『研究狂いの薬物王女』
×××
腹の膨れたカレンが猫の姿に戻り、ミアに抱かれたまま昼寝し始めた。
ミアが爆睡中のカレンに夢中なので、昼食の片づけを済ませたあと、俺とリッカはティーカップ片手にくつろいでいる。
「そういえば、この間は助かったわ。あんたが出張ったおかげでラドルク樹林のモンスター発生は収まったみたい」
「ああ、そんなこともあったな」
リッカが言っているのは一週間前にこいつに頼まれた一件のことだろう。
あの日はそのあとにあった家出王女との遭遇とか、バカ弟子の迷子とか色々あったせいですっかり忘れていた。
火熊のせいで貴重な魔法植物が多く自生する森が焼けてしまっていたが、リッカいわくすでに魔法で以前の状態に近いところまで復元されているそうだ。
「そっちはどうだ? 家出王女の手がかりくらい掴めたのか?」
「全然。目撃証言があったっていうからすぐに片付くかと思ったんだけど、王国東の山中に入ったあたりで痕跡が途絶えてね。アリシア様の存命を教えてくれる魔法の石がなかったら、今頃城中パニックよ」
参った、とばかりにリッカがため息を吐いた。
今更だが、リッカが王族に対して丁寧な呼び方をするのは、今のリッカの立場が国王の部下だからだ。 別に誰も見ていないところくらいそこまで畏まらなくてもいいと思うが、生真面目なやつである。
さて、リッカの言葉に俺は違和感があった。
「なあ、その目撃証言って確かなのか?」
「ええ。アリシア様とも面識のある衛兵の話だから間違いないわ」
「ふーむ」
おかしい。
俺は魔法都市で、実際にアリシアと会っている。
魔法都市は王都の真北。どうやっても東に行く、なんて証言は出ないはずなんだが。
一度東に行ってから北に向かった、ということはありえない。先週の段階でリッカは『王女が脱走してから二週間』と言っていた。別の場所を経由したうえで、たった二週間の間に王都からシャレアまで行くことはかなり難しい。
考えられることは二つ。
衛兵が嘘の証言をしているか、もしくは――東に向かった王女が、そこで何者かに遭遇し、シャレアまで連れて来てもらった、という可能性。
俺と会った時、アリシアはこう言っていた。
連れ合いとはぐれた、と。
しかし、そもそも脱走したアリシアが誰か連れていたというのに違和感がある。
「アリシアは一人で脱走したのか?」
「ええ。従者も騎士も全員揃ってるから、誰かと一緒というのは考えにくいわ」
いちおうリッカに確認したが、予想通りの答えが返ってきた。
となると、ほぼ確定だ。アリシアが言っていた『連れ合い』は知人ではなく脱走したあとに会った第三者であり、何らかの理由でアリシアに協力している。
問題は、どんな理由でアリシアに協力しているかだが――
「随分真面目に考えるのね」
リッカがぽつりと言った。
「ん? まあ何となくな」
リッカには俺がアリシアと会ったことを報告していない。勘ぐられてアリシアの居所がバレて、あいつが今取り組んでいるという研究を中止させても悪いので、適当に誤魔化しておく。
「私は、もう探さなくてもいいんじゃないかと思い始めているわ」
そう言ったリッカの口調は、どこか沈んだ様子だった。
俺がふと目を向けると、リッカの視線は冷めつつある紅茶の継がれたティーカップに落とされている。
「あんたはアリシア様と会ったことはある?」
「……いや、ない」
ということにしておく。
「そう。会っていたら意外と気が合っていたかもしれないわね」
「私も直接会ったことはないんだけど」と前置きしてからリッカは話し出した。
「第二王女――アリシア様はあまりお顔を知られていないわ。人前に出るのが嫌い、というよりも関心がないんでしょうね。政務にはかかわらず、国民の暮らしぶりには興味を示さず、ずっと私室で魔法薬の研究、実験に明け暮れている。研究に熱中するあまり食事や睡眠を忘れることもあるみたいね。噂によると、アリシア様は御年十四にも関わらず、城に招いた学士たちを蹴散らすような論文を書かれたそうよ」
本人からも聞いた話だ。
だが、リッカは俺の知らない話をもたらした。
「アリシア様は政務に関わらず、研究に没頭してばかりいる。よく魔法薬の材料を求めて城を抜け出して一人で王都をうろつくこともあったみたいね。友人もおらず、夜会にも出席なさらない。そんな彼女を、周囲の貴族たちは陰でこう呼んでいるわ。『研究狂いの薬物王女』」
「……研究狂いの、薬物王女」
貴族は人脈を重んじて、政治を本懐とする。王族となればなおさら。
それらにまったく興味を示さないというアリシアの態度は、周囲からはきわめて特異に見えたのだろう。
アリシアは俺と出会った時、『為政者の仕事に嫌気がさした』と言っていた。
あいつは研究さえできればいいらしい。あいつが権力者の椅子に座っていたところで、本人を含めて誰も喜ばない。
なら――
「だから、私はアリシア様がこのまま戻らないならそれでもいいと思うわ。あの方にとって王女としての立場は何の価値もないものでしょうし」
リッカの言ったことも、その通りかもしれない。
×××
「今日は楽しかったわ」
「はいっ! リッカ様と一緒に料理ができて私もとても楽しかったです!」
「あたしもシグレと遊べてすっげー楽しかったぜ! またやろうな!」
「絶対に嫌だ。っつーか呼び捨てかコラ」
ミアとリッカが微笑ましいやり取りをしている横で、俺はいきなり呼び捨てにしてきた無礼な金髪褐色ネコミミ娘の額を指でぐりぐりと押す。
罰のつもりだったのだが、カレンの方はきゃーきゃー言って楽しそうだ。子供め。
「それじゃ、私たちはもう行くわ。ラドルク樹林のモンスターを討伐してくれたお礼はきちんと手配しておくわね」
「おう。よろしく」
「じゃーなミア! またな!」
「はい。さよならです、カレンちゃん」
年少組も何やら仲良さげな感じだ。ま、ミアには同年代の友人もいないし丁度よかったのかもしれない。
リッカとカレンの二人の後ろ姿が消えていくのを眺めていたミアが、ちらりと俺の方を向いてきた。
「……次はいつ来てくれるでしょうか?」
「さあな」
俺に聞くなっつーの。
「今日は素敵な日でした。カレンちゃんっていうお友達もできましたし、リッカ様にお料理を教えていただきましたし、お師様が料理を褒めてくれました」
歌うようにそんなことを言っている。先の二つはともかく、最後のはそこまで価値のあることではないだろうに。
「ああもう、わかったわかった。とりあえず使ったキッチンの掃除でもして来い。もちろん魔法陣でな」
「はいっ!」
何となく言及したくなかったので早々に追っ払うことにした。
ミアが見送りに出ていた庭の出口から家の玄関まで勢いよく走っていく。
……まあ、確かに今日はいつもより面白かった、かもしれないな。研究ばかりしてても日々がマンネリ化してくるし、適度な刺激は重要だ。そういった意味では今日という日はなかなかよかったと言え――
がっしゃん。
「ああああ! お師様すみませんすみません! 転んだ拍子にお師様が大切に育てていたマンドラゴラの鉢植えが!」
「よーしそこ動くなよバカ弟子! 無重力にして月まで飛ばしてやる!」
うちの弟子はお約束に忠実過ぎると思う。
一日十五回更新チャレンジ達成率 → (10/15)
終わりが見えてきました。次回更新は一時間後です。




