夏が来た
師匠の修行がまた出鱈目になってきた。
今までは魔物の群れに突っ込んだり、逃げてきたりと、戦う事が中心ではなくて、逃げる事、生き残る事が中心だった。
だけど、最近では魔物の討伐の依頼を受けさせたり、魔物の群れの中で何分間耐えきれるか測ったりと実践的な物が多くなってきた。
その度に、怪我をしてリース達に師匠共々怒られているが、師匠はそれを止めようとしない。
最近では、ケント達と一緒にギルドの依頼を受ける事もあり、ケント達は僕の姿を見て苦笑している事が多い。
「頑張れよ。お師匠様も面白半分で修行をさせている訳ではないのだから。俺達の知らない所で何かが起きているのか、それとも起きようとしているのか」
ケントも師匠が僕に対する修行の方針を変えた事で、何か考えるようになったけど、師匠の考えは僕達が考えても分からない事が多い。
現に今も
「ちょっと、牛の肉が食いたくなった。暴れ牛を数匹狩ってきてくれないか?あ、今回はアルトだけ戦ってケント達はフォローに回れ。そうだな・・・暴れ牛が5匹以上の群れを襲うんだぞ」
という、師匠の思い付きと無茶ぶりに振り回されている所なのだ。
暴れ牛というのは、暴れ猪とは違い魔物ではないけど、人を襲う事がある危険な動物なのだ。
暴れ牛の肉は凄く美味しいのだけど、その凶暴性と群れで生活している為、一般の人では狩れないのだ。
だから、ギルドのには毎日暴れ牛の討伐依頼がある。
因みに、ランクはCで本来なら僕はその依頼を受ける事はできない。だけど、Cランクのケント達が一緒であれば可能だ。まぁ、討伐するのが僕一人だと気付かれたら止められるだろうけどね
「お、丁度みつけたな」
狩場が街から離れていないという事で、歩いていたらケントが立ち止まってあるところを見る。
「・・・数が多過ぎませんか?」
「お師匠様は、5匹以上の群れと言ったんだ。これぐらいが丁度いいだろ?」
ケントにとっては、これでも物足りないのかもしれないけど
だ・け・ど!
「10匹以上いるように見えるのですが?」
「正確には、13匹だな」
「倍以上じゃないですか!」
「何だ?出来ないのか?」
ケントがそう言いつつ、真剣な表情でこちらを向いてくる。
ケントの言葉の後ろに「同じ師匠の弟子なのに?」という言葉が隠れているように聞こえて・・・
「やります。やってみせますよ」
咄嗟に、そう言っていた。
ケントと最初と比べて、仲良くなっているとは思うけど、やはり実力差を見せつけられると嫉妬してしまう。
特に、最近はケント達と一緒に過ごすことが多くなっているため、その実力を見る機会が多いのだ。
だから、ケントにそう言われると負けたくないと強く思ってしまう。
ケントも師匠の頼みを素直に聞き、稀に僕を試すような事もしてくる。
ケントがどういう気持ちなのか分からないけど、師匠は僕達のこういう気持ちを理解して、ケントと一緒に組むようにしているのかもしれない。
因みに、この場にリース達はいない。ケントのパーティーメンバー以外は僕しかいない。
だから、この修行を止める人はいないのだ。
そのお陰で、リース達に怒られる役割が師匠と僕の二人から、ケントを入れた三人に増えたのだ。それが良い事かは別として
もう身体の一部と言っても良いように身体に馴染んだ二つの木の棒を構え、魔力を流し込んでいく。
「・・・ふぅ~~~~ッ!行きます!」
この木の棒は、魔力を流せば流し込む程、強度が硬くなり、それでも流し込むのを止めなければ
「はっ!」
「グモォォォォ!」
僕をまだ敵と認識していなかった、近くにいた暴れ牛の頭を切り落とす。
新品な剣に負けない程の、切れ味を出すことが出来るのだ。
群れの一匹が殺された事で、近くにいた残り12匹の暴れ牛が一斉に僕を敵と認識して襲ってくる。
僕は暴れ牛を斬っては避けて、避けて、逃げてを繰り返しながら一匹一匹確実に仕留めて行く。
木の棒を斬れるようにする為には、大量の魔力が必要で、魔力量が並みの僕はこの狩りを短時間で済まさないといけない。
「はぁぁぁぁぁぁ!」
僕の魔力が尽きるのが先か、暴れ牛が全滅するのが先か、博打の様な修行が始まったのだ。
・・・・・
・・・
・・
・
因みに、無事に13匹を時間内に狩る事ができたけど、魔力も気力も体力も出し切ってそのまま倒れてしまい、リース達に怒られたのは言うまでもない。
そんな感じで、平和(?)に過ごしていられるのは学園が長期休暇に入っただけではなく、異世界勇者である神崎武雄と藤堂リリアが隣国に帰った事も影響していると思われる。
神崎武雄は学園対抗戦が終わってからミリアに声を掛けるようになり、藤堂リリアはリース達と仲良くなっていて、凄く賑やかだったのだ。それが、数日前から急に国に帰ると言い、理由も聞くこともなく去って行ったのだ。
師匠に聞いても、言葉を濁すだけで理由は知ってはいても教えられないという態度だった。
そんな師匠が、ケント達やクーナやミリア、シェル達も全員集めて真剣な表情をしていた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
誰もが、その師匠の雰囲気に当てられて言葉を発することが出来なかった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
若干師匠に反抗的なミリアですら、声を出さずにじっと黙っている。
「・・・・・」
「・・・・・あの~師匠?」
誰も口を開かない為、僕が小さく師匠に声を掛けると今気付いたと言う風な表情をした。
「お、おう。すまんすまん、ちょっと考え事をしていてな、皆集まっていたんだな」
「はい、それで師匠なにか緊急な用事ですか?僕達だけじゃなくて、皆を集めて・・」
「それはな・・・・」
僕が皆を集めて理由を聞くと、師匠はさっきよりも真剣な表情になった。
ゴクリと誰かが息をのんだような気がした。
そして、師匠は・・・
「皆で、海に行こうと思ってな」
と軽い感じで言ったのだ。
「・・・海ですか?皆で?」
「おう!丁度熱くなってきたころだしな。学園も長期休暇になって、お前ら暇だろ?」
「暇というか・・・師匠の修行次第と言いますか・・・」
「じゃぁ、暇だな」
さっきの、真剣な表情は何だったのだろうか?というぐらいに、普通に話し始める師匠に誰もが口を出せずにいたけど
「お師匠様、そこに何か重要な物があるのですか?」
「ん?何だケント、冒険でもしたいのか?確かに、近くにダンジョンはあるが攻略済みだし、お前が望んでいそうな物はないぞ?」
ケントが恐る恐ると言う感じで、師匠に尋ねるも、師匠は仕方ない弟子だなという感じで普通に答えていた。
「では、何故皆を態々集めたのですか?」
「一度に集まった方が、都合が良いだろ?連絡漏れも無いしな。」
「それだけの為にですか?」
「そうだが?・・・・って、お前この重要性が分からないのか?アルトお前は分かるよな?」
師匠が何故か縋るような目で見てくるけど、分かる筈がない。
「いえ、僕も何で師匠がこういうことをしたのか全然・・・・。それに、連絡の漏れや面倒を考えると手っ取り早いとは思いますけど、師匠が凄く真剣な雰囲気だったので、僕も何かあるのかと思っていました」
「ばっか!」
「野郎が!」
師匠が怒鳴りそうになると、なんか一人師匠と似たような人が増えたんだけど!
「ダルス、お前はお師匠様の言いたいことが分かるのか?」
「逆に、何で主は分からないんだ!それでも、男か!」
急に顕現してきた、ケントの守護精霊であるダルスが必死になってケントに向かって話している。
「アルト!お前も分からないのか!?嘘だよな!」
「し、師匠・・・ちゃんと聞きまから、身体を揺らさないで下さい!」
そんな二人を見ていたら、師匠が必死な表情で、僕の肩を掴み、ガクガクと揺らしてきたのだ。
「海だぞ?水着だぞ?開放的なんだぞ?しかも、女子を全員を集める事で、一人だけ行かないと言わせなくしたこの心理状態を作ったんだぞ?それが分からないのか!」
「え?ええ?」
「まだ分からないのか!良いか、簡単に言うぞ?夏、海、水着でひゃっほい!だ。分かったか!」
「分かりました?」
「かぁ~!その表情は分かってないな!お前も男なら、見たいだろリース達の水着姿を!そして、この後、買いに行くであろう水着がどんなものなか想像するだろ!今から当日が楽しみだろ?な?」
師匠に言われて、リース達の水着姿を想像する。
最近、リース達に告白されて、お互いの好意を確かめあったけど、まだ僕の我儘の所為で本格的に付き合ってはいない。
まぁ、リース達が最近僕の傍にいる事が多くなったから、傍から見れば付き合っているように見えるのかもしれないけど、師匠に置いてきぼりにされるまではこれが普通だったのだ。
でも、やはり異性として意識してしまうもので、何だか師匠の説得に耳を傾けていると胸がドキドキしてきて、海に行くのが楽しそうに思えてくる。
「海、万歳!」
「海、万歳?」
「主!もっと、声を大きく!男のリビドーを素直に」
ケントとダルスの方も、着々と洗脳が進んでいるようだ。
「水着、最高!少しエロいしな!」
師匠もその二人に乗っかって叫んでいるけど、僕は隣に座っていた人の不穏な空気にドキドキしていた気持ちが一気に低下して正気に戻ってしまった。
それと同時に、身体の中らから魔力が抜き取られる感じがして
「お父様!いい加減にしてください!恥ずかしいです!」
「お前もいい加減にしろ!同じ守護精霊として恥ずかしい!」
リースが師匠に手加減なしに近くになった物を投げつけ
勝手に顕現したチッタがダルスの頭を殴っていた。
「うおぉぉ!あぶねぇ!近くにあるからって、アルトの短剣を投げるんじゃない!」
「いてぇ!また殴ったな!くそチビ龍、少し成長したからって調子に乗るんじゃないぞ!」
師匠が咄嗟に白刃取りで取ったのは、見覚えのある短剣で
「あ、本当だ。僕の短剣」
主に、魔物の解体に使う短剣がいつの間に無くなっていた。
「ふん、創造主と一緒に馬鹿をして、主を貶める方が悪い。ほら見てみろ、お前の主をみて皆困惑しているじゃないか」
まぁ、確かにケントが師匠とダルスと一緒に馬鹿をするのを始めてみて、皆驚いた表情をしている。
チッタの言った事は、ケントのイメージから来ることなんだろうけど、実はケントがそういう事に憧れていると知っている僕は何とも言えなかった。
ダルスもそんなケントの事を考えて、敢えてしているのだと思う。・・・多分
「それにお前達もだ!」
師匠が僕の短剣を床に置いて、リース達を指さす
「意識している異性がいるんだろ?チャンスじゃないか!今回の事を利用して虜にしてしまえば・・・・」
その、師匠の甘い言葉を聞いて、リース達は顔を赤くして下を向いてしまう。
「だ、だからって、こういう所で言わなくても!」
「はっはは!鈍感弟子共にはこれぐらい言わないと意識されないぞ?」
まぁ、確かに師匠に言われてリース達の事を意識してしまって僕も顔を赤くしてしまう。
その後、具体的な日にちと時間を伝えられて、リース達は逃げるように女性だけで買い物に行ってしまった。
僕とケントもお互い顔を見合わせて、部屋から出て行こうとする。
「お前達も買い物か?女子の邪魔をするんじゃないぞ?いや、待て、ここは「この水着どう?」とかのシチュエーションに持っていくべきか・・・」
「いえ、師匠にも大事な話が出来たと思うので、邪魔にならないようにと思いまして」
「大事な話?俺にはないぞ?」
「そうですか、ですが、私にはあるんです」
「・・・・アマルさん?どうしてここに?ってかいつから」
「さて、何時からでしょうね?そんな事より、お話があります」
「・・・・はい」
アマルさんに師匠が正座させられているのを横目に、僕達は部屋を出て行く。
「お師匠様には困ったものだ」
「昔もあんな感じでしたよ」
二人で顔を見合わせて、僕達もそのまま街に出る事にした。
家にいてもやる事は無いし、僕達も水着を買う必要があったからだけど、一番の理由は
「こ、これには理由が!」
「娘や年頃の女の子の前で、あんなことを叫んで、恥ずかしいと思わないのですか!」
「全く思わん!あ、嘘です!」
「あなた!」
「ひぃぃぃぃ!」
アマルさんが怖いという事はない。
「・・・・・」
け、決してないのだ
おまけ
「マ・オウ様に言われて来てみれば、確かに汚染していた筈の水龍の姿が無くなっているな。それに、水も浄化されている」
「私の愛が消えるなんて・・・まさか」
「いや、聖女の浄化の力は感じない」
「では、何故?」
「魂の解放というものだろう?貴女の愛は痛すぎるからな”魔聖女”様」
「代償が無い愛なんて所詮嘘なのですよ?それは、貴女も知っているでしょう”ラウ”様?」
「ふん、マ・オウ様の寵愛を受けられるのは、この力があるだけとでも?」
「さぁ?どうでしょう?あの方がどう思っているのか何となく分かりますが、貴女は曖昧な言葉より、確実な繋がりがあった方が安心するのではないのですか?」
「確かにな。私はこの繋がりしかないのだ。この繋がりがあるだけで、他は何もいらない。この命、この世界だとしても」
「ふふふ、良いですね。良い感じに貴女も狂っている。」
「狂っているのは、この世界だ」
「ええ、この世界は狂っている。だから、私も貴女も正常なんです。だから、この狂った世界を元に戻すんです」
「マ・オウ様の為に」
「はい、マ・オウ様の為に」




