法陣士→百剣の王③
×××
何だこれ。
『それではァァ、まずはこちらァァァ!! 西は遥かハーデス領から、領主たるハーデス家次男、ベルン・グリデラ・ハーデス様ァァァ!!』
キャアアアア!! ベルン様ぁぁぁ!!
「フッ……まったく、人気者はつらいね。顔を見せるだけでこんなに騒がれてしまう。見目麗しい我が身が今だけは呪わしいよ……」
凄まじい巻き舌で選手を紹介する実況につられて観客席が活性化し、それを見て紹介されたばかりのイケメンが前髪をかきあげる仕草で応えた。
その気障ったらしい動作でさらに観客は大盛り上がり。凄まじい熱気だ。俺の感性で言えば甲子園地区予選の決勝で逆転のランナーが出た時に匹敵する。
「フッ……しかし、私の後に出てくる選手が気の毒だよ。フッ……完全に、私が空気を持って行ってしまった……フッ……」
髪をしきりにかき上げながら、闘技場中央にあるイケメンが何か言っている。
どうしよう。何だかぶん殴ってやりたい。
まあ、やつの言うことは間違ってはいない。並みの相手であれば、あのベルンとか言うクソイケメンを賞賛する空気に呑まれてがっちがちに緊張したまま試合に臨むことになっていたことだろう。
まあーー
『それではァァ、次は対戦相手の紹介です! なんとなんとォーー特別ゲストの、リッカァァァ・タチバナ選手ゥゥゥゥ!!』
ウオオオオオオオオオオオオオ!! キャァァァアアア!!! スゲェェェェ!!!! フォォオオオオオオオ!!!! ウワァァァァァァアアアアア!!!
さっきとは比較にならない凄まじい歓声。熱狂と呼ぶべき感情の渦。観客は総立ち、騒然。その盛り上がりたるや、まるで甲子園決勝で逆転サヨナラ満塁ホームランが飛び出した時のよう。
「なっ、なっ……リッカ・タチバナ……だと……ッ!?」
髪をかきあげることも忘れたイケメンに向かい、歩いて行く。百戦錬磨の女剣士が登場したことで観客の興奮は最高潮。
ま、この姿で出て行きゃあこうなるよな。
俺は、リッカの姿で、リッカの仕草で、観客に応じるように片手をあげて、その手をそのまま右腰へ。
剣の柄へ。
「良い試合にしましょう、ベルン様」
本当に、俺は何をやっているんだろうーーそんなことを思いながら、俺は開戦の意思を示した。
×××
今からおよそ二十分前、リッカは俺の、シグレ・ジウの姿でこう言ってきた。
「シグレ。あんた、私の代わりに試合に出なさい」
やつは本気だった。断ればこの場で殺すと目が告げていた。
だが、それでは根本的な解決にならない。なぜならーー
「いや待て落ち着け、お前アレだぞ? 俺が試合に出たら解除の魔法陣が組めなくなるぞ?」
さっき誤作動した『入れ替わり』の魔法陣。あれを解除する魔法陣を新たに組み直すとなれば、魔法陣を専門に研究している俺でも五分やそこらでは不可能だ。
俺が試合に出れば、確かにこの場はしのげるだろう。だが、当然試合に出ていては術式の構築なんかできっこない。根本的な解決にならないのだ。
と、俺はそう懇切丁寧に説明したのだがーー
「なんとかしなさいよ」
「圧倒的脳筋理論」
力技でねじ伏せられた。こいつは話をきちんと聞いていたんだろうか。
しかし、さすがに今回は俺が悪いので何とかしなくてはならない。リッカの代役くらい務めるにやぶさかじゃないが、さすがに今日一日リッカのふりをして過ごすのは無理がある。絶対ボロ出すぞ、俺。
「大丈夫よ、シグレ」
「何が? この状況で何が?」
「三試合こなせば昼休みがあるわ。そこで解除術式を組めば良いのよ」
「三試合か……自信ねえなー」
実は一試合くらいなら何とかごまかす方法もないことはない。だが、三試合ともなればミスの一つや二つは出てくるだろう。元々そう多用できる手段でもないし。
何か、俺がリッカのふりをして試合に出つつも解除術式を組める方法があればいいんだがーー
「あ、そうだ。ミアに術式組んでもらえばいいじゃん」
「うええ!? 私ですか!?」
他に誰がいると言うんだろう。俺の弟子で、魔法陣の知識もそれなりにあり、頭の回転もこれで結構早い。これ以上の適任はいないだろう。
「ま、待ってください待ってください! お師様、私そんなの自信がーー」
「できたら今日の夜は添い寝だ」
「やりますっっ!!」
「ミアちゃん!?」
リッカが俺の声で驚きの声を上げた。
「お、落ち着いてミアちゃん。そんな、添い寝ごときで大変な思いをすることは……っていうかシグレ! あんたこんな小さいこと添い寝って何考えてるの!? あんたロリコンだったの!?」
「止めないでくださいリッカ様! 私は、今日こそ、私は……ずっと断られ続けてきた添い寝を、してもらうのです……っ!」
「そうだぞリッカ、つーか誰がロリコンだ。俺がどんだけ断腸の思いでこの取引を持ちかけてると思ってんだ」
このロリはスキンシップが大好きだ。ちょっと暇になるとすぐに寄ってきて、構って欲しそうにちらちらとこっちを見てくるようなやつだ。
面倒臭いので普段はほったらかしているが、この際仕方がない。取引材料には丁度いいしな。
「お、お師様っ。もし、もし、お昼休みまでに完成したら……『森でお散歩』もつけていただいてもいいですか!?」
「ほう、このうえさらに条件を追加させようというのか……良いだろう! そのくらいお安い御用だ!」
「ありがとうございますっ!」
「あんたらって実は仲良いわよね」
あえて否定はしない。
『リッカ・タチバナ様! そろそろお時間が……』
「っと、そろそろやべーな。んじゃ行ってくらー」
「待ちなさいシグレ! 言葉遣い! ちゃんと私らしくしておかないとバレるでしょうが!」
おお、いかんいかん。
リッカの口調か。ふむ……
「私はリッカ・タチバナよ。特技は剣と突っ込み。百剣の王と呼ばれて調子に乗っているわ。学名はゴリラ・ゴリラ・ゴリラよ」
「ぶっ殺すわよ!!!」
「落ち着いてくださいリッカ様! 今そんなことをしては試合に出る人がいなくなってしまいます!」
「そうそう。お前は今俺に何をされても反撃はできなちゃぶァ! いってーー剣!? 何てもん投げやがるんだお前は!」
「うるさい! だいたいそれ忘れていきそうだったでしょう! 私を真似するなら剣もちゃんと持っていきなさい!」
あ、そういえば腰に剣がない。椅子の背に立てかけてあったっけ、そういえば。危ない危ない。
『リッカ・タチバナ様! 今凄い物音がしましたが大丈夫ですか!?』
「大丈夫よ! すぐ行くわ! ……そんじゃミア、あとよろしく」
「はいっ!」
「ヘマしたらぶっ殺すわよ」
リッカの言葉は聞かなかったことにしよう。
ちなみにカレンは途中からずっと寝ていた。
×××
以上回想終わり。俺がこの闘技場の中央でどこぞの貴族の坊ちゃん相手に対峙しているのはリッカの代役を果たすためだ。
気は進まないが、事情が事情だけにやるしかない。
「り、リッカ・タチバナ……バカな、こんなことが……ッ!」
まあなんか、目の前のイケメンはリッカの名前にびびってるっぽいし大丈夫かな。
俺はリッカの仕草を思い出しつつ、鞘からリッカ愛用の長剣を抜き放つ。
『それではァァァーー試合、開始ッ!』
まずは小手調べ。踏み込み、左下からの斬撃。
「ぐっ!」
お、受けた。なかなかやるなあこのイケメン。
続けて二、三発打ち込んでみるが苦しそうにしながらも何とかしのいでいる。
『おおっとォ、開幕直後にリッカ様の猛攻っ! 百剣の王の名に恥じない乱撃ぃーっ!』
と、実況の声が響き、歓声が割れる。まぁ、魔王を倒した英雄の剣技が見られるとあっちゃあこうなるのも頷けるが。
「さすがだな、リッカ・タチバナ……! この私に付け入る隙を与えないとは!」
「光栄です」
俺は適当に応じつつ、内心で安堵していた。
俺が今やっているのは、以前カレン相手にしたこととまったく同じだ。
つまり、【記憶再生】によるリッカの剣術の再現。
丸一年間一緒に旅して、誰よりもその剣術を見てきた俺だからこそできる裏技だ。これなら早々俺とリッカの入れ替わりがバレることもないだろう。
で、何でリッカの体なのに『シグレ・ジウ』の固有魔法が使えるかというと、それは単純に『力の所在』の問題だ。
かつて女神は、俺やリッカの『魂』に異能を埋め込んだ。つまり俺の魔力やリッカの剣技は魂に刻まれた能力なのだ。現状俺は体こそリッカのものだが、魂は変わらずシグレ・ジウのままなので、俺はこの姿でも問題なく使い慣れた魔力を扱うことができると。
俺はリッカをコピーした動きで剣を振るい続ける。
すると、観客席からこんな声が聞こえてきた。
『行っけーいけいけいけいけ師匠!』
『『『行っけーいけいけいけいけ師匠!!』』』
『押っせー押せ押せ押せ押せ師匠っ!』
『『『押っせー押せ押せ押せ押せ師匠ォォ!!』』』
何だうるせーなと思ってちらと見ると、観客席の一角を陣取って軍服の野郎どもが綺麗に並んで声を張り上げていた。『リッカ師匠応援隊』というノボリを立てていることと服装から推察するに、あれはおそらくリッカが普段鍛えている王国軍の連中だろう。どうやらリッカ師匠の晴れ舞台を応援しに駆けつけたらしい。
「頑張れシグ……じゃなくて、師匠ー! ぶっ飛ばせー!」
ちなみに列の先頭にいるのは見覚えのある金髪ネコミミ幼女だった。知り合いらしき軍服の男に抱えられながら、こっちに向かってぶんぶんと手を振っている。楽しそうだなオイ。
「よそ見とは余裕だな! 今度はこちらから行かせてもらうぞ!」
「ーーっと」
唐突に打ち込まれた剣を、まともに受け止める。しかし俺が防御のために掲げた剣は微動だにしない。イケメン貴族の顔が驚愕に染まる。
「くっ……さすがの膂力だな……!」
なんか言ってるけど、単にリッカ愛用の剣によって今の俺は身体能力が上がっているだけですよ。
その名も『火竜の牙剣』。魔力を流せば持ち主の身体能力を向上させるマジックアイテムだ。普段リッカはこのアイテムによって人間離れした身体能力を獲得している。
『火竜の牙剣』と【記憶再生】ーーこの二つによって、今の俺はオリジナルのリッカと変わらない剣技を発揮することができるのだ。
ちなみに『火竜の牙剣』の効果で持久力も上がっているため、カレン戦の時と違って筋肉痛でダウンするなんてこともない。完璧。完璧だ。これならよっぽどリッカに近しい人間が見ない限り『入れ替わり』が露見することはないだろう。
あとはこの坊ちゃんのメンツを潰さない程度に華を持たせてから試合に勝つだけの簡単なお仕事だ。
俺は受けに回り、相手の剣にいくらか押されたフリをしたのちーー
「ぐあっ!」
『おおーっとここでベルン選手にリッカ様の攻撃がクリーンヒットォォ! 会場には選手を守る防御術式が組み込まれているとはいえ、これは大きなダメージになります!』
解説ご苦労様です。
「くっ……あ、相変わらずおそろしい剣術だな……!」
「ありがとうございまーー『相変わらず』?」
俺は適当に流そうとして、ふと聞き返した。
するとベルンとかいうイケメンお坊ちゃんは小さく笑い、
「やはり覚えていなかったか。私は以前、貴様に剣術の指南を受けたことがあるのだぞ? まあ、二年も前のことではあるが」
「……そうでしたか。それは申し訳ありません」
そういやリッカの仕事の一つに、お偉いさんのせがれに剣術を教えるというものがあるとは以前から聞いていた。こいつもその一人らしい。
知らんがなそんなん。え、もしかして俺ヘマした? 怪しまれるのは避けたいんだが…….
「あの時からずっと、私は貴様のことを追い求めていた」
「……はい?」
何か話し出したぞ。どうやら怪しまれているわけではなさそうだが……
「二年前、訓練と称して貴様に何度も打ち据えられ、私は耐え難い屈辱を感じた。それからだ。私は貴様のことが脳裏に焼き付いて離れなくなった……そして今、貴様に剣を叩き込まれたことで、その時の度し難い感覚が蘇ってきた!」
だんだんボルテージが上がってくる目の前のイケメン。戦いを止めた俺たちに観客がざわめき始める。
……しかしリッカさん。あなた随分と恨みを買っているみたいでーー
「ーーあの時私は、剣を体に叩き込まれる快感を知ったのだ!」
…………
「もう一度言っていただけますか?」
「あの時より私は、痛みを与えられることに快感を覚えるようになったのだ」
何だ。こいつは一体何を言っているんだ。
「おっと、勘違いはしないでもらいたい。もちろん痛みとあれば誰からのものでもいいというわけではない。相手が強ければ強いほど……気持ち良いのだ」
どうしよう。もう本当にどうしよう。俺は目の前の人間に『あなたに殴られると気持ち良いんです』と言われた時の対処法なんて知らないというのに。
「国中からあらゆる強者が集うと聞き、私にさぞ素晴らしい一撃を入れてくれる猛者がいるだろうと来てみればーー何という幸運か! 先ほどの一撃を食らい、やはり貴様こそが私を痛めつけるにふさわしいと確信した! さあ! リッカ・タチバナ! 私を思う存分殴るがいいっ!」
『おおーっとこれは大胆カミングアウトォォッ! ベルン選手かなり本格的なマゾだった模様! ファンの観客が動揺しているぞーっ!』
そりゃするだろうよ。何せ初対面の俺ですらこんなにもドン引きしているんだから。
「来ないのなら私から行こう! さあ、反撃したまえ! さあさあさあっ!!」
「ーーッ!」
目を血走らせて猛然と打ち掛かってくるベルン。俺は剣技とか以前に目の前の相手が気持ち悪すぎて鳥肌が止まらない。
「おやおや、動きが止まっているぞ!? 私が怖いのか!? 」
怖いよ! 怖いに決まってんだろ!
「ならばこうだ!」
からん、と音。見ればマゾイケメンは自分の持っていた剣を放り捨てていた。
「これならば怖くはあるまい!」
お前どんだけ殴られたいんだよ!
「さぁ、さあ、さあっ!!」
『武器を捨て、素手でリッカ選手に迫るベルン選手! 観客席からは悲鳴が上がっているぞォォ!』
実況の内容が現場のヤバさを物語っている。悲鳴なら俺だって上げたい。
そしてそうこうしてちる間にも変態貴族は迫ってくる。
「いつでもいいぞ! 私の準備はできている!」
「ちょっ、まっ、あなたに貴族としての誇りとかはーー」
「そんなものどうでもいい! さあ、早く! 私の脳を痺れさせる痛みをくれ!」
「いや、だから、」
「さあァァァ!!」
「だから話し聞けっつってんだろーがァァァ!!」
ズガァン、と音がしてマゾイケメンが吹っ飛んだ。
……あーあ。やってもうた。
『武器を捨てて接近したベルン選手へ、リッカ選手の神速の一撃ぃーっ! ベルン選手ノックダウン! 勝者、リッカ選手ぅぅぅ!!』
俺は剣を振り抜いた姿勢のまま吹っ飛ばしてしまった変態を眺める。
貴族としてのメンツも何もなくなったはずの彼は、なぜか心の底から幸せそうな顔をしていた。
パソコンがあまりに書きにくいからスマホに変えたら、何だかやたらと筆がのりました。あれ? グッズが変わるとこんなに違うものなんですか……?




