フラグ回収➄
※2017.2.1
すみません、修正しました……!
「……生きてるか、リッカ」
「……何とかね。油断したわ……」
リッカが立ち上がる。平然としているが、口の端を血が伝っている。
リッカが、接近戦で傷を負わされた。それは、一つの洒落にならない事実を俺たちに突きつける。
「間近でアレ見た感想はどうだ?」
「腕力が五倍。再生能力が十倍。見た目の気持ち悪さは二十倍、ってところかしら。化け物よ」
「……うへえ」
「正直な反応ね。けど、負けるわけにはいかないでしょう?」
口調は淡々としているが、リッカの体にはあの魔王に殴られた挙句ぶっ飛ばされたダメージがある。血を吐くようなケガを負っている。だというのに毅然とこんなことを言ってくるこいつは、やはり普通じゃない。
まあ、そもそも魔王討伐パーティーには俺以外まともなやつなんていやしないんだがな。
リッカは『強さ』、ヒガンは『底知れなさ』でこの世界の一般基準を凌駕する。
で、俺はといえば。
「いいからシグレ、さっさと何か作戦を考えなさい。ハジけた発想だけがあんたの取り柄なんだから、それすらできないならいらないわ」
「もう少し人をやる気にさせる言い方ってもんがあるだろう」
まさか一時とはいえタッグを組んでいる相手に見捨てられかけるとは思わなかった。
「で、どう? 何か案はーー」
リッカの台詞は途中で止まった。
かき消された、と言った方が正しい。
それまで動きを止めていた魔王が唐突に絶叫を上げたからだ。
『オオオオオオオオオァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!』
「ぐおっ!?」
「……ッ」
俺とリッカが同時に耳をふさぐ。後半に至っては聞こえすらしなかった。かつてないほどに不愉快な不協和音が辺り一帯に満ちる。
音源を見て、絶句した。
絶叫を上げた魔王の体には、腹と、右肩に、一つずつ口が増えていた。もともとあった口と合わせて合計三か所で喚き散らした結果が今の身の毛もよだつような叫び声。
そして、その意味はすぐに現れる。
人間である俺やリッカですら悪影響を免れない特殊咆哮は、本来であれば音波に乗せた悪質な魔力の塊だ。魔力に対する感覚が鋭敏であったり、聴覚が鋭敏であったりする生物の魔力をかき回し、好戦的にさせる効果がある。
そのはずだ。
それだけのはずだ。
意味がわからない。
周囲の樹が、土が、瓦礫が、生物じみた形を得て動き出した。
「……嘘だろ」
樹には手足が生えて巨人のように。
土くれには尾と羽が生えて悪魔のように。
瓦礫には人型が与えられて巨大な人形のように。
目を疑わずにはいられなかった。
なにせ、俺はこんなものは知らない。魔王にこんな能力があるなんて情報は、俺の記憶には存在しない。
無生物を魔獣に変える力なんて、なかったはずだ。
『ーーオオォ』
魔王だった怪物が俺たちを見る。それに合わせて百を超える無機物の魔獣たちが、付き従うように俺とリッカを敵意の対象に定める。
それを見ながら、俺は呆然と思い出していた。三年前、あの怪物につけられた俗称。
咆哮によって敵意と殺意と戦意を煽り、周辺の魔獣を従えて殺戮を続けた化け物。
群衆の王、『レギオン』ーーその本領が、三年前をはるかに超える規模で俺たちを殺すために注がれている。
『オオ、オア、オオオオオオオオオオオアアアァァァッ!!』
まったく同時に無機物製のモンスターの群れが殺到する。
「くっそ、冗談じゃねーぞ!」
防御魔法を全力展開。頭上から降ってくる紫電を受け止める。
轟音、防御魔法が弾け飛ぶ。直撃は避けたが、防ぎ漏らした雷撃が周囲で爆ぜる。俺は歯噛みせざるをえなかった。威力が、さっきまでと違い過ぎるだろ……!
その時、俺が隙をさらしたその一瞬を刈り取ろうと土塊製のモンスターが飛び込んできた。細長い手足、頭に角、背には翼。悪魔の二文字を体現した魔獣の赤茶けた爪が、俺めがけて振り下ろされる。
その特攻に舌打ちする俺だったが、魔法陣を構える前に横合いから不可視の斬撃が土塊の悪魔を撃ち落した。
「【竜刃砲】!」
『ギィアッ!?』
見なくてもわかる。割って入ったのはリッカからの援護で間違いない。そのリッカだが、すぐそばで先行してきたらしい四体のモンスターを相手取って大立ち回りを演じていた。
敵の凶爪をかわし、受け流し、空隙に体をねじ込む。四体分の攻撃が止んだ直後に銀色の剣先が秒間六回駆け抜け、その四体をまとめて斬り捨てた。
影が差す。
見上げるような巨躯がーー瓦礫でてきたゴーレムがいびつな剛腕を叩きつけてきた。
『ーー』
「ふっ!」
リッカは剣の一振りでその一撃を受け取めた。リッカの足元が小規模なクレーター状に陥没する。それを一度受け流し、くるりと反転しての横薙ぎで脚部を両断。返す刀で瓦礫ゴーレムの胴体をぶった斬る。
十秒に満たない攻防。都合五体の敵兵を切って捨てたリッカの表情が、ここでわずかな動揺を見せた。
視線の先では、樹木の巨人が長い腕を何もない地面に叩きつけていた。
叩きつけた場所から亀裂が走り、俺たちのすぐ目の前から巨木の根が出現する。規模がでかい。幅が俺の倍はありそうな木の根が数十単位で目前に迫りーー
「【炎爆】!」
俺が拳を突き出す動作に合わせて噴出した紅蓮の炎の爆発が、おびただしい木の根の津波を吹き飛ばした。焦げ臭さが鼻をつき、爆風の余波が俺たちの髪をなぜる。
「ナイスフォロー、シグレ」
「借りを返しただけだっつーの。って、言ってる場合じゃねえな……」
ここまでなら、競り合える。余裕もある。
問題はアレが加わってきた場合だ。
『オオオオオオオ……!!』
ばちばちばち、とここまで紫電が散る音が聞こえてくる。
無機物でできた雑兵の奥で、異形と化した魔王がびくびくと痙攣した。身体が不自然に脈動するたびに、魔王の周囲で膨大な魔力が明滅する。
……さっきまでより、魔力の規模がでかい。目で見えるほどの密度となると相当だ。
俺は懐の感応紙の残数を確かめ、意識して視野を広く保つ。
前衛のリッカは目の前の敵に集中、後衛の俺はそのぶん戦況をなるべく広く見渡す必要があるのだ。
魔王の溜める紫電がいよいよ完成を迎えようとしたとき、俺はようやく気付いた。
「……ふむ。戦闘能力こそ上昇しているが、魔力の循環速度が過剰だな。これでは持続性脳に問題があるか。やはり投与量は対象の肉体的なコンディション、精神状態によってもある程度調整することが求められるな。となるとその算出法を決める必要があるが、今日の実験データに加えて以前まとめたアーマーラットの観察記録に新たにストレスを加えた場合の記録を……」
アリシアが、生身のまま瓦礫に腰かけて、魔王の行動を食い入るように見ながら何事かぶつぶつと呟いている。
あのバカ!
「リッカすまん、ちょっと抜ける!」
「はあ!? あんた状況わかってんの!?」
「俺以上にわかってねーバカがあそこにいるんだよ、あの研究バカを連れ戻さねーとそろそろ巻き込まれるぞ!」
俺は懐から【転移】の魔法陣が刻まれた感応紙を取り出した。言わずもがな、無防備に危険地帯での観察を決め込んでいるアリシアを連れ戻すためだ。
というか、今までずっとあそこにいたのかあいつは! アホか! 【転移】!
「……いや待てよ、そもそも精神状態というものを把握することはできるのか? いや、細分化することは難しい。魔獣の場合人間より単純化して……いや待てよ、そもそも投与量を決めるだけならもっと大まかでいいのか。では仮に三つに大別し、その分類に基づいて投与量を決めることにする場合、その三つはおそらく(スパァン!)」
俺は転移が完了するなりアリシアの頭頂部をひっぱたいた。
「あっ、あっ……ああああっ! どこまで考えていたのかがわからなくなった……!」
「言ってる場合かバカ野郎! 何考えてんだお前は!」
「……む?」
と、アリシアはここで初めて俺に気付いたように振り返ってきた。
「ああ、シグレ。何か用か? 今忙しいのだが」
「しばくぞお前。とりあえず大人しくしてろ、お前も【夢幻牢】の中にブチ込むから」
俺が転移魔法陣の刻まれた感応紙を取り出すのを見て、珍しくアリシアは焦ったように立ち上がった。
「ま、待ってくれ。今ここから動かされては薬の効果が観察できない! それは困る! ようやく試薬の効果が現れ始めたばかりだというのに!」
「聞く耳持たねーぞ、邪魔だからさっさと……」
俺は言いかけて、はたと思いとどまる。
「……待て、今お前なんつった? 薬の効果が現れ始めた?」
俺は嫌な予感を感じつつアリシアに尋ねた。
「……まさか、魔王があんなことになってるのってお前の薬のせいか?」
「ああ。今のところ順調に薬の影響が出ているな」
「……魔王がなんかどんどん体の形を変えてるのも、魔法の威力が上がってるのも、わけのわからんモンスターを呼び出したのも?」
「おそらくすべて私の投与した薬の影響だろう。ふふ、なかなかの効力だと思わないか?」
「そうかそうか。はっはっは(ギリギリギリギリ)」
俺は全力でアリシアのこめかみを掴んで締め上げた。
「……し、シグレ、いたい。頭がいたい……!」
「本当に何してくれてんだお前は! おかげでとんでもないことになってんだろうが!」
俺は頭をかきむしりたい衝動に駆られた。少しはそんなもんを実際に使ったらどうなるかとか人への迷惑とかを考えてほしい。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
「ッーーやっべ」
ついに魔王の溜めていた電撃が完成した。
頭上に莫大な雷球が展開され、膨張。弾けて、おびただしい雷の雨が降り注ぐ。
「【フォトンシールド】!」
光の盾が、十枚。五枚はリッカの頭上、残りは俺とアリシアを両方守る位置取りで出現した。
降り注ぐ雷撃を受け止め、砕かれ、外れた雷撃が辺り一帯を更地にしていく。
くそ、盾の限界が予想より早い!
俺はアリシアの手を引き、抱き上げる。
「くそ、アリシア、動くんじゃねえぞ!」
「む? シグレ、一体何をーー」
「ーー【重力操作】!」
地を蹴る。魔法の影響で一時的に重力という縛りから解放された俺とアリシアは蹴った勢いそのままに上昇。あっという間に地上十五メートルまで到達する。
直後に俺たちがいたはずの場所を防ぎ漏らした落雷が穿った。間一髪の脱出に冷や汗が噴き出す。
「ふむ……やはり魔法の出力がけた違いに上がっている。暴走の影響で魔力の制御は甘いがはずだが、やはり魔力量そのものの増加が上回るか」
「ほんっと余裕だなてめーは! 助けてもらったんだから礼くらい言ったらどうだ!」
俺の脇に抱きかかえられたままアリシアが何か言っている。
俺は靴に刻まれた【空歩】の魔法陣を起動させ、空中に『着地』したまま突っ込むが、抱えられた態勢の王女様はあっさりと頷いた。
「そうだな。シグレ、ありがとう。あなたのおかげで助かった」
「こんなところで素直になられてもな……まあ、そう思うなら教えろよ。暴走って何のことだ?」
「魔王に投与した薬の効力だ。体内の魔力を暴走させ、循環を早める。これによって魔力の巡りが効率化され、身体能力や魔法の出力が上がる」
アリシアの言葉に俺は苛立ったため息を吐いた。
「魔力の循環? ふざけてんのか。そんなもんで説明がつくレベルを超えてるぞ、あれは」
魔力の循環は呼吸における酸素みたいなものだ。循環を早めれば、そのぶん早く体外に排出されるだけのことだろう。魔力の絶対量が増えていないのだから、魔王の雷撃が強化されていることの説明にはまったく足りていない。
「いや、理屈はこれで合っている。さっきも言ったが、あの薬は魔力の循環と排出のプロセスを強制的に繰り返させるものだ。そして、投与されたモンスターは、そのプロセスによって排出された分の魔力を大気中から補充し始める。使えば使っただけ周囲の空間から魔力を吸収するわけだな。言い換えれば、辺り一帯の魔力が枯れるまで魔法を撃ち放題というわけだ」
「あー、フィードバックみたいなもんか」
俺はほう、と納得した。
俺の解釈が合っているなら、魔王の体に起こっているものは、人体におけるフィードバック現象に近い。
フィードバックは、簡単にいえば肉体の状態を一定に保とうとする作用のことだ。たとえば人間の体は血液中の糖分が減れば、もとの数値に戻そうと分泌器官が活性化して減った分だけ血糖値を上げようとする。
これは魔力も同じだ。魔法を使って体内の魔力が少なくなれば、魔法を使う前の状態に戻すために魔力供給機関が活発化する。
「ふむ……フィードバックという言葉に聞き覚えはないが、人体における『平常回帰の原則』のことを言っているのならその認識で正しい。まあ、魔王の場合は体内ではなく体外から魔力を得ようとするのだがな」
「は? そんなことできるのか?」
「今のところは魔王くらいしか実行不可能だろうな。もともと魔王は外から再生能力を使うとき、周囲から魔力を集める性質があるんだ。今回はその経路を流用しているだけだから、あの薬はまだまだ完成には遠い。実用化はかなり先のことになるだろう」
「はー……よくやるなあ」
俺は素直に感心した呟きを漏らした。魔法薬の分野には疎いが、アレが一般化できたら従来のドーピング薬とは一線を画す代物になっているだろう。
無機物を魔獣に変えるほどの咆哮。
威力の跳ね上がった魔法。
あれらが、ドーピングによって過剰にため込んだ魔力の発露だと言うなら、今の惨状にも説明がつこうというものだ。
魔王が刻一刻と姿を変貌させているのも、肥大化した体内の魔力に適応するためだというならいちおうの理解はできる。
……あれ? 俺は何でナチュラルにアリシアと研究者トークなんかしてるんだ? マズい、これがリッカにバレたら殺されかねない。
そんなことを考えている俺の耳元で。
「シグレ、前だ!」
珍しく焦ったアリシアの声が響いた。
言われた通りに前を見た。
ーー魔王が、いた。
長かったので分割しました。次話はもう少し長いかもしれません。




