天癒上人?⑥
「すごいなあ。あんなに体がきつかったのに、もう何ともないや。きみが治してくれたんだよね? ありがとうね」
「……あ。う、その……うん」
「いやあ、しかしすごい治癒魔法のセンスだね。名前何て言うの?」
「……メルヴィ」
「メルヴィちゃんね。オーケー、覚えたよ。ぼくはヒガンっていうんだ」
「……ヒガン?」
「そう。まあ、『ひーちゃん』でも『ひーたん』でも適当に呼んでよ。それで、自己紹介も終わったところでさっそく聞きたいんだけと、メルヴィちゃん」
「……なっ。なに?」
ヒガンはすっかり血の気の戻ったほおを掻きつつ。
「……何でぼくからそんなに距離を取ってるの?」
人見知りを発揮して俺の陰に隠れてしまったメルヴィにそう尋ねた。
「諦めろ、ヒガン。こいつはお前のことが怖いんだってよ」
「え? 失礼しちゃうなあ、こんな美少女を捕まえてさ」
わざとらしく膨れてみせるヒガンを見て、俺はため息を吐いた。
ヒガンが意識を取り戻したのはついさっきのこと。本人に異常がないか確認し、メルヴィの診察によれば回復済みの太鼓判を押された。
『従魔姫』ヒガンの復活である。
現在はヒガンに今の状況を説明していたところだ。もっともメルヴィは人見知りのためかほとんど俺の陰に隠れたまま口をほとんど開こうとせず(さっき至近距離から治療までしていたはずなんだが)、ヒガンもヒガンで、
「じゃあせっかくだしぼくも特技を披露しようかな。じゃあ行くよ、メルヴィちゃん掌を上に向けてみてね? さあさあご注目、ワン・ツー・スリー! するとどうでしょう何もなかったメルヴィちゃんの掌にいつの間にか超レアモンスターの『カーバンクル』が!」
『キュー』
「……へ? みぎゃあっ!?」
……ヒガンの異能である『モンスターを従える力』には、契約したモンスターを異空間に格納し、好きな時に好きな場所へ呼び出せるというオプションもついてくる。
その特別な力を利用して手品よろしくメルヴィの掌に使役獣を出現させ、メルヴィを驚かせて遊んでいるヒガンの姿を見て俺は眩暈がしてくる思いだ。
「いい加減にしろ、アホ」
「あいたっ」
がんっとヒガンの頭に拳骨を落とす。
「ふざけ過ぎだ。お前、メルヴィには治療された借りがあるんだぞ? そこをきちんと理解してるか?」
「あれ、シグレ随分メルヴィちゃんの保護者っぷりが板についてるね。ミアちゃんと一緒に暮らしてるうちにロリコンに目覚めた?」
「もう一発行っとくか」
「わ、タンマタンマ。ごめんってば。しばらくぶりに自由に体が動くようになったもんだから、ちょっと舞い上がっちゃったんだよ。メルヴィちゃんもごめんね?」
カーバンクルをメルヴィのそばから呼び戻しつつ、ヒガンが軽い調子で謝罪の言葉を口にする。すっかり元気になりやがってこいつは。
俺はすう、と息を吐いた。それから意識的に視線を鋭くする。
「……シグレ?」
メルヴィが不思議そうに俺を見上げた。俺はそれを無視してヒガンに視線を注ぐ。
「ーー例の取引、覚えてるな?」
「……まあね」
ヒガンは小さく笑った。
「……二人とも。どうしたの?」
俺たちの不穏なやり取りを見て、メルヴィが首をかしげている。
「なら、教えろよ。お前を襲ったってモンスターについて、洗いざらい全部」
取引内容は、俺がヒガンを治療する手立てを見つける代わりに、ヒガンからヒガンを襲ったモンスターのことを聞きだすというもの。俺のほうが条件を達成した以上、こいつにも守ってもらう。
「……モンスターって。ベルゲルのこと?」
メルヴィが俺とヒガンを交互に見ながら言ってきた。
「ベルゲル?」
「ああ、そういや言ってなかったっけか。このメルヴィの知り合いの、カエルみたいな化け物だとよ。お前をやったのはそいつで合ってるか?」
「合ってるけど……何でメルヴィちゃんはそのこと知ってるの? っていうか、今更だけどこの子何者? ぼくの病気をこんなにあっさり治すなんて、どう考えても只者じゃないよね」
ヒガンはかすかに眉根を寄せた。警戒しているような表情にも見える。
……仕方ねーな。先に説明しとくか。そのほうが話が早そうだし。
「言っていいか?」
「……(コクン)」
メルヴィの許可が下りたので、俺はヒガンにメルヴィの身の上を明かした。
ヒガンが遭遇したのは、おそらく『ベルゲル』という魔界の生物であること。
メルヴィも魔族であり、センの弟子であること。
メルヴィたち『蛇』の家紋の一族と、ベルゲルたち『蛙』の家紋の一族は仲が悪く、メルヴィは俺たちに協力的であること。
「……なるほど」
すべて聞き終えたヒガンは極めて真面目くさった表情で言った。
「理解したか?」
「うん。そっか。メルヴィはセンの弟子だったんだね。医療魔法のこともそうだけど……色々と納得だよ」
「そこは俺も同意する」
「?」
何も知らないらしいメルヴィが疑問符を浮かべていた。いいんだ。気にしないでくれ。本当に気にしないでくれ。
「しかし、魔族ね。魔族かあ……」
「……ほ、本当」
さっきの不意打ちカーバンクルが聞いているのか、いまだにびくついているメルヴィがおどおどしながら言った。
そんなメルヴィを見ながら、ヒガンはわりと真剣な様子で顎に手を当てていた。
「……ううん。疑ってないよ。むしろ、腑に落ちたかな」
「腑に落ちたって何が」
「ぼく、ちょっと前まで魔王を使役してたでしょ?」
ああ、まったくいい思い出ではないがな。
「色々とモンスターを使役してきたぼくだけど、魔王は別格だったよ。何せモンスターを従える容量をバカみたいに占拠したからね。魔王を従えてたときのぼくは、他にはカーバンクル一体ぶんしかキープしていられなかった。他のモンスターたちは、泣く泣く手放さざるを得なかったよ」
俺の気持ちをあっさり無視してヒガンは続けた。
ヒガンが使役できるモンスターの数には限りがある。これは俺も知っていることだ。
これはパソコンのキャパシティみたいなもので、モンスターはそれぞれ必要な『容量』が設定されている。強いモンスターほどデータ量が多く、容量をより多く食う。
ヒガンは魔王討伐の旅路で、だいたい三十体近いモンスターを常にストックしていた。そのスペースのほとんどを占拠するとなると、どれだけあの魔王が別格だったのかわかろうというものだ。
「……魔王?」
メルヴィが何やら首を傾げているが、とりあえず放置で。
「っつーか、それがどうしたんだよ? 例のカエルに何か関係あるのか?」
「何ていうか……あのカエル型モンスターからは、魔王と似たような雰囲気を感じたんだ。ぼくの手持ちなんかとは比べものにならないくらいの、濃い魔力っていうのかな。そういうのをさ」
「濃い魔力、ねえ」
俺はヒガンの言葉を反芻した。
魔王が通常のモンスターと異なるのは、その強さだ。
この世界じゃあ竜型のモンスターが基本は生態系の頂点。だが、その竜が束になってもかなわなかったのがあの獅子頭の怪物である。
突然変異の危険種、というのが今のところの研究者たちの見解だがーー実際に戦ってみた俺たちとしてはその認識には異論をはさみたくなる。
魔王は、他のどのモンスターと比べても異質だった。強さとか以前に、肉体の造りからこの世界の生物ではないとすら思えた。その違和感こそ、ヒガンが『容量の多さ』と表現した規格外の保有魔力であり、それはヒガンの言葉を信じるなら、例のベルゲルとかいうのにも共通すると。
早い話、ベルゲルの戦闘能力はあの魔王にも匹敵するとヒガンは言っているのだ。
「ぼくの使役獣、カーバンクル以外全部やられたし」
「マジでか」
「大マジ」
洒落になってねー……。
「あ、そういえばメルヴィちゃん。一つ聞いていい?」
「……なっ。なに?」
げんなりする俺をよそに、ヒガンが思い出したような疑問を口に出した。
「『ガリオ』って名前に聞き覚えはない?」
「何だそりゃ」
「さあ? 例のカエルがぼくにやたらと聞いてきたんだよ。『ガリオを殺したのはお前か?』ってさ。何か、そのガリオとかいうやつを殺したやつを探してて、それでぼくに行きついたみたい」
「で、お前にその心当たりはないと」
「うん」
「つまり、お前はどうして自分が襲われたのかよくわかってないわけだな?」
「そういうことになるね」
あっさりと認めるヒガン。なるほど、それは確かに不安……おい待て。
「なあ、お前昨日うちに来たとき、『元魔王討伐パーティーを狙う』って言ってなかったか?」
「うん、言ったね」
ヒガンが真面目くさった顔で頷いた。
そう、ヒガンを倒した未知のモンスターは俺やヒガンも狙ってくる。だからこそ俺はヒガンの持ち掛けた取引に乗ったわけでーー
「ーーハッタリだけど」
「この野郎やっぱり嘘か! お前を信用した俺がバカだった!」
「てへぺろ☆」
ぶん殴ってやりたい。
「まあまあ、落ち着いてよシグレ。証拠はないけど、あのカエル型モンスターがぼくたちを襲うってのは多分間違いないからさ」
拳を構える俺をなだめるようにヒガンがそんなことを言った。
「……いや、お前、手がかりの『ガリオ』って名前にも心当たりねーんだろ。何でそんなことが言えるんだよ」
「うん、まあ、長いこと寝て頭がすっきりしたからかな? よくよく考えてみれば、あいつくらいしかあり得ないんだよねえ」
「はあ?」
思わせぶりなことを言ってうんうんと頷くヒガン。焦らしてないでさっさと言え、と俺が口を開きかけたが、
「それでメルヴィちゃん、『ガリオ』って名前に聞き覚えは?」
ヒガンが俺の台詞を遮るように再びメルヴィに尋ねた。
いや、ここでどうしてメルヴィに聞くんだよ。そんなもんこいつが知るわけがーー
「……ある」
メルヴィは淡々と頷いた。え?
「やっぱりね。じゃ、アレも家紋持ちだったのかな?」
「……うん」
一瞬で話題から置いていかれた。俺は慌てて口をはさむ。
「おい、いきなり何の話だ? 結局ガリオってのは何なんだよ」
「……シグレってそんなに察し悪かったっけ? まあいいけど。それじゃあメルヴィちゃん、正解をどうぞ」
「……ガリオは。王様の家来」
ヒガンの呆れたようなリクエストに、メルヴィが応じた。
王様の家来? いや、何のことだそれは。
さらに疑問を募らせる俺に、メルヴィが決定的な補足をする。
「……あと。『獅子』の家紋持ち」
俺は「あ」と呟いた。ようやく腑に落ちたからだ。
『獅子』ってことはーー
「あー……なるほど。魔王のことか」
因縁の相手が今回の件につながっていることに、俺は遅まきながら気付いた。
不自然かと思いますが、キリのいいところまで続けると一万字を超えてしまいそうだったので分割しました。いえ、決してストックが少ないからケチっているとかそういうわけではございません信じてください。
次回更新は近日中に!




