天癒上人?➄
「悪い、待たせたな」
「……っ!?」
場所は再びメルヴィ宅。
俺が転移魔法陣で出現すると、家主は面白いくらい驚いて飛びのいた。
「……うー……」
それから唐突な登場に不満を表すように控えめに唸ってくる。
猫かお前は。
「悪かったって。それよりほら、こいつだ」
「……病気っていう。シグレの知り合い?」
「ああ」
どうやらメルヴィも気を遣ってくれたようで、板張りの床にはさっきまでなかった毛布が敷かれていた。俺がヒガンを連れてくる間に用意してくれたらしい。
俺はその毛布の上にヒガンを横たえる。
メルヴィはのそのそと寄ってきて、毛布の上のヒガンを眺める。
眺めてすぐに言った。
「……呪われてる」
呪われてる?
俺が聞き返す前に、メルヴィは躊躇いなくヒガンの上衣をまくり上げた。ヒガンの薄い腹が露出して、そこにあるものが俺の視界に飛び込んでくる。
俺は、絞り出すように口を開いた。
「……何だ、これ」
あらわになったヒガンの白い肌。滑らかな腹。へそ。
そして、そのすぐ上に浮き上がるーー黒いあざ。
何て言ったらいいんだろうな。墨を垂らしたような、歪なしずく型のあざがヒガンのあばら辺りに見える。それも一つじゃなく、絡まり合うように五つ。見ただけで禍々しさが伝わってくるような気がした。
これが、ヒガンの病状の原因?
「……毒を。受けたみたい」
「これが何かわかるのか?」
「……見たこと。ある。これ、ベルゲルの呪いだと思う」
メルヴィがヒガンの腹に浮き上がったあざを見ながら嫌そうに言った。
「ベルゲルってのは何だ? 魔獣か?」
「……違う。けど、近い」
「近い?」
「……ベルゲルは。貴族。『蛙』の家紋の毒使い」
さっぱりわからん。
そういやさっき、メルヴィも名乗るときに『蛇の家紋』とか言ってたか? 何のこっちゃ。
メルヴィが蛇なら、そのベルゲルとかいうのも魔界の生物なのだろうか。さっきからメルヴィがやたらと嫌そうな顔をしているのと合わせて気になる。
だがまあ、俺が気になるのは一点だけだ。
「治せるか?」
「できる」
即答してきた。
「……ベルゲルは。きらい。こんな呪い、すぐ消してやる」
どうも口調も攻撃的になってきている。視線も親の敵のようにヒガンのあざに突き刺さったままだ。何だ。こいつとそのベルゲルとやらの間に何があったんだ。
「……お、おう。頼む」
ともあれ、ヒガンが回復するなら何でもいい。俺が言うと、メルヴィはこくりと頷いてゆっくりと両手を持ち上げる。そしてそのまま、ヒガンのあざに手をかざした。
「……『××××』」
メルヴィの口が何かを呟いた。俺の耳にはうまく聞き取れない。というか、俺の知る言語ではないような気がする。
「……『×××』」
だが、何をしているかはわかる。
詠唱だ。
俺が専門とする魔法陣と対を為す魔法の発動技術。体内で魔力を練り、魔術回路の代わりに『呪文』を媒介にして超常現象を起こすスキル。
生まれつきの適性に左右されるし応用も利かないが、体内で術式を組むだけあって魔力の漏れはほとんどない。魔法陣と比べれば格段に出力で勝るのがこの詠唱という方式だ。
メルヴィが行った詠唱も、かなりの魔力がつぎ込まれたのが見てわかる。何せ、ヒガンの腹にかざされた両手が集まった魔力で発光して見えるくらいだ。
「……『×、×××』……ッ」
メルヴィがぎり、と歯を食いしばる。より大量の魔力が両手に集中しているのがわかった。
ヒガンの腹のあざも徐々に薄らいでいく。
驚くべきことに、あざが薄くなるにつれてヒガンの顔色もよくなってきた。すげえ。さすがセンの弟子だ、村人たちにありがたがられているのもわかるーー
そんなことを思った矢先だった。
「……う、あ……ッ!」
ヒガンが苦しげにうめいた。何が起きたか。ヒガンの腹の、今にも消えそうなあざが『動いた』のだ。
まるで死にかけのミミズがのたうつように、黒いあざが動く。しずく型の丸い部分がぐにゃりと細長く伸びて、ヒガンの肌の上で苦しそうに暴れる。
俺はそれを見て、ああ、と納得した。
ベルゲルってのが何者かはわからない。
『蛙の家紋』ってのが何を意味しているのかもピンときていない。
だが、ヒガンの腹の上でのたうち回るこの黒いあざは、陸に打ち上げられたおたまじゃくしにそっくりだった。
「……この、『×××××』!」
びくんっ、とおたまじゃくしに酷似したあざが痙攣する。それに連動してヒガンも酸素を求めるように喘いだ。はっ、はっ……というヒガンの荒い息が耳につく。
「づっ……ううっ!」
何かを探すように、意識のないヒガンが手を彷徨わせる。
そういや、ミアが風邪をこじらせて寝込んだ時もこんな仕草をしてたな。どうも人間ってのは追い込まれると似たような行動をとるらしい。
……ああくそ、世話の焼ける。
「ッ……、あ」
うろついていたヒガンの手を取る。すると、ヒガンはほんの少しだけ体の力を抜いた。
荒かった呼吸もマシになり、苦しげに寄せられた眉も多少離れる。その代わり、すがるように握った俺の手に力を込めてきた。
ああもう好きにしろ。小さい手だ。どれだけ強く握られてもたかが知れている。
「……『×××』!」
メルヴィがとどめを刺すように魔力を流し込んだ。黒いあざは断末魔のように最後に一度だけびくりと震えて、あとは解けるように消えた。
まったく同時にぱたりとヒガンの手から力が抜け、床に落ちる。寝顔が治療の前よりも格段に穏やかになっていた。
「……ふーっ。ふーっ、ふーっ……」
メルヴィが肩で息をしている。
それから息を整え、顔を上げて言ってきた。
「……ら。らくしょうだった」
「顔が引きつってんぞ」
だからお前はどうしてそんなに意地になってるんだ。
助かったけどさ。
×××
俺は二枚の感応紙を懐から取り出す。
まず【土】系統の魔法陣。次に、【水】系統の魔法陣。
で、何をしたかというと。
「ほれ、水」
「……ありがと」
【土】系統魔力で作られたコップを受け取るなり、メルヴィは俺が【水】系統の魔法陣で出した水をごくごくと飲み下した。いい飲みっぷりだ。
法陣士の通り名を持つ俺は、喉を潤す時も魔法陣を利用する。具体的には、造形魔法で陶器のコップを作りそこに栄養豊富な水を生み出して注ぐ。
この部屋の隅にはメルヴィが普段使っているらしき水瓶も存在するが、俺は絶対に『立ち上がる→水瓶から水をコップに注ぐ→戻ってきてメルヴィに渡す』という真っ当な手順は踏みたくない。一歩も動かずにすべてを済ませる、それが魔法陣使いのプライド。
「……げふ。おいしい」
「そりゃどうも」
俺はそう返事して、目の前のヒガンを見やった。
ヒガンはメルヴィが治療したあと、すっかり穏やかな顔つきで眠っている。
いちおう腹ももう一度確認したが、例の黒いあざはすっかり消えてなくなっていた。どうやら本当にヒガンの病気の原因はあの不気味なあざだったらしい。
「……結局、あのあざは何だったんだ?」
俺は、まさしく『おたまじゃくし』としか表現しようのない模様を思い返しながら隣の藍髪ロリに尋ねた。
ヒガンいわく、『モンスターにやられた』名残り。
メルヴィいわく、『蛙の家紋』の毒。
その正体を聞いてみると、メルヴィはきょとんとした顔で答えた。
「……だから。ベルゲルの毒」
「……いや、もうちょっと詳しく教えてくれ」
それだけの説明で理解できる人間はそうそういないと思う。
「……シグレは。ベルゲルのことが知りたいの?」
メルヴィがちょっと嫌そうな顔で言ってきた。
「ああ、まあな」
いちおう俺はヒガンとの取引によって、ヒガンの身体を治療する代わりにヒガンを襲ったモンスターの情報を教えてもらうことになっている。
とはいえ、隣に座る藍髪ロリもそのモンスターのことを知っているらしい。なら聞かない手はないだろう。
だが、そんなことは知らないメルヴィは嫌そうな表情を浮かべたままだ。
「……シグレも。ベルゲルの毒が、ほしいの?」
「は? いや、いらん」
何のこっちゃ。そもそもあのおたまじゃくしみたいな黒いあざは、あげたりもらったりできるものなのか?
「……なら。どうして?」
「なんか、そいつ俺の敵っぽいんだよ」
俺はそう答えた。
ヒガンが言うには、『そのモンスターは、元魔王討伐パーティーを狙う』ーーつまり、俺のところに襲撃に来てもおかしくないわけだ。あいつの話が本当なら、だがな。
「俺はな、今の生活がけっこう気に入ってるんだよ。だから、邪魔になりそうなやつは排除する。そのためにその、何? ベルゲルってやつのことが知りたいんだ」
早い話、危ない敵なら始末してしまおうと。
「……」
メルヴィがぽかんと俺を見ている。まあ、我ながら物騒なこと言ってるしなあ。
「……シグレは。ベルゲルをやっつけてくれるの?」
「まあ、今のところそのつもりで」
「何でも聞いて」
すごい食いつきだ。まさか手まで握って即答してくるなんて思わなかった。
「お、おう。助かる。じゃあまず、そのベルゲルってやつのことから教えてくれ。どんな見た目で、どんな性格で、どんな攻撃をしてくるやつなのか」
「……見た目は。カエルそっくり。けど、ちょっと大きい」
なるほど。カエル型のモンスターってことか。この世界じゃあさほど珍しくもないな。
「どれくらい大きいんだ?」
「……この家の倍くらい」
でっけえ。
「想像以上に大物だな……」
「……性格は。すごく偉そう。よくしゃべる……って、お父さまが言ってた」
「は? 喋る? モンスターが!?」
「……? うん」
何、その『え? むしろ喋らないの?』みたいな反応。魔界出身は常識がこの世界とは違うのだろうか。
「ま、まあいいや。攻撃パターンは?」
「……毒と。酸と、呪いの霧」
死神のようなラインナップだ。ポケ〇ンなら間違いなく毒タイプだろう。
「性格悪そうだな……」
「……あんな毒。使うんだから、ぜったい悪い。いやなやつに決まってる」
「……なあ、ずっと気になってたんだが、何でお前はそんなにそのベルゲルが嫌いなわけ? 何かあったのか?」
俺が聞くと、メルヴィはぽつぽつと語り出した。
例によってたどたどしい説明になったのでそこは割愛。すべてを聞き終えた俺は、確認するようにメルヴィの話を反芻した。
「要するに、メルヴィの一族は『治療』が専門である『蛇』の家紋持ちで」
「……うん」
「ベルゲルは、タチの悪い毒を作るのが専門の『蛙』の家紋持ちで」
「……うん」
「ベルゲルの毒は滅多なことじゃ治せないくらい悪質で、メルヴィたちの治療法でも治療できないことがあった。だから、メルヴィたちにとってベルゲルの一族は天敵。だからメルヴィたち『蛇』の家紋持ちは『蛙』の家紋持ちが嫌いーーってことで合ってるか?」
「……うん」
神妙な顔で頷くメルヴィ。正解なら何よりだ。ここまで噛み砕くのに十五分かかったが、そこは気にしない方向で行こう。
この説明で色々わかったことがある。
蛇の家紋持ちは、治療魔法の適性を持って生まれてくる。
なるほど。どうりでメルヴィのヒーラーとしてのスペックが高いわけだ。言い方はアレだが、もともとそういう生き物というなら納得できる。
というか、そうでもしないと納得できない。
何せこの幼女は、ついさっき、ヒガンをーー名の売れた医療魔法使いたちが診ても治療の足掛かりすら掴めなかった患者を、瞬く間に完治させてしまったわけで。
そんなことができるとすれば、俺はもうこいつを除けばセン以外には思いつかない。
「何つーか、本当にメルヴィって人間じゃなかったのか……」
「……今更」
当然とばかりにメルヴィが言ってくる。
さすが異世界だ。こんな凄まじい新事実をナチュラルには繰り出してくるなんて普通じゃないぜ。
まあいいや。こんなこでいちいち驚いていたらこの世界ではやっていけない。
「そんじゃ、次はそのカエルの弱点でもーー」
と俺が口を開きかけたところで。
「…………う」
それまでずっと寝ていたヒガンが、毛布の上でぱちりと目を開けた。
「お、目が覚めたっぽいぞ」
「……当然。ベルゲルの毒なんか、治すのは簡単」
「よく言うぜ。めっちゃ必死に魔力流してたくせに」
「……シグレ?」
目を覚ましたヒガンを上から覗き込む俺とメルヴィを見て、ヒガンがぼんやりと俺の名を呼びーー
「ああ、体の調子はどうだよ」
と、ここで場面が現在まで戻ってくるというわけだ。
前回、タイトルが間違って『天癒上人?➄』になっていましたすみません。正しくは、前回が➃で今回が➄です。
論文レポート書評バイト車校で忙殺される日々。た、助けて誰か助けてください……
次回更新は近日中!




