ブレイクタイム
×××
酸欠で死ぬかと思った。
「やー、ひょろっちい見た目の割にすげーな兄ちゃん! まさか最後まで逃げ切られるとは思わなかったぜ」
「げほっ……ああ、まあ、あれくらいは当然ぜひゅー……」
もう一言話すだけで咳き込むレベルだ。くそ、魔法陣の研究に明け暮れる引きこもりライフの悪影響がモロに出ている。
何とか平気なふうを装っているだけの俺に比べてカレンはまだまだ元気そうだ。
というか、あれから小一時間追っ掛けっこを続けたのに息一つ切れていないのは理解できない。永久機関でも搭載されているのかこの猫娘。
「お二人とも、せっかくなのでさっぱりしていきましょう。そこに立ってください」
こんなことを言っているのは、ついさっき『お昼の準備ができましたよー』の一言で俺たちのエンドレス追いかけっこに終止符を打ってくれたミアだ。
どうやらリッカと一緒になって料理をしていたようで、普段着の上からピンク色のエプロンを着用している。
こいつは最初は対決中の俺とカレンを不安げに見ていたが、今ではやんちゃな弟二人を見守る姉のような微笑ましげな表情になっていた。
こいつの目には俺とカレンの勝負が楽しいじゃれあいに見えたようだ。
俺が抱えっぱなしだったマンドラゴラを落とさないようにどれだけ必死だったと思ってんだ。
ミアに言われるがまま、庭の一角に並んで立つ俺とカレン。
その目の前でミアが懐から二枚の感応紙を取り出し、魔法陣の術式を起動する。
「【ウォッシュ】それと【ドライ】」
「にゃっ」
俺は慣れているので何とも思わないが、隣では洗浄魔法【ウォッシュ】をいきなりぶっかけられたカレンが驚いたように猫っぽい声を上げている。
【ウォッシュ】は簡単にいえば洗浄効果のある水で対象を覆い、汗や汚れなんかを洗い落とす魔法だ。
発動時間が短いので溺れることもない。すぐに体を覆っていた魔法の水が消えて目を白黒させているカレンは薄手の服が張り付いて、ロリコン大歓喜の格好になっていたが、間髪入れずに使われた乾燥魔法【ドライ】のおかげですぐに濡れた髪や服なんかが乾いていく。
ここまで二十秒くらい。
ふむ、なかなか魔法陣の発動が早くなってきているな。毎日雑用を魔法陣でやらせている甲斐があったか。
「ミアすっげー! 何だ今の!」
「えへへ。洗浄魔法の【ウォッシュ】と乾燥魔法の【ドライ】です。さっぱりしましたか?」
「ああ、全然汗のニオイがしねーんだ。こんなの初めてだぜ」
どうやらカレンも気に入ったらしい。
ちなみにこの二人、初顔合わせの時点ですでに意気投合していたりする。
カレンはミアと同い年の十二歳で、お互い人懐こい性格が共通している。仲良くなるのも頷ける。
わんわんにゃーにゃーとしゃべっている犬猫娘のあとをついて自宅に入る。
扉を開けた段階ですでにいい匂いがしていた。鼻の利く獣人であるカレンがすでにそわそわしている。
で、居間に入ると――
「わあっ!」
食卓にこれでもかというくらい並べられた料理の数々を見て、カレンが歓声を上げていた。
テーブルのど真ん中にはサンドイッチが積まれた大皿が鎮座し、そばにはグラタン、野菜主体のスープ、サラダなどの品が置かれている。とどめとばかりにキッチンにいたリッカが人数分のハンバーグが載せられた皿を器用に運んできた。
「あら? 早かったわね」
「ああ、まあな。……つーか作りすぎだろこれ」
「仕方ないじゃない。ミアちゃんと一緒だったから、つい気合いが入っちゃったのよ」
自前らしい紺色のエプロンをつけたリッカが拗ねたように唇を尖らせた。
「お前本当ミアのこと好きだよな、っと」
俺はその返答に肩をすくめてから、リッカの持っている四つの皿のうち二つをひょいと持ち上げる。
「シグレ……」
「何だよ。言っとくが、皿が落とされたらかなわんから手を貸しただけーー」
「あんたが紳士的だと気持ち悪いわ」
「ぶっ飛ばすぞ」
そんな心暖まるやり取りをしつつ、ハンバーグの載った皿をテーブルに並べていく。
持ってて気づいた。これめっちゃいい匂いする。カレンが目を輝かせているのも無理はない。
「凄かったんですよお師様! リッカ様はものすごく料理がお上手だったんです! 野菜の下ごしらえの早さなんてもう一瞬だったんですよ、わたしはいっつも時間がかかるのに!」
俺と同じく食卓の準備をしているミアが感激したように言ってきた。
今更だが、ミアの言っているようにリッカは料理がうまい。これは元の世界での経験によるものらしいが、多少勝手が違うらしいこっちの食材でもこいつは普通に調理できる。魔王討伐パーティーの食事担当はリッカだったのだ。
「ああ、知ってるとも。リッカは剣を振り回すだけが能のゴリラじゃない。料理もできるゴリラなんだ」
ゴッ
「あら、それを言うならミアちゃんの手際もよかったわよ。毎日頑張ってるのね」
「は、はいっ! ありがとうございます!」
リッカが俺には絶対向けないような優しい笑みでミアを労っている。ふむ、昼食担当の二人は昼飯作りで仲を深めたらしい。ミアもリッカに褒められて嬉しそうだ。
……ところで、冗談を言っただけの俺を壁にめり込むほど殴る必要はあったのかと犯人であるリッカに問いたい。
すでに机についていたカレンがいい加減我慢しきれなさそうだったので、さっさと準備を整えて食事に取り掛かることにした。
「うまー!」
カレンが躊躇いゼロでハンバーグにフォークを入れてほおばるなり歓声を上げた。
ネコ科の獣人だけあって肉好きなのか。まだハンバーグはまだ熱そうなんだが、猫舌ではないらしい。
死ぬほどうまそうに肉の塊をばくばく食べていくカレンに触発されて俺もハンバーグに手を付けてみる。一口サイズに箸で切り分け――こっちの世界に来てからはナイフとフォークばかりだったのだが自宅に限り俺は自作した箸を使っている――口に運ぶ。
隣の席のミアがそわそわしながら俺のほうを見ていた。凝視されることに若干居心地の悪さを感じつつ咀嚼していく。
「あ。うまい」
俺が言うと、隣の席のミアが嬉しそうにぱあっと笑顔を浮かべた。
「ほ、本当ですか?」
「ああ。これキロ単価四万メリルは下らないって言われるミルト牛の粗びき肉使ってんだろ? この肉の柔らかさ、弾力、そして破壊力のある旨みは他では出せねーだろうな。いい肉だ」
「お肉の話ですか!? それはそうですけど、私が言ってほしかったのと微妙に方向性が違います!」
何やら喚いているミアを放置して久々の高級肉に舌鼓を打つ。
昼からハンバーグは重すぎだろうと思ったんだが、ソースに柑橘系の爽やかな風味がある。地球で言うとすだちに近い感じだろうか。醤油ベースということもあり、ボリュームの割にさっぱりした味だ。
おかげで運動の後にも関わらず美味しく高級肉を味わうことができている。
ミルト牛なんて高級食材、うちの保冷庫(保冷の魔法陣を刻んだ木箱。自作)にはなかったはずだし、おそらくこれはリッカの手土産だろうな。ありがたい話だ。
「普通に褒めてあげればいいのに。どこまでひねくれているのかしら、この男は」
「うるせーなあ。お前が作るとどれも美味くなっちまうからコメントしづらいんだよ」
「あら、それは光栄ね」
リッカが俺の言葉にしれっとうそぶいている。
リッカの料理の腕についてだが、ぶっちゃけ家庭料理の枠を大きく超えている。さすがに王族の食事を作る宮廷料理人と腕を競うのは無理だろうが、そのへんの食事処ならあっさり看板を奪えるレベルだ。
一度貴族の晩餐会か何かに招待された際、こいつが厨房に混ざって作った料理が来賓の貴族たちに絶賛されたほどである。
旅が終わって今の仕事に就いてからも、たまにリッカはうちに料理を作りに来ている。
それは俺の世話を焼くという意味合いではなく、単に俺が作った調理用のマジックアイテムたちが満載の高性能キッチンが目当てらしいが、こいつがその目的で来ると俺もうまい飯が食えるので特に気にしていない。
「ところでシグレ、そっちのスープはどうだった?」
「ん? いや、まだ飲んでねーけど……」
わざわざ聞いてきたってことは何か仕掛けでもあるのか?
スープは野菜たっぷりミネストローネ。パッと見材料はにんじん、玉ねぎ、アスパラ、トマトあたりだろうか。
やや深めの皿に入れられたスープを日本人らしく盃みたいにして飲んでいく。
味はといえば野菜の風味を生かした素朴な味付けだが、食っていると落ち着く。破壊力のあるハンバーグとも相性がいい。
どうも覚えのある味なのは、おそらくうちの菜園で育てた野菜で作っているからだろう。
「ああ、うん。いけるいける」
「だってさ。よかったわね」
「はいっ!」
あ、ハメられた。
どうもこれはリッカではなくミアが作ったものらしい。なるほど、どうりで知っている味だと思った。 くそ、なぜ咄嗟に気付けなかった俺よ。
「よかったわね、料理のうまい子が弟子に来てくれて」
「てめーなぁ……」
ニヤニヤしているリッカが妙に腹立たしい。
何だか無性にむしゃくしゃしたのでそのままスープを飲み干してからやけ食いっぽくハンバーグをがっつく。
そんなことをしていると、不意にリッカが隣に座るカレンの頭をぽんぽんと叩いた。
「……ところでカレン。皿にニンジンが残っているようだけど、それはあとできちんと食べるのよね?」
「……もっ、もちろんそのつもり、だぜ?」
見れば、さっきまで物凄い勢いでハンバーグやサンドイッチをがっついていたカレンの皿に野菜が残っていることに気が付いた。
ハンバーグの付け合わせであるにんじんやブロッコリー、サラダやスープにいたってはほとんど減っていない。さすが肉食獣。
いちおう注釈しておくが、獣人は獣の特徴を有してこそいるがその本質は獣ではなく人だ。
肉食獣がベースになっていようが、野菜や炭水化物などもバランスよく摂らないと普通に体に悪い。
「ったく、あんたは好き嫌いを直したほうがいいわ。そうしないと大きくならないわよ?」
「うぐっ……」
リッカに言われてカレンがひるむ。
カレンの視線がリッカの大きな胸に注がれていたのはあえて突っ込まないでおこうと思う。
世の中には深入りしないほうがいいこともある。
「け、けど嫌いなもんは嫌いなんだから仕方ないだろ!」
「……嫌いなんですか?」
「へ? ミア?」
と、ここでカレンの向かいに座るミアがぽつりと口をはさんだ。
驚いたようにそっちを見るカレンに、ミアはうつむいたまま、
「……カレンちゃんは、野菜は好きじゃないんですか?」
「まあ……ぶっちゃけ嫌いだけどさ」
「その野菜、私が毎日頑張ってお世話して作ったんです。毎日早起きして、水やりして」
と、ここでミアはちらと上目遣いで正面に座るカレンを見た。
「……がんばって育てたので、食べてほしいです」
「ぐっ!」
おお、これは効果抜群。いじらしいミアの仕草と台詞にカレンの罪悪感が刺激されている。
「落ち着きなさいカレン。とりあえずにんじんは私が食べるわ」
「お前が落ち着けバカ」
効果が強すぎてリッカまで壊れている。
「わっ……わかったよ! 食うよ! 食えばいいんだろ!」
カレンがやけっぱちになったように皿に残っていたにんじんやブロッコリーを平らげていく。やや涙目なのは気のせいではあるまい。
サラダやスープも全部食い切り、カレンは勢いよく言った。
「ごちそうさまっ!」
「はい、お粗末様です。美味しくありませんでしたか?」
「……んー、スープはうまかったかな」
「よかったです」
バツが悪そうに笑うカレンの前で、ミアがにこにこと微笑んでいる。
「ミアちゃんって凄いわね。カレン、普段ならどれだけ罰を与えても野菜を食べようなんてしないのに」
「ガキそのものだな」
「あら」
俺がハンバーグの最後の一切れを口に放り混んでもぐもぐやっていると、いきなりリッカが俺の方に手を伸ばしてきた。
そして剣士にしては細く、白い指で俺の口元をなぞる。
「っ……な、なんだよ」
意表を突かれてのけぞる俺の前で、リッカはいたずらっぽい笑みを浮かべたまま俺の口元に触れた人差し指を突きつけてきた。
そこには俺の口についていたらしき少量のソースが付着している。
「子供なのはあんたも同じでしょ?」
「……ほっとけ」
してやったり、と言わんばかりのリッカの台詞が腹立たしい。
くそ、口にソースが跳ねてたのに気づかないとは……。
そんな感じで、昼食の時間は過ぎていった。
一日十五回更新チャレンジ達成率 → (9/15)
次回更新は一時間後です。




