エクスチェンジ④
※2017.2.1
修正しました。展開上の不都合はないかと思われます。
×××
「腹減った!」
無限に続くかとすら思えた模擬戦を終わらせたのはカレンのその一言だった。
直前までぶんぶん剣を振り回していたかと思ったらいきなりそう言ってきたのだ。構えも解いており、少なくとも今すぐ突っ込んできそうな雰囲気ではない。
「お、おう。そうか」
「ん? なんでシグレそんなに疲れてんの?」
むしろお前が何でそんなに平気そうなの? 化け物なの?
心から安堵して言う俺にカレンが不思議そうな目を向けている。
模擬戦を開始してからおよそ二時間。昼過ぎを通り越して辺りはすっかり夕暮れに包まれている。そして俺の腕や足も筋肉痛に包まれている。もう動けないし動きたくない。
「よし、じゃあ模擬戦は終わりにするか。はい、ありがとうございました」
「ありがとうございましたっ!」
模擬戦のあとにはお互い一礼。この動作がナチュラルに出てくるあたり、俺はまだリッカの行動パターンが抜けていないのかもしれない。【記憶転写】はしっかりオフにしておこう。
「そんじゃ飯にするか」
俺が言うと、カレンがわかりやすく目をきらめかせた。
「飯っ! ……って、シグレって料理できるの?」
「自慢じゃないがほぼできない」
「ほんとに自慢にならねー……」
魔王討伐からミアがやってくるまで丸二年以上この森で一人暮らししてこそいたが、俺の場合飯を作る時間を魔法陣の研究にあてていたから、飯は毎回干し肉みたいな保存食と健康を崩さない程度に野菜や果物をかじるくらいで済ませていた。
今にして思えばあの生活は確かに不健康だったな。リッカがよくうちに飯を作りに来ていたのは、もしかしたらそんな俺を見かねて、という理由も一パーセントくらいはあったのかもしれない。
「ま、大丈夫だ。世の中には大して料理が達者じゃなくても美味い飯を作る方法はある」
「へ? ほんと?」
「ああ。お前にも手伝ってもらうぞ」
「うぇ!? 無理無理! あたし料理なんてできねーって!」
ぶんぶんと手を顔の前で振るカレンに俺は淡々と指示を出した。
「いいからやるぞ。はやく準備しねーと日が暮れる。とりあえずお前は菜園に行ってピーマンと玉ねぎとシイタの実採ってこい、ついでにふーさんも起こして連れてくるように!」
「りょ、了解……」
とりあえず勢いで押し切ってカレンを菜園に向かわせ、俺は家の中に戻って保冷庫の中身を漁る。
買い置きしておいた肉もこの際全部持っていくか。後でまた買えばいいし。
「そんでシグレ、言う通り持って来たけどこれで何すんだ?」
場所は再び庭の真ん中。
まだ土のついている野菜を抱えた土まみれのカレンをどう綺麗にしてやるか考えつつ、俺はあらゆる物質を異なる世界に閉じ込めて自在に取り出す、という収納魔法【ストレージ】の魔法陣を起動させた。
ちなみにカレンの質問に答えると、回答はこうなる。
「バーベキューだ」
がしゃがしゃどすん、と派手な音を立てて調理器具が虚空から出現する光景を、カレンが呆気に取られたように見ていた。
×××
「うんまー!」
夕暮れの庭にカレンの歓声が響く。
両手に肉ばかり刺した串を一本ずつ持ったカレンは心から幸せそうな顔をしていた。
俺は金網の上で昼間にカレンが手土産として持ってきた魚を焼きつつその表情を眺めている。何というか、こいつくらい無邪気に喜んでもらえるとと色々とやる甲斐があるな。
この世界はガスコンロもランタンも存在しないが、代替品ならいくらでも自作できる。
【火】属性の魔法陣が刻まれた台座がコンロ代わりで、宙に浮くでかい蛍みたいなのがランタンの代用品。魔法陣が自作できるとこういうものに不便しなくていい。
しかし、好きなものを取って串を打てと言ったはいいがカレンの食い方はあいつの偏食がモロに出ているな。
俺は魚を焼くのと反対側の手で作っていた特性の串の焼け具合を確認してから目の前の猫娘に声をかけた。
「カレン、肉はうまいかー?」
「おう! もう最っ高だぜ!」
「よし、じゃあ肉はその二本で終わりな」
「うぇ!?」
俺の唐突な宣言にカレンが絶望的なうめき声を上げた。
「な、何でそんなこと言うんだよー……」
聞いてるだけで切なくなるような悲しげな声だ。
お前どんだけ肉好きなんだよ。
「お前が次に食うのはこれだ」
俺はそれまで焼いていた特別性の串をひょいと放り投げた。カレンはそれを受け取って驚愕したように目を見開く。
「こ、これは……!」
・ピーマン
・玉ねぎ
・シイタの実(※シイタケそっくりの味と食感の野菜)
「味わって食えよ」
「ひっでえ! あたしが嫌いなものしかねー!」
予想通りの反応をするカレンに俺はあえてあくどい笑みを浮かべた。
「それを食わない限り今日はお前は肉なしだ」
「……うっ……ぐすっ。ひっく……」
何も泣かなくても。
「ただし、これを食えば今日のお前はもう野菜を食わなくていい。肉食い放題だ」
ぴくりとカレンのネコミミが震える。
「……好きなだけ食っていいの?」
「もちろんだ」
「でもこれ食うのかー……。半分くらいで勘弁してもらえたりは……」
往生際の悪いカレンに俺はにっこりと笑みを浮かべた。
「なあカレン。今まで言ってなかったけど――」
「な、何だよ?」
「俺、相手が嫌がることをするのが大好きなんだ」
「性格悪っ! あーもういいよ! 食うよ! 食えばいいんだろ!」
涙目ながらカレンは一気に野菜オンリーの特別串に食らいつく。
猫だけど玉ねぎは食えるんだよなこいつ、とかどうでもいいことを考えていたらカレンが空になった串を勢いよく突き返してきた。
「ごちそうさま!」
「はいよ。よく頑張ったな」
「へっ……?」
串を受け取り、反対側の手でカレンの頭をわしゃわしゃと撫でてやる。カレンは呆気に取られたように硬直していた。
「なっ……なんだよ」
唐突な俺の行動に驚いたようだが、別に不快ではないらしく、カレンは撫でられるがままになっている。
「別に深い意味はねーよ。それより今から肉焼いてやるからこれでも食って待ってろ」
金網の上で焼き色をつけていた魚をカレンの口にくわえさせる。なぜか放心しているらしいカレンは大人しくそれをかじり始めた。
そんなに驚かれると何か悪いことしたような気分になるからやめてほしい。
特に大した意味はない。褒めると伸びがいい、という話を実践しているだけだ。
それからしばらく焼肉奉行をしていると、不意にカレンがうかがうような口調で聞いてきた。
「さっきみたいなことってさ、いっつもミアにもしてんの?」
「……さあな」
バカ弟子の名前が出た途端我ながらぶすくれた声が出た。
正直今の今まで忘れていたんだが、どうやら俺の深層意識はあいつが家出していったことをほんの少しだけ気にしているらしい。
「ふーん……ねえ、ところでミアはまだ帰ってこねーの?」
特に悪気もなさそうに聞いてくるカレンだったが、『お師様は子供です!』というあいつの言葉が脳内をリフレインしている俺は話題を逸らす方向に動いた。
「しばらくは帰ってこねーと思うぞ。それよりカレン、俺からも聞いていいか?」
「ん? なに?」
「お前がリッカに弟子入りした理由だよ」
ミアが戻らない、と言われて露骨に気落ちしていたカレンだったが、俺の質問に串を加えたまま腕組みして唸る。
たっぷり五秒ほど悩み、カレンは端的に答えた。
「うまいもんが食いたかったから」
「は?」
意味がわからず聞き返す俺に、カレンは自分の中でも言葉がまとまっていないような感じで話し出す。
「えーっと……ほら、高い賞金がかかってる奴って強いだろ? そいつらをやっつけたらたくさん金が入る。そうすりゃ上手い飯がたくさん食えるじゃんか」
俺はカレンのやや手短が過ぎる説明を脳内で噛み砕いた。
ああ、そういえばこいつって元賞金狩りだったな。となれば強くなればなるほどより大物の賞金首を狙えるようになって、懐が温まるから、より高ランクの飯にありつけると。
「そもそも、何でお前は賞金狩りなんてやってたんだ?」
「……ええー、それも話すの? ちょっと長いから飯食いながらでいい?」
これを聞いてくるあたりリッカの教育が行き届いている証拠だな。
「今日は許す」
「さっすがシグレ、話がわかる! で、何だっけ? あたしが賞金狩りになった理由か。別にたいした話じゃねーんだけど――」
カレンは、本当に何でもないことのように。
「あたしの親、盗賊に殺されたんだ」
そう言った。
「……殺された?」
「うん。三年くらい前かな。馬車に乗って山道下ってたら囲まれて、両方ともその時にやられた」
三年前。俺はその数字を聞いて反応せずにはいられなかった。
魔王が俺たちによって倒されたのが今からおよそ三年前。
その日を境にお役御免になった魔王討伐軍は解体され、仕事をなくした傭兵たちが各地で野盗化する事態に陥った。
傭兵は、強い。戦い慣れている。
そういった連中が武装して旅人を襲えば結果は決まっている。男は殺され、女もよっぽど見栄えがよければ花街に売られるが、たいがいは殺される。そして積み荷が奪われ、あとには何も残らない。
連中の手口で秀逸なのは徒党を組んでいることだ。戦い慣れしている傭兵が武装して十数人で取り囲めば、運動能力に優れた獣人でもたやすく殺せる。
「たぶん、どっちかがあたしのことを逃がしてくれたんだと思う。じゃなきゃあたしも殺されてただろうし。とにかく夢中で走って、走って、走って……近くの街に着いた。衛兵に泣きついたらその盗賊たちはその日のうちにとっ捕まったよ」
カレンはそんな過去を何でもないことのように話す。
どうでもいいことのように、すでに埃をかぶっていた記憶のような扱いで口に出す。
「……お前は、そのあとどうなったんだ?」
「あたし?」
俺がやや重くなった口を開いてどうにかそう尋ねると、カレンは今まさに完成を迎えようとしている焼肉串を凝視しながら言った。
「あたしはしょうがねーから街の空き家に住み着いて、ゴミ漁って生きてたよ。食えるもんなら何でも食った。毎日何とか食いつないで、何とか生きてた」
カレンは待ちきれないといった表情で金網を睨んでいて、俺はどんな表情を浮かべたらいいのかもわからずにいた。
「で、ある日あたしがねぐらに戻ったら知らねーやつがいた。三人くらいかな。誰もいねーと思って住み着こうとしたみたいでさ。あたしはその時すっげー機嫌が悪くて、拾ってきた木の棒でそいつらを滅多打ちにしたんだ。そしたらしばらくして、衛兵が入ってきた。何かと思ったら、びっくりしてこう言ってきたんだ。『君がこの賞金首を退治してくれたのか?』ってさ」
ここで串が焼けたのでカレンに渡してやると、カレンは目を輝かせてそれにかじりつく。
一息で肉を残らずこそげ落とすと、カレンは至福の表情でほうと息を吐いた。
それから空になった串をくるくると回しながら話を続けた。
「あたしは何が何だかわかんなかったけど、衛兵についていったら金くれた。あたしはほんとに何もわかってなかったから、懸賞金そのままそっくりくれたあの衛兵はめっちゃいいやつだったんだろうなー。で、あたしは初めてその金で表通りの屋台の商品を買い食いして、その時死ぬほど感動したね。肉なんて食ったの久しぶりだったから、金がなくなるまでくいまくったよ。で、その時思った。『あ、この感動のためなら死ねる』ってさ」
「それが、お前が賞金狩りになった理由か?」
「うん。いつかめっちゃ強い賞金狩りになって、めっちゃ金稼いで、死ぬほどうまい飯を食うのがあたしの夢なんだ。だからその日からずーっと鍛えて、賞金狩りやってた。師匠んとこに行ったのは、ちょっとでも技盗んでやろうと思ったからなんだけど……あっさりやられちまって、ダメもとで弟子入りさせてくれって頼んだらいいよって言われたからついてったわけ」
そこまで一気に話し終え、カレンは手に持っていた木製の串をダーツよろしくゴミ用のバケツに放り込んだ。
「ってわけで、話終わり。これでいい?」
「……この話、リッカは知ってるのか?」
「え? あ、うん。最初に会った時に話した」
ああ、そういうことか。俺はようやくここで疑問が氷解していく感覚を得ていた。
俺が本当に気になっていたのは、『カレンがどうしてリッカに弟子入りしたか』じゃない。
『どうしてリッカがカレンの弟子入りを許したか』だ。
あいつは多忙な身だ。だからこそ、弟子は普通なら取らない。
いくらカレンの見た目がよくてもそれだけで子供一人を連れ帰るほどあいつは考えなしの女じゃない。
何か理由があるはずだとは思っていたが、今カレンの話を聞いてそれがようやく理解できた。
証拠はないが、ほとんど確信だ。
「……ふぁあ」
と、ここで盛大なあくびが聞こえてきた。カレンが眠そうに目をこすっている。
……ああ、そういやこいつ、飯食うと眠くなるんだったか。
「んー……」
カレンはしばらく船をこいでいると、やがて耐えかねたのか椅子の上で丸くなった。
そして丸くなった瞬間ぼんっ! と音を立てて猫の姿にいきなり戻った。それまで着ていたタンクトップとホットパンツが地面に落ち、椅子の上にはパンツと、それに下半身を突っ込んだ状態の子猫が一匹だけ残る。
何だこのシュールな光景。
俺はしばらく、ぼんやりと寝息を立てる子猫を眺め続けた。
「ふーむ……」
脳裏によぎるのはさっきの会話。カレンの生い立ちについてだ。
カレンの境遇は悲惨の一言に尽きるだろう。
ーー三年前、魔王は滅びた。
俺やリッカを含む四人が滅ぼした。
だが、それによって起こった問題もある。例えば魔王討伐のために集められた傭兵たちが、仕事をなくして野盗になって、旅人の馬車を襲うようになったりとか。カレンの両親を殺したのもおそらくそういう手合いだろう。
カレンは特殊な少女だ。生まれつき戦闘に関する天才的なセンスを有していたから賞金稼ぎとして生きることができ、今も笑って暮らせている。だが、これが何の変哲もない人間の少女だったら間違いなく野垂れ死んでいたはずだ。
そしてそれは、俺たちが魔王を討伐したせいで起こる惨劇なのだ。
おそらくリッカがカレンを弟子にしたのもそのあたりが原因だろう。魔王を倒したことで発生した問題の被害者であるカレンには、あいつも責任を感じただろうし。
「……やってらんねーよなあ」
ぼんやりと夜空を見上げ、そんなことを呟いた。
まったく同時、くらりと俺は眩暈を感じた。
ああ、そういや徹夜明けだったな。
そんな状態で【記憶転写】を長時間使って、剣を振り回した。どうやら体の方に限界が来たようだ。
「って、やべ、片づけ……」
散らかしっぱなしの庭を元に戻しておきたかったが、足が動かない。
俺の意識はここで暗転した。
なんか苦戦しました……
次回更新は明日になるといいなって思ってます。




