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フラグ回収⑥

※2017.2.1

 修正しました、すみません……!



「ーーは」


 魔王がそばにいた。見えてすらいなかった。いつから? どこから。わからない。意識を外していた? 魔王の爪が振り上げられた。振り下ろされた。


「【竜刃砲】!」


 意識の端で、何かが聞こえた気がした。


『オオォッ!!』 


 魔王の爪が斜め下からの砲撃に軌道をズラされる。反射的にわかった、リッカの援護だ。そのままだったらアリシアごと俺をぐちゃぐちゃに引き裂いていたはずの爪が、わずかに遅れる。


「あ、ああ、あああああッ!」


 フリーズしていた意識が戻ってくる。俺は咄嗟に【空歩】を解除し自由落下。寸前まで俺の頭部があった場所を魔王の爪が薙いだ。


 気付かなかった。まったく目が追い付いていなかった。バカか俺は、どうして一瞬でも魔王から目を離した!


『オオオオオオオオオオオオッ!!』


 ぼこぼこと泡立ち、魔王の翼が左右二対の四枚に増える。その異形の翼が空気を殴りつけ、魔王が落下中の俺へと狙いを定める。潰れた目玉が俺を捉えて離さない。その怨念じみた気配に俺は肌が粟立つのを自覚した。


「くそったれ!」


 悪寒を振りほどくように叫んで、自作【転移】の魔法陣を起動する。対象は今も抱えている緑髪のバカ王女、一人だけ。


「待て! シグーー」


 アリシアの言葉は転移魔法の発動によって遮られる。抱えていたアリシアの体重と感触が消失する。


 アリシアの転移先はこの場における唯一の安全地帯である【夢幻牢】の中だ。同居人が増えるミアには悪いが、他に手がなかった。


 そして。


『オオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォッ!!』


 魔王の爪が風を切って振り下ろされた。


「っだらあ!」


 俺は【空歩】を発動、落下方向に対して垂直に出現した空気の壁を全力で蹴っ飛ばして落下方向を横にずらす。俺の靴裏を魔王の爪先がかすめ、俺は凶爪の回避に成功する。


 したと、思っていた。


 魔王の体が反転した。

 翻った黒い翼が視界を覆う。黒い塊が迫る。

 遠心力を味方につけた魔王の蹴りが、俺の横腹を捕えていた。


「が」


 何かが破裂したような、致命的な音が脳内に反響する。


 視界が一瞬で真っ赤に染まり、音と、世界か遠くなった。


 魔王の二撃目、蹴りを受けた俺の体が凄まじいスピードで地表に近づいているのがわかる。一気に血の気が引いた。死ぬ。このままだと落ちて死ぬ。


「あ、え、【エア・バースト】」



 声の出方がおかしい。ぜえ、ひゅぅ、なんてかすれた音が混ざっている。

 それでも何とか魔法は発動した。俺と地面の間に集まった空気が弾けて、風を巻き起こす。

 身体が一瞬、猛烈に揺れた。上下がわからなくなる。それが収まると、落下が始まる。


 あっという間に地面に叩きつけられた。


「がふっ!」


 背に衝撃。押し出されるように口から鉄臭い液体が飛び散った。一度では止まり切らずに二度、三度とバウンドしてようやく俺の体は停止した。


 停止して、直後に猛烈な吐き気が襲ってきた。


「ぐ、おえっ……げえぇっ!」


 血を吐きだす。ほとんど嘔吐の感覚だった。立ち上がることできず、這いつくばったまま喉元にせり上がってくるどす黒い液体を垂れ流す。ぼたぼたと水音を立てて地面が血に染まっていく。


 激痛。魔王に蹴られた横腹と、地面にしこたまぶつけた体中が千切れるように痛みを訴え始める。内臓全部が弾けて体内で混ざり合っているような感覚がした。脳が痺れたように意識が濁っていくのがわかった。


 ああ、くそーーやばい。


 体力とか、HPとか、そんなヌルい言葉じゃ表現できないような、現実的な命そのものが削られている実感がある。


 死に、近づいている。


「ぐっ……!」


 ぶっ倒れた俺の耳に剣撃の音が聞こえてきた。


 這いつくばったまま顔だけ前を向ける。

 前方では、リッカが一人で魔王の生み出した化け物どもと戦っていた。


 リッカの剣が薙がれるたびに魔獣の体が分割される。土塊の悪魔が、樹木の巨人が、瓦礫の人形が、瞬きする間に千切られていく。死体の山が築かれていく。


 やっぱり、あいつは強い。どれだけ数で押されても立ち向かっていくことがでる。


 だが、それでも限界はある。


 リッカの体が不自然に硬直した。ついさっき斬り捨てたばかりの死にぞこないの魔獣がリッカの足にしがみついていた。


「ーーッ」


 文字通りにリッカの足が引っ張られ、動きが止まる。それまで動き続けていたリッカが止まったことで、ヤツが狙いをつけることになる。


 雷が落ちる音がした。


「あああああああああああああああああああッ!!」



 リッカの絶叫が上がる。

 魔王の雷魔法を叩きつけられたのだ。洒落にならないダメージだろうに、それでもリッカは倒れない。ふらふらと後退し、立ち止まってみせる。それから毅然と前を見据えて。


 そこに、魔王の拳が叩き込まれた。


「あぐっ!」


 抵抗を、意地を、嘲笑うような一撃。砲弾のような勢いで吹っ飛んだリッカの細身が地面にぶつかり、砂煙を上げる。それから二転三転して俺のそばまで転がってきた。


 うつぶせに倒れたままリッカはぴくりとも動かない。生きているかどうかすら定かじゃない。


 ……あーあ。


 リッカでも駄目、と。これはもう俺も死んだかもしれない。


 だいたい強すぎなんだよあの魔王。シャブ漬けにされた薬物中毒モンスターのくせに動きは早いし力は強いし、殺しても死にゃしねえ。これがゲームならクソゲーだ。難易度設定が間違ってる。


『オオオオオオオオオオオオオオオオオァァァァァァァァァァアアアア!!』 


 遠くの方でまた魔王が叫んでいるのがわかった。あれは勝利の雄叫びか、それとも理性をなくした怪物が苦痛に叫んでいるだけか、どっちなんだろうな。そんなふうにどうでもいいような思考が浮かんで消えた。


 いつの間にか俺は自分で吐いた血の海に沈んでいた。鉄臭い。


 それと、体がだるい。手足がしびれたように動かない。


 誰か何とかしてくれねーかな、なんて他力本願で現実逃避的な考えが脳をぐるぐると回る。だって俺はもう、動けない。リッカに至っては生きてるか死んでるかもわからないんだぜ。


 死にたくねーとか、やり残したことがあるとか、そんなこと思いつきすらしない。ぼんやりと体と心が動かなくなるのを待っている。


 ……待っている必要も、なかったかもしれない。


 地面につけた額から振動が伝わってくる。


 無機物魔獣モドキたちや魔王がどうやらこっちに向かってきているらしい。おそらく俺たちに止めをさすために。あの魔王、どうやらよほど俺やリッカが憎いらしい。


 ああ、さすがにこれはもう無理かもーー


「お師様ぁっ!」


「ーー」


 声が、聞こえた。


 切迫した叫び声。反射的に顔を声のしたほうに向けると、【夢幻牢】越しに半泣きの弟子と目が合った。


 ……こんなところまで、飛ばされてきてたのか。そんなことすら気づいていなかった。


「お師様、お願いです、起きてください! 返事をしてください! 大丈夫って言ってください! お願い、ですからあ……っ!」


 ぼたぼたとミアの目から涙があふれる。俺は呆然とその姿を見ていた。


 ……何だよ、あいつ、みっともねえ。無様だ。顔だけはいいのに、ああも必死な形相にしたら唯一と言っていいその取り柄も台無しだろうが。


 そして、そうさせた俺も、みっともない。格好悪い。不甲斐ねえ。


 ぎり、と歯を食いしばる。手に力をこめる。腹の奥が、痛み以外の理由で熱い。動かなきゃ、という焦燥感が俺の中に湧き上がっていた。


 だが、ボロボロの体が動いてくれない。力が入らない。魔王たちの足音がどんどん近づいてきている。


 このままじゃーー


「あはは。ミアちゃん、もう無駄だからやめときなよ」


 くすくす、と嘲笑うような声が耳朶を打つ。


 ヒガンの声だ。どうやらあいつはわざわざここまで転移して、俺たちを見下しに来たらしい。


「シグレはね、実はすっごく弱いんだ。口だけは偉そうだけど、ちょっと殴られただけでこのザマだよ。格好悪いったらないよねえ」


「……お師様はっ、格好悪くなんかありません!」


 くすくす、くすくす。


「そうかなあ? 本当に? だったらどうしてシグレは立たないのかなあ」


「それはっ……」


 くすくす、くすくす、くすくす。


「あはは、付き合いの長いぼくが言うんだから間違いないよ。本当のシグレはね、怖がりなんだ。血が出たりすると痛くて痛くて動けなくなっちゃう……そんな弱虫くんなんだよ」


 プツン、と音がして。


「ーーだァれが弱虫くんだゴラアアアアア!!」


 立った。立てた。身体が動いた。


 ヒガンのつまらない軽口に乗せらせて、苛立って、俺は再起する。


「おし、さま……」


 ミアが呆然として俺を立ち上がった俺を見ている。その目が真っ赤に腫れていることに気付いて、さらに苛立ちが加速した。少し追い込まれたくらいで腑抜けていた自分にだ。


「わあー、これは凄いや。ミアちゃん、君の言葉が届いた結果だよ。美談だなあ」


「てめえ……」


 白々しいことを抜かすヒガンに毒づいた。

 大方、ここで俺たちかリタイアするのが物足りないとでも思っているのだろう。


 俺は前方へ視線を投げた。


 悪夢のような光景だ。最初ほどではないが、それでも五十は下らない魔獣の群れが、猫背でゆらゆらと歩く魔王に続いてゆっくり迫ってきている。


 その光景をかすむ目でにらみつけながら、俺はいまだに身じろぎひとつしないリッカに声を投げる。


「起きろ、リッカ。どうせ生きてんだろ。まだ終わってねーぞ」


「……わかっ、てるわよ」


 リッカが顔を上げる。だが、まだダメージが抜けていないらしくそこで動きを止めた。


「手、貸すか?」


「いらないわ。これくらい、どうってことないもの」


 俺はため息を吐いた。こいつの強がりも意地っ張りも大概だ。

 そして本当に一人で立ってしまうのだからこいつは凄い。

 立ち上がり、深呼吸一つでリッカはダメージを呑み込んだ。目にはまだ強い光が宿っている。


 前方には五十の魔獣とそれを率いる魔王の成れの果て。


「……あー、見たくねえ……」


「なら突っ立ったまま死ぬだけよ。弱音を吐く暇があるなら頭を回しなさい」


「さっきからやってるよ。けど、まともな方法が一つも思いつかねえ」


「まともじゃない方法なら思いついてるみたいに聞こえるわね。ーー何か策があるの?」


 リッカがこっちを見て聞いてくる。俺は後頭部を掻きつつ答えた。


「あるっちゃあ、ある。成功すりゃあ一発逆転だろうが、条件がある」


 俺はほとんど投げやりに言った。


「まず、お前には十分間俺を守ってもらう」


「……とんでもないことを言うわね。私これでも手負いなんだけど?」


「そんなお前にバッドニュースだ。もう一つ、俺はその間お前の手助けは一切できない。プラス、多分俺は魔力使い切っちまうから、その後の戦闘参加もできない」


「あんた自分が今何を言ってるかわかってる?」


 リッカがこう言うのもわかる。俺が言っているのは要するに、以降の戦闘を全部リッカに丸投げするという宣言だ。この血まみれの相方に、五十の魔獣と魔王の相手を、たった一人でやれと俺は言っている。


 はあ、とリッカがため息を吐いた。


「……ま、仕方ないか」


「悪いな」


「いいわ。そうでもしなければ勝てないってことでしょう。ーーこういうの、初めてでもないしね」


「……ああ」


 俺は小さく頷いた。


 そうだ、初めてじゃない。死線をくぐるのなんて三年前は日常茶飯事だった。


 リッカが手の甲で口元の血をぬぐう。剣を払い、前へ。


 途中でリッカは【夢幻牢】の壁を軽く叩き、口を開く。


「で、カレン。ミアちゃんはシグレのことをあんなに心配してたけど、あんたは私に何か一言くらいないの?」


 その言葉を聞き、カレンは青ざめた顔を上げた。


 それから、ぎぎぎと音がしそうな動きでひきつった口元を上に釣り上げる。


 人よりはるかに聴覚にすぐれる獣人であるカレンには、魔王の咆哮によるダメージがある。それでもカレンは不器用に笑みを浮かべてみせた。


「しっ……師匠なら、あんなのどってことねーだろ?」


「ーー」


 リッカは一瞬だけぽかんとしたあと、わずかに肩をふるわせた。


「……ふふ、そうね。格好いいところ、見せてあげる」


 それだけ言って、リッカは歩きはじめる。


 魔獣の群れまで二十歩といったところで立ち止まり、今度は俺のほうを振り返ってきた。


 それはどこか、挑発的な笑みで。


「じゃ、あんたに任せるわ。できるわよね、弱虫くん?」


「しばき回すぞ脳筋女。ーーああ、任せろ。やってやる」

案の定長くなりました。

サブタイトルそろそろ変えようかなとか思ってます。緊張感の欠片もないですし。

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