幽世の少女②
「今日は森にお散歩に行きましょう!」
「はー?」
結局俺とミアはそろって昼まで爆睡し、今は朝食兼昼食の真っ最中。ミアが行儀よく膝に手を置いたまま言ってきたそんな台詞に俺はあからさまに面倒くさそうな表情を作った。
するとミアは憤慨したように、
「あー! 何ですかお師様、その嫌そうな顔は! 私は忘れてませんよ、武術大会の時に約束したじゃないですか! 『入れ替わり』解除の魔法陣を組めたらご褒美に添い寝とお散歩に付き合ってくれるって!」
言ったかそんなこと。……言った気もする。
「けどお前、あの時とんでもねータイミングで解除しやがっただろ。大変だったんだぞ、女子更衣室覗いたとか謂れのない罪を着せられて」
「謂れがなくは……いえ、その、あの時はすみませんでした。一刻も早く元に戻さないといけないかと思って……」
抗議するような口調から一転、気まずそうに目をそらす猪突猛進系銀髪ロリ。
このへんがリッカとの違いだろう。これがあいつなら、『けど実際に覗いたでしょう?』と大人げない言葉選びをしてきて、多分次かその次くらいから会話のキャッチボールに暴投が混ざり始める。人間素直に過ちを認められるのは美徳だな。いやそんな話はさておき。
「まあいいけど、歩くの面倒くせーなあ……」
「それなら、ふーさんの背中に乗っていくのはどうですか? 頼めば乗せてくれると思いますよ」
『キュー?』
自分の名前が呼ばれると、テーブルの隅でニンジンをかじっていたかっこいいカメレオンみたいな生き物(※風竜)がこっちを向いた。
確かにふーさんの本来の姿なら俺を乗せて移動することも可能だろう。
だが、竜は気まぐれに動くので馬なんかと違って乗りにくいという特徴があるのだ。
魔王討伐の旅でたまたま飛竜に乗る機会があったんだが、俺のバランス感覚では騎乗は不可能だったため、やむを得ずリッカの後ろに乗せてもらって畜生嫌なことを思い出した。
「……いや、いい。自分の力で行くわ」
その言葉にミアが深く頷いた。
「そうですか。それもそうですね。確かにお師様はたまには自分の足で歩いて運動したほうがいいとーー」
「よし、じゃあ今から研究室に行って『足を動かさなくても進める』っていう効果の魔法陣組んでくる。最大時速二十キロもあればいいよな?」
「お師様! 散歩くらい普通にしてください!」
×××
飯を食い終わった俺たちは、腹ごなしもかねて散歩に行くことにした。
「よくよく考えてみれば、お師様と一緒にこの森をゆっくり歩くのって初めてかもしれませんね」
これは俺の隣を上機嫌っぽく歩いているミアの台詞。
言われてみればそうかもしれない。
「まあ、俺って移動はたいがい転移魔法陣使うからなあ」
転移魔法陣は俺が愛用する術式の一つだ。何がいいって、室内から室内に移動できるのがいい。引きこもりは外に出るのが嫌いなんだ。
「たまには体を動かしたくなったりしないんですか?」
「バカ言えよ、俺めっちゃ動いてるだろ。トイレと研究室を一日で五往復はしてるぞ?」
「それは運動と呼ぶのでしょうか……?」
引きこもりの中にはトイレすら自室の中で済ませる上位種もいると聞く。それに比べればまだ健康的だと言い張らせてもらう。
ちなみにミアは俺と同じくインドア派でこそあるものの、これで結構外に出るのも好きだったりする。同じ弟子仲間のカレンが遊びに来ると森に出かけることもしばしばだ。
俺はといえば、とある事情によって森の中をうろつくこともあるが、真性のインドア派ということもあってたいがい丸一日自宅で過ごす。
おかげで気づくのが遅れたがーーそろそろ夏が近い。木々が日差しを遮っている森の中でもそこそこ暑く感じるくらいには。
「最近川のそばで花がたくさん咲いているんです。すごく綺麗なんですよ? とりあえずそこまで行きましょう!」
「はいよ」
何がそんなに楽しいんだかな。ミアは俺の手をぐいぐいと引き、林道を歩いていく。
その時だ。
『キュー!』
「ふーさん?」
それまでずっと俺たちの頭上数メートルを飛んでいたはずのふーさんが降りてきてミアの頭に着陸した。それから何かを伝えようとでもするように、しきりに道脇の茂みを示す。
「何かあったか?」
『キュイ! キューッ!』
聞いたところでふーさんとは会話ができない。しかし、だからといって無視するにはふーさんの態度が妙だ。
仕方ないので俺はがさがさと茂みを突っ切り、ふーさんの示す方向を探してみた。
「――ッ」
って、おい。マジか。
「お師様、何か見つかりましたか?」
ああ、見つけた。見つけてしまった、という方が正しい。
「何でこいつがここにいやがるんだ……?」
ふーさんが焦るわけだ。俺もさすがに動揺した。
人が、倒れている。うつ伏せのままぴくりとも動かない。生死すら不明だ。
そしてそれ以上に俺の脳内を支配していたのはこの疑問。なぜ、『こいつ』が。
倒れていたのは間違いなく女だ。うつ伏せの状態からひっくり返すまでもなく、少女であると確信できる。なぜなら俺はこいつを知りすぎるほどに知っているから。
ヒガン・カレギシ。かつての仲間で、ついこの間の事件の黒幕。
森の中で死体のように横たわっているのは、俺やリッカと同じ転世者の一人だったのだ。
今回も少し短めでした。
最近インプットの方に時間を割いているせいで肝心の書く時間が減っている気がします。頑張れ。




