向に宗旨替えをしたらしい。まあ、どう考えてもリッカの言うことが正しい。ヒガンに関しては自業自得だ。
「……わかります。けど、あんまり無理をさせてしまうと『ひーちゃん』さんがまた体調を崩してしまいます。あんなに辛そうだったのに……」
「うっ……」
ミアの沈痛そうな言葉にリッカが怯んだ。リッカからすれば、溺愛していると言っていいほど気に入っているミアにあんな表情をされるのはつらいだろう。
「お願いします、リッカ様。一日だけでいいんです。せめて今日一日だけ、『ひーちゃん』さんを見逃してあげてくださいませんか……?」
そしてここでとどめの上目遣い。胸の前で両手まで組んで病人をかばうミアの姿はまるで幼きシスターのようだ。
「……ああもうっ、わかったわよ! その代わり明日になったらきっちり捕まえるからね!」
「はい! ありがとうございます、リッカ様!」
ここでついにリッカが折れた。花咲くような笑みを向けてくるミアに、仕方ないなあこの子はとでも言いたげな笑みを浮かべている。
何ということでしょう。あっという間にさっきまで殺気立っていたリッカが大人しくなってしまいました。
我が弟子ながら凄いなあいつ。猛獣使いの才能とかあるんじゃないだろうか。
「えっと、それで結局ぼくはどうすればいいのかな?」
ソファで自宅のようにくつろぎながらヒガンが呑気に尋ねた。
そのヒガンをリッカはじろりとにらんで、
「……とりあえず、今日は見逃してあげるわ。逃げたら承知しないけど。……ミアちゃんに感謝することね」
「やあ、こわいこわい」
肩をすくめているヒガンからは怖がっている気配はまったく感じない。何を食って育ったらここまで図太くいられるんだろう。
「『ひーちゃん』さん、お体は大丈夫ですか?」
「うん、もうすっかり。色々ありがとね、ミアちゃん」
心配そうな顔で寄ってきたミアにヒガンがにこやかな対応をしている。
ヒガンもそうだが、ミアも以前あんなこと(※魔王再襲撃)があった割にヒガンに対して悪感情を抱いていないように見える。何という大物。
「ちょっとシグレ、面貸しなさい」
「ウッス」
ミアとヒガンが会話しているのを尻目に、リッカが俺の服の袖をつかんで部屋の隅へと引っ張っていった。
「これどういうこと? きちんと説明してもらうわよ」
リッカの切れ長の瞳が俺を至近距離から見据えていた。
まあそうなるよな。リッカからしたらこの状況は意味不明だろうし。
「えっとだな、まずうちの近所にヒガンが落ちてたことはさっきミアが言っただろ?」
「ええ、聞いたわね」
「そんで、あいつが倒れてた事情ってのがーー」
「ーー見っつけたああああ!」
俺がリッカに事情を説明しようと口を開きかけたところで、ばん、と勢いよく扉が開く音。部屋にいた四人が残らずそっちを見る。
「どこにいるのかと思ったらこんなとこにいたのか! こりゃついてるぜ……!」
そこにいたのは、くせのある金髪と褐色の肌、そして頭部に生えたネコミミが特徴的なミアと同じくらいの年の少女だった。
俺たち四人が呆気に取られる視線の先でその少女は跳躍。一直線にソファに腰かけるヒガンに突進をかける。
「けど残念、ここで会ったが百年目! 一千万メリルの賞金首ーーこのカレンがもらったああああっ!」
ゴッ
「あいたっ」
「人んちで何やってんだおめーは」
今にもヒガンに飛びかからんとしていたネコミミ少女、リッカの弟子であるカレンの脳天に拳骨を落とす。
「あ、シグレ。久しぶりだなー」
「おう、久しぶり。で、いきなり何をそんなにエキサイトしてるわけ?」
「決まってんだろー! こんな近くに高額賞金首がいるんだぜ? とっ捕まえて城の衛兵に突き出すんだよ!」
一点の曇りもない眼差しでそんなことを言うカレンだった。ああ、そういえばこいつもともと賞金狩りだったんだっけか。
カレンは爛々と輝かせた目をソファでのんびり座っているヒガンに向けた。
「そんじゃー、とりあえず一発いいのをキメてそれから」
「それからも何もありません! カレンちゃん、ストップ、ストップです!」
舌なめずりをしてソファへとにじり寄る猫耳ロリをミアが慌てて止める。
「へ? 何ミア、どしたのー? っていうかみんな何であいつと仲良さげなんだー?」
「仲良さげとかそういうことじゃなく、『ひーちゃん』は病み上がりなので優しくしなくてはダメなんです」
「病み上がりー?」
「そうです。病人さんは大事にしなくてはダメです」
「えー……まあ、ミアがそう言うならー……」
カレンが不承不承といった顔で引き下がった。タチバナさんの師弟コンビはミアにお願いされると断れないらしい。
「そうよ、カレン。あの紫髪は賞金首だけど、今はミアちゃんに免じて見逃しなさい」
「なあリッカ。今更だけど、お前さっきカレンが最初に飛びかかろうとしたとき止める気なかったよな? お前より先に俺が手を出すなんて物理的に不可能なはずなんだが」
「気のせいよ」
ぶった切られた。リッカには理屈とか論理とかいう概念は通用しないことがままある。
「あはは、みんな仲良しだねえ」
話題の中心はこの反応だ。もはやミアという最強の護衛を味方につけたヒガンは安全圏に到達したといっても過言ではない。
ま、明日までの期限付きだけどな。その条件がなかったり、ミアがヒガンの口車に乗せられているだけだったりしたらリッカは容赦なくヒガンをひっ捕らえただろうし。
ぐうううううう。
「ん?」
何か聞こえた。
「あれ、ミアお腹鳴ってるぞー」
「い、言わないでくださいっ! きょ、今日はお昼から何も食べていなかったので……」
カレンに指摘されて犬弟子は顔を真っ赤にしていた。ああ、そういえば今日はずっとヒガンの看病してたもんな、あいつ。
ちらとすぐそばのリッカを見ると、おそらくこの中でもっとも料理が得意であろう百剣の王サマがうっとりした目でそんなミアを見ていた。
それからリッカは俺の視線に気づいてこほんとわざとらしい咳払いをすると、
「えっと、シグレ。キッチン借りてもいいかしら?」
「遠慮なくガンガン使ってくれ」
俺は躊躇なく頷いた。ナイスだミア。お前のおかげで今日はうまい晩飯が食えそうだぞ。
また長くなったのでぶった切りました。最近このパターン多いですね……いえ、偶然です。本当に偶然です。別にページ数稼いで長編のフリをしようとしてるわけじゃありませんよ? 本当ですよ?
次回更新は未定! レポート地獄はまだ続いている……




