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師匠!何してんですか!?  作者: 宇井琉尊
これまで、そしてこれから(過去編)
73/86

アルトの場合(2)

「あぁ・・・アルト!」

「お母さん」


お父さんと一緒に新しい少し大きな家に入ったら、お母さんが丁度そこにいて僕を見た瞬間抱き着いてきた。

お母さんは何度も「ごめんね」と誤りながら泣き続けていた。

もう離さないように、僕の身体をギュっと抱きしめてくれる。

その姿と温かさで、本当に自分の家に帰って来れたのだと自覚して、気付けば僕も涙を流していた。

村に着いても人が一杯いて、僕が知っている村の雰囲気ではなく戸惑ってしまったけど、やっと心が理解したのだ。

お父さんがそんなお母さんに師匠達がいる事を伝えると、慌てたように頭を下げて名残惜しそうに僕を離して、お茶の準備をしに歩いて行った。


「すみません、騒がしくて。でも、私も妻もアルトが無事だった事で舞い上がってしまって・・・」

「いえ、お気になさらずに。俺も子を持つ親の立場です。気持ちは分かるような気がします」

「そう言って頂けると・・・」


お父さんは師匠と話をしながら僕達を客間に案内してくれた。

するとそこには小さな男の子がぞろぞろと部屋に入ってきた僕達をみて驚いた表情で固まって立っていた


「お父さん・・・この子は?」

「この子はイスト。アルトが守ろうとした弟だよ」

「この子が・・・」


僕が売られた時には、まだお母さんのお腹にいた頃だったから、まだ2~3歳程度だろう

イストは僕とお父さんの顔を交互に見比べて、そのままお茶の準備をしているお母さんの所に走り去ってしまった。


「まぁ、すぐに慣れるよ」


歳がかなり離れた弟の存在に僕もどう関わって行けば良いのか少し不安だったけど、お父さんにそう言われて気が楽になった。

その後、師匠がお父さん達に僕を拾った時の事から、今までの事を全て話した。

師匠が英雄と呼ばれる人だと知った時は、お父さん達は驚いて腰を抜かしてしまう程だった。


「それで、これからの事なのですが・・・」


一通り、今までの事を話し終えた後、師匠は少し言いにくそうな表情になって口を閉ざしてしまった。


「・・・少し時間を下さい。アルトはまだ成人を迎えていないと言っても自分で判断が出来る子です。私達も含めて色々話してから決めても良いでしょうか?」

「こちらとしては全然構わないのですが、そちらはそれで良いのですか?」

「決めるのはアルトです。正直な気持ちを言わせて頂けると、手放したくない気持ちはあります。でも・・・」


師匠とお父さんが話している内容は、何のことが全然分からないけど、二人が僕の方を見た時の顔を見てそれがとても重要な事だと理解できた。


「アルト、俺は数日間ここに滞在することにした。だから、その間お前も考えてみてくれ。ここに残るのか、俺と一緒にリース達の所に行くのか」

「どういう事ですが師匠?」


それは師匠の弟子を止めてこっちに残るか、お父さん達から離れて向こうに住むという事なのか

でも、それは僕の勘違いだったみたいで


「いやなに、ただ住む場所をどっちにするのかという話だけだ。移動は俺の転移魔法で繋げればいいだけの話だからな。ただ」

「ただ?」

「・・・いや、その事も含めて自分で考えて答えを出してみろ」

「・・・はい」


師匠が何でそんな事を言ったのか理解できないけど、単純に考えたらいけない様な気がした。


「ところで、マコト様達は本日はどちらに泊まられるのですか?もしよかったら家に泊まって頂けたら、お礼もしたいですし」

「そうですね。お言葉に甘えて本日は泊まらせて頂きます」


そういう事で、師匠は新しくなった僕の家に泊まる事になった。

前僕が住んでいた家はまだあるのだけど、お父さんが足を怪我した事で生活がしづらくなった事で、新しく家を建てたのだと言う。

昔からこの周辺で取れていた、綺麗な石を有名にするきっかけを作ったお父さんに対して村の人達からのお礼だと言う。

師匠達と一緒に家の中の説明を聞きながら、ふと隣の部屋が気になって開けてみるとイストが玩具で遊んでいた。

イストは僕が急に部屋を開けた事で、驚いた表情をしていたけど、僕もその部屋をみてとても驚いてしまった。

変わった物や特別高価な物があった訳ではない。

そこにあったのは、古びた机や椅子、衣裳棚等のどの家庭でもあるような物だけど


「そこはアルトの部屋だよ。ずっと帰ってくるのを私達は待っていたんだよ」

「・・・お父さん」


部屋にあったのは、昔僕が使っていた物が全て揃ってあったのだ。


「良かったなアルト」

「はい」


僕は正直不安だった。

お父さん達が僕の事を忘れて、新しい人生を過ごしているのかもしれないと

イストがいた事で初めは予感が的中したと思ったけど、それが思い違いだとやっと実感できたのだ。

その日はそのまま師匠達は僕の家で泊まり、翌日には「少し気になることができた」と言って、どこかに行ってしまった。


「アルト様、今日は何をしますか?」

「お父様とお母様も何でもお申し付け下さい」


ノアさんとジルさんを残して


「アルトこの二人はマコト様の従者じゃなかったのか」

「えぇ~と」


この二人の事を何て説明すれば良いのか、少し頭を悩ませながら一日が始まったのだった。



二人の事を適当に誤魔化して、朝食を食べた後僕達は村で一番大きな建物の中にいた。

そこは、採掘してきた石を買い取り、選別し保管する場所だった。

何故、そんな所に僕達がいるのかと云うと、暇だったのだ。

お父さん達も仕事に出かけてしまい、イストもまだ僕達に慣れないのかお母さんについて行ってしまった。

久しぶりに帰ってきたからゆっくりしていても良いと言ってくれたけど、そうするとノアさんとジルさんの二人が僕のお世話をしようと色々してきてとても休まる感じではなかったのだ。

なら村の中を見て周ろうと散歩をしていたら、僕が帰って来たことが村中に伝わっていたのか昔馴染みの人達が声を掛けてくれたのだ。

その中で僕と一緒に売られた子供の母親が「暇なら少し手伝っておくれ」と言って来たのだ。

その人は、僕を見ても恨み言一つ言わずに、仕事を教えてくれて無事に戻ってきて嬉しいとまで言ってくれた。


「・・・僕だけが生き残ってしまいました」


だから、黙々と石を選別する仕事をしながらついそんな言葉が出てしまった。


「きつい、苦しい、助けて、死にたくない。そんな言葉を残しながら皆死んでいきました。・・・僕だけが生き残ってしまった」

「確かに、自分の子供が死んだと聞かされたらいい気はしないけどね。でも、私達も反省しているんだよ。あの時、本当にあの子を手放して良かったのかとかね。あんたの父親がここから出た石を有名にしてから、冒険者とかを雇いあんた達を探したけど、見つからなかった。もうダメかと皆諦めていたらあんたが帰って来たんだ。まだ、気持ちがはっきりした落ち着いた訳じゃないけど、一人でも生きて帰ってきてくれた事で私達も少しは救われているんだよ。まぁ、それが自分の子供だったら尚更だったけどね」


そう言って、少し悲しい顔をしながら仕事に戻ってしまう。

僕も、未だに自分だけが生き残ってしまった事に対して負い目があるのだ。

すぐに、気持ちを整理しようとしても、出来るものじゃない。

だから


「アルト様・・・」


僕の隣から、凄く心配そうな声でノアさんが声を掛けてきた。

ジルさんとノアさんの二人にはこの建物に入る前に、僕が奴隷だった事、他の人達が皆死んでしまった事も全部隠さずに話してある。


「大丈夫ですよ。それより早く終わらせてしまいましょう。少しだけど、給料が貰えるみたいですよ」


ノアさんだけじゃなく、ジルさんも心配そうな顔で見ていたから、少し元気な声で大丈夫だと伝える。

二人みたいに僕の事を心配してくれる人がいて、お父さん達みたいに僕が帰って来た事に凄く喜んでくれる人がいて、でも、反対に僕が帰って来た事で複雑な思いをしている人達もいる。

だから、少し考えてしまったのだ。


僕は本当にこの村にいて良いのかと



昼になり、昼食を食べた後少しだけど給料を貰って、僕達は街に向かって歩いていた。

貰った給料で、お父さん達に何かプレゼントをしようと思ったのだ。

イストにもあげたら、少しは心を開いてくれるかもと少しは期待している。

村で買っても良かったけど、街と村とはそんなに離れていない(と言っても歩いて片道2時間ほどかかる)し、家に帰っても何もすることが無いから散歩がてら行くことになったのだ。


「ア、アルト様窮屈ではありませんか?」

「だ、大丈夫です」


ぎゅうぎゅう詰め状態の馬車に乗っている僕とジルさん。街に石を納品する馬車が丁度出るという事だったので、お願いして乗せて貰ったのは良いのだけど、途轍もなく狭かったのだ。

お願いしている立場で、文句も言えず僕が先に乗って後からジルさんが乗ったら定員オーバーで、ノアさんは御者の人の隣に座っている。

ジルさんの身体に触れないように努力するけどそんな努力は無意味だと言わんばかりに、馬車が揺れてしまいあちこち柔らかいのやら固いのやらにぶつかってしまう。終いには、そんな僕の姿をみて何を思ったのかジルさんが後ろから抱きしめて来たのだ。まぁ、身体が安定してぶつかる事は少なくなったけど、ジルさんの身体の柔らかさや甘い匂いなどで全然落ち着ける状態ではない。

そんな少し、役得のような申し訳ないような事もありながらも無事(?)に街まで辿り着くことができた。


「帰りも乗せて行ってやるから、時間に遅れるなよ。行きに比べれば帰りは少しは余裕があるからゆっくりできる筈だぞ。おっと、お前からすれば帰りも狭い方が良いのか」

「早く仕事に行って下さい」


揶揄ってくる御者の人に、顔を赤くしながら手を振る。

近くには、僕と同じように顔を赤くしているジルさんがいて


「あ」

「っ」


目が合うと二人して目を逸らしてしまう。


「と、取り敢えず色々見て周りましょうか。お二人とも自由にして構いませよ?」

「では、アルト様について行くことにします」

「わ、私もです」

「え、でもせっかくですし自由に買い物をしても良いんですよ?」

「はい、ですから自由にさせて頂きます」


その自由が僕の傍にいる事なのだろう

そんな二人を見て、意見を変えそうにない事が分かり、参ったと言う風に両手を上げてそのまま歩き出す事にした。

当たり前のように僕の後ろを付いてくる、二人だったけどこれはかなり助かった部分もあった。


「ロス様(アルトの父親)には、そちらよりこちらの方が・・・」

「ミ、ミマ様(アルトの母親)には、こちらの色の方が・・・」

「イスト様にはこちらが・・」

「そちらも良いですが、こちらの方が・・・」


お父さん達のプレゼントを選ぶ時に、二人がかなり助言をしてくれてかなり助かったのだ。

今は二人ともイストのプレゼント選びで、夢中になっていた。

そんな二人を見ながら、二人にも今日のお礼として何か買おうと思ったけど


「・・・お金がない」


流石に、数時間しか働いたお金だけでは足りなかった。


「坊主、それならお前が作ってみるか?」

「僕が作るですか?」


そんな独り言が聞こえたのか、店主がイストのプレゼントを選んでいる二人を指さしながら声を掛けて来た。


「あぁ、坊主たちが一杯買ってくれたからな、少しサービスだどうせあの二人に贈るんだろ?」

「えぇそのつもりですが、良いのですか?」

「良いも何もほれ」


そう言って、店主が指を指したところを見ると


”工作体験”


と書かれた看板が置いてあった。


「今流行りのこの石を使って、ちょっとしたアクセサリーを作ると言うやつをしているんだよ。まぁ普段なら金を取るが、さっきも言ったようにあの二人に渡すのであればタダでしてやる」

「・・・ありがとうございます」


少し考えたけど、素直に好意に甘える事にした。

昨日から少ししか一緒にいないけど、二人がとても良くしてくれた事は感謝しているから何か形に残るものでお礼がしたかったのだ。

二人に少し店主と席を離れると伝えて、店主に教えて貰いながら何とか作る事が出来た。


「坊主、手先が器用だな」

「・・・死ぬ思いで特訓しましたからね」


店主に聞こえないように、小さく呟く。

奴隷として売られてから鉱山を切り開くような体力を使う仕事も、荷物を運ぶような力を使う仕事も、服や料理を作る仕事も、全部覚えさせられた。出来なければ罰が待っているのだ。体罰だけじゃない、食事抜きなどもあった。だから、死ぬ狂い思いで覚えるしかなかったのだ。

ただ、そんな動機で学んだ技術であっても役に立つこともあるらしく、出来上がった綺麗な石を付けた指輪はお店に並んでも不思議じゃないと店主に言われる程、完成度が高かった。

だけど


「まぁ、材料がこれしかなかったからな」

「はは、まぁ形が綺麗であればよかったです」


形は綺麗にできたけど、素材が玩具のような素材しかなかったのだ。

それでも、ちゃんと形になっていると店主に褒められた。


ノアさん達と合流して、お父さん達のプレゼントを買った後、いつ二人に渡そうかとソワソワしていた。

だけど、そんな浮ついた気持ちは慌てて走り込んでくる男の人の叫び声で、急激に落ちて行く


「た、大変だ!ゴブリンが、ゴブリンが大量にあの洞窟から出て来た!早く門を閉めろ!」


男が指さす方向は僕の村がある方法で

そこまで理解できると、僕は無我夢中で走り出していた。

後ろから、ノアさん達の声が聞こえたような気がするけど、慌ただしく動く人の間を抜けるのに集中して応える余裕がなかった。

人込みを抜け、走りやすくなると速度を上げて、今まさに門が閉まりそうなその隙間を抜けようとする


「坊主止めろ!危ないぞ!」

「すみません、行かせて下さい。あそこには僕の家族がいるんです!」


僕を捕まえようとする、兵士の人を潜り抜けて僕は街の外に出ることが出来た。


「クソッ!早く開けろ!ガキが外に出たぞ!」

「無茶言わないで下さい!一度締めたら、急には開きませんよ!」


後ろから怒鳴り声が聞こえたような気がしたけど、気にせず僕は周りを見渡す。

今から、走って行っても手遅れになる。

だから


「いた!」


街に入ろうと順番待ちをしていたのだろう、商人の馬車が馬ごと乗り捨てられていた。


「後で、弁償します」


僕は、誰もいない馬車に一言断りを入れて、馬を馬車から外す。


「急ごう」


僕は馬の腹を蹴って、物凄い勢いで走らせる。

奴隷として売られてから鉱山を切り開くような体力を使う仕事も、荷物を運ぶような力を使う仕事も、服や料理を作る仕事も、全部覚えさせられた。だから、当然馬に乗る事も覚えさせられた。

本当に、何が役に立つか分からないものだと思いながら、馬を走らせる。

どうか間に合ってくれとそう思いながら

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