立ち合い・疑似鬼ごっこ
×××
庭まで戻ってくる。
魔法陣の実験用に開けてあるスペースはそれなりの広さがあるので、多少暴れるくらいは問題ない。問題ないんだが、どうして俺はこんなことになっているんだろうな。
「それじゃ、カレン対シグレの手合わせを始めるわ」
突発的模擬戦の進行役は少し離れたところに立っているリッカだ。その横にはミアもいる。
俺は実験スペースの真ん中に突っ立っていて、すぐ目の前では対戦相手、金髪褐色肌のネコミミ娘が準備運動をしている。
「リッカ。ルールは?」
「まあ私たちがいつもやってるやつでいいんじゃない?」
「どんなやつだ?」
「制限時間以内にカレンにタッチされたら負け」
なるほど、わかりやすい。
疑似鬼ごっこみたいな感じか。
「勝負の趣旨が変わっちゃうから、柵を超えて外に行くのはナシ。菜園や家みたいな建物に被害を出すのも反則。それ以外は何でもアリ。こんなところでいい?」
「了解」
「あたしもいいぜー」
俺とカレンが次々と了承の声を上げる。
勢いでここまで来てしまったが、まあいいとしよう。リッカのお眼鏡にかなったこのネコミミがどれくらいやるのか興味がないといえば嘘になる。
となるとまた重力操作で捕まえてタイムアップ狙い、なんてのも大人げないな。
ここは多少手を抜いてやるか。
「バカ弟子、これ持っとけ」
「はい? ――わわっ」
懐に突っ込んでいた感応紙の束を少し離れたところにいるミアに放り投げる。
魔法陣の刻まれた感応紙といえば、戦闘における魔法陣士の命綱。
それを自ら手放すような俺の行為を見て、カレンが眉をひそめる。
「……魔法陣使わねーのか? 何のつもり?」
「あれはハンデだよ。子供相手にあんなもん使えねーしな」
「むっ。後悔してもしらねーぜ?」
不敵に笑う俺に、カレンが気分を害したような声を上げる。
「二人とも、準備はいいわね? それじゃあ――始め」
さて、どんなもんかね。
リッカの合図と、ほぼ同時にカレンが突っ込んできた。
え、早。
十メートルはあったはずの間合いはたったの三歩で消化されてしまった。
「もらったあっ!」
「おっと」
が、反応できないってほどでもない。
俺に触れるべく伸ばされたカレンの右腕を、道を譲るようにして回避する。物凄いスピードでカレンの指が俺のいた場所を素通りしていく。
「まだまだ!」
ぎゃり、と足元から摩擦音を鳴らしつつカレンが急旋回を決めてきた。ほとんど最小のロスでもう一度襲い掛かってくる。
なるほど、これは凄い。リッカが自慢したがるわけだ。
もともと獣人ってのは身体能力に秀でた人種だが、こんなに足の速いやつは滅多にいない。しかもこんな子供となれば今まで見た記憶がないな。
カレンの行動を先読みし、バックステップ。俺の目の前を引っかくような形のカレンの手が薙いだ。
確かに速いが――本人の性格の表れか動きが直線的で読みやすい。一度や二度回避するのは俺でもできるか。
ぶん、と屈んだ俺の頭上をカレンの手が通り過ぎた。猫を思わせる爪が空気だけを震わせる。カレンが悔しげに唸る。
さて、ルールに照らせば俺はリッカが終了を告げるまで逃げ回ればいいわけだが――このままやってるとどこかで捕まりそうだ。
もう十分実力も見たことだし、作戦開始と行こう。
「よっ」
俺は重ねて突き出されたカレンの魔手をよけざま、その場で軽く跳んだ。
跳んで、空気に着地する。
「……へ?」
間抜けな顔をしているカレンをほったらかして俺はさらに何度もジャンプし、そのたびにより高い位置に着地する。カレンからすれば俺が空中に浮いているようにみえるはずだ。
俺はとりあえず五メートルほど高度をとったところで足を止める。はるか下方でカレンは呆気に取られたような表情を浮かべ、少し離れたところにいるリッカとミアはため息を吐いている。
「ちょっ、兄ちゃん! 何だよそれ!?」
「オリジナル魔法陣の【空歩】だ。ほら、靴底に彫ってあるのが見えるだろ?」
「え? ……あっ!」
オリジナル魔法陣、【空歩】。効果は『空中を歩く』こと――というより、空中に足場を作ること。見ただけではわからないが、今も俺の靴の真下にはテニスのハードコートじみた感触の足場が存在していて、そこを普通の地面と同じように踏みつけることができる。
「さっき魔法陣使わないって言ってたじゃん!」
「いやあ、ミアに預けた分は使わないって言ったけど、他に魔法陣持ってないなんて言ってないぞ?」
「せこっ! そんな勝ち方で嬉しいのか兄ちゃん!」
「せこくない。はっは、きちんと確認しなかったお前が悪いんだよ!」
魔法陣は感応紙に術式を刻むことが多いが、汎用性の高いものは靴や服、アクセサリーなんかに刻むことも珍しくない。こういう服飾品のたぐいはモンスターの素材由来のものが多く高価なのだが、感応紙と違って何度でも使えるので比較的戦闘向きといえる。
しかし、手合わせ前に確認を怠った挙句に文句とは片腹痛い。これだからお子様は。
「ったく、あのバカは相変わらず性根が腐ってるわね……」
「……お師様、大人げないです……」
外野の二人の声は聞かなかったことにしよう。
ま、リッカに乗せられて手合わせを受けてみたが、もう十分カレンの素質は見られたからな。
スピード、キレ、それから俺の動きを見逃さない動体視力。あいつの子供離れした戦闘センスはよくわかった。となれば、これ以上相手をする必要もあるまい。
「ま、お前も子供にしちゃ頑張ったようん。でもほら、俺も魔王討伐パーティーだからなー。負けちゃってもしょうがなあぶねっ!」
「わ、避けられたっ?」
危ない。本当に危ない。まさかその猫娘、この距離をジャンプで詰めてくるとは思わなかった。どんなジャンプ力してんだよ。
冷や汗をぬぐう俺と、攻撃をかわされて落下中のカレンの視線が交錯する。
カレンは自由落下しながらにやりと笑い、身をひねると勢いよく何かを投げてきた。
石。
「うおおっ!?」
慌てて回避する。空中でも自由に動けるのは【空歩】の利点の一つだ。
「すっげーな兄ちゃん、今のもかわすのかー!」
地面に着地したカレンがなぜか新しい玩具を与えられた猫のように顔を上気させている。
……もしかしてあいつ楽しんでない?
×××
『まったく、ああいうひねくれた手を使うところは変わってないわね……』
『……なんというか、お師様がすみません』
『あら。別にミアちゃんが謝ることじゃないわ。それに一応、明確なルール違反ってわけでもないしね』
『でもでも、このままじゃカレンちゃんが可哀想です』
『そうね。まあ調子に乗ったシグレを見てても腹立つだけだし、とりあえずあいつが空中から降りてくるように仕向けるくらいはしたいところだけど――あら? ミアちゃん、あの鉢植えは何かしら』
『ああ、あれはお師様が育てているマンドラゴラさんです。何でも最近のお気に入りみたいですよ。さっきも観察日記みたいなのつけてましたし』
『マンドラゴラ『さん』?』
『……いろいろあったのです』
『よくわからないけど、元気出して。……よし、ならあれを使いましょう』
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次回更新は一時間後です。




