フラグ回収➂
※2017.2.1
修正しました。魔王戦、少しだけ展開が変わってます。
いつも無感動な表情は、今もそのままだ。炎を、瓦礫を背に、シャレアでたまたま会った時のような何気ない態度で立っている。
……どうしてここであいつが出てくる?
「ーーそういうこと」
そんな俺の隣では、リッカが舌打ちでもしそうな表情で唸った。
「何が?」
「あの魔王、三年前よりも強くなってたわ。けど、それもアリシア様が関わっていたなら納得できるのよ」
「意味わからんぞ。魔王が強くなってることがアリシアに関係あるのか?」
「あんたけっこう察し悪いわよね」
「あ?」
リッカは呆れたようにため息を吐いた。
「アリシア様は魔法薬の研究がご趣味よ。それには当然、生物強化薬も含まれるわ」
「……まあ、そうだな」
「まだわからない? なら、もう一つ教えてあげる。前に言ったでしょう、アリシア様は城に招いた学士を自分で書いた論文で蹴散らしたってーーその時の内容は、『生物の戦闘能力向上薬』についてのものだったらしいわよ」
がちり、と俺の中でパズルの空きが埋まるような音が聞こえた。
リッカのその言葉で、俺の中でも色々とつながった。
この世界じゃあ戦闘のために魔法薬を飲んで一時的に戦闘力を高めたりする、なんてのはよくあることだ。むしろアリシアの専門である魔法薬学を修めるうえでは必須とすら言えるだろう。
となれば、アリシアがその手の研究をしていても不思議じゃない。
不思議じゃないが……だからってこれはぶっ飛びすぎじゃないのか。
俺は炎を背景に突っ立っているアリシアに声をかけた。
「おいアリシア、リッカが言ってるのは本当なのか? お前、本当に魔王の強化なんてしやがったのか?」
「ああ」
アリシアはごくごく普通な様子で頷いた。
「それ、意味わかってんのか? 魔王を強化するとか、それはもう犯罪なんてレベルじゃねーぞ。人類滅亡の片棒を担ぐようなもんだ」
「そうなのか?」
「そうなのかってお前……」
アリシアは俺の言葉に不思議そうな表情を浮かべる。
炎に照らされたアリシアの顔は、少なくとも世界を滅ぼそうとする狂人のものではなかった。それどころか、もっと素朴で純粋な子供のような表情だ。
俺とアリシアの認識に、何か致命的な食い違いがあるような感覚。
「……お前、何が目的なんだ……?」
「目的……ふむ。目的か」
俺の疑問に、まるでアリシアは顎を手に当てて考えこむような仕草をした。
昨日、シャレアで会ったときと同じように、ごくごく自然な雰囲気。
まるで夕飯のリクエストを言うような調子で、アリシアは口を開いた。
「いや、特にないな」
そんな、致命的なズレを体現する言葉を。
「……は?」
「シグレも研究者ならわかるだろう? ほら、何か思いついたら、新しい研究のテーマが見つかったら、楽しくなるじゃないか」
「……おい、待て」
「一つ気づけば、次々に仮定が立つ。それを実証していくうちに、その技術の新しい使い道を思いつく。そうやってどんどん研究にのめり込んでいくーーそれは研究者にとって当たり前のことじゃないか?」
「待てって!」
ズレていく。ぎしぎしと音を立てて、俺が勝手に思い描いていたアリシアのイメージと目の前の少女とが乖離していく。取り返しがつかないくらいに。
「悪いがシグレ、私には特別な目的などないよ。あそこにいる獅子頭の怪物は私の実験の末にたまたま生まれた『結果』に過ぎない。私の目的があるとすれば、この研究そのものだ。この薬が現時点でどの程度の仕上がりになっているか、その成果には関心があるが」
「……ッ」
……ヤバい。
こいつ、ヤバい。
俺は今までアリシアという少女を見誤っていたかもしれない。
魔法薬の研究は、ただの行き過ぎた趣味だと思ってた。少し天然入ってて抜けてる世間知らずなやつ、くらいに思っていた。
とんでもない。こいつ、一番厄介なタイプだ。
力があるのに、力の使い方を知らない。
王族という身分をかなぐり捨てて、自国を崩壊の危機に導きかねないくらいには。
アリシアは無邪気に笑った。
小さな笑みだが、それは本当に心からの笑顔であるように思えた。
「だからシグレ、手間をかけて悪いが少し実験に付き合ってくれ。昨日言っていただろう? 『面白いものができたら俺に見せてくれ』と」
自然に、当たり前のように、それが普通であるかのように。
「だから、見せに来た。シグレには真っ先に報告したかったんだ」
「……お前……」
俺は何を言っていいかわからなかった。あまりの衝撃に頭がついていかない。タチの悪い夢でも見ているような気分だ。
「しーぐーれ」
それまで黙っていたヒガンが場違いに明るい声を発した。
「そろそろいいかい? ほら、リッカも何か言いたいことがあるなら今のうちに言っていいんだよ?」
「……随分余裕ね。それじゃーーアリシア様。どうか退いてはいただけませんか」
「悪いが断らせてもらう。私にはその申し出を受ける理由がないからな」
「では、実験には自分が付き合いましょう。代わりに、薬の効果がきちんと観測できたら、そこで終わりにすると確約していただけませんか?」
「私としてはそれでもいいが、魔王はそれでは気が済むまい。どちらかが斃れるまで、暴れ続けると思うがな」
話は通じる。アリシアの目的も明確だ。
しかし、どこまでも主張は平行線。
「ま、そういうことだね。それでリッカ、まだ何かある?」
「…………いいえ」
「シグレは?」
「帰れ腹黒女」
「却下☆ じゃあ、口上も済んだことだしーー」
一息。
ぱん、とヒガンは両手を打ち鳴らした。
まるでとびっきりのアイデアが浮かんだ無垢な少女のような顔でーー
「もう、いいよね?」
瞬間、ヒガンの背後で瓦礫が爆ぜた。
『オオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアァァァァアアッ!!』
天地をぐらつかせるような咆哮。炎の海を割り、吹き飛ばしたはずの魔王がよみがってくる。
俺とリッカはまったく同時に目を見開いた。
「これっ……」
「ああ、くそ、いきなりかよ!」
かつて何度も聞いた大音声。今のはただ吠えただけじゃない。聴覚神経を直接逆なでするような耳障りな音波は、魔王の権能の一つを発動させるキーなのだ。
「くーーぁ、何、これ……ッ!」
『キュアアァッ!』
「カレンちゃん、ふーさん!?」
少し離れた場所でからミアの悲鳴じみた声が聞こえる。見れば、カレンは激しい頭痛に襲われるように頭を抱えてうずくまっており、ふーさんはその小柄な体を跳ねるように暴れさせていた。
魔王の咆哮は、『敵意』を増幅させる。
人間には効果は薄いが、五感に優れた獣人にとっては毒になる。
モンスターにとってはさらに悪質で、一度魔王の叫び声を聞くと正気を失ってその場で凶暴化して暴れ回る。生物が目の前にいれば問答無用で襲い掛かり、死ぬか咆哮の効果が切れるまでそのままだ。
『キュアアアアアアアッ!』
「ふー、さん……?」
今も。
ふーさんが本来の姿に化け、ぎらついた目でミアを見下ろした。魔王の咆哮の影響がもろに出ている。
ミアはカレンを支えたまま、呆然と風竜を見上げて。
『キュアーーァ?』
ガンッ、と鈍い音がしてふーさんの頭部が揺らいだ。
咄嗟に飛び込んだリッカがふーさんの頭を剣の峰で打ったのだ。ふーさんは気絶し、いつものカメレオンのような姿に戻る。ばたり、とミアの足元に倒れる。
「り、リッカ様、お師様っ! カレンちゃんが、ふーさんも……!」
「落ち着け、ミア。大丈夫だ」
「でもっ!」
「落ち着け、って言ったぞ。いいかミア、お前だけだ。今から俺とリッカは忙しくなる。カレンとふーさんを支えられるのは、お前しかいない。それを理解しろ」
「そんな……」
ミアはまるで信じていた人にはしごを外されたような悲観的な顔をする。
「シグレ?」
「……わかってるから、威圧してくるのをやめろリッカ」
俺はため息を吐いて、
「……お師様?」
弟子の頭に手を乗せ、がしがしと強く撫でてやる。
視線は前方を警戒したまま、俺は続けた。
「けど、心配すんな。お前らには傷一つつけさせたりしねーよ」
「……ぁ」
「お前の『お師様』を信じて待ってりゃいい。カレンと一緒にな」
俺はこいつの師匠で、こいつは俺の弟子だ。保護対象だ。こいつを守るのは俺の義務だろう。リッカも同様。
「かっこつけるわねえ」
「うるせえ。つーかお前と組むの久々だな。足引っ張んなよ」
「それはこっちの台詞だと思うけど?」
俺とリッカは軽口を叩き合う。
ゆっくりとこちらに向かっているどす黒い怪物を見据えて。
「ーーそんじゃ、行くか」
次回更新はわりとすぐできる気がしてます。




