ヒガンの弟子
「セン、というのは、セン・オウギのことか?」
「ああ。俺やリッカと同じ、魔王討伐パーティーのセンだ」
アリシアの質問に、俺ははっきりと告げる。
セン・オウギ。三年前、俺、リッカ、ヒガンと組んで魔王を倒した元仲間の名前だ。
本名は仰木 千。
名前を見ればイッパツでわかるが、やつも日本からの転世者である。
「それはまた……意外な話が来たものだな。旧交を温めたいということか?」
「あー……まあそんなとこだ」
咄嗟に言い訳が思いつかず、濁った返事をする俺だった。
センを探しているのは言わずもがなヒガンとの取引のためだ。だが、そのことはアリシアには言わない方がいい気がした。
ヒガンを指名手配しているのは国王だからな。アリシアのことを疑うわけじゃないが、それでも伏せておくに越したことはないだろう。
「……ふむ」
ややバツの悪い表情をしているであろう俺をアリシアはじっと見ている。
が、特に何も言及することなく淡々と言ってきた。
「まあ、いいとしよう。実は父上も『天癒上人』の居場所を探っていた。あなたの頼みであれば、私の方から父上に聞いてみよう」
「助かる。ちなみにお前の親父がセンを探してたってのは……まあ聞くまでもねーか」
「仮にも一国の王だからな。食事に毒を盛られたり、未知の病にかかったりと急を要する事態に際して、かの人物の居所がわかれば助けを乞うことができる。用心深い父上の考えそうなことだよ」
アリシアが半ばあきれたような声で言った。
俺としても似たような気持ちだが、まあそのおかげで欲しい情報が手に入りそうなのだからありがたいと言うべきなのだろう。
センは『ヒーラー』。治療師だ。それも女神からもらった異能によるちょっとありえないくらい効果の高い治療術を使うので、もしもの時のために連絡できるようにしておくのはあの国王なら普通にやるだろう。
あいつ比較的交渉しやすいし。
交渉相手として都合が悪いことといえば、いつもふらふらと旅をしているせいで居場所が掴みづらいことくらいだろう。
「紙を」
アリシアがそれだけ言うと、今まで扉の前に直立していたメイドがすっとメモ帳くらいの紙と羽ペンをアリシアに渡した。
すげー練度だな。今この部屋には俺とアリシアを覗けばこのメイドしかいないんだが、そういやお茶のお代わりのタイミングとか気配の断ち方とか使用人系スキルがやけに高い。一人で王女の側仕えを務めるだけの実力派メイドってことか。
アリシアはさらさらっと紙に羽ペンを走らせると、メイドにもう一度渡す。
「これを父上に渡してくれ。今すぐだ。もし父上がお忙しいようなら、執務室に置いておくように」
「かしこまりました」
完璧な一礼。
ついでに部屋を出る際、もう一度礼。
何あのハイクオリティメイド。うちにも欲しいんだけど。余談だが、彼女は俺と同い年くらいの美少女だった。
「ああいうのが好みなのか?」
「い、いや? 別に?」
正面に座るアリシアからいきなり聞かれて軽度にテンパる。何というか、女に見とれてるところを冷静に眺められるとやたらと恥ずかしいんだが。
「そういえば、シグレは『萌え』というものを重視する文化を広めているらしいな。メイド服にそれが秘められているのだろうか……ふむ。シグレ、今後はあなたと会う時は私もあの服を着たほうがいいだろうか?」
お前は何を言っているんだ。使用人の服を主人側のお前が着たら権力者の威厳が消し飛ぶだろうが。
だいたいアリシアがメイド服を着たところでどうだというんだ。
そんなもん、大人しくて天然入ってて胸が大きくて普段とのギャップが凄いメイドが誕生するだけーー
「……たまに頼むわ」
アリシアにメイド服。多分、いや間違いなく似合う。もはや確信できる。
俺の返事にアリシアはかすかに満足げに頷くと、
「なるほど。これがリッカがたまに言う『気持ち悪いシグレ』か。よくわかった」
「おい!」
リッカは一体こいつに何を吹き込んでいやがるんだ! 数少ない研究者仲間にドン引きされたらどうしてくれるんだよ!
すると、アリシアはくすりと笑って。
「冗談だ。ふふ、シグレはやはり面白いな。私はあなたと話すのが好きだよ」
「は、はあ? お前さっきから何言って、」
「――だから、ヒガンもあなたを頼ったのだろうな」
「……ッ」
あ、やらかした。自分でも思った。
だが一度見せた反応は取り消せない。相手がそれを狙って言葉を放ったのならなおさら。
「その反応を見るに、やはりヒガンが絡んでいたようだな」
「……何でわかった?」
俺はふてくされた声で尋ねた。アリシアが俺にやったことがわかったからだ。
メイド服のくだり、あれ伏線だ。突拍子もないことを話題に出して俺を動揺させ、会話の主導権を握る初歩的な駆け引き。
ちなみにまったく同じことを、俺は昨日ヒガンにやられた。この短期間に二度も同じ手を食らったのが何だか悔しい。
「そう怒らないでくれ。ただの当てずっぽうだ」
この言い分から察するに、やはりアリシアは狙って今のをやったようだ。
となると、やはり少し意外だ。以前のアリシアにはこういう心理的に相手を揺さぶるようなスキルはなかった気がするんだがな。
それこそ、こういうのはヒガンの専売特許だったはずだ。
「って、当てずっぽう?」
「ああ。シグレが旧交を温めるため『天癒上人』に会うといった時、何だか嘘っぽく聞こえてな。なのでそれ以外に彼をーーつまり治療を得意とする人物が必要になる状況を考えてみたんだが、真っ先に思いついたのは病気やケガだ。しかしシグレやミアが病気なら、それを私に隠す理由がないだろう? そうなると……」
「……俺が『アリシアに言えないような相手を治療したがっている』って結論になるわけか」
「そういうことだな。そしてそう考えると、私にはヒガンしか思いつかなかった」
で、試しにカマをかけてみたら俺が思いっきり引っかかったと。
何と言うか、四歳も年下の女の子にしてやられる十八歳の男ってどうなんだろう。無性に情けないんだが。
おそらくメイドを外に出し、俺と二人きりになったのもここまでの流れを全部読んでのことだったのだろう。
「……で、それを知ってどうするつもりだ?」
俺は警戒しつつ尋ねた。
ヒガンは確かに指名手配中の犯罪者だが、今は取引の最中だ。ヒガンを襲ったという未知のモンスターについて情報を吐かせるまで引き渡すわけにはいかない。
するとアリシアはきょとんとした顔で、
「いや、どうもしないが」
「あん?」
「え?」
俺とアリシアは顔を見合わせる。
「いや、じゃあ何でわざわざ俺にカマかけたりしたんだよ。ヒガンを匿ってることの裏付けを取って引き渡させるつもりだったんじゃねーの?」
「いや、そんなつもりはなかったんだが……私はただヒガンの近況が知りたかっただけだ」
「そんなもん知ってどうするんだ?」
俺が困惑しつつも聞くと、
「だから、どうもしない。ただ以前の一件の間、私は彼女に色々と教えてもらっていたからな。そうだな……シグレとミアの関係とは少し違うが、私はヒガンの弟子のようなものなんだ。弟子が師匠の身を案じるのは不思議じゃないだろう?」
さらに困惑が深まった。
弟子? そんな話あったっけ?
一体何を教わったというのだろう。
「私の場合は、世間についての常識と、あとは会話の『駆け引き』についてだな。ヒガンはそういうのが抜群にうまかった。最近は貴族相手の議会にも参加しているが、どんな貴族もヒガンに比べれば考えが読みやすい」
「うへえ……」
俺はここでようやく腑に落ちた。
さっき俺は見事にアリシアに『誘導』されたわけだが、あれはヒガンに習ったものだったわけだ。ハラの読み合いになる貴族相手の仕事となれば、それはもういい武器になるだろう。
「それで、ヒガンの調子はどうだ? 『天癒上人』を探しているという話なら、あまり良くはないようだが」
「絶不調、だな。医者に診せてもさっぱりだった。正直言ってかなり危険な状態だ」
「……そうか。私にできることがあれば何でも言ってくれ、シグレ。役に立ちたい」
まっすぐ俺の目を見て言ってくるアリシア。
こうも純粋な気持ちをぶつけられると邪険にしづらい。
「……お前、何でそんなにヒガンに好意的なんだ? あいつはお前を焚きつけて悪事に加担させたんだろ?」
「今となっては私も同罪だよ。それに、あの時ヒガンから教わったことは私を助けてくれている。感謝の気持ちの方が強い」
「……そうかい」
俺としては複雑な気分だ。ミアといいこいつといい、水に流すの早すぎねーか。
俺はいまだにあいつの人を食った態度が気に食わねーんだがな。
ここでコンコン、と控え目なノックの音。
「失礼します」
ドアを開けて部屋に入ってきたのは、さっきアリシアに命じられた出て行ったはずのメイド美少女だった。有り得ないくらい完璧なタイミングの帰還。おい、この人部屋の外で聞き耳立ててたんじゃねーだろうな。
「ご苦労さま。父上には会えたか?」
「はい。姫様からの文書をお読みになったのち、陛下は天癒上人の所在を教えて下さいました」
「では、それを伝えてくれ」
アリシアの指示にメイドが頷く。
それからちらと俺の方を向き、こう告げた。
「天癒上人様の居場所はーー」
メイドさん、ちょい役のつもりだったのにいつの間にか美少女設定になっていました。どうしよう、今後も出番あるんだろうか。じゃあ今設定作ります。
黒髪を後ろで一つにくくった正統派ポニテスタイル。結び紐は赤で小さな鈴がついているが、身のこなしが上手すぎてまったく鳴らない。代々王家に仕える侍従の家系に生まれた才女で、身の回りの世話、秘書、部下を使っての情報収集から護衛まで何でもこなす万能選手。クール系。素直な好意を向けられると焦っておろおろする、なんちゃって無表情キャラ。




