ノアの場合(3)
慌ただしく動く街の人達の合間を縫って、私達はアルト様の姿を探す。
この町に駆け込んできた男の人がアルト様の故郷である村にゴブリンが大量に沸いたと聞いた瞬間、アルト様が駆け出してしまい見失ってしまったのだ。
「流石、英雄の弟子と言った所ですか」
動きは未熟、保有魔力も平均的、どこにでもいる一般人と変わらない能力にも関わらず、こうもあっさりと見失ってしまった。
アルト様から預かっていた荷物を持っていた為、急に動けなかった事もあるがそれでも、出遅れたのはきっと”即座の判断”と”迷わない行動力”の差だと思う。
普通なら、飛び出す前に情報取集したり、自分との技量の差を考えたりと色々考えてから行動するが、それが一切なかった。
よく言えば”迅速な行動ができた”と言われるが、悪い言い方をすれば”無謀な行動”
今回アルト様の行動は後者に当てはまるが。
ゴブリン程度アルト様でも撃退することは可能だと思うが、それは一匹、若しくは数匹程度のグループが限界だと思っている。
それが、大量の群れとなればアルト様は確実に殺されてしまう。
だから、ジルと一緒に急いでアルト様の姿を探しているのだけど、一向に見つける事が出来ないでいた。
「ジル、アルト様の気配はどっちに」
「え、え~と・・・・ごめん」
ジルは人や物、魔物に対しても気配に敏感だ。
特に、人の気配を一度覚えると、どこにいても見つける事が可能なのだけど、アルト様の気配を探すことが出来ないでいた。
思い返せば、ジルはアルト様に出会ってから、言葉に詰まったり、落ち着きがなかったりといつもと違う感じがしていた。
今も、足を動かしながら必死になって、アルト様の気配を探そうとしているのは理解できるのだけど、全然集中できていなかった。
「ジル、一旦落ち着いて、少し休憩しましょう」
「だけど、ノア!アルト様を急いで探さないと!」
「急いでアルト様を探さないといけないのは分かる。だけど、この人が多い町の中で闇雲に探してもそれこそ時間の無駄になってしまう。だから、頼みの綱はジルの人の気配を察知できる力なのよ」
「だけど・・・」
ジルがアルト様に対して何を感じたのかは分からない。
ジル本人も分からないと言っていたから、私に分かる筈もない。
アルト様の一言一言に敏感に反応して、緊急時にアルト様の姿が見えないことで落ち着かず、今にも走り出そうとしているジルの姿を見て、ジルがアルト様に何を感じているのか本当に知りたくなったけど、今はそれどころじゃない。だから
「いい加減にしなさい!」
「っ!」
私の大声にジルや周りの人達が驚いているのが分かるけど、今はそれに気を配る程余裕がない。
少し恥ずかしくて、顔が赤いような気がするけど多分気のせいだ。
「ジルがアルト様に何を感じたのか、ジルがなぜそこまで焦っているか理由は分からない。だけど、それでも今はジルの力に頼るしかないの。・・・目を瞑りなさい」
「え?」
「いいから、目を瞑りなさい」
ジルは渋々目を瞑るが、まだ落ち着かない。
「アルト様は不思議な人ですよね。一見、ただの一般の人と変わらないのにマコト様の弟子であってでも、実力は飛び抜けている訳ではない。」
だから、私はジルが落ち着ける様に、アルト様を意識できるように声を掛ける
「どこにでもいるような人。だけど、マコト様から可愛がられているのは分かります。そして、アルト様の傍が何故か落ち着けると私も感じます。ジルはどうですか?この町に来るまでに、アルト様に抱き着いていたのでしょう?匂いは?温かさは感じましたか?他の事は今は捨てて、アルト様の事だけを感じて下さい。」
「ノ、ノアもういい!逆の意味で落ち着かなくなるから!」
「そうですか」
顔を赤くして目を開けるジルの姿に私は少し笑う。
どうやら、落ち着くことが出来たらしい。・・・・まぁ、逆に恥ずかしがって顔を赤くしているが
「ふぅ~・・・よっし」
パタパタと顔を仰いでいたジルが気合を入れるように、声を出して目を瞑り集中し始める。
「・・東?・・動いている・・・人の速さじゃない・・・・馬?でも、それでも早い・・・・まさか、馬に魔力強化を?」
ジルの口から断片的な言葉が聞こえて来て、アルト様がもうこの町にいない事を確信する。
未だにブツブツ言っているジルの手を握りながら、急いで門の所まで走る。
「おい!門を開けろ!ガキが出て行ったんだぞ!」
「この緊急時に出て行ったのです。覚悟の上でしょう。それに、私達はこの町の人達を守る役目があります。その子供を一人助ける為に、此処の人達を危険に晒すのですか?」
「くっ」
人の合間を縫って門に近づくと、警備の人と騎士の人が言い争っていた。
よく聞くと、子供が警備の人の制止を無視して町の外に出て行ったらしい。
十中八九それはアルト様の事でしょう
「ジル、私達も抜けますよ」
「分かりました。でも、方法は?」
ジルに声を掛けると、しっかりとした声で返事が返ってきて私に尋ねてくるが、走る事を止めない所かスピードを上げる所をみると私の考えを理解しているのが分かる。
「無論、飛び越えてです」
強行突破出来ない事はないけど、それに産まれる時間が勿体ない。
だから、私達は門を飛び越える事にしたのだ。
「おい!止まれ!」
「すみません、止まる訳にはいかないのです!」
私はジルを掴んでいる手に魔力を集めて、走る勢いをそのままで体を一回転させ門を超えるように投げ飛ばす
「なっ!」
警備の人や騎士の人達が驚いているのを無視して、私もジルに続いて飛び上がる。
「一人目は兎も角二人目は無理だ!」
一応、足に魔力を集めて飛び上がったけど、流石にそれだけでは門を超える事が出来ない。
だけど、上手く門の上に立つことが出来たジルが勢いよく手を引っ張れば、ジルを投げ飛ばす際に付けた、細くて頑丈という特別な糸が引っ張られ、それを持っている私の身体も引っ張られて門をそのまま超える。
地面に着く瞬間に魔力を制御して、綺麗に着地すると私の後から降りて来たジルも怪我無く地面に着地していた。
「馬は・・・いない。なら」
周りを見渡しても、馬はおらず、だとすれば、アルト様に追いつく方法は一つしかない。
「ジル、魔力の残量に気を付けて下さいね。途中で休憩する事も考えます」
「・・・分かりました」
少しでも、アルト様に追いつきたいジルには不満かも知れないが、魔力を消費したままゴブリンの群れに突っ込む方が無謀だ。
「では、行きます」
地面に足形が付く程の勢いのまま、私達は走り出す。
途中、何度か休憩しながら全力で走ってもアルト様に追いつくことが出来ないでいた。
素直に色々な事を無視して、追い付くためだけに走っていたら追い付いていたのかも知れないけど、道の端でゴブリンらしき物に襲われている人達をみて無視なんかできなかった。
それに、その助けも悪い事だけではなくて
「あんた達は昼間の・・」
「今日はお世話になりました」
助けた一団の中には、昼間石を選別する仕事をする際に話をした女性がいたのだ。
その女性は、私達が怪我もなくゴブリンを倒したのをみてあるお願いをしてきたのだ。
「こんな小さい子に頼むのは悪いけど、あんた達の実力をみてお願いしたいことがあるんだ。ミマを助けてやってくれないか?あの子は、イストがいない事に気付いて、村に戻って行ってしまったんだよ。それに、その後すぐにアルトが馬に乗って凄い勢いで走り抜けて行って・・・」
ここまで、いくつかの集団の人達を助けて来たけど、アルト様もアルト様の家族もまだ見ていなかった。
この女性のいう事が正しいのであれば、まだ皆あの村にいる事になる。
「ジル、魔力はどうですか?」
「・・・頑張れます」
私も正直ゆっくり休憩をしたい所ですが、そうも言ってもいられないようです。
アルト様の故郷である村はもう目と鼻の先、なら
「戦わず、アルト様達を救い出すだけなら多少の無理は大丈夫でしょう。」
特に、ジルの人の気配に敏感な特技を使えば、道に迷うことなく、一直線に目的の人達の所に行ける筈だ
「・・・捉えました。・・・っ!急ぎましょう。皆さんが囲まれています」
その言葉を聞いて、私達は急いで村に向かって走り出す。
「グギャー」
「ギャッギャ!」
途中にいるゴブリン(色が茶色で濃ゆい洞窟ゴブリン。森や平原にいるゴブリンよりも力が強く、集団戦に優れている)を切り捨てながら、走っていると何かに群がっているゴブリン達を見つけた。
「いやぁ~止めて!」
その声は女性の物で、今まさに服を破られようとされていた。
洞窟ゴブリンも普通のゴブリンと同様に人で言う三大欲求がかなり強い。
今から、その女性がゴブリン達に何をされるのか理解できてしまったから、同じ女性として見逃すことができなかった。
「フッ!」
「ハッ!」
急いで、女性の元に駆けつけて、周りのゴブリン達を始末するけど、時間がかなり掛かってしまった。
「あ、ありがとうごさいます」
「お礼は別にいいですが、私達はこれからこの先に行かなくてはなりません。後は自分自身で頑張ってもらう事になりますが大丈夫ですか?」
と、一応はその女性に尋ねるが、多分返ってくる言葉は
「な、何でですか!この中を一人でいれる訳がないじゃないですか!助けて下さい!貴方達も女の子でしょう。早く安全な所に逃げないと!」
確かに、この女性のいう通り一度この女性を安全な所に連れて行ってから行けばいいのだけど、今は時間が無いのだ。
本来なら、見捨てるべき所を私達の心が弱い所為で関わってしまった。
だから、一刻も早くアルト様達の元に行かなくてはならないのだ。
だから、私は心を鬼にして言います。
「貴女を助けたのはほんの気まぐれです。これ以上私達の行く手を阻むのであれば、私が貴女を殺します。貴女も、ゴブリン達の慰み者になるよりはましでしょう?」
「・・・・」
女性は私の言葉が本当の事だと理解したのか、こちらを睨みつけながら歩き去って行く
「・・・ジル」
「あの人が向かった先には、ゴブリンはあまりいません。運が良ければ・・・」
「そうですか」
運なんて言うのはそうそう良くなるわけがない。
走りながら、ゴブリンを倒しながらアルト様達の所へ向かっている時に、ジルが一瞬悲しそうな顔になった事で私は理解したのだった。
それでも、私の判断は間違っていないと思っていた。
村でお世話になった人達を助けて来たし、一応先程の女性も一度は助けたのだ。
早くアルト様達の元に辿り着くために、精一杯したつもりだった。
なのに
それなのに
「あ、ああああぁぁぁぁぁぁあああ!」
少し先から聞こえて来た、アルト様の異常な叫び声を聞いてそんな思い込みは全て吹き飛んでしまった。
何が助けただ。
何が精一杯しただ。
それはつまり、ただのつもりでしかなかったのだ。
いや、助けた事精一杯したことは事実だけど、私達の目的を考えれば切り捨てるべきだったのだ。
私達の目的はアルト様の救出。
無謀にもゴブリンの群れに突っ込んで行ったアルト様を救うのが目的だった。
それでよかったのだ。
それだけで良かったのだ。
そうすればアルト様は救われる・・・救われる?
何に?
何から?
”目の前で母親と弟を殺されているアルト様”を見て
”目の前で母親と弟を殺しているゴブリン”を見ている”アルト様の表情”を見て
私の頭の中は真っ白になってしまったのだ。
それと同時に、目の前が言葉の通り真っ白に染まってしまった。




