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天癒上人?⑦



「そういうこと」


 ヒガンがやれやれと言うように肩をすくめた。


「タイミングが良すぎだとは思ったんだよねえ。ぼくが匿ってた魔王が今度こそシグレたちに倒されて、その直後に似たような雰囲気の化け物がやってくる。……これ、どう考えても、『仲間を殺されたのを感じ取ったから復讐しに来た』ってことでしょ?」


 ヒガンの言葉に俺もいくつかの疑問が氷解していくのを感じていた。


 いまだ謎に包まれていた魔王の素性。ベルゲルとかいうのがヒガンを狙った理由。

 あいつらが二体とも魔界から来た同僚っていうならそれも納得できる。

 納得できるが……何だか話が無駄に壮大になってきている気がする……。


 まさかとは思うが、これから先その家紋持ちがこっちに殺到するなんてことはないだろうな。『ガリオの仇!』とか何とか言って。勘弁してほしい。


「……シグレ。元気ない?」


「いや、これからのことを考えていたら頭痛が……って、お前はいいのか?」


「……なにが?」


 俺の服のすそを掴んだまま上目遣いで見上げてくる藍髪ロリに、俺は確認するように言った。


「お前も家紋持ちなんだよな?」


「……いちおう」


「お前は俺たちのこと恨んでねーのか? そのガリオとかいうの、殺したのは俺たちだぞ」


「……どうして。わたしがシグレたちを恨むの?」


 いや、だって仲間とかじゃねーの。何かもうよくわかんねーけど。


「……べつに。仲良くないから」


「そんなもんか」


 俺は釈然としない気分で相づちを打った。

 色々と今回の件の裏側が見えてきたものの、こいつの立ち位置はいまだによくわからんな。そもそもこの藍髪ロリは、一体どうしてここにいるんだろう。獅子頭の魔王の後釜ってわけでもなさそうだし、センの弟子になった経緯も気になる。わからないことだらけだ。


 いちおう、俺たちに対して害意はなさそうだが。あればヒガン(※特技:腹芸)が何か反応しているだろうし。


「……ベルゲルも。たぶん、王様の命令で来ただけ」


 そんなことを考えている俺をよそに、メルヴィが言った。


「王様?」


「……魔界の王様」


 魔界にも王様はいるらしい。


 ってか魔界の王様ってそれ、本物の魔王じゃねーか。ラスボス感強すぎだろ。絶対に関わりたくない。


「……王様は。ガリオを使って、他の世界を、壊してる」


 メルヴィが言葉を続ける。


「壊す? 何でそんなことを?」


「……壊したあとで、その世界も、家来にする。ガリオはそのためにいるの」


 ほほう。つまり侵略戦争を仕掛けて、そこを支配すると。


 メルヴィの簡略過ぎる説明を受けて、ヒガンが能天気に笑いながら言った。


「昔の欧米諸国みたいだねえ」


「未開の大陸を征服して植民地ってか。笑えねー……」


 いやもう本当に笑えない。どんどん話がきな臭くなってきている。


 つまりアレか。魔界には王がいて、領土を広げるために他の世界に刺客を送り込んでいると。


 本来なら領土強奪のためには戦争をしなきゃならないんだろうが、まあ獅子頭の魔王ーーガリオくらいでたらめな強さを持ってれば一体でも戦力としては十分だろうな。そうやって他の世界を滅ぼして、そこを支配するわけだ。

 で、そうやって支配領域を広げていたら、いきなりガリオが死んだ。


「……王様は。ガリオが死んだのがわかったら、原因を探そうとすると思う」


 それまで敵なしだった強い部下の訃報。それを受けて王様が次に起こす行動は、その部下を殺した相手の調査、ついでに始末。


 その命令を受けたのが、ベルゲルとかいうカエルの化け物というわけだ。


「はー……」


「……シグレ。ため息ついてる」


「いや、何か面倒なことになってきたなあと」


 魔界、という未知の世界の存在。

 この世界をナチュラルに滅ぼそうと画策している真・魔王。

 おまけに今回送られてきたベルゲルとかいうのは、俺たちを探している可能性が高いらしい。


 獅子頭の魔王を殺した相手を標的に送り込まれているんだから、ベルゲルの戦闘能力は獅子頭の魔王、つまりガリオと同等かそれ以上と考えるべきだろう。掛け値なしの強敵だ。


 あーあ、何でこう厄介ごとが起こるかなあ。俺は単にヒガンの治療を頼もうと昔の仲間を訪ねただけだというのに。


「シグレはこれでけっこう常識的な思考回路の持ち主だからね。予想外のことに適応するのには時間がかかるんだよ」


 ヒガンが訳知り顔で何か言っている。わざわざ『シグレは』と俺の名前に限定するあたり、自分に常識が欠如している自覚はあるらしい。


「……本当のことなのに」


 メルヴィはふてくされたようにそんなことを言っていた。


「うるせーよ。ってかヒガン、お前は信じたのか? メルヴィの話」


「まあね。っていうかメルヴィちゃんは嘘をついてないってぼくの勘が言ってる」


「うへえ」


 ヒガンの勘はよく当たる。とりわけ相手が嘘をついているかどうかに関しては外しているところを見たことがない。


 となると、やっぱりメルヴィの言っていることは本当なのか……と俺が横を向けば、当の藍髪ロリはといえば、


「……ふぁ」


 あくびをして眠たげに目をこすっていた。


 よくよく周囲に気を配ってみると、窓から真っ赤な光が入ってきている。


「うお、もう夕方か」


 色々とあったせいで時間の感覚がすっ飛んでいたらしい。アリシアと会談していたのは今日の朝だったはずなんだがな。


「あれ、メルヴィちゃんはもう寝る時間?」


「……今日は。つかれた。いっぱい魔力、使ったから」


 メルヴィはまたあくび。ああ、確かに魔力使い過ぎると眠くなるよな。わかるわかる。


「……メルヴィちゃん。ありがとね」


 ヒガンが珍しく殊勝な態度で礼を言っている。最初はヒガンにびびっていたメルヴィもそろそろ慣れてきたらしく、大人しく頷いていた。


「あ、おい、そのまま寝たら風邪ひくだろ。そこに毛布を敷いてあるんだからそこで寝ろ」


「……眠い。だっこ」


 子供か。


「ったく……」


 まあ、ミアも眠たくなるとこんな感じになることがある。こいつはミアよりさらに年下なんたがら、子供っぽいのも仕方ないか。


 俺はメルヴィを抱えて毛布に乗せてやり、それから転がして毛布で巻いてミノムシみたいにしてみた。予想以上にシュールだ。


「……かいてき」


「マジでか」


 半分ふざけてやったんだが、思いのほか好評だったらしい。


「シグレってさ、小さい女の子の扱いが上手くなってるよね」


「一緒に暮らしてるのがあれだからな」


 妹がいる男は女と話すハードルが他の男よりも低いという。要するに慣れの問題だ。

 小学生くらいのロリと三か月以上も暮らしていれば、嫌でも接し方を覚えるだろうよ。


「さて、それじゃあぼくたちはもう行くよ。じゃあね、メルヴィちゃん。今日は色々とありがとう」


 ヒガンが寝落ちしかけのメルヴィに囁くように言う。

 メルヴィは薄目を開けて「……ん」と最低限の返事をする。


「俺も帰るわ。今度改めて礼でも持ってくるよ」


「……いらない」


「いや、でも悪いし」


「……なら。シグレがいい」


「……………………は?」


「ひゅー!」


 面白そうに目を輝かせるヒガンが鬱陶しい。いや、今それはどうでもいい!


「あのなメルヴィ、お前はガキだからともかくその言い方はマズいだろ。ロリコン患者にそんなこと言ったら間違いなくお前誘拐事件が発生するぞ」


「……シグレの。魔力、また吸わせて……」


 ああ、そっちね。別に構わないが紛らわしい言い方はやめろ。


「……吸う、ねえ……」


 ほら見たことか。隣のバカがまたニヤニヤしているだろ。俺がロリコンだと思われたらどうしてくれる。色んな意味で大惨事だぞ。


「ああくそ、行くぞヒガン! これ以上いると俺の認識が崩れそうだ!」


「え? 何が? シグレがロリコンって話ならもうわかったところだけど」


「そら見ろ!」


「あはは。じゃあね、メルヴィちゃん! 今日はありがとう!」


「……ん。また」


 ずるずるとヒガンを引きずって建物の外へ。畜生、メルヴィが寝ぼける前に撤退しておけば……。


「で、シグレ。これからどうするの?」


 メルヴィの家から出て、すっかり元気になったヒガンが尋ねてきた。


「とりあえずベルゲルってやつを駆除する」


「わあ、ぼくがやられた復讐してくれるの? ぼくってば愛されてるなあ」


「頭のネジどっかに落としたのか? 向こうが襲いに来る前に先手取って倒しちまおうって話に決まってんだろ」


 ベルゲルは、獅子頭の魔王を倒した人間を追っている。


 魔王が死んだときにそばにいたのは俺、リッカ、ヒガン、あとは弟子組。セン……は多分大丈夫だろうな。世間的に魔王が滅んだと言われている三年前の戦いでは、実際には獅子頭の魔王は死んでなかったわけだし。


「すぐには襲ってこないと思うよ。最後に大技決めてきたから」


「大技?」


「黄金竜のブレス」


「お前そんなやつまで従えてたのか……」


 黄金竜、ファフニール。懐かしい名前だ。ただしロクな思い出じゃない。


 Q、どんなモンスターですか?

 

A、元魔王討伐パーティーがかつてボッコボコにされた相手です。


 ヒガンの配下を増やそうと思って封印されていたのを叩き起こして戦闘を挑んだものの、肉弾戦ではリッカがやられ、遠距離戦ではブレスに俺が押し負けた。あれを倒すために俺は竜に対して特効のある魔法陣を開発したんだが、それでも当時は封印しなおすのが精一杯だったというハイパー竜様。それがファフニールだ。

 今でもあいつは地下深くにある洞窟で眠っているもんだと思っていたが、一体どんな手段を用いたのか、ヒガンは何とあの化け物を使役していたらしい。


「一体どうやって倒したんだよ、あの化け物。まだ隠し玉でも持ってんのか?」


「企業秘密☆」


 殴りたい、この笑顔。

 拳を握りしめる俺の横で、ヒガンは露骨に話題をそらしにかかる。


「まあそれはそれとして、盛大に燃えてたからね、あのカエル。しばらくは身動き取れないんじゃない?」


「……お前の話が本当ならな」


「シグレは疑り深いなあ。そんなにぼくのことは信用できない?」


「当たり前だろ。……俺は今から、お前を牢屋に放り込もうとしてるんだぜ」


 俺の言葉に、ヒガンはへらっと笑った。


「わかってるってば。衛兵に突き出すなり私刑にするなり、好きにしてくれていいよ」


「……」


 俺はヒガンの目を見据えたまま少し昔のことを思い出す。


「シグレ? どうかした?」


 ヒガンは出会った当初から変わらない、心の奥底が見通せない笑みを浮かべていた。


 ああ、そうだ。今じゃ指名手配犯のこいつも、以前はちゃんとした仲間だった。

 強くて、社交性があって、相手の考えを読み取ることに長けている。気まぐれな性格なのが玉に瑕だが、とにかく頼りになるやつだった。

 命を救われたことが何度もある。『あはは、シグレは危なっかしいなあ』とか笑いながら、こいつは俺の気づいていなかった致命的なミスを潰してくれていた。


 ヒガンは元魔王討伐パーティーの中で、一番先の見えるやつだった。


 だからこそ俺はこいつを頼りにしていたし、口には出さなかったがリッカもそうだっただろう。


「……」


 俺は今になって気づいた。


 飄々としていて底知れない。何を考えているかわからない。だけど俺は確かに、ヒガンという女のスペックを認めていたのだ。


 たまにその力の使い方を間違えることはあるが、それを差し引いても俺はこいつのことを『敵』とは認識できない。それはもう、かつての『仲間だったヒガン』が俺の脳内に住み着いている限り拭い去れない感覚だろう。

 たとえこいつが俺やリッカを殺しかけたとしても、それは変えられない。


 厄介だよなあこういうの。どんなに目の前のやつが悪人だと思おうとしても、仲間だった頃の思い出が邪魔してきて自分の本心が納得できないんだから。


「……なあ、ヒガン」


 だから、俺は。


「いま謝れば、牢屋行きは勘弁してやってもいいんだぞ」


 俺はヒガンと目を合わせずに言った。祈るような心境で。


 だが、こういう時にこそ思い通りにならないのがヒガンという女である。

 ヒガンは俺の目の前で「ハッ」と鼻を鳴らしやがった。


「やだね。言ったでしょ、ぼくは謝らないって。忘れたの?」


 迷うどころか、俺をバカにしてくるような態度をとる始末だ。こ、この野郎……!


「だいたい、勘弁『してやる』なんて言い方が恩着せがましいよねえ。ぼく、そんなこと頼んだ覚えはないんだけどなー?」


「ああはいはいそうだったな! 俺が悪かったよ! 牢屋にブチ込まれて反省してこいこの馬鹿!」


「うん。もちろんだよシグレ。捕まってる間、じっくり次の計画を練ってくるね」


「反省しろって言ってんだろ!」


 こいつはまだ何かしでかすつもりでいるのか。


 うんざりした表情を浮かべているであろう俺の顔を見て、ヒガンは笑った。


「どれだけ時間がかかっても、また僕は悪いことをするよ」


「何がお前をそんなに駆り立てるんだよ……」


 俺は心底うんざりしてため息を吐いた。


 そのすぐ隣で、ヒガンは楽しげに笑って、




「……だから、次もシグレがぼくをやっつけてね」




 ヒガンが何か呟いたような気がしたが、俺にはよく聞こえなかった。


「あん? 何だって?」


「何でもないよ」


 ヒガンの視線は俺ではなく、真っ赤な夕日に注がれていた。

 まあいいんだがな。言いたくないなら。


「それじゃ、行くか。ほら、夕日はきちんと眺めとけよ。しばらくお外の景色は見られなくなるんだからな」


「やあ、こわいこわい。もちろんそれはいいんだけど……シグレ、せっかくだし一つだけお願いしていい?」


「……言うだけ言ってみろ」


「最後にミアちゃんにもう一回会いたいな。看病してくれたし、お礼が言いたいんだ」


 ほう。それは殊勝な心掛けだな。


「まあ、それくらいなら」


「さっすがシグレ、話がわかーー」


「ただし」


 俺はまた何か言いかけたヒガンの右手をがっと掴んだ。


「へ? え、ちょっ、な、何これ?」


 俺に手を握られたことで、珍しくヒガンが動揺している。おお、狙ってやったわけじゃないがちょっとスッとした。


「転移のドサクサでお前が脱走を試みないとも限らねーからな。逃げないように、ちょっとした保険をかけさせてもらうぞ」


 手をつないでおけば、ヒガンといえど俺を振り切ることはできまい。

 こいつは転移魔法を使えるモンスター『カーバンクル』を使役しているからな。警戒しておくに越したことはないだろう。


「ああ、そういうこと……別に逃げたりしないってのに。まあいいけどさ」


 ヒガンは俺に握られた手からようやく力を抜いた。よし、わかればいい。


 俺はそのまま転移魔法陣を起動させた。


「いいんだけど、なんかシグレに不意を突かれたのが悔しいからあえて上を行ってみようかな」


「は? ちょっ……、お前やめろ! くっついてくんな!」


 転移魔法陣が発動した直後にヒガンが俺の腕にしがみついてきた。ちょうど恋人同士がするような仕草だ。


「さあ、このまま帰ってみよう! カップルみたいに腕を組んだぼくたちを見てミアちゃんはどんな反応するかな?」


「ふざけんなこの馬鹿! おい離せって、病み上がりのくせにこんなところで全力出してくんじゃねーよ!」


 ぎゃあぎゃあと喚きながら俺の家の中まで転移。ああくそ、これだとうちの弟子にいらん誤解をされかねない! ただでさえメルヴィがつけた唇の痕の言い訳もしなければならないというのに!

 俺とヒガンが自宅までの転移を完了させる。


「あ、お師様お帰りなさーー」


 まず、すぐそばにいたミアが硬直。ああ、また面倒なことになる……などと思った矢先。


「……へえ。これは面白いものを見たわね」


 今度は俺とヒガンが硬直を課せられた。原因は背後からかかってきた声。


 ぎぎぎと俺たちが同時に振り返ると、そいつは特徴的な深紅の髪を揺らしながら言葉を続けた。


「通信用の魔法陣の調子が悪くなったから見てもらおうと思ってきたんだけどーーどういうことか説明してもらえるかしら?」


 落ち着いた態度とは裏腹に、絶対零度の笑みを浮かべる『百剣の王』リッカ・タチバナの姿がそこにはあった。


 やっべえー。



 長々と続いた説明パートはここでいったん終了です。

 次章は箸休めというかそういうアレで、久々の日常パート。もしくは茶番、の予定。


 次回更新は未定! 感想コメントお待ちしております!

 というか誰か行間とかのアドバイスください。いいんでしょうかこれ、読みにくくないですかこれ……?

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