『法陣士』と『百剣の王』
※2017.2.1
すみません、修正しました……!
リッカ・タチバナは『強い』女だ。
近接戦闘能力に関しては他の追随を許さない。
古竜の素材を用いた剣の特殊効果である、身体強化。
女神から受け取った、剣の才能。
それら二つによって、リッカの戦闘スキルはこの世界において人間の枠を大幅に超えたレベルに達している。あらゆる剣士を打ち負かしてきたその強さは、まさしくチートと呼ぶに値する。
しかし、リッカの強さはそこにはない。
「はあぁっ!」
『ギィイィッ――』
銀色の剣閃が、走って、走って、走って。
リッカが腕を振るう旅に群がる魔獣たちが両断された。大量の魔獣に取り囲まれながら、リッカはそれらすべての攻撃を避けようとしない。
リッカの喉元を切り裂こうと伸ばされた爪を、腕もろともぶった斬る。
リッカを踏みつぶそうと振り上げられた足を、胴まで届く斬撃で叩き潰す。
防御という概念がリッカの行動からはすでに消し飛んでいた。振るわれる一太刀一太刀が、敵の攻撃を上からひねり潰す規格外の斬撃。
「ぐっ……!」
だが、もちろんそれは被弾のリスクと隣り合わせだ。ただでさえ取り囲まれているのに、防御を捨てて敵の数を減らそうとすればいくらリッカでもダメージを負う。
そのうえ、敵は雑兵だけじゃない。
『オオオオオォォォォ――』
魔王が頭上から吠える。無機物の魔獣にまとわりつかれたリッカは動きが制限され、魔王にとって格好の的になる。展開される雷撃がリッカを狙う。
「【竜炎陣】!」
叩きつけるように叫んで、リッカが剣を自分の足元に突き刺した。瞬間、決して多くないリッカの魔力を吸い上げて剣が魔法を発動する。
地面に突き立った剣を中心に、半径五メートルの円の外周に炎が走る。無機物の魔獣たちはのきなみ焼き斬られた。そこまでしてようやく行動権を獲得したリッカが、今度は剣を振りかぶって上を見る。
『オオオオオオオッ!!』
「【竜刃砲】――!」
激突。雷と衝撃波の刃がぶつかり合い、競り負けたリッカのもとに雷の余波が降り注ぐ。
リッカの体をそれがかすめていくが、やつの瞳はまったく光を失っていない。どう勝つか、どう攻めるか、どう対処するか。それだけを考えている目だ。
「……はは」
俺はそれを見て、思わず笑ってしまった。あいつは本当に凄い。
普通に考えて有り得ないだろ。あいつ、転世する前はただの女子中学生だったんだぜ。それがたかだか剣の才能もらったくらいであんな化け物どもの前に立てるかよ。
リッカは、強い。
心が強い。
あいつみたいな芸当は俺にはできない。とても無理だ。腰が抜けるのが目に見える。
なら。
なら、俺にできることは。
「ま、これしかねえよな」
俺は懐から【記憶再生】の魔法陣を取り出した。
×××
俺は――寺宇時雨という少年は、は天才だった『らしい』。
地球にいた頃の俺はよくそう言われた。俺からすれば実感はまったくなかったんだが。
模試をやらせれば全国一位。
校内テストでは偏差値八十オーバー。
中学三年生にして難関大学の受験を軽々クリアできるレベルに達している。
……俺からすれば全部他人事のように聞こえていた。
確かに勉強はさんざんやったが、それは単に親がうるさかったからだ。
口を開けば勉強しろ、宿題やったか。友達と遊んで夕方帰ると、勉強のノルマがどうとか言って深夜まで寝かせてもらえなかった。
あんまり鬱陶しかったもんで一回本気の本気でこれ以上ないってくらい勉強してテストを受けたら、それがモロに結果に現れた。過剰に教育熱心だった両親はさんざん喜び、それ以降、俺がテストで高得点をとり続ける限りある程度自由に時間を使っていいことになった。
もともと勉強自体は嫌いじゃなかったし、テスト勉強さえやっとけば趣味のオタク的活動にも文句は言われなかったので、俺は精力的にがり勉君への道を歩むことになる。
中三になり、進路を決めろと言われて俺は特に考えることもなく地元で最難関の高校を受験することに決めた。親も担任も大喜びで賛成した。
俺はどうせ受かるだろ、となめてかかって予備校の模試を受けた。志望者内一位のA判定だった。はいはい楽勝楽勝。
俺の人生に、予想外のことはなかった。淡々と勉強して、アニメ見て、漫画読んで、ずっと変わり映えのしない日常。
――居眠り運転のトラックにふっ飛ばされて死んだのは、その模試の結果を家に持って帰る途中のことだった。
×××
「【記憶転写】」
俺が呟くと、手元の感応紙が発光した。
淡い水色の光が走り、まっさらだった感応紙に魔力の回路が刻まれる。魔法陣の完成だ。
だが、まだ足りない。全然足りない。
「【記憶再生】」
思い出せ。思い出せ。思い出せ。
地球にいた頃の記憶を呼びさませ。
詰め込んだ知識の中身をすくい上げろ。
リッカに指示した時間は十分。本当はそんなもんじゃ全然足りない。だが、やる。やってやるとそう決めた。
【記憶転写】。
新たな魔法陣に次の魔法陣を刻む。
「ぐっ……!」
魔力が凄まじい勢いで消費されていく感覚があった。当然といえば当然だ。俺が編み出した記憶魔法は、実はとんでもなく魔力消費が激しい。女神との交渉で膨大な魔力を体内に隠し持つ俺ですら残量を気にしなくてはならないくらいに。
「【きおく、再生】……ッ!」
魔力の欠乏が激しい。頭痛がする。
もう正直投げ出したい。頭痛てえよ。だが、一秒たりとも休んでいる時間はない。
リッカには十分稼げと指示したが、はっきり言おう。
全然足りない。
俺が今やっていることを考えたら、十分でやれとか無茶もいいところだ。人間のレベルを超えてる。神様とかならできるかもな、色々な意味で。
だが、ここには俺しかいない。
「ーー【記憶転写】」
思い出せ、思い出せ、思い出せ。
俺の役目は頭を回すことだ。
普段しょうもない研究に使ってる脳みそを回して、全力を傾けてはじき出せ。
前世でためこんだ知識の全部を写し取れ。
「く、はは、ははははははははっ!」
駄目だ、我慢できない。笑えてきた。
手と脳は魔法陣の作成に動き続ける。【記憶再生】でよみがえらせた知識を【記憶転写】で魔法陣に変換して感応紙に焼き付ける。
その動作を継続しながら、俺は脳の片隅に浮かんだ思考に笑ってしまう。
だって、こんなとこは他の誰にもできっこない。
世界でたった一人、俺だけができるバカげた魔法だ。
「はははははははははははははっ!」
だからこそ、笑う。こんな状況なのに俺は楽しくて仕方ない!
「お、お師様……?」
すぐそばから弟子の引いたような声が聞こえてくるが、それも今はどうでもいいな。
これだ。これこそ俺が研究に打ち込む理由だ。これがあるからやめられない。
連日徹夜でも、丸一日何も食っていなくても、新しい発見をしたときの高揚感の前にはすべてがあってないようなもんだ。
楽しい。興奮する。たまらない。研究はかくあるべきだ。
この一点に関して言えば俺はアリシアと同じ穴のムジナだ。新しいものに、未知のものに、どうしようもなく心惹かれる。
だが、俺とあいつには明確な違いが存在するのだ。
ーー十分。
リッカに指示した時間ぴったりで、俺は準備を整える。
俺はこの術式に必要な、唯一の既存魔法陣を発動した。
「【フロート】」
その一言で、ばさばさばさ、と大量の感応紙が浮き上がる。
もちろんただ宙に浮いただけじゃない。俺のイメージした通り、感応紙が空中に配置されていく。
感応紙が、線を為す。意味を持つ。それ自体が、魔法陣の一部として成立する。
魔法陣で魔法陣を描くーーこれももしかしたら、やったのは俺が初めてかもしれない。
空中に描いた感応紙の魔法陣の意味は、『魔法をつなげる』こと。
要するに、宙に浮いた魔法陣すべてを同時に発動させるための陣だ。
『ーーオォォ』
何かに突き動かされたように、魔王がぐるりとこちらを向いた。直前まで相手をしていたリッカは血まみれ、泥だらけの満身創痍だ。だが、持ちこたえた。魔獣の残党をあしらいながら、かすかに笑みを浮かべている。
『オオーーオオオオオオオオオオオオオオオオァァァァァァァァァ!』
魔王がぐずぐずに溶けた両手を天に掲げた。
空が暗くなる。魔王の手のすぐ上に、今まで見た中で断トツの規模で雷球が展開される。
びりびりとここまでプレッシャーが届いてくる。
本当に、ふざけた魔力だ。あんなもん使ったらここら一帯更地になるぞ。
そんなことを考える俺の前方で、雷球が拡大していく。
膨らみ、凄まじい魔力をぶち込まれた雷撃が肥大化し、ついには弾ける。
俺は手を構えた。ドミノ倒しの一つ目、宙に浮いた魔法陣の一つに触れる、魔力を流す。
青白い雷光が俺めがけて降ってきてーー
「【世界置換】」
ーー消失する。
『……ォ、ア?』
消えていく。
無生物の魔獣たちがその場で動きを止め、崩れ落ちる。
魔王の周囲に漂っていた魔力の渦もきれいさっぱり消滅する。
「……え?」
「む?」
俺のすぐ隣では、ミアとアリシアが驚いたように唸っている。
そりゃそうだ。今の今まで自分たちを守っていた【夢幻牢】の防御膜が跡形もなく消えているのだから、驚かない方がおかしい。
「魔力の消去……じゃないね。これは……」
ヒガンですら目の前の異変に唖然としている。目の前の光景をーーあらゆる魔法の力が消失した世界を見て、はっと何かに気付いたように手を口もとに当てる。
「ーーまさか」
「気づいたかよ。懐かしいだろ?」
魔力を使い果たしたせいでさっきから頭が割れそうに痛い。腹も痛い。それでも精一杯虚勢を張って笑ってやる。
ヒガンは唖然を通り越して呆れたような表情を浮かべた。
「……さすがにぼくでも予想外だよ、こんなのーーまさか、『世界の上書き』なんて」
俺は内心でほくそ笑んだ。その表情と台詞を引き出せただけでもこんな無茶を通した甲斐があったな。
【世界置換】。
たった今俺が創り出したこの魔法は、読んで字のごとく『世界を置き換える』魔法だ。
具体的にはこの世界の一部、俺から半径二十メートルを、俺が作った世界で上書きした。
もちろん上書きするための世界を作るにはそれなりの手間がかかる。具体的には質量、熱量、電力、重力、磁力、そのたもろもろの物理法則をすべて『設定』してやる必要があるのだ。
ヒガンが真っ先に応えにたどり着いたのは、ここに理由がある。
「この感覚……ああ、確かに懐かしいねえ。ってことは、モデルは地球かな?」
「ああ」
今回俺は、地球の物理法則を【記憶再生】で頭から全部引きずり出し、【記憶転写】でそれを流用した。置き換えられた世界を支配しているのは異世界のルールではなく、地球の夢も希望もない物理的原則。
要するに、現在。
俺から半径二十メートル以内の世界は地球とまったく同じ法則で動いている。
当然魔力も存在しないし、魔力によって生み出されたものは軒並み物理法則で縛られる。
魔力を吹き込まれた無機物魔獣どもは魔力が抜けてただのガラクタになり、絶対防御を体現した【夢幻牢】も消失するし、俺も魔法陣が使えなくなる。
ーーそして、魔王も劇的に弱体化する。
「あは、あはははっ」
ヒガンは頭の回転が速い。俺が説明するまでもなくすべて理解したことだろう。
アリシアは言っていた。魔王が強くなった原因は、周囲から強制的に魔力を取り込むという強化薬の作用だと。ついでに、再生能力の元が周囲の魔力であるとも言っていた。
つまり、周囲に魔力がなくなった現状、魔王は魔法も使えず、再生もできず、体内から魔力を垂れ流すだけの装置に成り下がったということだ。
「すごい。本当にすごいよ、シグレ。きみはやっぱり最高だ! ぼくに予想できないことを起こせる人なんて他にいないよ!」
それを理解したうえで、ヒガンは笑う。興奮したようにほおを紅潮させてまくし立てるように言ってくる。
「けどさあ」
そして、その陽気な雰囲気は唐突に霧散する。
ヒガンはにやあっと口元を歪めた。
愉快そうに。
「けど、それって手落ちじゃない? ぼくの力は女神様からもらったものだから、魔力がなくても有効のまま。ついでに言うと、魔法が使えなくたって、再生できなくたって、魔王は強い。少なくともーー君たち全員を殴り殺すことができるくらいにはさぁ!」
叫び、その声に引かれるようにして突っ込んでくる影があった。
『ーーオオオォ、オオッ……!』
魔王だ。変わり果てた姿の魔獣の王。薬に全身を侵され、どろどろと体のあちこちを溶かした獅子頭の化け物がずるずると音を立てて接近してくる。
確かにヒガンの言う通りだ。いくら世界を置き換えたところで、物理法則はほぼ変わっていない。魔王の腕力で殴り付けられたら、今や魔法を使えない俺たちは全員即死するだろう。
だが、それは起こり得ない未来だ。俺はそれを確信しているからこそ、せいぜい皮肉っぽく笑った。
「お前そこ忘れてんじゃねえのか、ヒガン」
突っ込んでくる魔王を追い抜き、人影が俺たちの前に割って入る。
紅い髪を翻して。
「……あ」
ヒガンが初めて心から呆然とする。その視線の先には、獲物を構えた剣士の姿。
「ーー物理戦最強は、魔王なんかじゃねーってな」
魔王を追い抜き、俺の前に立ちふさがったリッカの剣が、魔王の体を両断していた。
シグレ「じゃああとはよろしく」
リッカ「この野郎」




