一段落と不穏なフラグ
×××
この世界に来て以来、封印されてたドラゴンを倒したり山賊をしばき回したり挙句の果てには人類史上最悪の敵とまで言われた魔王をやっつけたりと、それはもう色々やってきた俺だったが――
「だから私がいくら放っておけと言っても、実験室にこもり続けると私の身に何かあっては父上に申し訳が立たないとメイドたちが止めてくるのだ。日を改めては魔法植物の実験に重要な温度や湿度が変わってしまうというのにだぞ。どう思う?」
「いやあそのメイドたちはわかってねーな! そこは最低限『この実験室の環境は私たちが死守します!』くらい言ってもらわねーと」
「まったく同感だ。私とてその言葉を聞くことができれば、多少は実験室を離れても構わないのだが」
うんうんと頷き合う俺とアリシア。
まあ、その、アレだ。やけに気が合う。
異世界に来てから色々あったが、まさか今日まで面識すらなかった王女と魔法技術の研究者としての悩みを分かち合えるとは思わなかった。世の中何が起こるかわからないもんだ。
その気になれば日が暮れるまで話していられそうな勢いだったのだが、気が付けば、俺たちはいつの間にか中央広場に到着していた。
周囲はさっきまで以上に人口密度が高く、徹底的なまでに魔法系商品を扱う出店が並んでいる。どこも客寄せのためか、やたらと派手なパフォーマンスを取り入れているようで、見ているだけでも結構楽しい。
「やはりここは何度来ても面白いものだな」
「来るのは初めてじゃねーのか?」
俺が聞くと、アリシアは右側にある魔法植物系の露店に目を奪われながら答えてくる。
「最近はずっとこの近くに滞在し、魔法薬の研究をしているからな。煮詰まったときはよく来るんだ」
「ふうん……」
俺はアリシアの言葉に相づちを打ち、ここで視界の端に見慣れたものをとらえた。
何を見たかと言えば、やたらと目立つ銀髪だ。
「お師様ー! お師様ぁぁぁぁああああー!」
訂正。でかい声を張り上げているせいでいつも以上に目立っている。
人混みの向こうから涙目で走ってきたバカ弟子がそばに来るなり、俺は流れるように右手を突き出して(コメカミを)受け止めた。
「ようバカ弟子、元気そうだな」
「いいい痛いです痛いです! ごめんなさい! 迷子になってごめんなさい!」
俺の右手にぎりぎりとコメカミを締め上げられながら、ついさっきまではぐれていたミアが悲鳴を上げた。
そのミアを興味深そうにアリシアが眺めている。
「その少女があなたの探し人か?」
「ああ、まあな。つーかバカ弟子、今まで何してやがった」
言いつつ、ミアをアイアンクローから解放してやると、ミアは涙目で頭を抑えながら言ってきた。
「お師様とはぐれたあとに出会った、『ひーちゃん』さんという紫色の髪の女のひとにここまで連れて来てもらったのです。それで広場をうろうろしていたら、お師様を見つけたので走ってきました」
ひーちゃん、ねえ。それが例の紫髪の女の名前か。
どうやら露天商のオッサンの目撃証言は正しかったようだ。
「『ひーちゃん』……」
アリシアが何やら考え込むように顎に手を当てている。何か思うところでもあるのだろうか。
「で、ミア。その人はどこにいるんだ?」
「はい、向こうに――あれ?」
ミアは振り返り、そして硬直した。
俺もミアとまったく同じ方向を見て、こう言った。
「で、どこにいるって?」
「あ、あれ? おかしいですね、さっきまで確かにあっちにいたのですが……」
ミアが困ったように言っている。
残念ながらその『ひーちゃん』なる人物はもうどこかに行ってしまったらしい。バカ弟子が迷惑をかけたことだし礼くらい言っておこうかと思ったんだがな。
「ところでお師様、そちらの方は?」
今度はミアがアリシアの方を見てそう聞いてきた。
どう答えたもんかな。まさかこんな人通りの多いところで『家出中の王女だ』というわけにはいかないし。
悩みつつ、ちらとアリシアの方を見ると、今度はアリシアが別方向の人ごみに視線を投げている。
「どうした?」
「ああいや」
俺が聞くと、アリシアは俺たちのほうを向いた。
「たった今、私も探していた人を見つけたんだ。シグレ、済まないが、私はここで抜ける」
なんというタイミング。どうやらアリシアの相方もここにいたらしい。
「そうか。また会いたいもんだな」
俺が言うと、アリシアはかすかに、本当に少しだけ、口元を緩めた。
「私も同感だ。できるなら、次に会う時はただの研究者として会いたいものだな」
そう言ってアリシアは俺たちに背を向けた。
と、いかんいかん。忘れてた。
「ほらよ」
「む?」
アリシアの背に目がけて折りたたんだ感応紙を放り投げる。
魔法陣が刻まれた四つ折りの感応紙は宙を舞い、うまいこと振り返ったアリシアの手の中に落ちる。
「これは……通信用の魔法陣か?」
「ああ。何か困ったことあったら言えよ。すぐ行くから」
アリシアの人格はただの研究者だが、身分は王族。いつ危険な目に遭うかわからん。
かといって強引に連れ戻してもアリシアの意思を尊重していないことになる。なので折衷案として、『アリシアが危なくなった時いつでも駆けつけられるようにする』ことにしてみたわけだ。
アリシアは考え込むような顔をしたのち、小さく頭を下げてきた。
「……ありがたくもらっておく。では、また」
そう言って、今度こそアリシアは去っていった。無事連れと再会できるといいんだが。
……さて。では次の問題だ。
「……あの、お師様。やっぱり怒っていらっしゃいますか……?」
俺に叱られることを恐れてびくついているこの銀髪ロリについて。
俺はミアの問いを無視して周囲の出店を見回した。
ここは魔法都市シャレアの中でも一番多く魔法技術関連の店が集まっている。となれば、俺が探しているものもどこかにあるはず。
適当にアタリをつけて店に行き、並べられた商品を物色する。ミアはまだ叱られるのを怖がっているようだったが、それでもおっかなびっくりといった様子で少し後ろをついてきている。
俺は目当ての品を見つけ、店主にその能力を確認したうえで購入。ミアのところまで戻る。
戻って、無造作にミアの腕を取った。
「あ、あの、お師様?」
「動いたらシバく」
「へっ!?」
低い声で言うとミアが硬化した。
大人しくなった弟子の腕に、たった今買ったばかりのアクセサリーをつけていく。
アクセサリーといっても大仰なものではなく、長い紐に薄紫色の魔鉱石をくくりつけただけのシンプルなブレスレットだ。
もちろんここは魔法技術の街。ブレスレットにくっついてる薄紫色の魔鉱石は、ただ綺麗なだけの石じゃない。とある効果を付与するために加工されている。
俺はミアの腕につけたものとまったく同じものを自分の腕に装着しつつ、
「これは二つ一組の発信機みたいなもんだ。離れてても、ある程度の距離までならお互いの居場所がすぐわかるようになってる。これからは出かけるとき、それを必ずつけるようにしとけ」
俺がそう言うと、ミアが一瞬ぽけっとした顔になった。
たっぷり一秒ほどそうしてから、今度は自分の腕につけられたブレスレットをまじまじと見つめる。それからミアはゆっくりと俺のほうを見上げた。
「……もしかして、お師様、心配してくれたのですか?」
「するわけねーだろ。今日はお前を探すのに苦労したから、あんな面倒はもうごめんだってだけだ」
まったく他意はない。
だというのに、俺の台詞を聞くなりミアが目を輝かせ始めた。さっきまでのしおらしい様子が嘘のようだ。
歩き出した俺についてくる足取りは弾んでいるし、顔も何だか緩んでいる気がする。
「……お前ちゃんと反省してる?」
「もちろんです!」
何だその元気のいい返事は。
後からついてくる弟子は小走りになって俺に追いつき、横からくいくいと服の袖を引いてくる。
「お師様お師様、手をつないでもいいですか? またはぐれたら大変です」
こいつ本当に反省してるんだろうな。
「ったく、仕方ねーな」
「えへー。…………あ、え、待ってください待ってくださいお師様握った手に力込めないでくださみぎゃぁぁああ!!」
「はぐれたら大変だもんな。しっかり掴んどかないといけねーよな」
「痛いです痛いです! やっぱりお師様怒ってるじゃないですかごめんなさい許してください謝りますからぁ!」
平和なシャレアの街に銀髪ロリの絶叫がこだまする。俺はその小さい手を(必要以上に)強く握りながら、魔法都市の観光を続けた。
反省しろ、バカ弟子め。
×××
「あらら、仲良く手なんて繋いじゃって」
中央広場。
人混みから少し距離を置いた場所で、紫髪の少女はくすくすと笑った。その視線の先では旧知の人物が、この広場まで連れてきたあげた銀髪の少女と連れ立って歩いている。
その光景を楽しげに眺める紫髪の少女。
彼女は自分の容姿に自覚があるので、人混みでは目立たないように身にまとうローブのフードを下ろしている。
だが、それでも彼女に声をかけてくる者がいた。
「――ここにいたのか」
「ん? ああ、アリシアか」
紫髪の少女が振り返ると、そこにいたのは家出中の第二王女、アリシアが立っている。
アリシアは開口一番、紫髪の少女に質問した。
「どうしてわざわざ姿を隠したんだ?」
「何のことだい?」
「ミアという少女が言っていた『ひーちゃん』とはあなたのことだろう? 振り返った時、唐突にいなくなったという話から察するに、『カーバンクル』まで使ったようだが……なぜそこまでして彼女の前から消える必要があったのか、私にはわからなくてな。あの場にはあなたの旧知もいたというのに」
考え込むような仕草をするアリシアを見て、紫髪の少女は苦笑した。
「旧知がいたから、だよ。あの場でぼくのことがバレるのは避けたかったからね」
紫髪の少女はつい、と視線を人ごみの向こうに投げる。
すでにそこにはさっきの二人組は見えず、魔法市に集まった観光客たちがいるだけだ。
「彼にバレると、ぼくたちの『研究』に支障が出るだろうから」
その言葉に、アリシアは顎に手を当てて小さく頷く。
「……なるほど。それは困る」
「でしょ?」
紫髪の少女はそう言ってまた笑みを浮かべる。
「それじゃあ、早く戻って研究の続きをしよう。いやあ、完成が楽しみだ。きっとすごいものができるよ」
まるで妖精のような可憐な表情で――
「――なにせ、薬物王女アリシアと、元魔王討伐パーティーのぼくが組むんだからさ」
シグレの旧知、転世者のヒガン・カレギシは楽しげに笑った。
一日十五回更新チャレンジ達成率 → (4/15)
次回更新は一時間後です。




