最近、弟子の様子がちょっとおかしいんだが➂
×××
「つまり、ふーさんの姿が塀の外から見えなければいいわけですよね?」
「まあ、そうだな」
ミアの言葉に俺はひとまず頷いた。
もし仮にこの風竜をうちで匿うとするなら、もっとも障害になるのはそこだろう。
塀の向こうから地竜が風竜――すでに『ふーさん』と名付けられているらしいが――を発見するような事態になればまた喧嘩の延長戦が勃発すること請け合いだ。そんな面倒事はご免こうむる。
そんな俺の思考を読んだように弟子が続けた。
「なら簡単です。ふーさん用の家を作ってあげればいいんです」
「家?」
「はい。そうすればふーさんのことが見えなくなって地竜にも見つからなくなります」
なるほど、一理ある。
風竜専用の居住空間を作り、そこに風竜を隠す。そうすれば確かに地竜に発見されるリスクは抑えられるだろう。
……飼っていいとも言っていないのに話が進んでいる気がするが、まあいいだろう。話くらいは聞いてやるさ。
「けど、そんなもんどうやって建てるんだ? まさか俺に建築用の魔法陣を新しく作れなんて言わないだろうな」
俺たちが現在住んでいる建物は俺が魔法陣で製作したものだ。やれと言われてできないこともないが、そこまで世話を焼いてやるつもりもない。
「もちろんです。こんなこともあろうかと、私が先に作っておきました」
そう言って弟子が懐から取り出したのは建築用の魔方陣が刻まれた感応紙。
ほう、なかなか準備がいいじゃないか。
建築用の魔法陣は建物の材質によって組み方が変わる。さらに、造りたい建物の形、組み立ての手順を正確に術式のプログラムに組み込まないとまともに成功しない。
なかなか厄介な術式ではあるのだが、こいつはいつの間にそんなものを習得していたのだろう。不覚にも少し感心してしまった。
「では、行きますよ! 【ハウスメイク】!」
ミアがの声とともに魔力を受けとった感応紙が光り輝く。
俺は目を見開いた。
出現した建物は、上下左右を木製の板に囲まれ、外からは中に何が入っているのか見えない構造になっていた。
木製とはいえちょっとのダメージじゃ壊れないような頑丈そうな造りにも見える。
また、中には風竜が好むと言われいるわらをしいた寝床まで完備されていた。
完璧だ。風竜のすみかとして完璧なものがそこにはあった。
――犬小屋サイズであることを除けば。
「どうですかお師様! これなら地竜に見つかる心配もありませんよ!」
「こんなちっせー小屋で何をするつもりだてめーは!」
小さい。小さすぎる。これじゃあ風竜の全身どころか頭部くらいしか入らないだろう。
一体こいつは何がしたいんだ。なぜちょっとドヤ顔なんだ。俺の感心を返してほしい。
「キュー♪」
「ほら見てくださいお師様! ふーさんも喜んでますよ!」
「知らねーよ! もう好きにしろよ、めんどくせーよお前ら!」
頭突っ込んで風竜が楽しげに鳴いている。なんだこのシュールな光景は。夢でも見ているかのような気分だ。
というかミアがいくら抜けたことろがあると言ってもこれは行き過ぎだろう。バカ弟子と呼ぶに値する天然だったとはいえ、ここまで致命的なバカじゃなかったはずなんだが……
「あのあの、お師様。私は何か間違っていたでしょうか?」
「ああ。大いに間違っているな」
俺は目の前の光景が白昼夢である可能性すら考慮に入れつつある。
「それではどうしたらいいでしょう?」
「どうしたらって……そんなもん決まってんだろ。風竜とその小屋の外観を見比べてみろよ。その小屋は風竜にはふさわしくないだろう?」
「なるほど、風竜にふさわしく……わかりました、やってみます!」
と、ミアは取り出したまっさらな感応紙に新しい術式を書きはじめる。
……どうでもいいが、こいつフリーハンドで魔法陣書けるんだよな。優秀なのかそうじゃないのか判断に困るところだ。
「できましたっ!」
しかも早いし。
「今度こそお師様を納得させてみせますよ! 【ハウスメイク】!」
数分後、弟子が新たに作り出した『ふーさんの家』。
屋根の部分には両側に突き出すように翼の模型が取り付けられ、入り口の真上には木彫りの風竜の頭が設置されている。
「つまり、こういうことですよね?」
「いや……俺の言いたかったこととはだいぶかけ離れているんだが……」
いったい誰が小屋の外観について言及したというのだろう。
どうしてこうなった。サイズは犬小屋のままで小屋の見た目が竜に近づいている。
そしてまたふーさんは嬉しそうに鳴いている。お前はいいのかそれで。
「また違いましたか……いったいどうすればいいのでしょう……」
「いや、わかるだろ。これはどう考えてもおかしいだろ。ほら、基本に立ちかえっていろいろと考え直せよ」
具体的には設計のあたりから。
ミアははっと気づいたように、
「そうでした! 私は大切なことを見落としていました!」
「お、ようやく気づいたか。そうだな。根本的にサイズがおかしいと」
「入り口のところに『ふーさんの家』って書くのを忘れていました!」
「サイズを直せっつってんだよ!」
わざとか? もしかしてこいつはわざと俺をおちょくっているのか?そう錯覚するくらい話がかみ合わない。
「私にはお師様の言いたいことはよくわかりません……」
俺にはお前が何をしたいのかもよくわからない。
しばらく一人で唸っていたミアだったが、ふと顔を上げ、俺のほうを向いて質問してきた。
「では、お師様の考える竜に適した棲みかというのはどういうものなんですか?」
竜に適した棲みか。俺は今までの経験をもとに、漠然としたイメージを思い描いていく。
「あん? そりゃあ、まず広い空間がいるよな」
「はい」
「で、周りに迷惑をかけないような洞窟なんかで――」
「洞窟なんかで……?」
そうだ。俺が魔王討伐の旅の途中で見たドラゴンのことを思い出せばいいんだ。
それを、今目の前にいる風竜にも当てはめればいい。
そう、あの竜は確か洞窟の奥の広いスペースで――
「――強制的に眠りにつかせる魔法で半永久的に封印を」
「撤退! 一時撤退ですふーさん! ここは危険です!」
「キュー!」
あ、逃げた。ミアが風竜によじのぼるなり、風竜は力強く羽ばたいて空へと飛び去って行った。
どうやらあの風竜、地竜にやられたケガは残っているようだが、子供一人乗せて飛ぶことができるくらいには回復しているようだ。
ならどっか他のところに移動して新しい棲みかを探せばいいのに、と思わなくもないが、なんかミアと仲良さげだったしなあ……
と、ここで通信用の魔方陣に着信が入った。
今のところこれは着信が入ると振動し、自動で発動するように術式を組んであるんだが、ゆくゆくは地球のアニソンとかが鳴るようにしてみたい。
……待てよ。歌とか着信萌えボイスを組み込んだ通信用の魔方陣を作ったら売れないかな。売れなさそうだな。
そんなどうでもいいことを考えていたら通信相手の声が聞こえてきた。
『シグレ、今いいかしら?』
意外なことに俺に連絡を寄越してきたのはリッカだった。
「何か用か?」
『ええ。例の魔法素材なんだけど、手違いがあって少し到着が遅れそうなのよね……もしすぐに必要なら、手間かけて悪いんだけど現地まで取りに行ってもらえないかしら?』
ふむ、こいつがこういうミスをするのは珍しいな。
まあいいか。それくらいたいした手間でもない。
「別にいいぞ。ただ、条件がある」
『何かしら。ああ、転移用の魔法陣はもちろんこっちが持つわよ』
「いや、違う。この間お前がうちに来て以降、バカ弟子がやたらと『次リッカ様とカレンちゃんが来るのはいつですか? いつですか?』って聞いてきてうるさいからな。暇ができたらまた相手してやってほしい」
どうもこの間リッカたちが遊びに来たのがよっぽど嬉しかったらしい。
『それなら大丈夫。うちの弟子も似たような感じになってるし、今やってる仕事が片付いたらお邪魔させてもらうわね』
交渉成立。
それじゃあ今から魔法素材の受け取りに行ってくるかと考える俺の耳に、どこか面白がるようなリッカの声が聞こえてきた。
『っていうか前から思ってたんだけど、シグレって実は結構ミアちゃんに甘い――』
「……(プツッ)」
通話切断。今のは聞かなかったことにしよう。
さて、風竜を連れてどこぞに逃げていったミアもしばらく戻ってこないだろうし、俺はいまのうちにささっと魔法素材の受け取りにでも行ってくるとするか。
××
『うう、説得に失敗してしまいました……』
『キュー?』
『あ、だ、大丈夫ですよふーさん。お師様ならなんとか私が説得してみせます。心配しないでください』
『キュアッ』
『へ? そういうことじゃない? あの、どうしたのですか? 何か様子が変――』
『キュアァッ!』
『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァッ!!』
『――地竜っ!?』
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次回更新は一時間後です。




