第24話 第3の人物
ビルの外に出た途端、突然、棚橋がその場にしゃがみ込んだ。
「どうかしたの? 気分でも悪い? 」
私が、棚橋に訊ねた。
「気分が悪くなりました。
私にかまわず、2人だけで、鹿さんの元へ行ってください」
棚橋が低い声で答えた。
棚橋の顔をのぞき込むと、顔色が悪そうに見えた。
「行こう」
蓮さんが、私の腕を引っ張ると言った。
「でも‥‥ 」
私はためらいながらも、
蓮さんに腕を引っ張られた勢いで歩き出した。
棚橋がよろよろと立ち上がると、駅に向かって
歩いて行くのが見えた。
(何とか、大丈夫そうだ)
まなとあんなことがあったから、
たとえ、ロボットだとしても、ショックを受けたに違いない。
それに、棚橋は、鹿さんのことをあまり信用していないみたいだ。
連れて行かれたのは、なぜか、コインパーキングだった。
駐車場の奥の方に、後部座席の車窓が、カーテンに覆われて
中が見えなくなっているメタリック色のバンが駐車してあった。
「蓮です」
蓮さんが、そのメタリック色のバンの運転席に向かって
声をかけると、後部座席のドアのロックが解除になった。
その直後、蓮さんが後部座席のドアを勢い良く開けると、
私を先に後部座席に乗せた後、自分も私の隣に乗り込んだ。
そして、外に誰もいなことを確認した上で、
今度は、慎重に、後部座席のドアを閉めた。
私の隣には、野球帽を目深めにかぶりサングラスをかけて
無精ひげをはやした男が猫背の姿勢で座っていた。
「鹿さん」
蓮さんが、私の隣の男に声をかけた。
「え、鹿さんなんですか? 」
私は思わず、隣の男の顔をのぞき込んだ。
「やあ、ひさしぶり」
隣の男が、サングラスを外して
野球帽をぬぐと正体を明かした。
頬がこけて、ひげがだいぶ伸びていたものの、
鹿さんに間違えなかった。
「どうして、変装なんかしているのですか?
それじゃあ、まるで‥‥ 」
私が言った。
「この人は今の今まで、とある場所に
閉じ込められていたんだ」
運転席に座っていたジンさんがふり返りざまに言った。
「ジンさん、病気は治ったのですか? 」
私が身を乗り出すと訊ねた。
「心配かけたが、大丈夫だ」
ジンさんが穏やかに答えた。
「ジンさんが現れて、あいつがしたことが違法であると
言ってくれなかったら、あのまま、僕はあそこに
閉じ込められたまま孤独死するところだった」
鹿さんがそう話した直後、大きなため息をこぼした。
「いったい、誰に閉じ込められたんですか? 」
私が、鹿さんに訊ねた。
「ネットパトロールの会社の上司の
大里純也だよ。この名前に聞き覚えない? 」
鹿さんが告げた。
「その人って、まさか、彰彦さんいじめの首謀者じゃない? 」
蓮さんが興奮気味に言った。
「大里は、母方の旧姓を名乗っていたから、
すぐには、彼が、あの大里純也だと気づかなかった。
鹿君のIPアドレスを乗っ取って、
ゲーム公開処刑を執行したり、
松田氏のスキャンダルをマスコミにリーク
したのもすべて、あの男が仕組んだことだ」
ジンさんが神妙な面持ちで真実を語った。
「しかも、松田氏が失脚するまで、
僕を監禁しようとしていたんだ。
途中で、僕が出て来て、無実を訴えたら、
あいつの悪事がバレてしまうからね。
おそらく、松田氏の失脚を見届けた後、
海外に逃亡しようとしていたんだろう」
鹿さんが低い声で語った。
「どうして、大里は、松田氏を攻撃したんですか? 」
私が、ジンさんに訊ねた。
(ジンさんではなく、なぜ、松田氏なのだろうか? )
「わからないかい? もし、松田氏が失脚したら、
彰彦も芸能活動が出来なくなる。
大里は、彰彦が、別の人格に生まれ変わり
芸能界で活躍することを快く思わず、
いつかの仕返しをしたんだ」
ジンさんがそう言うとうつむいた。
「あんなやつ、訴えたらどうなんですか? 」
蓮さんが、ジンさんに言った。
「大里は、会社の代表だから、社員のIPアドレスを
盗用することは朝飯前だ。点検だとか言っておけば、
たとえ、疑われたとしてもいくらでも言い訳が出来る。
痕跡は何も残っていないし、証拠と呼べるものがないんだ。
もし、訴えたとして、起訴に持ち込める可能性があるのは
鹿君への監禁事件ぐらいだろう。
松田氏のスキャンダルについては事実なことだし、
マスコミに情報を流したぐらいでは罪を問えない」
ジンさんが神妙な面持ちで言った。
「鹿さんは本当に、松田氏のスキャンダルを
マスコミに流すつもりはなかったのですか? 」
私は、鹿さんに念を押した。
あの時の電話では、復讐する気満々に思えた。
「言っておくが、僕は何もしていない。
大里と知らず、上司に報告しただけで、
上司の判断にゆだねたつもりだ」
鹿さんが答えた。
「なんか、あったみたいな口ぶりね」
蓮さんが、私を横目でにらんだ。
「鹿さんが姿を消す直前、鹿さんから電話が来て、
自分を陥れた人物に心当たりがある。
いつか、復讐するみたいなことを言っていたから、
てっきり、私は、松田氏のスキャンダルは、
鹿さんが仕組んだことだと思っていたんです」
私がやぶからぼうに言った。
「君に電話なんてしていないよ。
それに、僕を陥れた人物に復讐しようとは思わない」
鹿さんが目を丸くすると言った。
「じゃあ、この電話は、いったい、誰が? 」
私は、スマートフォンの着信履歴を見せると言った。
「おそらく、それも、大里のしわざだろう」
ジンさんが告げた。
「今や、AI技術により、フェイク動画が作れる時代だ。
もしかしたら、ボイスチェンジャーでも使って、
それらしくしゃべったのかもしれない」
鹿さんが神妙な面持ちで言った。
すっかり、だまされてしまった。
自分を疑った私に、鹿さんは怒るそぶりを見せない。
もし、私が、鹿さんだったら、
疑われたことに、ショックを受けるだろう。




