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何気なく雑談していたらいつの間にか途方もないほうに話が転がっていった。

「仕事がほしい」


 夕食を食べているとき、ハサンが出し抜けに言い出した。

 わたしは匙を止めずに夕食を食べる。

 献立は薄味の雑炊。一日ぶりの夕食だ。ここ数日は悪党退治をしていないから、当然の節約である。


 雑炊を飲み込むと、匙を置いて北を指差した。


「裏に畑がある」


「農業じゃなくて」


「農業も仕事だ」


「この腕っ節を活かせる仕事がいい」


「危ない」


「だから稼げるんじゃん」


「向いてない」


 小柄なハサンは筋力が低く、奇襲や不意打ちが得意技だ。『腕っ節を活かせる仕事』というのは根本的に向いていない。


「そんなことないって。どっか偉いやつのの用心棒になってさ、命を狙う不届き者を千切っては投げ千切っては」


 ハサンが中腰になって力説する。

 わたしは単純な疑問を尋ねた。


「人を殺してメシが食べたいのか?」


「……」


 ハサンは口を開けて停止し、しぶしぶと言い訳を始める。


「そんなこと言ってない」


 こういうふうに言い訳する分、彼は正常だ。


「どこかの店に入って、商売でも手伝ったらどうだ。向いていそうだ」


 ハサンの対人能力はなかなかのものだ。きちんとした商売を身につければ、日銭を稼ぐことも訳ないだろう。


 ハサンが腰を下ろした。


「姉さんは仕事しないの?」


「たまに」


「悪党退治?」


「違う」


 あれは臨時収入だ。懐が寒くなったら集会所で依頼を受けるだけ。


「じゃあ何」


「絵描き」


「えかき? 店の名前?」


「絵を、描く」


 言葉を区切るように言った。


「画家なんだよ」


 ハサンが目を剥いた。


「絵ぇ描くの? 姉さんが?」


「わざとらしく驚くな」


「ほんとに驚いてんの!」


 床に手をついて身を乗り出してくる。


「すっげー! すごいじゃん! こんな治安もくそもない町で画家! オカネモチ!」


 なぜ片言なのだろう。わたしは体を反ってハサンから距離を取る。


「まったく売れないがな」


「なんだ」


 ハサンがあっさり身をもどした。その反応は癪だった。


 五日に一度は山に出て、描くことにしている。

 完成したらその足で町の画商に渡して、そいつがたまに来る旅商人や貴族に売りつけて、あとで適当な金をもらう。


 絵が完成したらそれきりだから、自分の描いた絵を完成後に見ることはなかった。画商――といってもこれも当人の自称だが――が言うには二束三文で買い叩かれるらしい。


「作品ないの?」


「画商に渡して、基本的にはそれきりだな」


「そんなのいるんだ」


「副業だそうだ。」


「どこに住んでるの?」


「集会所の向かいに青い建物があるだろう。そこだ」


「ジーノ?」


「そんな名前だったかな」


「あの人、薬師だろ。絵の価値なんてわからないんじゃない?」


「そうだろうな。大方、旅商人に丸投げだろう」


 ハサンはしばらく口に手を当てて考え込んでいたが、何か納得いかないのか、しかめっ面でつぶやいた。


「なんか煙臭いな」


「はあ?」


「姉さん、本当に作品は残ってないの?」


 わたしは持ってない。

 けど、そういえば、三週間くらい前に描き上げたものを画商のところに持って行った。

 もしかしたら、まだジイさんが持ってるかもしれない。


「明日、見に行ってくる」




 薬師の店の奥。薬草や完成した薬を保存する蔵の隅に、わたしの描いた絵が置かれていた。


「冗談じゃない」


 ハサンは震える声でそうつぶやいた。


「二束三文って、言ったよね」


「ああ」


「言いたいことたくさんあるけど結論言うよ」


「なんだ」


「姉さん、控えめに言って天才だよ」


「意外だな。きみに絵を見る目があるとは」


 家族に売られた少年が、よくもそんなものを身につけたものだ。


「それなりに物知ってなきゃ、貴族に売られたりしないよ」


「そういうものか」


 ハサンは再び絵に視線をもどし、腕を組みながら独り言を開始する。


「姉さんは理論的に絵画を習ったわけじゃないらしいから独自な部分がかなりあるけど、強いて言えば印象派に似てるかな。安い筆を使ってるせいで筆跡が粗めだけど、だからこそなのか分割筆触に至ってる。まともに勉強してないのに色彩分割してる時点で飛び抜けてるけど何より筆跡が丁寧だ。一見大胆だけど三秒も見れば底抜けに繊細なのがわかる。まったくこの位置になんで薄桃が来るんだよありえないだろすごすぎる。きちんとした画材を使っていればもっと状態が良かったんだろうけどくっそ惜しいな。でも致命的な痛みはないし剥離も起きてない。これならざっと見積もって五十……いやそんなのありえない。百は行く。きちんと描いたのを画廊に飾って競売に掛ければ三百は下らないはず……」


「おいハサン。早口すぎて何言ってるかわからないぞ」


「安心してよ。俺がジーノにきちんとこの絵の価値を教え込む」


「きみが売ってくれよ」


 ハサンが凍った。


 別に「どうしてもジイさんに」と頼んだわけじゃない。

 売って金になればそれでいい。誰に売ってもらったって構わない。そのていどの、軽い気持ちで頼んだのだ。


「そんなに絵に詳しいのなら、きみが適役だ。いい客を捕まえていいように売ってくれ。きみに任せる」


「俺が……」


唇の動きから推察するに『画商』とつぶやいたようだ。


「俺が、画商……。こんな、すごい、絵を、売る」


 そんなにすごい絵だろうか。もちろん自分なりに気に入っているが、それほど評価されるものだとは思えない。

 だいたい世の画家というのは、よく知らないが、十日かそこいらで一作仕上げるようなものなのだろう。

 わたしのように一作を描き上げるのに三ヶ月もかかるような人間は、画家としてありえないほど遅筆ではなかろうか。


「姉さん。俺、画商になるよ」


「そうか。良い仕事を見つけたな」


 良い、というか、わたしにとって『都合が良い』といった趣きだが。


 その後、ジイさんに事情を話して絵を回収し、今後はハサンが画商をすることになったと話した。

 ジイさんは画材が何でできているのかもよくわかっていない、ふつうの薬師だから、あっさりとうなずいて絵を返してくれた。だったらこれは邪魔だな、というのがジイさんの返すときの言葉だった。ハサンが陰で激昂していた。


 金欲しさで盗人を撃ったらそいつが子分にしてくれと言ってきた。

 そいつと二人で暮らしているうちに、そいつは世の盗人にとって格好の獲物である『画商』なんて職に就いてしまった。

 わたしが絵を書き、そいつが持ち前の話術で絵を売ってくる。

 弓と刀を使う浮浪者と盗人という単なる根無し草二人だったのに、いつの間にやら、二人わたしたちは仲間になっていた。

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