フラグ回収➃
※2017.2.1
修正しました!
「【記憶転写】」
魔法陣を起動させる。
「見たことのない術式ね」
「まあ新作だからな。……っと」
ばさばさばさ、と俺の手に感応紙の束が出現した。
【記憶転写】は、俺の『記憶』にあるものを現実に『転写』する俺の独自術式だ。
なぜそれを使ったかと言えばそれは簡単で、普通に家でのんびりしていたところを襲撃されたために今の俺はろくに戦闘用の魔法陣を持っていなかったのだ。だが、これでもう大丈夫。
まずはこれか。
「【夢幻牢】」
俺が術式を起動すると、ミアやカレンを覆うように半球状の『蓋』が発生した。蓋と言っても半透明で、中の様子はわかるようになっているんだが。
「お師様、これは……」
「防御魔法だ。とりあえずこれで心配はいらねーだろ。その中で大人しくしてろ」
さしあたってこれだけ使っておけばしばらく持つだろう。頑丈さにかけてはかなりの傑作だし。まあ、範囲がやたら狭いうえに発動中は外に出られないというデメリットがあったりするんだが。
『ォォォオ……』
さて、そろそろ無視できないくらいに魔王が近づいてきている。目算で距離、およそ二十メートル。
俺はちらりと視線を動かして尋ねた。
「リッカ、お前どっちがいい?」
「……まあ、魔王でいいわ」
「了解。じゃあ俺があっちだな」
分担終了。リッカ相手だとこのへんの意思疎通が楽でいい。
動き出す。
リッカが矢のように駆け、滑らかな動作で魔王に接敵する。剣の柄に手をかけて、
『オ、』
「ーーふっ!」
かすむほどの速さで振り抜いた。銀の軌道が宙に刻まれ、魔王の胴を深くえぐる。
魔王は斬られてようやく超至近距離にもぐりこんだリッカに気付いたかのようだった。斬られた傷からばしゅうっ、とどす黒い魔力のガスが溢れ出す。
『オ、ア、オオオオオオオオアアアアアアッ!!』
口の端からも血煙のように魔力ガスを吐き出しつつ魔王が絶叫をあげる。
相変わらず鮮やかな手並みだな、オイ。普通の人間だと、魔王の皮膚に傷一つつけられないんだがな。リッカの剣がざくざくと魔王の肉体を刻んでいき、そのたびに魔王は涎と魔力ガスをまき散らして後退。
……リッカのやつ、三年前より明らかに強くなっていやがる……。いくらあいつでも、以前魔王と戦った時はあそこまで一方的じゃなかったぞ。
さて、一見弱っているように見える魔王だが、あいつは剣で斬っても死なないのでリッカのあれは単なる時間稼ぎにしかなりえない。
で、俺はというと。
「やあ、シグレ。来ると思ってたよ」
「ああそうかい」
そんなリッカと魔王の物騒な戦闘音を背後に、ヒガンと向き合っていた。
「む、シグレか。話をするならできるだけ静かに頼むぞ。魔王に投与した薬の効果を観測したいんだ」
ヒガンの隣にいるあの研究バカはとりあえず放っておこう。
この状況を収集するにあたってもっとも効率的な手段が何かと問われれば、俺とリッカはこう即答する。ーー「ヒガンを気絶させる」。
現在もっとも脅威なのはもちろん魔王だが、魔王の使役主であるヒガンを気絶させれば魔王は強制的に実体化が解除される。女神からの異能があるとはいえ、ヒガンは単体では文句なしに魔王討伐パーティー最弱だ。わざわざ厄介な魔王なんぞ相手にしなくとも、こっちで済むならそれを選ばない手はない。
「じゃあ、覚悟はできてるよな? 一応今謝れば、ぶっ壊した家の建て替えと鉄拳だけで勘弁してやるけど」
「シグレはぼくに謝ってほしいんだね?」
「ああ。土下座くらいはさせたい」
「わかった。じゃあ絶対に謝らない!」
「【パラライズ】」
交渉決裂。俺は感応紙を構え、即座に刻まれた感応紙を起動させた。
【パラライズ】は俺が愛用する対人用魔法陣だ。微弱な電撃を放出し、敵の動きを阻害するというもので、速射性、命中性に優れる。俺がこれを使えばこの世界のたいていの人間は無力化されるだろう。身体スペックで平均より大幅に劣るヒガンにこれを回避するすべはない。
ヒガンが、ただ美しいだけの少女だったなら。
「カーバンクル。【転移】」
『キュッ』
俺が発射した電磁波は標的に命中することはなかった。速射性に優れるはずの【パラライズ】が命中する直前、ヒガンの姿がかき消えた。俺は思わず目を見張る。
「あはは、シグレは相変わらず甘いよねえ。殺さず無力化なんてさ」
「【パラライズ】!」
声の聞こえた方目がけてもう一度。手ごたえなし。
「ざーんねん。はずれー」
「くっそ」
「またはずれ。シグレ、ちゃんと狙いなよ」
「うっぜえ……!」
俺は挑発するように離れた場所から肩をすくめてくるヒガンに向けて毒づいた。
さっきから撃っている【パラライズ】は一発も当たっていない。かすりすらしていない。
【転移】。
ヒガンは使役獣であるカーバンクルの能力で、小規模なテレポートを繰り返して俺の魔法陣を回避しているのだ。くそ、また面倒なモンスターを手持ちに加えやがって……。大量のモンスターを一度に差し向けられる方がまだマシだったぞ。
こうなると、俺がするべきことは一つだ。
俺は【パラライズ】の魔法陣をさらに七枚取り出した。多めに持っておいて正解だったな。
転移魔法に対する正攻法。手数を増やして転移先もろとも潰す。
ヒガンが口元をひくつかせた。
「やあ……シグレ、それはちょっとやり過ぎじゃない?」
「ははは、お前相手に手抜きとかするわけねーだろ。大人しく食らっとけボケ。【パラライズ】!」
合計八枚の魔法陣から溢れた麻痺魔法が周囲にまき散らされる。ヒガンは避けるが、俺は逃がすつもりはない。続けてさらに二度、三度と電磁波を放つ。宙で干渉しあった電磁波がちりちりと音を立て、ところどころで火花を散らす。視界がちかちかする。
……さて。
「「次はどこから出てくるか」」
俺はぎょっとして振り向いた。するとそこには、息がかかるほどの至近距離にヒガンの顔があった。
「でしょ?」
イタズラに成功した子供のようなあどけない顔。そのあまりのいつも通りっぷりに、俺はぞくりと悪寒を感じた。妖精じみた美貌、不意を突かれたという状況。
「はい隙あり☆」
硬直した俺に、ヒガンはすっと手を伸ばし、俺が硬直から解ける前に俺の手の魔法陣をひょいっと奪い去った。
「なっ……」
反射的に手を伸ばすが、ヒガンは転移すら使わずに、まるで俺の動きを読んでいたようにあっさりとかわした。
魔法陣を奪われ、手ぶらのまま呆然とする俺を見てヒガンはくすくすと面白がるように笑みを浮かべた。
「シグレ、転移先を全部潰せば何とかなるって思ってたでしょ? 甘いよねえ。シグレの目線を見ればどこ狙ってるのかなんて丸わかりなのにさ」
にい、とさらに口元を深く歪ませて。
「シグレがぼくの裏をかけたことなんて、今まであった?」
「……ッ」
完全に弄ばれている。俺の思考回路が余さず読み切られていた。
ヒガンは弱い。魔王討伐パーティの中では身体スペックを見れば文句なしに最弱だ。
だが、こいつは妖怪じみた『先読み』の能力がある。長い間一緒に旅をした俺の思考回路を読むくらい、こいつにとっては造作もないことなんだろう。
「【重力操作】!」
「カーバンクル、【転移】だ」
苦し紛れの魔法陣もあっさり回避された。ヒガンはカーバンクルの転移によって俺の背後にある木の枝の上へと一瞬で移動した。
「じゃあこれは破って捨てちゃうね」
「あっ、てめえ!」
と、わざわざ俺から奪った【パラライズ】の魔法陣をご丁寧に全部破って捨てやがった。さすがは元仲間というべきか、俺が嫌がることを熟知している。
「お前、本当に性格悪いよな……」
「知ってる☆ けど、シグレ、いいの?」
「は? 何が?」
「ぼくばかりに構ってて」
にい、と不穏に笑う。俺は唐突に寒気を感じた。
ハッタリか? ヒガンならやりかねない。
だが、ここで単なるハッタリをかます意味はないはずだ。
ここで俺は気付いた。寒気の正体。違和感の真相。
ーー音が、止んでいる。
「これは……」
呟いた直後、俺の耳に鈍い音が響く。『何か』が俺のそばに飛来、地面に勢いよく叩きつけられる。
リッカだった。
「ぐっ、げほっ!」
背中から地面に突っ込んだリッカが激しく咳き込む。
俺は目の前の光景が理解できなかった。つい、と何の気なしに、本当に何の気なしにリッカが飛んできた方角を見て、
「……は、」
目を、見開いた。
そこにいたのは魔王だ。
『エゥ、ウゥゥゥゥオオォォォォ……』
「何だ、あれ……」
魔王の最も厄介な能力として、『再生能力』というものが挙げられる。いくら斬っても、いくら焼いても、しつこく何度でも回復し、無傷になって戦闘を続けてくる。
腕を斬り落としたところで二秒もすれば新しい腕が生えてくるような怪物だ。だから、リッカと戦ってついたはずの傷が消えているのには驚かない。俺が戦慄しているのはそんなことじゃない。
魔王の身体が、溶けている。
ぼたぼたと体の一部が液状化し、地面に黒い水たまりを作っていた。片方の目は今にも飛び出しそうなくらいに見開かれ、ぎょろぎょろと血走った眼球は敵を探して不気味に動く。もう片方の眼球はすでに地面に落ちた。
巨大な体はびくびくと不定期に脈動し、血管のような赤い線が体のあちこちに浮き上がっている。背に生える蝙蝠の羽はぼこぼこと泡立つように形を変え続ける。口元からは長い舌が垂れ、絶えずよだれのようなものをこぼし続ける。見ているだけで吐き気を催すような醜悪な姿だった。
『オオオオオォォォ……』
リッカを吹っ飛ばしたであろう魔王は、苦しむような声を上げて立っていた。変わり果てた姿で。
「シグレもリッカも平和ボケが過ぎるんじゃない? あのさあ、ぼくが魔王を拾ってから三年も経ってるんだよ?」
ヒガンのあざけるような声が頭上から降ってくる。
突き付けるように。
「ぼくがこれだけ時間をかけて、何の仕込みもしてないなんて、本気で思ってる?」
「……ッ」
ここに至って俺はようやく気付いたのだ。
目の前にいるものが、すでにかつて対峙した魔獣の王とはかけ離れた存在になっていることに。
大嘘ぶっこきました。さすがに週一更新は維持していきたいところです。




