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法陣士→百剣の王④

×××



「何かどっと疲れた……」



ついさっきリッカ・タチバナとして初戦をいわくつきの白星で飾った俺は、体と心を休めるべく控え室に向かっていた。


……対戦相手があんなヤバいやつなんて完全に予想外だ。リッカのやつ、何て厄介なファンを獲得していやがる。ある意味魔王以上の恐怖を感じたぞ。


そんなふうにぶつぶつ言いながら歩いていると、



『おい、ーーはまだーー』


『だからーーつはーー』



「……ん?」


何やら大会運営のスタッフが話し合っているのを見かけた。



『なっ……あれほど事前に確認しろと言っただろうが!』


『仕方ないだろう、連絡が来たのはついさっきのことなんだから! ああもう、どうしたら……っ!』



何やら話し合っているスタッフ二人は焦っているようにも見えるな。


察するに、何かトラブルがあったようだ。


俺は物陰からその二人の様子を見て、



「……よし。見なかったことにしよう」



現状でさえ俺は肉体の入れ替わり現象で大変なことになっている。これ以上厄介ごとに巻き込まれるのは得策ではないだろう。決して面倒ごとに関わりたくない、なんて薄情な理由ではない。


幸いにも俺の姿は向こうに見られていない。俺は物陰からこそこそと移動し、また部屋へと向かって一歩踏み出しーー



『ああ、せっかく厳選に厳選を重ねた参加者がよりによって当日欠席だなんて! これでは枠が一つ余ってしまうじゃないか!』



「ーー何かお困りのようね。話だけでも聞かせてもらえるかしら?」


俺は躊躇いなくスタッフ二人の前に姿を現した。義理と人情の国日本に生まれた身として、困っている人を見過ごすなんて俺にはできない!


『り、リッカ様!? どうしてここへ……』


「たまたま通りかかったら声が聞こえたのよ。何かトラブルがあったのでしょう? よければ聞かせてもらえるかしら」


リッカの口調を意識しつつ、いかにもあいつが言いそうな台詞を口にする。するとスタッフは一瞬で俺を信用してぺらぺらと状況を明かし始めた。



『ご存知の通りこの大会は各地から腕自慢を集め、予選に予選を重ねて参加者を決めたのです。ところが出場者の一人がいきなり不参加と言い出しまして……これでは落選した者たちから不満が溢れてしまいます! 最悪は自分を試合に出せと乱入してくる可能性もあるほどでして……!』


なるほど。確かに、夢半ばで予選落ちした連中なら降って湧いた空き枠に飛びついてくるかもしれない。一人ならともかく、大勢で来れば大会運営に支障をきたす可能性もある。


……ほほう、そうかそうか。


「なら、私から提案してもいいかしら」


『な、何でしょうか』


「この会場に来ていて、かつ、そいつが参加すれば誰もが納得するような強者《ツワモノ》に心当たりがあるんだけどーーそいつの参加、認めてもらえない?」



×××



私の名前は橘六花。



この世界の表記に直せばリッカ・タチバナとなる。


今は事情があって男の姿をしているけれど、これでもれっきとした女だ。


元の姿に戻るため、そして今日行われている武術大会を成功させるために、現在かつての仲間とその弟子の女の子が私のために頑張ってくれている。……片方は完全に自業自得だから当然として。


けれど、私の性分として自分の面倒を他人に見させて自分は何もしない、という状況はあまり好きじゃない。


だから、昔の仲間が私の代わりに出ている試合を観戦しながら、何となく落ち着かない気分ではいたのだけれどーー



『それではァァァ、本日の飛び入りゲストを紹介しますッ!! なんとなんと、リッカ様に続く魔王討伐の英雄の一人、ジウ・シグレ選手ゥゥゥゥ!!!!』



ウォオォォォオ! ワァァァァァァァ!! マジデェェェェェェ!! フォオオオオオオオオオオ!!!!



ーーだからといって、決して私にさらなる試練を与えて欲しいという意味ではない。



かつての仲間、そして今の私の外見である『シグレ・ジウ』の名前が出た瞬間観客席がどよめき、歓声を上げる。それは間違いなく観客たちが喜んでいる証左。ほとばしる興奮、熱狂。



それを肌で感じながら、私はこうなった経緯を思い返していた。



×××



控え室で待っていた私たちのもとに、私の姿をしたバカがいきなりスタッフを連れて戻ってきた。



私やミアちゃんはさすがに驚いたけれど、何とかボロは出さずに済んだ。軽く挨拶を済ませたのち、シグレが連れてきたスタッフは目を輝かせながらこう言ってきたのだ。



「シグレ・ジウ様ご本人ですよね!? 本日の試合に代理出場していただけるとは本当ですか!?」



私は口に含んでいた紅茶を吹き出さないようにするのに大変な努力を要した。



どういうことだ、という意思を込めてギロリとシグレを見ると、やつはいかにも参ったという表情で、


「ごめんなさい、シグレ。偶然この人たちの困っている声を聞いて、あんたのことをバラしちゃったのよ。悪いんだけど、欠席した人の代わりに試合に出てあげてくれる?」



「じょっ……」



「お願いします! シグレ様! 私どもは国のため、市民のため、このイベントを失敗させるわけにはいかないのです!」


冗談じゃない、とよっぽど言おうと思った。しかし、涙目で懇願してくるスタッフを前に断りきれず。


……確かに、魔王討伐の英雄二人が観客の前で実力を示せば、近頃のトラブルで不安を溜め込んでいる市民たちを安心させることはできるかもしれない。


けれど、それは私とシグレがいつも通り自分の力を自由に使えればの話。



もし仮に『入れ替わり』がバレて、市民に『英雄たちですら抗えない謎の魔術がある』なんて認識されたら逆効果もいいところだ。私たちは英雄という立場上、ヘタなところは見せられない。



けれど、スタッフは私が首を縦に振るまでテコでも動かないと言わんばかりの表情だ。……困ったわね。どうしようかしら、これ。



「……大丈夫だ、リッカ」


迷っていると、シグレがこそりと私に耳打ちしてきた。


「……何が」


「戦闘用の魔法陣ならお前が今着てる服にいくらか仕込んであるはずだ。せっかくだし、イベント成功のために力を貸してやろうぜ」


こいつがこういう爽やかな表情をするときは、まず間違いなく何か企んでいるといっていい。


とはいえ、ここまで必死に頼みこんできているスタッフさんを無下に追い返すのも忍びないし……


「はいはい、わかっ……わーったよ。やりゃいいんだろ」


シグレの口調を真似しつつ、了承の意を伝える。


「あっ、ありがとうございます! それではこちらへ、申し訳ありませんが試合がもう始まりますので!」


「随分急な話ね……だな。わかった」


と、私はスタッフに連れられるまま部屋を出て行き、現在に至るというわけだ。





『……お師様、いちおうリッカ様を巻き込んだ理由をお尋ねしてもいいですか?』


『さっきの試合が昔あいつの蒔いた種のせいで大変なことになったから、その腹いせかな』


『お師様はそのうちリッカ様に謝ったほうがいいと思います』



部屋を出るときに何か聞こえた気がしたけど、きっと気のせいだろう。



×××



時間は現在に戻る。



『さァ、盛り上がってまいりました! 伝説の魔王討伐パーティーの一角、『法陣士』シグレ選手に対し、ミゼル選手はどこまでやれるのかァァァ!!』



実況の煽りで観客が沸く。


私は正面、対戦相手の姿を見据えた。



「デュフッ……デュフフッ……これはこれはシグレ殿……貴殿も参加しておられたでござるな……!」



私の対戦相手は、太っていて、濁流のような脂汗が太陽光を反射する変な口調の大男だった。



「やはり『選ばれし者』同士は引き合う運命《さだめ》……ここで会えたこと、光栄に思うでござる……!」


何だか色々と特徴的な対戦相手のようだけど、突っ込んだら負けな気がしたから私は突っ込まない。



私は無言で自分のポケットを漁る。



さすがシグレというべきか、着ている服のあちこちに感応紙が仕込まれている。中には私も見たことがあるものが混ざっており、いちおうは戦うことができそうだ。


……まあ、私の魔力量は良くも悪くも人並みだから、あいつみたいな派手な戦い方はできないでしょうけど。剣が欲しいわ。


けれど、私は今はシグレ・ジウ。剣ではなく魔法陣で戦う必要がある。



『それではーー試合、始めっ!』



開戦の合図と同時に私は感応紙を構えた。


さて、どうしたものかしらね。



何だか長くなりそうだったので分割しました。スマホは打つのが早くなりますが指がやたらと疲れるのが難点です。

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