フラグ回収②
※2017.2.1
すみません修正しました……!
勘づいたのは同時だった。
「ーーッ」
ぞくり、と悪寒が肌を撫でた。反射的に横を見る。リッカもまったく同じ表情で俺を見ていた。
直後。
轟音とともに我が家の屋根を叩き潰すような衝撃が真上から俺たちを襲った。
目もくらむような閃光、衝撃音。ミアと、カレンが動くことすらできずに硬直する。
「……ぁ」
天井が崩落し、家の内装がことごとく粉砕され、決定的なまでに俺たちの見ていた景色全部がぶち壊されるような破壊が展開された。ミアがそれを認識したのは、何の前触れもなく降ってきた『雷』が、俺の発動した防御魔法によって弾かれた後のことだった。
「え……あ、お師様、これは、何が」
ミアが唖然としてとぎれとぎれの言葉を発する。カレンは硬直。俺とリッカはなかば反射的に周囲へ視線を走らせる。
ーー攻撃を受けた。
誰から、どこから、何のために、故意、偶然、目まぐるしく脳が回転する。
だが、一つだけ確かなこと。
受けた攻撃は、雷撃。空は快晴、つまり間違いなく魔法で生み出された現象だ。
「シグレ、前!」
「わかってるーー【ランドフォーム・ゴーレム】!」
俺は感応紙を懐から探り出すや【土】属性の造形魔法を発動する。
出現するのは巨大な土人形、ただし莫大な魔力を練り混んだ特別性だ。それが地面から這い出るように出現し、コンマ数秒後に飛来した雷撃を受け止める。
一撃でゴーレムが爆ぜた。粉々だ。土塊が舞い上がり、視界が塞がれる。
「なんつう威力だよ……っ」
「どきなさい!」
抜刀、一閃。俺を追い越したリッカの右手がかすむほどの速さで駆動し、砂煙を横一文字にぶった切る。
映るのは変わり果てた我が家ーーではなく。
『オォーーオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』
ぎいん、と金属質な音が耳を突く。
リッカの剣は振り切る前に爪に受け止められていた。
ナイフを束ねたような凶悪な形の爪が、リッカの剣の軌道に割り込んでいた。
「……は?」
その爪の持ち主を見て、俺は、リッカは、間違いなく一瞬の硬直を課せられることになる。
目の前にいたのは、砂煙を突っ切って俺たち目がけて襲い掛かってきたのは、盛り上がった筋肉に全身を包まれた二足歩行の化け物だった。
二メートルを超す巨躯はどす黒い皮膚に覆われ、むき出しの手足には刃物のような爪がそれぞれ三本ずつ生えている。背には蝙蝠のような翼が蠢き、子供の胴ほどもありそうな巨腕は剣を持ったリッカと拮抗している。
だが、何より注視すべきは頭部だろう。
灰色の長い鬣の下にあるのは、獅子を模したような頭部だった。
目は血走り、口元からは濁った涎をまき散らしている様子は記憶と食い違うが、脳神経がぎりぎりと軋んで記憶を呼び覚ます。
なぜ。
「どけ、リッカ」
俺は魔法陣の刻まれた感応紙を懐から取り出し、構え、起動させる。
「ーー【ブレイズキャノン】!」
なぜ、お前がここにいやがるーー!
リッカがつばぜり合いをしていた眼前の化け物を剣の一振りで後退させ、離脱。その瞬間俺の魔法陣から噴出した熱線が獅子の胴を吹き飛ばした。
容赦なく魔力を叩き込んだ一撃だ。皮膚を溶かすことこそできなかったが、溢れた炎は獅子頭の怪物を薙ぎ払い、周囲の森ごと焼き払った。
「森の中で【火】魔法……選択ミスね。シグレ、あんたなまったんじゃない?」
「うるせえ。つーかリッカ、今の見たか」
「ええ。白昼夢かと思ったけど、あれが現実なら悪夢だわ」
「……同感だ」
獅子を模した頭。剣を持ったリッカでようやく互角、というバカげた膂力。悪魔のような翼、闇のような体皮。雷の魔法。これだけ揃えば役満だ。
「二度と会いたくなかったぜーー魔王」
俺は赤々と燃える森の奥、不気味な動きで立ち上がる怪物の王を見据えて呟いた。
その時だ。
「大正解☆」
響いてくるのは場違いに弾んだ声。
魔王の雷撃と、俺の魔法ですでに原型をなくした我が家に、かつかつと足音が響く。後ろでミアとカレンがびくりと身を震わせたのがわかった。
灰と、炎と、瓦礫の山をまっすぐ突っ切って歩いてくる人影。
その正体は、俺やリッカのよく知る人物だった。
「……げ」
「うっわ」
「あはは。随分なご挨拶だなあ、二人とも。こうしてぼくたちが顔を合わせるのは三年ぶりだっていうのにさ」
炎の向こうから現れたその人物を見て、俺とリッカがほぼ同時に嫌そうな声を出す。
その反応を楽しむように、眼前の人物はーー元魔王討伐パーティーの一人、ヒガン・カレギシはくすくすと笑った。
ああそうだ。俺の記憶の中のこいつは、いつもこうして笑っていた。
可憐に、神秘的に、毒花のように。
×××
「久しぶりだね、シグレ、リッカ。会いたかったよ」
「……俺は割とマジで会いたくなかった」
「珍しく意見が合ったわねシグレ。私も同感よ」
「つれないなあ、相変わらず」
相変わらずすぎるリアクションに頭が痛くなってくる。
いつもこうだ。何を言っても暖簾に腕押し、まったくの無駄。どんな言葉を投げかけても微笑を返してきて、絶対に腹の底を見透かさせない。強大な敵と何度も一緒に戦った戦友なのに、何を考えているかわからない。
そういう女だ。ヒガンというやつは。
「……『ひーちゃん』、さん」
「そうだよ、それも正解。半月ぶりだね、ミアちゃん」
呆然としたようにミアが言い、それを耳ざとく拾ったヒガンが笑いながら手を振る。
「『ひーちゃん』?」
「は、はい。前にシャレアで、中央広場まで案内をしてもらって……」
ミアの言葉に思い出す。
ああ、そういえばそんなことを言っていた。それにしても『ひーちゃん』がヒガンのことって……いや、まあ気まぐれなやつだし、別に驚きはしないが。
だが、こいつが今ここにいるということは、つまりそういうことなのだろう。
「ミア、それ忘れろ」
「は、はい?」
「こいつは敵だ」
背後でミアが息を詰まらせる。
「聞いたことあんだろ、こいつの通り名」
「従魔姫……ですよね。モンスターを、操るって……」
「ああそうだ。ヒガンは女神からもらった異能でモンスターを操る。竜だろうが何だろうが、例外じゃない。そんで、魔王もモンスターだ」
「ーー!」
絶句するミアを可笑しそうに眺めるヒガンの表情は笑みのままだ。
俺はぎり、と奥歯を噛んだ。
「……お前、魔王を『使役』してるな」
俺が口にしたのは最悪で、最低で、最もありそうな可能性だ。願わくば外れて欲しかった。だが、そういう最悪を喜々として選択するのがヒガンという女だった。
「正解! さすがシグレ、見抜くのが早いね」
ヒガンは隠そうとすらしなかった。むしろ言い当てられたことが面白くて仕方ないとでも言いたそうに含み笑いを浮かべている。俺は自分が苦々しい顔つきになるのを自覚した。
「……ちゃんと仕留めたつもりだったんだけどね」
リッカが油断なく魔王を飛ばした先を見据えたまま呟く。
魔王は滅びた。俺たちが滅ぼした。そのはずだ。
「ーー『なのに、どうしてまだ魔王が生きているのか。そして、どうして俺たちを襲撃してきたのか』って?」
「くそ、心読むんじゃねえよ腹黒女」
毒づいた俺の言葉を聞き流して、ヒガンは手をぴんと伸ばして掲げた。
「照れるなあ。……一つ目だけど、それはこの子のおかげだよ」
ヒガンの掲げた手には、一匹の小動物のようなモンスターが乗っている。
サイズはリスと同じくらいだろうか。
薄青い毛皮に全身を覆われた哺乳類型で、額に埋まっている赤い宝石が目を引く。
「カーバンクル、ね。空間魔法を使える希少モンスター……私たちはあんたがそのモンスターを従えていること、聞かされていなかったけど?」
「そりゃあ言ってなかったからね。だからこうして君たちにバレることなく悪だくみができたんだから、三年前のぼくは冴えてたよ」
「ええ、本当に冴えているわ。人類の敵として、ね。私はあんたのそういうところが大っ嫌いだった」
魔王を隠ぺいした手段は、ヒガンが俺たちに隠して所持していた『カーバンクル』による空間魔法。
つまりヒガンは俺たちが倒した瞬間に魔王をこの世界から隔離し、保存した。自分でその強大な力を使役するためにーーそう明かしたヒガンに、リッカは心底嫌そうに吐き捨てた。
ああ、そういやヒガンと一番折り合いが悪いのはこいつだったっけな。懐かしい。この場所は、旧交を温めるには不適もいいところだが。
「怒らないでよ、百剣の王さん。国王の犬になった君と違って、僕は少しばかり自由な思想の持ち主なんだ。三年前から頭の固さは変わってないのかな?」
「口の利き方に気をつけなさい、ヒガン。まだ首と胴はつなげておきたいでしょう?」
「あはは、怖いなあ。すぐに暴力に訴えるのは動物の発想だと思うけど」
「ふふ、どうやら私の優しさは伝わらなかったみたいね。ぶった斬ってあげるわ」
「……お前ら本当に仲悪いよな」
かつて味方同士だったとは思えない。
「話を戻すけど、二つ目だね。どうしてここを襲ったか……っていうのは単純で、魔王が暴走しちゃった結果だよ。僕の力もってしても今のアレは完全には制御できなくてね。アレが憎くて憎くて仕方ない自分の仇めがけて攻撃するのを、止めることができなかったのさ」
「……『今の』?」
「そうだよ、だけどそのことを話すにはもう一人紹介しなきゃいけない子がいる。……さあ、待たせたね。出ておいで」
ヒガンの言葉に合わせて瓦礫の影から人影が出てくる。
その人物を見て、俺は今度こそ息を詰まらせた。
「……アリシア」
「ああ。昨日ぶりだな、シグレ、ミア。それにリッカも久しぶりだ」
ヒガンに呼ばれて現れたのは、深い緑色の髪を首のあたりでくくり、前に流したいでたちの少女だった。
更新おっそい! 我ながら驚愕の遅筆さ。頑張ります。




