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エクスチェンジ②

×××



「だからさあ、もういい加減うんざりしたんだよあたしは。師匠が厳しいのはいつものことだし、強くなれるんならあたしも別に異論ねーんだけどさあ。たまに料理に野菜混ぜてくるのが耐えられねー!」



「あっそ。わかったからその濡れた髪を拭け」



「めんどくさいからやだ。で、こないだ珍しく師匠の仕事が休みだったから稽古つけてもらおうと思ってたのに、いきなり朝っぱらから料理し始めたんだぜ? しかもクッキーにニンジンを入れるなんてとんでもねーことをしてた! 匂いでわかるっつーの!」



 さすが獣人。何とか好き嫌いを克服させようとしているリッカの苦労がしのばれるな。



「そうか。それは大変だな。わかったからまずスカート履いてこのタオルで濡れた髪を拭け」



「えーめんどくさ、わひゃっ! やめ、タオルで頭ぐしぐしすんな! 耳がくすぐったい!」



 下着姿で椅子にあぐらをかいている猫娘にタオルを持ったまま接近、頭を乱暴にぬぐってやる。



 別に虐めているわけじゃない。こいつがさっきやってきたとき濡れ鼠だったから、わざわざ外に出て洗浄魔法の【ウォッシュ】で洗ってやり、【ドライ】のほうの魔法陣はそばに見当たらなかったのでたまたま庭に干してあったタオルを投げつけてミアの服を着せた。



 で、もう一度家の中に戻り、居間の椅子に座らせ、話を聞こうとしたらいつまでも髪を拭こうとしないので俺が代わりにやっているという状況だ。



 カレンも言葉こそ嫌がっているくせに頭を拭かれるのが楽しいらしくきゃーきゃー言っている。子供め。



「はい終わり。後は自分でやれ」



「えー」



「えーじゃない。そして服を着ろ。恥じらいをどこに置いてきたんだお前は」



「いーじゃねーか別に。減るもんじゃなし」


 

 ぐんぐん減ってるぞ。お前の女子力が。



 ぶーぶ―言いながらもカレンはようやく服を着始めた。ちなみに干してあったミアのものを勝手に借りて着せている。襟付きの上衣に下は丈の短いスカートといういかにも清楚な女の子っぽい服装で、いかにもミアらしい取り合わせだが、カレンにも意外と似合っている。



 似合っているのだが――



「っておいバカ、お前ニーハイどこやったんだよ! あれがないと完成度が下がるだろうが!」



「にーはい……? ああ、あの長い靴下? あたしアレ苦手なんだよなー。暑いし」



「わかってねーなお前! ミニスカにはニーハイだろうが、オタク文化のない世界はこれだから!」



 わかっていない。まったくわかっていない。この世界は色々と間違っている。

 カレンがやや引いた目で俺を見ているのが全く解せない。

 ネコミミなんて萌え属性を持っているくせにニーハイ嫌がるとか認めないぞ俺は。



「いいかカレン。ニーハイとミニスカの間には夢が詰まってるんだ。それを捨てるなんて間違ってる。絶対領域の重要性を知るべきだ……!」



「そういや師匠も『シグレは時々気持ち悪くなるけど気にしないで』って言ってたっけ……あー、まあそれくらいいいけどさあ」


 

 言いながらカレンがそのへんにほったらかしてあったニーハイをつまみ、椅子に座ったまま履いていく。スカートでそれやるとパンツ丸見えだぞ。



 ちなみに下着に関してだが、ミアの部屋にあった新品のものを拝借してある。十二歳女子の洋服ダンスを漁ったのは初めてだが、気まずさ以外の何も感じなかった。



「これでいいかー?」



 ぺしぺしと座ったまま伸ばした足を手で叩きながらカレンが聞いてくる。

 大丈夫だ、問題ない。



 さて、では眼前の金髪褐色ネコミミニーハイ娘が完全体になったところで話を聞いてやろうじゃないか。



「で、お前はこんなところで何してんだよ。リッカはどうした。近くに来てるのか?」



「いや? あたしだけだぜ」



「遊びに来たのか?」



「んー……家出したんだけど、行くとこねーからシグレんとこでいいかなーって」



 おい、今なんつったこの猫娘。



「家出?」



「うん」



「マジで?」



「うん」



 最近流行っているのだろうか。半月前の薬物王女といい、今日の犬弟子といい、どいつもこいつも家出しやがって。何? 反抗期?



 さっき弟子にしてくれとか何とか言ってきたが、要するに行く当てがないからここに匿えって話か。



 俺の家のそばにはリッカの住まいとつながる転移用の魔法陣が設置されている。こいつはおそらくそれを使ってきたのだろう。



「つーかそもそも、何で家出なんてしてんだよ」



「さっき言ったじゃんか。師匠、あたしの好き嫌いをなくすとか言って毎日毎日ニンジンとピーマンを入れた飯作ってくるんだぜ? もう耐えられねー!」



 予想以上にしょうもない理由だったな。



「しかも師匠が忙しくて飯作れない時も、城のメイドたちに野菜入りのメニューにするよう頼んでくるんだ! しかも残したら……残したら……めっちゃ怒るんだ……!」



「ふーん」



「あたしは何度も言ったんだ。もっと肉をくれって。でも師匠はニンジンを食わねー限り肉はナシって言いやがった。だから出て来てやったんだ!」



「よし。帰れ」



「なっ!?」



 愕然としたような表情でカレンがうめいている。



 もしかして今ので俺を説得するつもりだったのだろうか。もしかしてこいつはバカなんじゃないだろうか。



「そんなつれねーこと言うなよシグレ、ほらこれやるから。さっき川で捕ってきた魚!」



「びしょ濡れで来たから何かと思ってたが、そんなことしてたのかお前」



 生き方が野生動物過ぎる。まあくれるもんならもらっとくが……



「悪いけどな、こちとら忙しいんだよ。ガキの家出に付き合わされるのはもうごめんだ」



「『もう』? ……あ、そういやミアはどこに行ったんだ? トイレ?」



 耳ざとく俺の言葉を拾ったカレンが乙女としてどうかと思うような場所を挙げて聞いてくる。


 

 ……ふむ。出て行ったミアとはすれ違わなかったのか。さっき川で魚捕ってたらしいし、それで遭遇しそこねたらしい。



「……さあな。あいつもついさっき出て行ったよ。どこに行ったかは知らん」



「そっかー。残念だなー」



 やや歯切れの悪い俺の言葉にカレンが本当に残念そうな声を出した。



 ……ちなみにミアの行き先だが、実は大体見当がついていたりする。



 森でうろうろしているのでなければ、あとの候補は最寄りの街か、うちのすぐそばに設置してあるリッカのもとへ続く転移魔法陣くらいだ。ミアはリッカに懐いていたはずだし、おそらく転移魔法陣を使ってリッカを訪ねたんじゃないだろうか。



「まあ何にせよ、ここはお前の居場所じゃない。帰った帰った」



「えー! 頼むよシグレ! 何でもするから!」



「何でもって言われてもな……」



 俺は椅子に座ったまま見上げてくるカレンをじっと観察する。



 クセのある肩までの金髪。ぴこぴこと動くネコミミ。健康的な日焼けした肌。



 顔立ちもミアと比べても遜色ないくらいに整っている。



 文句なしの美少女と言えるだろう。それも何を着せても似合いそうな――



 あ、閃いた。



「なあ、カレン。お前モデルやってみねーか?」



「もでる?」



「ああ。今俺カードゲーム作ってるんだけど、さすがにモンスターばかりだと飽きがくるからな。たまには女の子のキャラがいてもいいと思うわけだ」



「かーどげーむ? なんかよくわかんねーけど、それでここにいさせてくれるんなら引き受けるぜ!」



「よしよく言った! 交渉成立!」



 カードゲームというのは少年たちにとってはカッコいいモンスターたちの方が受けるだろうが、やはりどんな娯楽にも萌えるキャラクターは欠かせない。と思う。その点この目の前にいるネコミミニーハイ少女は申し分ない萌え記号の塊だ。せっかくだからその萌え記号を利用させてもらおう。



「そんじゃリッカにお前がここにいるって伝えとくぞ」



「え? ちょっ、駄目だよ! 連れ戻されちまうじゃねーか!」



「伝えなくてもそのうち来ると思うぞ。転移魔法陣があるからな」



「うー……そりゃそうだけど……」



「だろ? ま、うまく言っとくから心配すんな」



 やや不安げなカレンにそう言っておく。



 こちとら丸一年リッカと旅した過去がある。猛り狂うあの女と交渉したことも何度もある。カレンを連れ戻されないようにうまく話をつけることくらい造作もない。



 というわけで、遠距離通信用の魔法陣を起動する。

 が、出ない。



 この魔法陣は向こうの意思と関係なく一定時間通信を続けるとつながってしまうという特徴がある。向こうが通信に気付いていない場合を考慮してのものだが、この時も通信用の魔法陣を通して何やら声が聞こえてきた。



『――』



 む、何か聞こえる。俺はさらに耳を澄ませる。

 さて、あいつは今何を――

 


『……ありえないこれは夢? 夢かしら? どうしてここにミアちゃんが来ているの? ミアちゃんと会いたいあまり私が見せた白昼夢かしら。カレンもどこかに行ってしまったし、寂しかったから仕方ないわね。そうよね。私がどうかしているわけではないわ。それより白昼夢なら何してもいいのかしら、何をしてもいいのかしら。ここにたまたま用意しておいたメイド服を着せて一緒に』



 プツッ。



「……」



 やばい……あいつ、やばい……!



「し、シグレどうした? そんなに師匠は怒ってたのか!?」



「いや、怒ってたっつーか……壊れてるっていうか……」



 さすが国王の懐刀という王国きっての社畜ポジション。どうやらまた疲れがたまっているらしい。過去に一年間旅した俺ですらあんなリッカは見たことがないし見たくもなかった。



 しかし、なんかミアがどうとか言ってたな。



 やっぱあいつ、転移魔法陣使ってリッカのところに行ってたか。他に選択肢がほとんどないもんな。何だこの弟子トレード状況。



「うん。まあ、多分大丈夫だ。それよりまたほとぼりが冷めたら、リッカに優しくしてやってくれ」



「な、なんだよ! ほんとに何があったんだよ! 怖えーよ!」



 複雑な心境で呟く俺にカレンが叫びながら掴みかかってくる。



 恐るべきは社畜。やっぱり隠居生活が正義だな。



 とりあえず、俺は自分の崇高なる目的のために動くとしますか。


次回更新は明日になることを祈っています。

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