迷子犬
※2017.2.1
すみません。修正しました。展開上の問題はないかと思われます。
時は少し遡りーー
「……ど、どうしましょう。お師様はどこに……」
中央広場に続くシャレアの大通りで、ミアは青ざめた表情で呟いた。
魔法市が開かれるという中央広場を目指して敬愛する師匠と歩いていたのがついさっき。
歩いているうちに道端の露店に注意をそらしたのが運の尽き。ミアがふらふらと露店の方に寄って行き、珍しい品を見つけたので手に取って眺め、その正体を尋ねようと振り返った時にはミアの師匠兼保護者はいなかった。
その時ミアは一瞬で理解していた。
あ、迷子になった、と。
「うう、怒られます……お師様絶対怒ってまーーあうっ」
「……チッ。気をつけろ」
「すっ、すみません!」
とぼとぼと歩くミアは、ここで正面から来た人物にぶつかられた。混雑している道なので、どちらが悪いということもないはずなのだが、ミアはその条件反射的に頭を下げた。
ぶつかってきた中年の男は舌打ちをすると、ポケットに手を突っ込んだまま通り過ぎていく。ミアは大ごとにならなかったことにほっとしつつ、これからどうするべきかを考える。
まず一番は、シグレに連絡をすることだ。
(……いちおう持ってきておいて正解でした)
ミアは懐をがさがさと漁る。出かける前、いつも持ち歩いている財布の中に【通信】の魔法陣を入れておいたのだ。これがあれば、保護者であるシグレに連絡をすることが、
「………………あれ?」
ない。
【通信】の魔法陣どころか、それを入れておいたはずの財布そのものが、ない。
(お、落とした……!?)
ミアの顔からさあっと血の気が引いた。どれだけ懐をまさぐっても財布が見つからない。となると考えられるのはどこかに落としたということだが、どこで落としたのかなど皆目見当もつかない。ミアの表情が一瞬で引きつる。
ここで慌てて周囲を見回すミアの肩に、ぽんと手が置かれた。
「え?」
「やあやあお嬢さん、探し物はこれかい?」
「え? ……ああっ!」
ミアの前に差し出されたのは間違いなくミアの私物である布製の財布だ。
まさかこんなに早く見つかるとは、いやまず持ってきてくれた人にお礼を言わなくては。そんな思考ルートをたどってミアは声のした方を見た。
自分の腕をつかんでいたのは乱暴や粗雑といった言葉からは無縁の細くすらりとした手。
そこから視線を上げていくと、自分に声をかけてきた人物が予想外にーー
……予想外に、怪しげな姿をしていることに気が付いた。
頭にすっぽりかぶっているフードのせいで鼻から上がほとんど見えないのだ。声の高さから女性であることはわかるが、その風貌にミアは一瞬呆気に取られる。
「あ、あの……あなたは?」
「ん? あはは、説得力ないかもしれないけど怪しい者じゃないよ。ほら」
そう言ってあっさりと目の前の人物はフードを外した。
すると現れたのは、紫がかったさらさらの黒い髪。
今まで外気にさらされていなかったフードの人物の素顔は、ミアの予想をはるかに裏切る美貌だった。切れ長の濡れた瞳、白い肌。浮かべているのがいたずらっぽい笑みでなければ、儚げな妖精にでも見えたかもしれない。
「というわけで、ぼくは普通の女の子です。まあ、間違っても人さらいなんかじゃないから安心してよ」
「は、はあ……」
肩までの長さで切りそろえられた紫髪を揺らしながらいう目の前の少女は、楽しげに口元を緩めた。それだけの仕草でミアは思わず目を奪われる。
というより、目が離せなくなる。ほとんど魔性の可憐さだった。少女らしくない飄々とした口調も気にならない。
体つきはそこまで起伏に富んでいるわけでもなかったが、それがかえって目の前の少女の不思議な雰囲気に拍車をかけているーー、そう、不思議。年はせいぜい十五、六に見えるが、立ち居振る舞いに余裕がありすぎてもっと年上にも見える。
フードを外す、それだけの動作で見事に主導権を握られたミアは、やっとの思いで声を絞り出す。
「えっ、えっと……これ、拾っていただいたんですよね? ありがとうございます」
「え? ぼくはその財布を拾ったりなんかしてないよ」
「へ?」
紫髪の少女は心底不思議そうなミアを見て意外そうな顔をした。
「あれ、気付かなかった? ほら、さっき君っておじさんにぶつかられてたでしょ?」
「はい」
「あの時財布スられてたよ」
「えええええ!」
ミアが驚いて叫ぶと、紫髪の少女はむしろ感心したような声を出した。
「へえ、本当に気づいてなかったのかあ。この世界の子にしては、なかなか純粋だねえ」
「はい、全然気づきませんでした。……この世界?」
「ああ、何でもないよ。こっちの話」
と、紫髪の少女は手をひらひらとを振ってみせた。ミアはきょとんとしたのち、何かに思い当たったかのように紫髪の少女に尋ねた。
「あのあの、それで、どうやって私の財布を取り返してくださったのですか?」
「そりゃあもちろんスり返したんだよ。ぼく、これでも結構器用なんだ」
「そ、そうなんですか……凄いですね……」
「あはは、それほどでも」
戦慄しているミアを楽しげに眺めながら、紫髪の少女は周囲を見回すような仕草をする。
「ところで、君は一人かい? 一緒に来た人とかはいないの?」
少女の質問にミアの表情がこわばった。
「いえ、その……実は私、迷子なんです……あのあの、中央広場ってどこにあるかご存知ありませんか? お師様はきっとそこにいると思うのです」
「お師様? 何だかよくわからないけど、中央広場なら案内できるよ。連れて行ってあげようか?」
「いいんですか!?」
ミアが食いつくと、紫髪の少女はくすくすと楽しげに笑う。
「いいよ。どうせぼくも、連れとはぐれちゃって話相手に困ってたところだしね。えっと、君、名前は何ていうの?」
「ミアです。私もお名前をうかがってもよろしいですか?」
「ぼく? そうだなあ……じゃあ『ひーちゃん』で」
「ひーちゃんさんですか。ちょっと変わった名前ですね。もしかして外国の方ですか?」
「あはは。ミアちゃん。これはお姉さんからの忠告なんだけど、『幸運のツボ』とか『簡単に儲かる商売』とかには気をつけたほうがいいよ。多分このまま行くとどっかで引っかかるから」
「?」
何を言われているのかわからない、というようなミアの表情を見て、自称『ひーちゃん』は歩きながらくすくすと楽しげに笑った。
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次回更新は一時間後です。




