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愛くるしきは犬と双璧を為す

×××



 俺の住処は人里離れた森の中にある、木造平屋建ての一軒家だ。



 内部はかなり単純な造りで、玄関をくぐれば左手に研究室。右手には生活用の居間やキッチンなんかがある。あとは居間の奥に、ミアがうちに居候し始めてから増設したミアの個人部屋があるくらい。



 もちろん風呂トイレは完備だ。魔法陣士としてのプライドと日本人としての意地にかけて地球と遜色ないレベルまで仕上げてある。



 建物の手前には庭があり、半分は菜園、もう半分は魔法陣の実験用のスペースになっている。



菜園には葉野菜、根菜類、あとはナスやトマトなどが植えられており、栽培促進用の魔法陣のおかげでわりと頻繁に収穫できるのが便利だ。いちいち街まで買い出しに行かなくて済むのでなかなか重宝している。


 

 菜園があると当然野生動物たちが寄って来るが、それに関しては菜園の周囲を柵で囲んで対策済み。



 門の部分には自作魔法陣『インターホン』が設置してあり、訪問者はわずかな魔力消費とともに到着を室内の俺たちに伝えることができる仕組みだ。



 ちなみに家、菜園、柵やインターホンもすべて俺が自作した建築用の魔法陣で造られている。



 俺はそもそも研究組織からの勧誘や貴族からのスカウトなんかが嫌になって隠居しているわけで、この場所の情報が漏れる危険があるため外部業者には頼めなかったのだ。



 さて、そんな我が家は掃除やら菜園の手入れやらで管理が大変だったりするのだが、ここ数か月ほど俺はその大変さを味わっていない。



 なぜかといえば、代わりにやっているやつがいるからだ。



「【リトルウォーター】、それと、【グラスリムーブ】!」



 菜園の方から魔法陣の名前を連呼するミアの声が聞こえてくる。



 何をしているかというと、野菜の水やりと草むしりである。ミアがうちに居候を始めてからは菜園の管理、掃除、洗濯、食事造りなどの家事はなしくずし的にほとんどあいつの担当になっているのだ。



 ちなみにそれらの仕事は全部魔法陣を使ってやるように申し付けてある。魔法陣士の修行の一環だな。



 ああいう何気ない部分にまで魔法陣を使うことで、有事の際咄嗟に適切な魔法陣を使用することができるようになるわけだ。



「わ、わああっ! 水が、水があー!」



 ……まあ、一朝一夕にはいかないわけだが。



 俺は魔力供給の加減に失敗して頭から水を被っているバカ弟子を呆れた目で眺めたのち、視線を手元に移した。



 そこにあるのはマンドラゴラの鉢植え。



 ただし、普通のマンドラゴラではない。これは以前家出中の第二王女から受け取った成長促進剤を使ったものだ。



 何でも促進剤を使っていないものとは違い、太陽光からも魔力を得ることができるようになっているとか。よって俺は促進剤を用いたこの鉢植えを屋外に置き、その成果を日々観察している。



 見たところ、同時期に育て始めた他のマンドラゴラと比べても目の前のこいつは成長速度が段違いだ。もうすぐ収穫できるだろう。


 

 マンドラゴラというのは、魔法陣を刻む台座となる『感応紙』に加えることで真価を発揮する。この促進剤を用いた個体がどの程度の効力をもたらすのか、今から楽しみだな。面白い結果が出たらアリシアにも報告してやろうと思う。



 ――アリシアと遭遇したあの日から、一週間が経過している。



 あの日から今日までの間に例の家出王女から連絡があったのは一回だけ。『連れと無事再会できた。礼を言う』とすっげー短いものだったが、まあ元気にやってはいそうだ。



 アリシアと出会ったことはリッカには告げていない。リッカに対する嫌がらせではなく、アリシアがあそこで何かの研究をしていると言っていたからだ。リッカにバレれば一瞬で連れ戻されるだろうし、そうなるとアリシアが気の毒だ。研究者のよしみってやつだな。



 しばらくマンドラゴラの観察を続けていると、向こうから軽快な足音が響いてきた。



「お師様っ! 朝のぶんの家事終わりました!」



 やってきたのはついさっきまで菜園の水やりをしていたミアだ。服も髪も乾いているところを見ると、どうやら洗濯物や風呂上がりの髪を乾かすための魔法陣【ドライ】を使ったらしい。



 うんうん、魔法陣で何でもやろうとするのはいいことだ。最終的にはソファで寝転がったまま家事を全部魔法でできるようになれば魔法陣士としては完璧。



「おう、お疲れ」



 俺が適当に声をかけると、バカ弟子は目を輝かせてこっちを見上げてきた。



 ……いい加減付き合いも長くなってきたので、こいつが何を言いたいのかわかってしまうのが遺憾だ。



だが、ここで素直に要望に応えるほど俺は優しくない。



「頭を撫でて欲しかったら三回まわってワンと言うんだな」



「(クルクルクル)わんっ!」



課題の設定を間違えた気がする。

 


「……ほれ」



「わふー♪」



 俺はぞんざいな手つきでバカ弟子の銀髪をわしわしと撫でてやった。



 目の前の銀髪ロリは満足げに喉を鳴らしている。どうでもいいが、弟子の犬度が最近また上がっている気がしてならない。



「それではお昼ごはんの下ごしらえをしてきます!」



 ミアがテンションの上がった声で家の入口に向かって走っていく。頭上を見た限り、太陽が真上に来るのにはあと二時間くらいかかりそうなんだが。



「おいバカ弟子、あんま走ると転ぶぞ」



「あああああー!」



 俺の忠告は遅かったらしい。石か何かにつまずいたドジな銀髪ロリが壮絶に転んでいる。



「あいつは一日一回転ばないと死ぬ呪いでもかけられてんのか……?」



「あら、そういうところも可愛いじゃない」



「にゃーん」



「それはあいつがもたらす被害を知らねーから言えるんだよ。あのバカ弟子が何枚皿割ったと思ってんだ? おかげで今うちには陶器の皿はほとんど残ってねーよ」



「それくらい許容してあげるのが師匠の努めでしょうに」



「にゃう」


 

 ……ん?



「うおっ! 何してんだお前!」



「……気づくの遅すぎない?」



 俺は突如背後に出現した人物にようやく気付いて飛びのいた。



 もうそろそろ夏も近いというのに暑苦しい軍服を着込み、腰には無骨な剣を差したシルエット。

長い深紅の髪と意志の強そうな目鼻立ち。



 トレードマークである勝気な目は、俺を見る時に限り八割の確率で呆れた色を宿している。



 元・パーティーメンバーのリッカだ。



「何でこんなところにいるんだよ?」


 

 俺の質問に、リッカは何を言ってるんだこいつはと言いたげな目を向けてきた。



「あら。魔法陣の素材を一刻もはやく受け取りたいからって、私の自室とここのすぐ近くとをつなぐ転移魔法陣を設置したのはあんたじゃない」



「にゃーお」



「いや、そうだけどそうじゃねーよ。俺が聞きたいのは、何の用があってここに来たんだって話だ。お前家出王女の捜索中じゃなかったか?」



 まさかとは思うが、シャレアにいたはずのアリシアはすでに連れ戻されたあとなんてことはなかろうな。



「そっちは難航中ね。私は王都で別の仕事があったから一旦とんぼ返りして、ついでにミアちゃんに会いに来たのよ。手土産持参で」



 そう言うリッカの肩には珍しく膨らんだカバンが引っかけられている。



 どうやらアリシアが見つかったというわけではないらしい。それは重畳。



 手土産に関しては、経験上何となく想像がつくのでノーコメントで。



「にゃあー」



 そして俺はいい加減足元から聞こえてくるこの鳴き声を無視できなくなりつつあった。



「……なあリッカ。それ、何?」



 俺はリッカの足元にいる生物を指さした。



 猫。



 黄色に近い茶色の毛並みをもつ子猫だ。こいつがさっきからしきりにリッカの足首に頭をこすりつけたりにゃーにゃー鳴いたりしているせいでまったく会話に集中できない。



「ああ、この子?」



「ああ」



 リッカはひょいとその子猫を抱き上げた。



「ほら、前に来たとき私ミアちゃんのあまりの可愛さに衝撃を受けたのよ」



「お、おう。それとその猫に何の関係があるんだ……?」



「あら、わからないの?」



「俺にはお前がモフリストであるということしかわからない」



 ぐしぐしとリッカは子猫の首あたりを撫でまわしたあと、俺の目の前に脱力して四本足をだらーんと垂らした状態の子猫を突きつけ、こう言い放った。



「この子が私の弟子よ」



 ……



「お前、ついに頭がおかしくなっちまったんだな」



「私の言い方も問題はあったけど、その言葉は心外だわ」



 王国お抱えの顧問剣士という立場は忙しいと会うたびに愚痴を漏らしていたが、どうやら想像以上に負担の大きい社畜ポジションだったようだ。



 俺が人と猫の違いがわからなくなってしまった元パーティーメンバーを憐れみの眼差しで見ていると、俺の目の前に突き連れられたままの猫がまた鳴きだした。



「にゃー。にゃーお」



 肉球を突き出して俺を指さしてくる。なんだこの猫。



「ああ、そうね。もうそっちの方が早いわね。やっちゃいなさい」



 そしてなぜお前は猫言語を理解しているんだ。



「待てリッカ、目を覚ませ。確かにお前は野生動物並の脳筋だが、生物学的な近似種は猫じゃなくてゴリラのはずだ。そう簡単に他の動物の言葉が理解できるはず――」



「殺っちゃいなさい」



 リッカの猫に対する指示が殺気を帯びた気がする。



 と、俺はここで気づいた。



 ああ、なるほど。これは確かにわかりやすい。



「にゃっ!」



 俺はわずかに身を横にずらし、リッカの手から離れて襲い掛かってきた子猫の爪を回避する。ついでに懐から感応紙を取り出した。



 体勢を直した俺に、子猫がもう一度飛びかかってくるが、自作魔法陣【重力操作】で地面に叩き落とす。これで大人しくなるだろ。



「あっぶね」



「容赦ないわねあんた……」



 目の前で愛猫を撃退されたリッカがドン引きした目で俺を見ている。



 ちなみに俺が使用した魔法陣【重力操作】は対象に選んだ相手にかかる重力をゼロ~十倍の間で操作する魔法だ。物理の教科書を思い出しながら組んだオリジナルの術式で、重力を増加させて相手の身動きを封じることも、減少させて月までジャンプすることもできる。



 ただし後者は実行したら死ぬ。扱いが難しいんだよな、これ。



 ただ、相手を穏便に無力化する際には重宝する。魔王討伐の旅路では盗賊やギャングと言った人間相手の戦いもしょっちゅうだったから、こういう魔法陣が必要になったというわけだ。



 いや、それはいいんだ。魔法陣がらみの話は長くなりがちなので自重せねば。



 俺はかがんで、うつぶせのまま三倍の重力に捕まっている子猫を見下ろす。さっきから黙っているのは重力で口が開かないからだろうか。



 うん。見た目はただの黄色の子猫だが、これはアレだな。



「リッカ。こいつ獣人だろ。ただの猫があんな攻撃的な気配出せるわけねーもんな」



 この子猫、俺に肉球を突きつけたあたりで『よっしゃ襲い掛かるぜ!』と言わんばかりの空気を発しやがった。案の定飛びかかってきたので、手持ちで一番マイルドな捕獲方法で無力化してみたというわけだ。



 魔王討伐の旅じゃあ寝込みを敵に襲われるとかはよくあったから、こういう攻撃的な雰囲気を感じ取る能力に関しては俺やリッカはかなりの水準に達していたりする。



「ま、あんたならわかるか。正解よ。とりあえずもう大人しくするだろうし、魔法解いてあげてくれる?」



「はいよ」



 俺だって別に動物を虐待する趣味があるわけじゃないので、子猫にかけていた加重を解除する。



「にゃうー……」



「カレン、『戻って』いいわよ」



「にゃーん」



 ああ、その猫カレンって言うのね。



 戻る、というのは人間に近い姿になることを指すのだろう。



 この世界の獣人ってのは動物そのものの姿をとることもできるのだが、どちらかというと人型のほうが過ごしやすいと聞いたことがある。



 リッカの言葉に従って黄色子猫改めカレンが淡く光りだす。



 そして徐々に姿を変え始めた。



 ところで、この世界の獣人は人型モードなら人間とあまり見た目が変わらない。獣の特徴が残ることもあるが、年を取るにつれてそういう名残も自由に抑えられるようになるらしい。



 もっともそれは生後三十年くらい経ってからの話で、目の前の子猫にはまだ無理なようだ。



「んーっ、この格好久しぶりだなー」



 人型モードになった子猫獣人は勢いよく伸びをして、その動きに合わせて少しクセのある金髪の上に乗っかったネコミミがぴこぴこと揺れた。



 名前からわかるとおり、カレンの性別は女だった。しかも小さい。背はミアと同じくらいで、何となく年も近そうな感じがした。元日本人の感覚でいけば、小学生と中学生の間くらい年齢だろうか。



 肌は日焼けの影響か小麦色で、目は緑。顔を見ただけで目の前にいるネコミミ娘の活発さが伝わってくる。スポーツとか好きそうな感じだ。



 あとめちゃくちゃ可愛い。



 ミアほどじゃないにしろ顔立ちも整っている。目が大きく、やや小ぶりな鼻には愛嬌があり、笑顔は無邪気さ満点。なるほど、リッカが自慢げに見せびらかすわけだよ。



「どーも初めまして、あたしはカレンっていうんだ。いやーさっきはびっくりしたぜ! 兄ちゃんそんなひょろいのに不意打ちとか全然効かねーんだもんなー!」



 金髪褐色ネコミミ娘、もといカレンがハイテンションでばんばんと俺の肩――には手が届かないらしく、俺の胸元を叩いてくる。



 俺は極力カレンの姿を目に入れないように視線を前に固定したまま声を出した。



「なあリッカ。一つ言ってもいいか」



 リッカはやや得意げに聞き返してくる。



「あら、どうしたの? カレンの可愛さにびっくりした?」



「ちげーよこのバカ! 俺が聞きたいのは、何でこいつが裸なのかってことだ!」



 俺は目の前にいる全裸のネコミミ娘を指さして全力で突っ込んだ。



 何でいきなり襲ってきたんだとかどこで拾ってきたんだこんなのとか色々と言いたいことはあったのだが、人型モードに化けたこいつを目の当たりにした瞬間全部消し飛んだ。何で素っ裸なんだよこのネコミミ幼女は。めちゃくちゃ目のやり場に困るだろうが。



 リッカとカレンは今更気づいたように目を見合わせ、



「にゃはは、いっつも猫やってるからあたしあんまり服着ねーんだよなー」



「私も迂闊だったわ。このロリコンの前でカレンの裸をさらしてしまうなんて……ほら、服上げるから着替えてきなさい」



「あーい」



 リッカは肩に担いだ荷物からカレンのものらしい服を取り出し、それをカレンがやや面倒くさそうに受け取っている。こいつに羞恥心という概念はないのか。つーか誰がロリコンだコラ。



 その時。



「あ、リッカ様お久しぶりです! また来てくれて嬉し――」



 背後から銀髪ロリの気配。振り返ると、今リッカたちに気付いてやってきたらしいミアが視線をリッカ、俺を経由して、たった今下着をつけたばかりのカレンに到達させたあたりで硬直した。



 それからぎこちなく俺とリッカを交互に見て、



「……あの、お師様、リッカ様。お二人は、その子の服を脱がせて一体何を……?」



「「誤解だ!」」



 俺とリッカの突っ込みがシンクロした。

一日十五回更新チャレンジ達成率 → (5/15)


次回更新は一時間後です。

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