天癒上人?④
目が覚める。
目覚めてすぐ、ヒガンは自分の首元の感触に違和感を覚えた。
寝る時、自分はソファにいたはずだ。だが、首や背中から伝わる感覚が明らかにソファじゃない。
「お、起きたっぽいぞ」
「……当然。ベルゲルの毒なんか、治すのは簡単」
「よく言うぜ。めっちゃ必死で魔力流してたくせに」
意識を上に向けると、そこにはヒガンの元・パーティメンバーである青年と、見知らぬ幼女が、何か話している。
「……シグレ?」
「ああ。身体の調子はどうだよ」
聞かれてみて、ようやくヒガンは自分の身体をむしばんでいた不愉快な熱がひいていることに気付いた。
……身体が、治ってる?
ヒガンは試しに上半身を起こしてみた。
すると、眠る前とは違って簡単に体が動く。ヒガンが体を起こすと、それまで顔を覗き込んでいた二人がひょいとよけた。
ヒガンは改めてそこにいる二人を見る。
一人はシグレ。自分が取引と称して、助けを求めた昔の仲間。
そしてもう一人には、やはり見覚えがなかった。
藍色の髪をした、綺麗な顔立ちの幼い女の子。こんな子、見たことがない。一度見たら忘れないと思うんだけど。
「……ひう」
しかも見つめていると、だんだん怯えたような表情になってきて、シグレの陰に隠れてしまった。……ぼく、何もしてないんだけど。
「えっと、これ、どういう状況?」
シグレは「まあそうなるよな」と言いながらばりばりと頭を掻き、
「えっとだなーー」
この状況の説明を開始した。
×××
時は少し遡り。
メルヴィが『魔力をちょうだい』などとよくわからないことを言い出し、俺が頭に疑問符を浮かべている隙をついて胸元にその唇を押し当て、いよいよ混乱した俺に対してメルヴィが自分の正体を明かしたところまでさかのぼる。
俺は、メルヴィが差し出した細い手首からーー見たところ単なる人間の手首ではなく、うっすらと鱗っぽいもので覆われているーーメルヴィの顔に視線を移しつつ尋ねた。
「……今なんて?」
「……わたしは。魔族。『蛇』の家紋のメルヴィ。約束は、その……ちゃんと……」
じっと顔を見られることに慣れていないのか、最後のほうはしどろもどろになっているメルヴィだった。顔を赤くして俯いている。何となくいじめたくなるリアクションだな。
いや、それはいいとして。いま確実に言ったよな。
自分のことを、『魔族』って名乗ったよな、こいつ。
「魔獣、の言い間違いとか?」
「……違う。魔獣と魔族は、別のもの」
「何かのギャグか?」
「……ぎゃぐ?」
不思議そうに首を傾げている。まあ、そんなこと言うようなキャラでもないか。
となるとメルヴィが言っていることは本当ってことなんだが、ここで一つ問題がある。
ーー俺、この世界に来てから魔族なんて単語聞いたの初めてなんだけど。
魔族。
まあ、俺は自他ともに認めるオタク趣味の持ち主だからその言葉に聞き覚えがないでもない。魔族っていえばなんかこう、悪魔みたいな感じで、たいていRPGゲームの敵勢力として登場する連中だ。魔物とかも俺の中では似たようなカテゴリー。
なんか人をやたら憎んでて、邪神とかを崇めたりして、その頂点には魔族を統べる王様なんかがいたりして、魔族の王だから魔王なんて安直なネーミングでラスボスとして勇者御一行の前に登場する。
ま、この世界じゃあ魔王は魔族じゃなくて『魔獣』、つまりモンスターの王って意味だったんだがな。とりあえず魔族なんて言葉は知らん。魔獣と似てるけどなんか違うっぽいし。
「で、お前がその魔族と」
「……うん」
「人間とは違うのか?」
「……うん」
「人間にしか見えねーけどなあ」
「……違う。もん」
ほらこれ、と言いたそうにメルヴィが鱗の浮かんだ手首を掲げてくる。いや、それも魔法陣とか使えば演出できないこともないし……。
しかし、さっきの『魔力を吸われた』ときの感覚。
あれはかなり異質な刺激だった。ぞっとした。胃袋に手を突っ込まれて、食ったはずのカロリーを無理やり引っこ抜かれたような気分とでもいいのか、とにかく今まで感じたことのないような感覚だったのだ。
あれがメルヴィ言うところの魔族の特徴ってことなら納得できなくはない。いや本当に凄い違和感だったから。俺の語彙では表現できないレベル。
と、メルヴィが少し不安そうに聞いてきた。
「……シグレは。魔族、嫌い?」
「俺は人間、神、天使、獣人、妖怪に擬人化ヒロインまでありありのオールラウンダーだ。余裕で許容範囲だよ」
むしろ人間のヒロインはありふれ過ぎだとすら思う。長馴染みとか、クラス委員とか、風紀委員とか、使いやすいキャラ属性はすでに枯れ尽くした感がある。もちろん魅力的なキャラは山ほどいるんだが、昨今では残念ながら新鮮味に欠けていると言わざるを得ないだろう。
その点人外系ヒロインはバリエーション豊かだし、世の中の様々な作品にはそれぞれ工夫を凝らした人外系ヒロインがいらっしゃる。アンドロイドしかり擬人化しかりモンスターのメスだって最近ではヒロインになりうる。種族ごときで差別などしていてはオタクなどやっていられないんだよ。
と、スイッチが入ってしまったのでメルヴィにそのまま伝えてみた。
「……あの」
「ん?」
「……シグレ。なんか、気持ち悪い……」
いつの間にかメルヴィが俺から少し距離を取っている。
お前もか。お前も俺のことをそう言うのか。リッカ、カレンの師弟コンビにアリシアと来て初対面のこいつまで。どうして俺の周りの連中はオタクに対してそこまで辛辣なんだ。
「ま、まあその話はここまでにしとくか」
「……いいの?」
「オタク的には興味あるけど、本題から離れまくってるからな」
「……あ。治療」
そうそれ。
色々と誤算はあったが、俺がここに来たのは治療師を求めてだ。
「とりあえず患者を連れてくるからちょっと待っててくれるか?」
「……うん。どれくらい?」
「すぐ戻る」
「……わかった。待ってる」
素直なロリだ。純真無垢とでもいうのか。
何て穢れのない眼差しなんだろうか。
俺はこっちを見上げてくるメルヴィを見て、思わずこう口に出していた。
「あ、ネズミ」
「……!? っ、ど、どこっ……!?」
効果てきめんとはこのことだろう。狼狽したメルヴィが座ったままびくーんと真上に跳ねて、それから怯えたように背後をゆっくりと振り返る。
その様子を見届けた俺は、懐から魔法陣を取り出しつつ言った。
「う、そ☆」
「……!? いじわる!」
はっはっは。それ弟子にもよく言われるわ。
「悪い悪い。じゃ、ちょっと待っててくれ」
ほおを膨らませたメルヴィに軽く謝り、俺は転移魔法陣を起動した。
×××
「あっ! お帰りなさい、お師様」
「おう」
転移魔法陣で自宅まで戻って来た俺は、ミアの声に応じつつソファまで歩いていく。
そこには、紫髪の元・仲間が横たわっていた。
体調が悪化しているのか、額の髪は汗で張り付いている。呼吸も浅いようだ。普段の飄々とした態度が見る影もない。
……こうして弱ってる姿を見れば、ヒガンもただの華奢な女に見えるんだがな。
「お師様。セン様にはお会いできましたか?」
タオルを濡らして戻って来たミアが聞いてくる。
「いや、いなかった」
「え!?」
「けど、何とかなるかもしれん」
びっくりしてタオルを取り落としかけたミアが、続く俺の言葉でほっと息をついた。
「よ、よかったです……驚かさないでください」
そんなつもりはなかったんだが。俺はヒガンのぐったりした体を抱え上げつつ、
「代わりの医者っぽいやつが見つかったんだよ。つーわけで、今からヒガンをそいつのとこまで運んでくる。帰りが遅くなるかもしれねーから、今日は先に寝とけ」
と、犬系ロリ弟子に釘を刺しておく。
この弟子、以前は何度言っても出かけた俺が帰って来るまでは先に寝ようとしなかった。本人曰く「師匠に『お帰りなさい』を言うのは弟子の務めです!」とのことだ。
実に結構な心掛けだが、この銀髪ロリは生活リズムがしっかりしているのでもともと夜更かしが苦手である。待ち疲れてその辺で寝てしまう様子が目に浮かぶようだ。
「わかりました。それじゃあ、晩御飯だけ作って置いておきますね」
「ああ、頼む」
「ではお師様、お気をづっーー」
ここでミアの声が不自然に途切れた。
何だ? ミアが見ているのは、ヒガンを背負った俺の、胸元。
ついさっき、メルヴィが『魔力を吸う』と称して唇をつけた、その跡。
客観的に見れば『キスマーク』にしか見えないような物的証拠。
「…………お師様? それはなんですか?」
いかん。ミアの目が据わっている。
「まさかその胸元の赤くなっているところ、誰かの唇の跡ですか? お師様は『ひーちゃん』さんがご病気で苦しい思いをしている間、いったい何をしていたんですか? まさかお医者様を探しに行ったのも本当は嘘だったんですか? 実はどこか女の人がたくさんいる場所に遊びに行ったりとかーー」
「緊急脱出!」
「あっ! お師様!」
転移魔法陣は本当に便利だ。都合の悪い時はこうして逃げ出すことができるんだから。
……いや、言えないだろ。初対面のロリからいきなり胸元にキスされたとか。頭がおかしくなったのかと思われるわ。
転移魔法陣が起動するまでのわずかな間、俺は弟子に対するうまい言い訳について頭を巡らせていた。
前回の更新からは一か月近く間が空いたというのに、なぜか今回は連日更新。
なぜでしょうか。アクセス解析の数字が昨日の更新でかなり上がったからでしょうか。やっぱり読んでいただけるというのはやる気につながります。
まあ、やる気があったところで書けない時は書けないのですが。未熟。
精進せねば。次回更新は未定!




