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家出王女の諸事情

×××


 生命の危機を脱したチンピラどもをその場に放置し、薄暗い路地裏の中を移動する。



 さっきみたいなのに絡まれても面倒だが、まだ表通りに戻る気にはならない。アリシアにはまだ聞きたいことがいくつもあるのだ。



「それにしても王女がこんな危険人物だとは思わなかった……チンピラよりよっぽど危ねーよ」



「誤解だ。私は人に危害を加えるものばかり作っているわけではないぞ。ただ思いついた薬はどんなものでも作らないと気が済まないんだ」



「あれのどこが薬だったんだよ。劇毒そのものだったじゃねーか」



 世界を滅ぼす兵器をうっかり製造してしまった天才発明家のようなセリフを口にするアリシアを連れ、今度こそ人の気配のない場所に到着する。



 まずはこれだな。



「【人払い】」



 俺はついた先で自作の魔法陣を行使する。効果は名前のままで、誰か通りかかっても範囲内には注意を向けづらくなるというもの。街中で秘密の話をするときなんかに重宝する。



 またチンピラに嗅ぎつけられたら嫌だからな。



 俺の魔法陣を見て、アリシアがまた興味ありげに聞いてくる。



「それもあなた独自の魔法陣か?」



「まあな」



「そうか。魔法陣の構築にはたいへんな時間を要すると聞く。それの開発も手間がかかっているのだろうな」



 うんうんと頷くアリシア。



 どうしてだろう。こいつと話していると、研究者仲間としゃべっているような錯覚に陥る。



 とはいえ、いつまでもこんなことを話していても仕方がない。俺はさっき途中だった話を再開した。



「なんか邪魔が入ったが、話を戻すぞ。あんた王女だろ。どうしてこんなところにいる?」



 アリシアは俺の質問に、ふむと顎に手を当てた。



「……そうだな。端的に言えば、嫌気がさしたのだ。為政者の仕事というものにな」



 ぽつりと漏らされた言葉は、俺には実感の湧きづらいものだった。



「為政者の仕事ねえ……」


 

 つまり王族としての役目がってことか。



 俺は魔王討伐の過程で何度か国王やアリシアの姉に会っているのだが、確かに楽な仕事ではなさそうだった。もっとも交渉事だのはリッカに丸投げしていたのでそこまで詳しいことも知らないのだが、あの二人の八面六臂ぶりは噂でも伝わってきていた。



 実際に会って話した時も、アリシアの姉はともかく国王のほうはどうにも底の知れない雰囲気があった。



「私は魔法薬の研究さえできればいいのだが」


 

 ちなみに、こんなことを言うアリシアからはその手の雰囲気はまったく感じない。



「そういう研究なら城でやればいいじゃねーか。王女なんだし教師には困らないはずだろ?」



 音楽がやりたければ楽師、大道芸が見たければ大道芸人を屋敷に呼ぶのが貴族というものだ。まして王族なら、薬学に詳しいやつを呼びよせるくらいは朝飯前だろう。わざわざ城を脱走せんでも。



「ふむ。少し前まではそうだったんだが……先日私が製作した新しい魔法薬についての論文を読むなり、城の学士たちはみな『自分は凡才でした』『一からやり直します』『田舎に帰らせてください』などと言いながら次々と辞めてしまってな。今では私に教えてくれる者がいないのだ」



 え? なに? 学士たちの心折ったってこと?



 一体どんな論文を書いたのだろう。見た感じせいぜい十四、五歳くらいだろうに、王族は頭の構造から特別性なのだろうか。



「それにしたって戻るべきだ。城の連中も心配してるだろうぜ」



 実際に捜索体まで組まれてたくらいだし。普通に考えて大問題だろう。



「断る」



 清々しいくらいの即答である。



「何ワガママ言ってんだバカ。あんたみたいな身分の人間がこんなところを不用心にうろついてて良いわけねーだろ」



「しかし、あなたもいち研究者ならわかるだろう? この街の素晴らしさが。城に閉じこもっていては一生見られないような技術で溢れているのだぞ」



「それはわかるが……ああくそ、わかっちまうなあその気持ち」



「そうだろう。この街は城なんかよりよっぽど私にとって魅力的で心安らぐ。店に並ぶ魔法植物の数々、薬品の香り。これほど素晴らしい場所はそうそうない」



 アリシアの言葉は確かに共感できる。



 何しろここは魔法植物の宝庫と呼ばれるラドルク樹林のすぐ南。そこから入手できる産地直送のレア素材なんかも普通に店先に並んでいたりする。研究者にしてみれば夢のような立地だ。



 ……まあ、そのラドルク樹林の一部はついさっき火熊に盛大に燃やされているわけなんだが……入荷に差支えないことを祈るばかりだ。いちおう【レインフォース】で消火はしたわけだし。 



 さらにアリシアはこう言ってきた。



「それに、私にはこの地で取り組んでいる研究がある。今ここを離れるわけにはいかないんだ」



「研究ねえ……」



 アリシアの言葉に俺は唸る。



 客観的に考えればこいつは今すぐ王都に連れ戻すべきだ。



 振る舞いにはあまりそれらしさはないが、こいつはれっきとした王族の一人。万が一トラブルに巻き込まれたら大問題になる。



 だが、こいつの言っていることは俺には理解できてしまう。



 研究者の性というか……まあ、一回始めた研究を無理矢理途中でやめさせられるほど嫌なこともないだろう。



 どうしたもんかね。



 ……いや、冷静になれ。目の前にいるのは一国のお姫様で、しかも俺より年下の少女だ。どんな事情があるにせよ俺は年長者として安全を優先して連れ戻すべきじゃないのか。



 こいつが今やっている研究というのも、材料をここから取り寄せれば城の中でもできないことはないだろう。ついでにこいつを引っ張っていけばリッカに貸しを作ることができる。



 となれば、迷うことは――



「無論、口止め料は提供しよう。魔法陣の研究ならマンドラゴラの育成は必要だろう? ここにマンドラゴラの成長を飛躍的に早める魔法薬が」



「命に代えてもあんたのことは口外しないと誓おう」



 そうだ。迷うことはない。畑は違えど俺は研究者でこいつも研究者。お互いの意思を尊重するべきだ。



 決して魔法陣技術にきわめて重要な魔法植物であるマンドラゴラの成長促進剤につられたわけではない。だから俺が思わずアリシアの手を取ってしまったのも特に深い意味はないと言っておこう。



「わかってもらえて何よりだ。ではこれが口止め料だ。使った感想などをあとで聞かせてくれると助かる」



「ああ、ありがたく使わせてもらう。……だが、研究のためとはいえ一人で街をうろつくのはあまり感心しねーな。仮にも王族なんだから護衛の一人くらいいないのか?」



 アリシアから受け取った小瓶を懐にしまいつつ尋ねると、アリシアは顎に手を当てて難しい表情を作った。



「一応それらしき連れ合いはいるのだが、この人混みではぐれてしまった。もともと中央広場に行く予定だったので、そこまで行けば合流できるだろうが、道がわからなくなってしまってな」



 ああ、そういやさっき露天商のオッサンに道聞こうとしてたっけか。



「中央広場か。なら案内できないこともねーが……」



「私にとってはありがたい申し出だが、あなたはいいのか?」



「実は俺も連れとはぐれててな。魔法市を見に来たんだが、今はどこにいるかわからん。通信用の魔法陣もここじゃあうまく作動しねーし」



 あのバカ弟子、露天商のオッサンの言葉を信じるなら誰か見知らぬやつと一緒にいたらしい。心配とかでは決してないのだが、さっさと合流しておきたい。心配とかでは決してないのだが。



「なら、それこそ中央広場に行けばいいのではないか?」



 アリシアがそんなことを言い出した。



「もともと目的地がそこなら、あなたの連れ合いもそこを目指すだろう。あなたもそこに行っておけば再会できる可能性は高いと思うが」



「なるほど」



 言われてみればそうかもしれない。あいつの社交性なら、道がわからなくてもそのへんの人に道を聞いて、魔法市の会場である中央広場まで到達できそうだ。もしかするとミアと一緒にいたっていう紫髪の若い女ってのはその案内役だったのかもしれない。



「よし、じゃあ行ってみるか。ついでにあんたも連れてってやるよ」



「助かる。それと、アリシアでいい。私は自分の名前を気に入っているんだ」



「了解だ、アリシア。俺のこともシグレでいいぞ」


 

 などと言い合いつつ、俺たちは路地裏から表通りへと戻っていく。



 予想外の道連れを得て、俺は魔法市の開催されているはずの中央広場へと足を進めた。

一日十五回チャレンジ達成率 → (2/15)


次回更新は一時間後です。

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