立ち合い・疑似鬼ごっこ(後編)
×××
「うりゃっ!」
ほっと。
「ていっ!」
ひょいっ。
「でやっ!」
おーおーあぶねーあぶねー。
「だーもうちくしょう! 当たんねえー!」
「何言ってんだ、もう少しで当たりそうじゃないか。ほーら頑張れ頑張れ」
「うぜえええええええ!」
俺の足元から五メートルほど下にある地上からカレンが絶叫を上げている。
手合わせ開始から十分が経過し、カレンもそろそろ跳び上がってくるのに疲れたのか石を投げて俺を撃墜する作戦に宗旨替えしたらしい。
投石も当たれば相当な威力だろうが、そもそも投球モーションが丸見えなので当たりようがない。俺を撃ち落したいなら伝説クラスの砲台でも持って来ないと。
「つーか汚ねーぞ兄ちゃん! 男ならきっちり正面から相手しろっつーの!」
「やーだよ、疲れるだろ。悔しかったらここまで上って来るんだな」
「こんちくしょー!」
また石が飛んできたのでひょいと避ける。
最初は楽しそうにしていたカレンだったが、いくら運動神経のいいあいつでも宙に浮いてる人間に触れるのは容易ではないらしく半ギレである。
「べろべろー」
「っだあぁぁあ! 降りて来たら覚えてろよ兄ちゃん!」
ちょくちょく変顔で煽っているのも原因の一つかもしれないが。
俺の足場を作っている魔法陣は今も俺の魔力を吸い続けているのだが、俺の魔力量はまだまだ有り余っている。チート万歳。あと一週間だってここに立っていられる。
って、そういや制限時間っていつまでだ?
よくよく思い返してみれば聞き忘れていた気がする。
リッカに聞こうと俺はやつの姿を探し、そして見つけた時、ミアを連れたリッカは手に変なものを抱えていた。
「……何持ってんだあいつ。マンドラゴラの鉢植えか……?」
屋外に置いてあるマンドラゴラは、家出王女からもらった魔法薬を使った観察中のやつだけだ。あいつはあんなもん持ってどうするつもりだ? わからない。わからないが、嫌な予感がしてならない。
リッカはそれを抱えたまま、カレンのそばまで歩いていく。
カレンは石投げを中断、リッカと何か話し出した。
ミアはそのそばで口を出していいかどうか迷うようにわたわたしている。そして今度は空中に突っ立っている俺とリッカの間で視線を右往左往させ始める。
さすがにきな臭くなってきたので、俺は会話中のリッカとカレンに読唇術を試みた。
唇を読むのはあんまり得意じゃないんだが、この距離ならギリギリ何を言っているかわかると――
カレン『師匠、これ何?』
リッカ『あそこで宙に浮いてるバカが可愛がってる魔法植物よ』
カレン『へ? そんなもんをあたしにどうしろってんだ?』
リッカ『やっちゃいなさい』
カレン『あ、そういうことか。おっけー、わかったぜ! せえのっ』
何してくれてんだあいつ!
「待て待て待て待てええああああああああああああ!」
俺はリッカから受け取ったマンドラゴラの鉢植えを地面に叩きつけようとするカレンに向かって全力で接近し、今まさに振り下ろされかけたマンドラゴラの鉢植えを何とか至近距離でキャッチすることに成功する。
ああああ指が痛てえ!
奇跡的に無傷で手に収まったマンドラゴラの鉢植えを抱いたまま悶絶する俺に向けてリッカがにこりと笑った。
「ほらシグレ、後ろ後ろ」
「ああ!? お前ほんと今日という今日はふざけんなよ! お前にはわからねーだろうがこの鉢植えには特殊な薬を使ってあって、これはその薬の貴重なサンプルに」
「やっと降りてきたあああああああーっ!」
「うおわあああああああああああああ!!」
マンドラゴラの鉢植えを抱えたまま転がるように離脱する。一瞬前まで俺のいた場所をカレンの手が通過した。
「むむ、やっぱいい動きすんなー。さっすが師匠の元仲間だぜ」
油断も隙もない。それにしても俺が毎日大切に育てているマンドラゴラを囮に使うなんて非道もいいところだ。俺はきょとんとした顔のまま手を握ったり閉じたりするカレンに注意を払いつつ、這いつくばったままリッカに抗議する。
「おいっ、これアリか! 審判が介入するとか反則もいいところだろう! 何とか言ったらどうだ!?」
「あんたが這いつくばるのを見てると気分がスカッとするわ」
「このゲス野郎!」
こいつのモラルは勝負の審判をする水準に達していないと思う。
などと言い合っていると、またカレンが飛びかかってくる。
鉢植えが重くて回避がギリギリだ。これじゃ【空歩】を使うどころじゃない!
「今度は逃がさねーぜ兄ちゃん! 観念しな!」
「ぐっ……ふざっけんなこの属性過多ロリが! ガキに負けるなんて俺のプライドが許さねーんだよ!」
俺はもう十八歳。この世界じゃとっくに大人扱いだ。子供にそうそう負けるわけにはいかない。
こうなったら徹底抗戦だ。眼前の金髪褐色ネコミミ娘は獣人だけあって足の速さも運動神経も確実に俺の上を行っているが、俺には魔王討伐の旅路での経験がある。こんな子供に遅れを取ってたまるか!
審判という名の特等席で見ているがいい。リッカ、俺がお前の卑怯な策を跳ね返――
「ま、これで大丈夫でしょう。それじゃあミアちゃん、お昼でも作りに行きましょうか」
「へ? で、でもお師様たちがまだ……」
「いいのいいの。それにシグレは運動不足だから、多少は走り回らないと体に悪いわ」
「なるほど。それもそうですね」
「ええそうよ。じゃあシグレ、私たちはお昼作ってるからあとは二人で頑張ってね」
「『頑張ってね』じゃねえええ! てめ、審判としての仕事はどうした! おい!」
勝負の最中に審判が離脱するという事態。あいつには立会人としての自覚が足りなすぎる!
突っ込んではみたがリッカはさっさとミアを連れて家の中に入って行ってしまった。
残されたのは、鉢植えを抱えた俺と、俺に喜々として襲い掛かってくる金髪褐色ネコミミ娘の二人だけ。
「そんじゃ兄ちゃん、覚悟しろよっ!」
「こんのっ……だーくそ! 上等だコラ、かかってこいや!」
結局、昼飯ができたとミアが呼びに来るまで、俺たちはエンドレスに追いかけっこを続けていた。
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