現在へ
「リリア様!リリア様!」
「・・ん」
ナインの声が聞こえて意識がはっきりとしてくる。
私は誰?
リース?
サヤ?
なんか違うような気がする
私は・・・・
「リリア様!」
そうだ、私は
「・・はっ!・・・・ここは」
「良かったです。リリア様帰って来られましたか」
隣でホッと肩を下ろしているナインの姿をみて、今まで自分が何をしていたのか段々と思い出してくる。
周りには、私と同じような物を見せられた筈なのに、弾んだ声で話し合っているリース達の姿があった。
「私が一番にアルお兄様と仲良くなったのです!」
「・・・マリル、アルトとキスしてた」
「そうです。私達がラグラスを抑えている時に」
「いや、あれは、だって・・・」
「アルトのお父様達の事はジルさん達から聞いていたけど、実際に”体験”すると想像と全然違うのね」
「リースお嬢様の魔竜との戦う勇気には感服しました。」
耳を澄ませば、このような話が聞こえて来て、みんな笑っているけど
「そうじゃないでしょ!これは危険よ!何で貴女達は平然としているのよ!」
確かに、凄かった。
言葉で説明をするよりも、過去あった体験を”体験”することで詳しく分かる事ができた。けど
「まぁ落ち着いて下さい。それに、皆さんも平然としている訳ではないのですよ」
「だけど・・・」
次の聖女だと言われているシェルムに落ち着くように言われ、改めて皆の話を聞こうとする
「なんで、私はアルト殿に昔から出会っていないのだ・・・会っていたのなら」
何故か、悔しそうに頭を抱えているつい最近、聖具である”聖剣”を正式に引き継いだファミルがいて
「これからはもっと、ご主人様の為に力を付けなくては!」
今までの事を振り返って、気持ちを再確認したのか、気合を入れているノアの姿があって
「小さい頃のアル様の可愛さ・・・こほんっ、っというように、皆さん羨ましい気持ちを抑え込んでいるのですよ」
違うそうじゃない。
私が言いたいことは決して、そう言う事じゃないのだ
まぁ、確かにアルト君”が”小さい頃の話を”体験”したのは悪くはなかったけど、体験した相手があのリース達だったのがいけない。
シェルムが言ったように、私だってリース達が羨ましいと・・・
「って、だから違う!私が言いたのは・・・・」
私の叫び声で、それぞれ話していた人達も私の方を見てくる。
「・・・・言いたいのは?」
静かな目で見てくるサヤの言葉で、出て行きそうだった言葉が急に止まってしまい
「言いたいのは・・・・私が言いたいのは・・・・」
頭の中でグルグルと思考が回り、言いたいことはあるけど、それが言葉にならない。と云うよりも、言葉にしたらダメのような気がして
「・・・この気持ち、どうすれば良いのよ・・・」
でも、結局我慢しきれずに言ってしまった。
アルト君の事が頭から離れない。
アルト君の事が心配でたまらない。
アルト君の事が愛おしくてたまらない
アルト君を守りたい
と意識がはっきりしてからも、胸の内側から溢れ出てくる。
この気持ちは、リース達の物で、私の物ではないと思っていても我慢できない。
よく見ると、クーナやミリア、私の従者でもあるナインも複雑そうな顔をしている。
要するに、”魅了されし者”の称号を持つ人と持たない人で反応が違うのだ
「確かにリリア様が思っているように、あくまでリース様達が昔体験したことを”体験”しただけであってその気持ちは偽物です。ですがそれは本当にそれだけなのですか?」
言葉が出なくなった私にこの空間の管理者だというマイさんが声を掛けてくる。
アルト君がいる時のような、はっちゃけた雰囲気ではなく、こちらが呑まれそうになるぐらい真剣な表情をして聞いてくる
「それは・・・」
「それは、嫉妬ですよ」
私がその言葉を意味を考えるよりも早く、マイさんが私の言葉に被せてくる。
「自分達が体験してこなかった事をしてきたリース様達に。リース様達も少なからずお互いに対して嫉妬しております。それでも、リリア様達よりもご主人様と長く一緒にいた事には変わらない。それが、羨ましいのです。リリア様達がリース様達と同じような状況になってもご主人様が助けてくれるのか?傍にいてくれるのか?そこが不安で、不安だからリース様達に嫉妬するのです。」
マイさんの言葉を止めないとと思うけど、口は開かずマイさんの声が素直に頭の中に入ってくるような気がする。
「では、どうすれば良いのか?答えは簡単です。嘘を本当にしてしまえば良いだけです。確かに、今ある感情は嘘なのでしょう、借りものなのでしょう。だけど、羨ましいと思ったのは本物です。これは強制でも洗脳でもありません。自分の意思で嘘を本当にするのです。本当にしてしまったら、今嘘だと思うこの気持ちだって後から気付けば本当になるのですから」
マイさんの言っている事は正しい。
アルト君が私の為に頑張ってくれるなら、傍にいてくれるなら私はとても嬉しいと思う。
リース達よりももっと、アルト君の事を知って、一緒にいたいと思う。
だから・・・・
「リリア様、いけません!マイさんもお戯れは止めてもらいたい!」
ナインの叫び声で、フワフワとしていた思考が戻る。
今のは洗脳・・・いや、誘導だ
裏の仕事もしている、ナインだからこそこの誘導に気付くことができたのだ。
確かに、マイさんが言ってたように強制や洗脳ではないけど、これは酷過ぎる。
リース達もマイさんを止めなかったという事は、私を完全に取り込むつもりだったのだろう
「リリアさんも一緒にどうですかと誘っているのです」
この言葉に嘘はなかったのだろう。
リース達はこのまま、私達が怒って帰ってしまう可能性があるにしても、私達に嫌われてもアルト君の為にこの場を設けたのだ。
それも、自分達が大切にしていた想い出を利用してもだ。
それだけの覚悟がリース達にはあったのだ。
私は、その事が悔しいと感じた。
元々私は、同じ世界から召喚された武雄が可愛い女の子ばかり声を掛けるから、私もしてみようと軽い感じでアルト君の事を調べ始めた。
まぁ、私も誰でも良いと訳じゃないから、少し話をして良いかもと思ったから、アルト君にしたのだけど、それでも、軽い気持ちだったの確かだ。
それから、色々な事があって私も武雄の事で考える事になって、アルト君の事を意識していたのは認める。
本気で欲しいと思うようになりそうだった。
だけど、リース達の覚悟を”体験”して思い知らされたような気がする。
私にそれだけの覚悟があるのかと
軽い気持ちでアルトに近づくのなら私達が相手になる。と言われているようで、それが凄く悔しかった。
「・・・マイさんは悪魔のような人ですね」
マイさんがあんな事言わなければ、ちょっとしたお遊び、私達の気持ちを揺さぶるだけの唯の”体験会”になるだけだったのに、最後にマイさんに嵌められた。
リース達だとあそこまではっきりという事はなかった筈だ。実際に思っていてもだ。
だけど、マイさんはあくまでアルト君の為にだけ動く。
リース達の想い出も、覚悟もただの手段でしかないのだ。
「いいえ、私はまお・・・いえ、ただのメイドですよ。だから、私の小さなプリティな尻尾を握るのは止めて下さい、コキさん」
「余計な事は言わなくて良い筈です」
「私は唯、皆様の背中を押してあげているだけですよ。どうせ、ご主人様のことですから、早いか遅いかの違いだけですから」
「それでもです」
「コキさんのそれも、ご主人様の事を想っての事でしょうね。同じ思考から産まれた筈なんですが、どうしてここまで違いが出たのか・・・・流石ご主人様ですね!」
マイさんとコキさんのやり取りで、固かった雰囲気が柔らかくなったような気がする。
そして、マイさんのテンションが徐々に上がっているという事は
「あ」
金色のドアがいきなり現れて、誰かが声を出した。
「・・・もう夜中で、師匠達が心配・・・していたけど・・・・・どうしたの?」
そのドアから出て来たのは、今話題になっていたアルト君で、私達は咄嗟にアルト君を凝視してしまった。
皆から見られて、若干腰が引けているアルト君。
その姿に、少し笑ってしまうけど、アルト君の言葉を思い出してすぐに立ち上がる。
「アルト君、今夜中って」
「え、はい。夜中になってもリース達が帰ってこないから師匠達が心配していたので、僕が来たんです。」
どうやら、大分長くこの空間にいたようだ。
「ナイン、帰りますよ」
「はい、リリア様」
私は、リース達から貰った銅のカギを取り出して、自分の部屋を思い出す。
すると、アルト君の金色のドアに似た、銅のドアが現れて、そのまま開ける。
ドアを開けると、見慣れた自分の部屋に繋がっていた。
「今日の事はまた後日改めてお話することにしましょう」
リース達もそれぞれ自分のカギから扉を出して、扉を潜ろうとしていた。
「・・・分かったわ」
私は、今の自分の気持ちがどういったものなのか、分からずに小さく呟くことしかできなかった。
「良いのですか?」
自分の部屋に帰ってきて、扉が消えたのを確認していたナインが私に聞いてくる。
「良いも何も、答えをはっきりしないとモヤモヤして気持ち悪いし、それに・・・・自分の気持ちをもう一度確かめたいの」
神崎武雄。
彼の召喚に巻き込まれた私を今まで守って来てくれた人。
可愛い女の子にすぐに声を掛けて、仲間にしてしまう少し困った人でも好意は確かにあったのだ。
アルト君達と関わる様になってから、彼への好感は下がる一方だけど、だからと言って切り捨てる事も出来ない。
「・・・リース達が羨ましい」
私みたいに、どっちも切り捨てられない女よりも。一人の男の事を一生懸命考えているリース達の姿が眩しく見えて、やはり悔しく感じてしまう。
「ナイン、お風呂の準備をしてくれないかしら」
「分かりました」
今色々考えても仕方がないと思い、取り敢えずお風呂に入ってさっぱりすることにした。
「おい、今までどこに行っていたんだ!緊急事態だぞ!」
自分の部屋の扉を開けると、武雄がすぐに駆け寄って来た。
武雄が汗をかいて息を荒くしている事から、ずっと私を探して駆けずりまわっていたのだろう。
「どうしたのよ?」
「俺らを召喚した国にダンジョンがあったのは知っているよな?」
「ええ、出来たばかりだから、調査団を引き連れているって奴でしょ?私達も、彼らの仕事が落ち着いたら行くつもりだった」
私達が召喚された丁度似たような時期に、その国にダンジョンが現れたのだ。
その頃は、私達に戦う術がなく、まだ出来たばかりという事で調査団に調べさせていた筈なのだが
「・・・調査団は壊滅したそうだ。それで、俺達にダンジョンの調査の要請があった」
「そんな・・」
どうやら、私は恋だの愛だのと悩んでいる暇はないらしい。
私は巻き込まれたと言っても、勇者なのだ。
だから
「・・・分かった。出発はいつ?」
「明日の朝だ。大丈夫、また俺が守ってやるよ」
覚悟を決めて、頷くと武雄はいつものように、私を守ってやると言って笑って去って行く。
今までは、その言葉と笑顔で助けられていたけど、今の私は・・・
「リリア様」
「ナイン、聞いての通りよ。準備をしましょう」
「・・はい」
少しだけ震えている、手足を誤魔化すようにナインを促して準備を始める。
いくら魔物を倒せるようになっても、怖いものは怖いのだ。
おまけ
「ん?ナインからっすか・・・・なるほど・・・これは英雄様に投げた方が良いっすね。まだ、アルトを危険な所に送るのは許さないっすよ」




