法陣士→百剣の王②
×××
「……これはどういうことかしら?」
目の前にいる、俺の姿をした誰かーーおそらくリッカーーが、女言葉で詰問してくる。
これは凄まじい違和感だ。
「……多分魔法陣の誤作動だ。だから勝手に触んなっつったのに……」
俺が口を開くと、やけに凛とした響きのある女の声で言葉が出てきた。
これもこれで凄い違和感だ。
「……あんた、やっぱりシグレよね?」
「ああ」
「ってことは……これ、やっぱりアレよね?」
「……察しの通り、『二人の体を入れ替える』魔法陣っす」
この世界の人間は、『魂』と『肉体』によって構成される。
ついさっき作動した魔法陣は、魂はそのままに、二者間の間で肉体を入れ替えるというものだ。ライトノベルなどでたまに見かける『入れ替わりネタ』を再現できないかというに思い付きで魔法陣の開発を進めていたのだが……俺がその被害者になるとは完全に想定外だった。
「まあ、何が起こったのかはこの際どうでもいいわ」
来たるべき制裁に対してびびっていると、リッカ(※俺の姿)があっさりとそう言ってきた。
「……怒ってないのか?」
「あんたがわけのわかんないことをするのはいつものことでしょ。とりあえずこの体を元に戻しなさい。何かこう……すごい気持ち悪い。声とか物凄い違和感だし」
悪寒でもするようにリッカ(※俺の姿)が肘をさすっている。
……ふむ、なるほど。確かに異性の体になっているわけだし、そりゃ変な感覚だよなあと俺はふと自分の体を見下ろし……
「うお、すげえ! 胸がデカすぎて足元が見えねえ!」
「あんたはいきなり何を言ってんのよ……」
驚愕だ。こんなことがあっていいのか。これが男女の違いということなのか。
何か体に違和感があると思ったら、そういうことか。やけに肩のあたりが重たいと思ってたんだよな。
「昔から思ってたけど、お前どんだけ胸デカいんだよ……よくこんなので戦えたな?」
「私は慣れてるからどうってことないわ。というか、それより人の胸を凝視するのをやめなさい。果てしなく不快だわ」
「よくリッカが腕組みをしていたのはこの重たい胸を支えるためだったわけだ。納得した……ってかすげえな。柔らかっ」
両手で自分の目の前にある双丘を揉んでみる。何という柔らかさ……これが人体の神秘というやつか。不覚にも感動してしまった。
「ちょっ!?」
リッカが慌てた形相で掴みかかってくる。自分の姿をした人間が迫ってくるというのは新鮮な体験だな。
「何だよ急に。落ち着けよ」
「落ち着いていられるわけあるか! いいから胸を揉むのを止めなさい!」
どうやら俺がリッカの胸に触れているというのが我慢ならないらしい。
だが、今はやめるわけにはいかない。この感触をきっちり記憶することで、ゆくゆくは『触った感覚が完全に生身の女の子であるメイド型ゴーレム』を作成できないかとたった今アイデアが浮かんできたところなのだ。
「まあまあ、胸を揉むくらい今更だろ。お前も俺の体好きにしていいから」
「こんな貧相な体のどこをどうしろってのよ!?」
「何だとコラァ! お前の体だって胸以外はガッチガチだろうが! どうせ腹筋だって割れてんだろ! シックスパックなんだろ!」
「この小枝みたいな貧弱な腕してるやつにとやかく言われたくないわよ! あと私の腹筋は割れてないから!」
「いだだだだ! これお前の体お前の体!」
凄い形相で首を絞めてきたので胸を揉むのを中断して抵抗する。殺す気か!
――と、そんなことをしていると。
「お師様リッカ様、カレンちゃんを連れてきましわああああああああああああ!?」
「おーっすシグレ、久しぶり……あれ? 何だこの状況?」
ミアがカレンを連れて戻ってくるなり絶叫を上げていた。
カレンの方はきょとんとした顔でいがみ合う俺とリッカを見ている。妥当な反応と言えるだろう。
「あら、ミアちゃんもカレンもお帰りなさい。こいつを始末したらすぐにお茶を淹れるわね」
「だからこれお前の体だって言ってんだろ! 俺を始末したらお前は一生男の体で過ごすことになるわけで、ちょっ、だからやめろって!」
拳を振り上げるリッカ(※俺の姿)と、それを見て必死に抵抗する俺(※リッカの姿)。
確かになかなかにシュールな光景と言えるだろう。
「なーミア、あの二人ってさ……」
「は、はい。何だか様子がおかしいですね。まるでいつもと立場がひっくり返っているように見えます」
「そこの弟子二人! 冷静に分析してないで助けてくれ!」
まさか十二歳の子供に本気で救援を依頼する日が来るとは思わなかった。
×××
「つまり、こっちのお師様の格好をしているのがリッカ様で、」
「こっちの師匠の体に入ってるのがシグレってことか?」
ミアとカレンが、丸テーブルの対面にいる相手をそれぞれ眺めて確認するように聞いてくる。
俺は神妙な顔で頷いた。
「そういうことだ。遺憾ながら」 ←リッカの声
「こっちのセリフよ」 ←俺の声
「「うひゃあ……」」
俺とリッカがそれぞれ口を開くのを見て、ミアとカレンが何とも言えない声を漏らす。
まあ、セリフとそれを実際に言ってる人間がちぐはぐなんだから無理もないが。
現在地は相変わらずリッカの控え室で、俺たちは丸テーブルをぐるりと囲んで状況確認の真っ最中だった。確認も何も、俺が自分のしでかしたことを洗いざらい白状しているだけの状況とも言える。
「お師様……で、いいんですよね?」
ミアがびくびくとしながら俺の方を向いて言ってくる。
「おう」
姿こそリッカだが、俺はシグレ・ジウで間違いない。
「えっと……いろいろ聞きたいことはあるのですが、何でこんなことをしたんですか?」
「まあ、まずはそこよね。何か他にも魔法陣を仕込もうとしてたみたいだし?」
ミアの疑問にリッカが乗っかる。今更だが、俺の声で女言葉を使われるという状況に対する違和感がヤバい。
「うひー……なんか気持ちわりー……」
カレンがネコミミをぴんと立たせて鳥肌を立てている。まったく同感だ。
それはさておき、俺はミアの疑問に答える。
「いや、ほら、アレだよ。冷静に考えてみてほしいんだけど、リッカって超強いだろ?」
仮にも魔王討伐を二度も成し遂げた立役者だ。こいつが剣を持ったが最後、どんな達人であっても基本的には勝てないだろう。
「はい」
「だなー」
「……それで?」
弟子組の相づちを受けてか、リッカが続きを促してきたので俺は説明を続行する。
「リッカの強さをもってすればこんな武術大会なんか優勝間違いなしだ。だが、それじゃあ面白くないと思ってな」
俺がここまで言うと、リッカが何かを理解したように顎に腕組みしたまま言ってきた。
「……なるほどね。私が普通に手を抜いたくらいじゃあ白熱する試合にはならない。だから、大会を盛り上げるために私に魔法陣を仕掛けて弱体化させようとしたわけね。――やったことはしょうもないけど、それなら多少の同情の余地はーー」
「いや。一度でいいからリッカがボコボコに負けるところを見てみたかったんだ」
「同情の余地はないようね」
「お師様……」
ミアの咎めるような視線が痛い。
「で、魔法陣を仕掛けようとしたら師匠にバレてこんなんなったのかー。シグレってドジだなー」
カレンが座っているのに飽きたのか、だらーんとテーブルに腕を投げ出した体勢で言ってくる。まったく反論できないのがつらいところだ。
「まあ、このバカを抹殺するのはあとにするとして」
「待てリッカ。今重すぎる罰が聞こえた気がするんだが」
「……するとして、まずはこの状況をどうにかする方が先ね」
俺の姿をしたリッカが言うと、ミアがこくりと頷いた。
「ですね。そろそろ試合が始まってしまいます。早く元の体に戻らないと、試合に出る時困ったことになってしまいます」
壁にかかった時計を見ると、確かにミアの言うことは正しい。リッカの初戦が始まるまであと二十分ほどしかない。運営サイドの人間がいつこの部屋に『特別ゲスト』様を呼びに来てもおかしくない頃合いだ。
「というわけで、シグレ。元の姿に戻しなさい」
……来た。来てしまった。この命令が。
「……あ、ああ」
「何よその反応は」
「いや、だってこれ言ったらお前きっと怒るし」
「大丈夫よ」
リッカは大真面目な顔で頷いた。
「『戻る方法がありません』なんて言わなければ、まだ生かしておいてあげてもいいと思っているわ」
「じゃあなミア。俺の死体は静かな森の中に埋めておいてくれると嬉しい」
「あれ? どうしてお師様は別離後の話をしているのですか?」
リッカが勢いよく俺のコメカミを掴んできた。
「やっぱりそうか! あんた元の体に戻る方法を考えていないんでしょう!」
「いだだだだだ! そうだよチクショー! だから試作品だって言っただろ!」
考えなしに作業台の上にあった魔方陣を手づかみしてきたのがまずかった。俺だって本当はこんな危険物を持ってくるつもりはなかったのだが、他の魔法陣に紛れ込んでしまっていたようだ。
「お、お師様、今のは本当なのですか? 元の姿に戻れないというのは!」
「ってことはあたしはこれから師匠の体に入ってるシグレと一緒に暮らすのか? それともシグレの体に入ってる師匠と一緒? うーん……」
弟子組も混乱しているようだ。
しかし、実はそこまで悲観的な事態でもない。
「今は無理だが、時間さえあれば元の体に戻るための術式を組むこともできるぞ。いちおうどうやって体を入れ替えたのかって理論はある程度覚えてるからな」
早い話がさっき誤作動した魔法陣と逆の現象を起こせばいいわけだ。時間さえあればどうとでもなる。
――そう、時間さえあれば。
コンコン、と部屋の扉がノックされる音が聞こえてきた。
『失礼します。リッカ・タチバナ様、そろそろ試合が開始されますのでお呼びにあがりました』
「「「!」」」
俺、リッカ、ミアがびくんと肩をふるわせる。
「シグレ! 早く解除の術式を組みなさい!」
「一時間くらいはかかるけど」
「それじゃあ間に合わないわよ!」
だろうなあ……
「あ、そ、そうです! 最初にお二人が使った魔法陣をもう一度使えば元に戻れるのでは!?」
「それよ!」
「あ、あれはさっき使った時に壊れたぞ。俺の魔力を加減せずに吸い上げたからだろうな」
「あんたは本当にっ! 自体をややこしい方向にばかり持っていくわね!」
状況が状況だからだろう。さすがのリッカにも余裕がなくなっている。
『リッカ様、ご準備はよろしいですか? 時間の方が押してまいりましたのでそろそろーー』
ドアの向こうに立っているであろう役員が再度呼びかけてくる。時計を見るに、いよいよ時間がない。
「……こうなったら」
リッカがぎり、と歯を食いしばって苦渋の決断を下すような表情をしている。
俺はリッカの意を汲んで、神妙なため息を吐いた。
「ま、仕方ないよな。体調不良だと言って欠席させてもらおう」
「……何を言っているの?」
「……え?」
「あんたはピンピンしてるでしょう?」
「……え?」
硬直する俺に、リッカはにっこりと笑いかけてきた。
「この際仕方がないわ。ええ、仕方がないからーー私の代わりにあんたが試合に出なさい、シグレ」
「マジでえ!?」
有無を言わさぬリッカの形相を前にして、『自業自得』という単語が俺の脳裏をかすめた。
毎日更新は本当にしんどい! これを八千文字とかでやってる人がいるとか、このサイトは本当に魔境ですか!? どうやったらそんなことができるのか皆目見当もつかないですよ!




