エクスチェンジ①
×××
「ふーさんそっちの資料取ってくれ」
『キュー』
「おう、サンキュ」
俺は作業台の隅で暇そうにしていた風竜のふーさんから持ってきてくれた資料を受け取り、礼を言いつつ頭を撫でる。ざらついた鱗の感覚がなんか癖になりつつある今日このごろ。
ふーさんが我が家に住み着いてはや数日。
俺はもう家の中に小型化した風竜がうろついている光景に特に違和感を感じなくなるくらい現状に慣れていた。
小型化したふーさんは、いつだか地球にいたころペットショップで見たカメレオンくらいのサイズだ。それの顔をめっちゃかっこよくして、羽を生やして、空飛ばしたらふーさんの姿に近いものが出来上がる。
カメレオンの性格がどんなもんかは知らんが、ふーさんは竜なんて物騒な種族のわりに賢く大人しく礼儀正しい。まだ成竜にはなっていないらしいが、うちのふーさんはしっかり者のようだ。
「ふーさん、今度はそっちの感応紙くれ。二種類あるからどっちも」
『キュー』
と、多少複雑な指示も問題なくこなせるハイスペック。
さて、そんな感じでふーさんに手伝ってもらいながら俺がやっているのは新作魔法陣の開発作業だ。
先日リッカに頼んでおいた魔法素材がようやく手に入ったので、頭の中で構想していたものを製作中。
ちなみに何を作っているかといえば男の子ならみんな持っていた玩具だ。
150円くらいで五枚ずつ買ったり、1000円くらいで四十枚のデッキを買ってお友達と決闘したりするあのカードゲームだ。
魔王が討伐されて平和になり、ようやく嗜好品が充実し始めたこの国だが、まだまだ娯楽は少ない。この機会を活かして地球っぽい遊びを市場に流せば小金を稼げるんじゃないかと思ってのことだ。
色々と問題がありそうなので絵柄やルール、効果なんかは適当にアレンジを加えている。この世界で出会ったモンスターたちがキャラのモデルになっているので、まあ、アレだ。色々と安心。
イラストは【記憶再生】を使ってイメージを補強しているのでクオリティもばっちり。
くく、これでこの世界の少年たちをTCGの虜にしてやるぜ……!
不意にぐるぐるぐる、と自分の腹から音が鳴り始めた。そういえば最後に飯を食ったのはいつだったか……まあいいや、今は作業を進めたい。
と、作業を続ける俺の部屋がノックされる。
「お師様、朝ごはんができましたよー」
「おう」
俺は扉の向こうから聞こえてくるロリ弟子の声に生返事をしつつ、ちらと壁際――窓を見やる。おお、いつの間にか日が昇っている。全然気が付かなかった。
まあいいや。今は作業作業。
「入りますよー、お師様。……って、うわ汚い……」
後方でドアが開く気配がして、どうやらミアが入ってきたらしい。
かちゃかちゃと音がするのは食器か。どうやら飯を持ってきてくれたらしい。頼むから転んでくれるなよ、今は足元も感応紙が散らばってるんだ。
「お師様、また徹夜で研究ですか。身体に悪いですよ?」
「おう」
俺はまっさらな感応紙に魔法陣を転写しながら返事をした。
「たまにはお外に出ないとよくないですよ」
「おう」
あ、くそ魔力の調整ミスった。一定の規格にしないとカッコ悪いんだよなー。やり直すか。
「……うー、完全に没頭してます……ここに朝ごはんを置いておくので、きちんと食べてくださいね」
ミアが何やら言い残し、作業台の端っこに皿の載ったトレイを置いて部屋を出て行った。
ふーさんもミアについていってしまったのでこれで部屋に一人だ。
まあいいや。これで集中できる、と言えなくもない。
三十分後。
「お師様お師様、ご飯はもう食べましたか?」
「ああ、うん。あとで食っとくわ」
よし、映像の転写に慣れてきた。いい感じだ。
二時間後。
「お師様お師様、洗濯物はありますか?」
「ああ、うん。そのへんに」
とかいって調子に乗ってるとミスるんだよなー。あ、待てよ。これ着せ替えリッカ人形みたく立体映像にしたほうがいいんじゃね?
思いついてしまったからにはやるしかない。
四時間後。
「お師様お師様、お昼ごはんを持って来たのですが……」
「ああ、うん。あとで食っとくわ」
「……お師様。朝ごはんちゃんと食べましたか?」
「朝ごはん?」
若干低くなったミアの声でふと思い出した。
そういや俺朝飯食ってなかったな。何時間か前にミアが持ってきてくれたやつが作業台の隅っこで放置されている。
「ああすまん、食うの忘れてた。悪いけど新しいのそこに置いといてくれ。そっちは後で食っとくからさ」
「……忘れてた……後で食う……?」
「ん? ミア?」
何やら不穏な響きを持ち始めたミアの声に振り返る。
するとミアは昼食の載ったトレイを持ったまま俯いてぷるぷると震えている。
「……せっかくつくったご飯をほったらかして……後で……?」
「お、おいミア、どうした。何があった? 何かマズいことでも――」
「あああああああああーっ!」
「うおっ! 何だよいきなり!」
いきなり大声を上げた弟子に驚いて俺は椅子に座ったままのけぞった。
「前々から言おうと思っていましたがお師様はだらしなさすぎます! 研究を始めたらご飯も食べない、洗濯物もほったらかし! 大人としてどうかと思います!」
律儀に作業台の端っこに昼食用のトレイを置いてからミアがびしっと指を突き付けてくる。
俺はといえばその剣幕に押されてやや後退気味だ。
な、何だ? どうしたんだ一体?
「ちょ、落ち着け弟子。あれだ、そんなのいつものことだろ?」
「なおさら駄目じゃないですか!」
ぐうの音も出ない。
「だいたいお師様は色々考えがなさすぎます! ご飯を食べなくて倒れでもしたらどうするんですか! いっつもいっつもそんな子供みたいなことして、私がどれだけ心配していることか!」
「……子供!? おいロリ弟子、お前ロリのくせによりによって俺のこと子供っつったか今!」
「ええ言いました! だってそうじゃないですか! 自分のこと自分でできないのは子供って言うんです!」
こ、この銀髪ロリ……! 言うに事欠いて保護者である俺のことを子供扱いとは言ってくれるじゃねーか……!
「まったく、お師様は確かに魔法陣に関しては天才中の天才ですが他がダメダメです。私がいないとご飯も作らないんですからどうやって今まで暮らしていたわかりませ――」
「言いたい放題言ってくれるじゃねーかこの銀髪ロリがああああ!」
「ひうっ!?」
叫んだ俺にミアがびくりと肩を震わせる。
今度は俺が逆に相手に指をつきつけた。
「こんにゃろ、こっちが黙ってりゃあ好き勝手言いやがって! 誰が子供だこの銀髪ロリ! だいたいお前がうちに来るまで何年一人で暮らしてたと思ってんだ! 俺の自活能力なめんじゃねーぞ!」
「む、昔のことなんて知りません! 大事なのは今のことです!」
「うっせーな、今の俺見ろよ! めっちゃ健康体だろーが! てめーに心配される必要なんざどこにもねーんだよ!」
「なっ……! 心配してる相手になんてことを言うんですか!?」
「はっ、飯作るのも心配してもらうのも頼んだ覚えはねーっつんだよ!」
「――!」
この一言が契機だった。
それまで騒いでいたミアがぴたりと黙り込む。
俺はといえば振り上げた拳をどうしていいかわからないような感覚とともに口をつぐむしかない。
「なら……なら……」
ミアはしばらくうつむいたまま肩を震わせていたが――
直後。
「ならもういいです! お師様がそう言うなら、私は出て行かせてもらいます!」
勢いよく顔を上げ、鼻声でそう啖呵を切るなりだんだんだんと足音を立てて部屋を出て行き、バタァン! と景気よく扉が閉まる。
その後扉の向こうから、具体的にはミアの私室があるあたりからがしゃばたどたん! と派手な物音がして、十秒と経たないうちにぱんぱんに膨らんだ背嚢を背負ったミアが再び俺の部屋の扉を開け放った。
「もういいです! 私は出て行かせてもらいます! 止めるなら今ですよ、私は本気です!」
「そのセリフ二回目だな」
「さよならっ!」
スパァン!
扉が閉まった。
閉まった扉の奥から、まるで重い荷物を背負った幼女がバランスを崩して転んだような音がしてきたが、その後家のドアをぴしゃりと閉める音が響いてきた。どうやらあの弟子は本当に出て行ったらしい。
……知ったこっちゃねえや。あの居候ロリは最近日に日に俺を見る目がダメ人間に対するものに変わりつつあったしな。一回出て行って保護者(※俺)という存在のありがたさをかみしめて戻ってくるがいい。
むしろせいせいしたぜ。これで心置きなく研究に没頭できるってもんだ。
『……(ぺしっ)』
なぜかふーさんが俺の頭を尻尾で軽く叩いてきた。解せない。
抗議の視線を向けるとふんっと呆れたような鼻息を吐き出している。何なんだよ。
「けどアレだな。騒いだら腹減ってきたな」
冷静に考えたら昨日の夜……あれ、いや、昼だっけ。だいぶ長いこと何も口に入れていなかったような気がする。
そんな俺の目の前には温かい湯気を立てる昼食(※ミア作)と冷え切った朝飯(※ミア作)。
……うん。食い物に罪はないよな。
「……イタダキマス」
やや複雑な気分のまま、冷え切った朝食をもっさもっさと口に入れる。
メニューは野菜多めのサンドイッチと紅茶、ベーコンと目玉焼き。あと多分うちの菜園でできたリンゴを切ったもの。
「…………ふーむ」
サンドイッチを咀嚼しながら、俺はその味に唸っていた。
ふと俺はミアがうちに来たばかりの頃を思い出す。
――ミアがうちに来たのは三か月前のことだ。
あの時も確かリッカの依頼を受けていて、俺は違法人身売買組織『デリンジャー』を追っていた。
その際アジトに乗り込んで盗賊団を壊滅させ、成り行きでその場にいた一人を弟子入りさせることになった。それがミアだ。
ミアはそいつらに捕まっていた人たちの中でも一人だけ飛びぬけて『綺麗』だった。
生まれつきの見てくれの話じゃない。指や爪、顔、髪なんかがだ。
水仕事で荒れたことのないような傷一つない手。邪気に触れたことのないような顔つき、丁寧に整えられた髪。
この世界でそんな状態の体を保っていられるのは貴族と相場が決まっている。
ミアは今もって自分の出自を明かしていないが、まあ間違いなくあの銀髪ロリは貴族の令嬢だろう。
そんなやつがどうして誘拐犯にさらわれていたのか、どうして帰りたいと言い出さないのか。わからないことは色々あるが、少なくともやつは弟子入りした直後、貴族令嬢の箱入り娘としか見えないような失敗を繰り返した。
米を研ぐのに砥石を使う。
野菜を洗うのに練り石鹸を持ちだす。
砂糖と塩を間違える。
料理に関しちゃあそりゃもう酷いもんだった。
そんな元お嬢様も、三か月毎日やってれば見違えるもんだ。今皿に乗っている目玉焼きが百日前までは消し炭と区別つかない暗黒物質だったなんて、今じゃもう信じられないな。
そんなことをぼんやりと考えながら朝食を食べつくし、やや温くなったリンゴ的な果物をかじる。ふーさんは途中から俺の食事風景を観察するのに飽きたらしく、作業台のど真ん中で感応紙の束を寝藁代わりにして昼寝中だ。……ヨダレ垂らすとかやめてくれよ?
と、そんなことを考えていた時だ。
ばんばん。
何かを叩くような音がした。
「ん? 何だこの音」
最初何かわからなくてきょろきょろしていた俺だったが、それが癇に障ったようにその音がだんだん強くなっていく。まさかもうミアが帰ってきたか、早すぎだろなどと考える俺はようやく音源がどこか察した。
窓だ。俺の部屋の窓になんか張り付いている。
何だあれ。……猫?
魚をくわえた黄色っぽい毛並みの猫が窓をめっちゃ叩いてる。徹夜の悪影響かと思ったが、目をこすってもその光景は消えない。騒音のせいでうたた寝をしていたふーさんがぱちりと目を覚ましている。
いい加減うるさくなってきたが、どうもあの猫、『開けろ、入れろ』と言ってる気がしてならない。
開けてみた。
『にゃっ!』
ぼとり、と窓枠にへばりついていた猫が落ちてくる。『ぼとり』っつーか『びちゃり』だな。何で濡れてんのこの猫。くわえていたでかい魚と合わせて気になる。
「ん? 何かこの猫どこかで――」
言い終わるよりも異変が起きる方が早かった。
目の前の子猫が淡く光り出し、その姿を徐々に変え始める。
数秒後、そこにいたのは金髪、褐色、ネコミミと特徴的過ぎる外見の少女だった。
その元・子猫のネコミミ少女は力強く拳を握りしめ、躊躇いなくその整った顔面を俺の鼻先まで近づけてきた。
そして至近距離で口を開いて。
「あたしを弟子にしてくれ! 頼む、この通りっ!」
「話の前にまず服を着ろバカ!」
会って早々ぶっ飛んだ話をしてくるリッカの弟子、カレンに俺は極めて常識的な突っ込みを入れた。
次回更新は明日です。
明日……だと思います。
明日だといいなと思います。




