天癒上人?➂
まったく違う場所にあった点と点が見事につながったような気分だ。
「センっつった? メルヴィの師匠」
「……うん。言った」
「師匠って何の?」
「……治療魔法」
「あー……」
なるほど納得。そういうことかー……。
いや、まあおかしいとは思ったんだよ。こんな子供が破格の治療能力を持ってるところとか。あのバカが噛んでたなら理解できる。
センは治療魔法に関してのチート持ちだ。女神のプレゼントによって、この世界のありとあらゆる治療魔法の知識、ついでに必要なだけの魔力を持っている。メルヴィ自身にもともと素質はあったんだろうが、それを実用レベルまで引き上げたのはセンなんだろう。
それに……。
「……なっ。なに?」
俺にじっと見られてメルヴィが不安そうな声を出す。
今まで特に触れてこなかったが、メルヴィは相当に整った顔立ちをしている。
特徴的な藍色の髪は見るからにつややかで、おどおどした瞳が庇護欲をそそる。肌は白く、細い四肢からは将来性が感じられる。十年たてば男なら誰もが振り返るような美人に化けると考えて間違いない。外見だけならミアとどっこいだ。
「いや、別に。あいつらしいなあと思っただけ」
「……?」
いや本当に、あいつらしい。今となっては俺も人のことは言えねーんだけど。
メルヴィは勝手に納得した俺を見て怪訝な顔をしていたが、すぐにもとの表情に戻って立ち上がった。
立ち上がってーー俺のそばまで歩いてくる。
「お、お?」
「……動かないで」
メルヴィの行動の意味がわからずうろたえる俺の前で、メルヴィはすっと姿勢を下げた。
四つん這いのような体勢だ。そのまま、ぐいっと座っている俺の方に体を傾けてきた。
「ちょっ……」
俺は何が何だかわからず硬直した。待て待て、どういうつもりだ。
メルヴィは何かを確かめるように、俺の胸にぺたぺたと触れてくる。くすぐったい。長い藍色の髪が俺の膝辺りにこぼれて、ミアとは少し異なる甘い匂いが髪から漂ってくる。
「……やっぱり」
「や、やっぱり、何だよ?」
のけぞりながら尋ねると、俺がのけぞったぶんだけ距離を詰めてメルヴィが言う。
じっと至近距離にある俺の胸元を見たまま。
「……シグレの魔力。師匠のと、似てる。綺麗な感じ」
俺の、魔力。……ああ、さっき【不可視の右手】を使ったときの名残か。
それがセンに似てるってのは、思い当たる理由がある。
「まあ、俺のもあいつのも、同じヤツにもらったもんだからな」
俺の『膨大な魔力』。センの『治療魔法の知識と技術』。どちらも、もとの世界からこの世界に来る際に女神から受け取った異能だ。
出どころが同一なんだから、そりゃあ似ていて当たり前だろうよ。
「……おいしそう」
「あん?」
今何か変な言葉が聞こえたような。
というかいい加減どいて欲しい。さっきまであんなに警戒していたくせに、一回魔法を使ってみせただけで距離詰めすぎだろう。ほとんど俺の胸にもたれかかってきてるみたいな体勢なんだぜ、今。
「だーもう、一回離れろ。邪魔くさい」
「……うー」
なおも寄ってくるメルヴィを押しのけると、しぶしぶといった感じで少し離れてくれた。それでもさっきと比べればまだ近い位置だ。ぺたんと板張りの床に腰を下ろし、まだ物足りなさげに俺の方を見ている。
「まあお前の素性はわかったよ。村の人たちが頼りにしてる理由も納得した。……で、センのやつはどこにいるんだ?」
俺はぐるりと小屋の中を見回した。
メルヴィはセンのことを師匠と呼んだ。ならすぐ近くにいてもおかしくない。
というか、アイツの性格上こんな小さい子供を自分のそばから離したりはしなさそうだ。
そのくせこの小屋にはメルヴィのぶんしか毛布もないし、センの痕跡は見える範囲に存在しなかった。曲がりなりにもセンと一年の付き合いがある俺からすれば妙な状況だ。
「……師匠は。今、いない。遠くに行ってる」
「遠く?」
「……東の。隣国から、依頼があるって」
「あー」
まあ、センは言ってしまえばあらゆる治療魔法を使えるスーパーヒーラーなので、世界各国から引っ張りだこなのは想像がつく。権力者なんかはあいつに特別なコネを作って有事の際に呼び出そうとするのは珍しくない。うちの国王ーーアリシアの父親も、似たような理由であいつの捜索をしていたわけだし。
とはいえ、それでも疑問が残る。
あいつの性格なら、メルヴィを連れて隣国へ行こうとするはずなんだが。この小さい治療師を一人残して自分だけ遠出とか、どうも俺の知ってるあいつの人物像と食い違うな。
仮にあいつが行ったという東の隣国が紛争状態とかならまだわかる。メルヴィを危ない場所に連れて行きたくなかったんだろうなと。
だが東側にあるのは、魔王を憎み女神を崇める『教会』が統治する平和な国だ。
あの教会の法王には俺も会ったことがあるが、ただのいい人だった。国の治安もかなりよかったし、国内紛争になるような火種も抱えていなかったはず。
魔王が現れた時だって、『教会』の聖騎士連中のおかげで被害はかなり少なく治めていたはずだ。
……センのやつ、どうしてメルヴィを連れて行かなかったんだ?
よくわからんが、まあそれは置いとくか。今はセンの居場所を突き止める方が優先だ。
「なあメルヴィ、センの依頼者が誰か知ってるか?」
「……ううん。知らない」
「センが今、隣国のどこにいるか知らないか?」
「……わからない」
「いつ頃帰るとかは……」
「……『できるだけすぐに戻る』って」
やべえ。情報がまったく増えない。
「……シグレは。病気なの?」
メルヴィがゆっくりと首を傾げて聞いてきた。
ああ、そういえば村人にはそう言ってたっけか。
「いや、病気なのは俺の知り合いだ。ちょっとマズい状態だからセンのやつに診てもらいたかったんだが、いないんじゃどうしようもねーよなあ」
俺がぼやくと、メルヴィがぱちぱちと目を瞬かせて、
「……なら。私が診ようか?」
そんなことを言ってきた。
「いいのか?」
「……いい」
俺が尋ねると、メルヴィはあっさりと頷いた。ううむ、まあセンの弟子ならそんじょそこらの治療師よりは期待できるし、こいつならヒガンを連れてきても通報とかはしなさそうだ。
となれば、俺としても断る理由はない……のか?
「……けど。一つ、条件」
「条件?」
当初の予定とは違う展開に俺が戸惑っていると、メルヴィが言った。
「……シグレの。魔力を、ちょうだい」
……は?
「どういう意味だ?」
「……そのままの。意味。シグレの、魔力がほしい。すごく、おいしそうだから」
やべえ。わけがわからん。
魔力の多さ、っていうなら確かに俺は自信があるが、味に言及されたのは初めてだ。
「あー……まあ、それでこっちの患者を治してくれるんなら好きなだけ持ってきゃいいけどよ……」
「……本当っ?」
メルヴィが身を乗り出した。
「ああ。量だけはあるからな」
こいつが魔力を欲しがっている、というならくれてやるのは別に構わない。
何に使うのかもよくわからんが、まあそれもいいとしよう。
だが、気になることとして。
「やるのはいいけど、お前どうやって俺の魔力を受け取るつもりだ? 人の魔力を吸い上げるアイテムでも持ってるのか?」
「……ううん。そんなのいらない」
「は? お前、じゃあどうやってーー」
俺の言葉は最後まで続かなかった。
メルヴィがさっきまでのおどおどした雰囲気からは想像もできないような素早さで飛びかかって来たからだ。
そして、正面から俺の両肩に手を置いて、小さく口を開く。
その時の俺の感覚はどう表現したもんかな。
何となく、体の中心部から『中身』がわずかに吸い取られていくような、不気味な感覚。
メルヴィの唇が、服の襟元から覗く俺の胸元に当てられていた。
たっぷり数秒間そうして、メルヴィは硬直する俺の胸元から唇を離した。
「ーーこうやって」
ぺろり、と自分の口元を舌で舐める仕草。それがやたらと妖艶に見えて、俺は動揺する。
おい、何だこれ。どうなってんだ。
「……お、お前、いま何した?」
かつてない感覚だった。うおおおおおお何か、何か! 言いようのないぞわぞわ感が!
「……シグレの。魔力を吸ったの。……あは、やっぱり、すごくおいしい」
よくよく考えてみれば俺は出会ったばかりの幼女から胸元にキスをされる、という稀有な体験をしたわけだが、そのことも気にならないくらいの謎の感覚。めっちゃ背筋がむずむずするんだが。
っていうか、待て待て。魔力を吸う? 何だそれ、そんなことができる人間なんて聞いたことねーよ。
「……じゃあ。シグレ、病気の人を連れてきて」
「お、おう。今のでいいのか?」
「……いい。『わたしたち』にとって、約束は絶対」
ーー『わたしたち』?
メルヴィが何を指してそれを言ったのか。
それはすぐに明らかになった。
メルヴィが俺に見せるように腕を掲げる。するとそこが淡い光に包まれて、それまでただの細い腕だったものに変化が生じる。
「って、おい。何だそれ」
メルヴィの細い手首に、メルヴィの髪と同じ藍色の『鱗』がうっすらと浮き上がって見えた。
映像? 違う。どう見ても本物だ。
「……わたしは。魔族。『蛇』の家紋のメルヴィ。ーー約束は、ちゃんと守る」
……おい、セン。
お前は一体何を弟子入りさせたんだ?
ちょっと面倒事を抱え込みました。次回更新は未定です……。




