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第11話 にせもの

  帰宅すると、夜21:05だった。


現実の世界では、夜おそく、外出するには、いろんな障害があるけれど、


バーチャルの世界では、スマートフォンやPCのどちらかさえ手元にあれば、


誰に気兼ねすることなく、ゲームの中で、


誰かと会ったり、好きな場所へ行ったり、好きなことが出来る。


私は、パジャマに着替えて歯を磨いた後、PCの前に座りスタンバイした。


「モスピグレット」を起動して、スタート画面をクリックすると、


行先の選択場面が表示された。


私は、「JAPAN,TOKYO,SHIBUYA」と打ち込んだ。


数秒後、見慣れた風景画面に切り替わった。


ゲームのCG担当班は、10年の長い月日をかけて世界中を飛び回り、


ゲームの素材を集めて5年かけて制作したという。


あまりの完成度に、現実世界にいるような気分にひたってしまい、


しまいには抜け出せなくなったネトゲ中毒者が続出しているらしい。


現実そっくりな渋谷駅を出てハチ公前へ行くと、


どういうわけかいつもよりプレイヤーたちの姿が少なかった。


いつもだったら、週末の夜ともなると、


現実同様に、多くのプレイヤーたちでごった返している


渋谷の街がなぜか、閑散としていた。


「鹿さん! 」


 私は、鹿さんの姿を見つけると駆け寄った。


「ほおずき! 」


 鹿さんが片手を上げた。


「何だか、今夜は、プレイヤーの出が少なくありませんか?


現実世界で、何かあったのでしょうか? 」


 私は歩きながら言った。


「まだ、復旧したことに気づいていないプレイヤーもいるのかもしれない」


 鹿さんが冷静に言った。


「どこかに入りませんか? 」


 私が周囲を見回すと訊ねた。


「そうだね。立ち話もなんだからどこかに入ろう」


 鹿さんが答えた。


 私たちはなぜか、カフェではなく「SHIBUYASKY」展望台へ向かった。


「デートの相手が僕で悪いね」


 鹿さんがいたずらっぽく言った。


展望台からは、東京タワー、東京スカイツリー、


新国立競技場、スクランブル交差点など


360度パノラマビューを眺めることが出来る。


どうせ、ゲームの世界だと高をくくっていたが、


いざ、眺めて見ると、


現実世界が忠実に再現された絶景に思わず見とれた。


「ライブはどうだった? 」


 鹿さんが私の横に立つと訊ねた。


「最高でした。ボーカルのミカさんですが、


どことなく、マリオンの面影がある気がします。それと、


本人に会って、鹿さんのことを聞いてみたら反応ありました」


 私は、隠し撮りしたミカの写真を見せると報告した。


「ちょっと、大人になった気がするが、間違えなく、マリオンだ」


 鹿さんが、ミカの写真を食い入るように見つめると断言した。


「やっぱり‥‥ 」


 私は相づちを打った。


「写真まで撮るのは大変だっただろう?


ありがとう、恩に着るよ」


 鹿さんがそう言うと頭を下げた。


「どういたしまして。これで、私も鹿さんに


ひいらぎのこと調べてくれたお礼が返せました」


 私が告げた。


「マリオンが、歌をやめずにいてくれて良かった。


若気の至りとは言え、あんなことしたこと、ずっと、後悔していたんだ」


 鹿さんがうつむき加減で言った。


「来週の日曜日、モスピグレットの特設ステージで歌うそうです。


ゲームの中だったら、気兼ねなく、参加出来るのでは? 」


 私が言った。


「マリオンは、この世界で会っていたのが、


僕だと気づいていなければ良いのだけれど‥‥ 。


君が僕の名前を出したことで、何か勘づいたかもしれない」


 鹿さんが神妙な面持ちで言った。


「今の鹿さんの姿は、現実世界の姿とは異なりますし、


話題に出さなければ心配ないと思います」


 私がそう言うと、鹿さんが安堵のため息をついた。


何気なく、真下に広がるスクランブル交差点の風景を眺めた時だった。


交差点を横断していたプレイヤーたちの間でどよめきが起きた。


「何があったんだろう? 様子が変だ」


 鹿さんが身を乗り出すと言った。


その時、渋谷の街のあちこちに設置された6基の大型ビジョン


渋谷駅前ビジョン・DHC Channel・Q'SEYE


グリコビジョン渋谷・109フォーラムビジョン・シブハチヒットビジョン


に、同じ映像がバンと映し出された。


約15秒間、シンクロさせた渋谷の6基の大型ビジョンに、


ひいらぎの姿をした若い女性アーチストが、


「日本科学未来館」内にあるジオコスモス前の


メインステージの上でパフォーマンスを披露する


ライブ映像が放映されたのだ。


CMと同じぐらいの短い映像ではあったものの、


インパクトは絶大だった。


どこからともなく、プレイヤーたちが


スクランブル交差点に集まって黒山のひとだかりができていた。


気がつくと、展望台にいた他のプレイヤーたちも、


私たちの周囲に集まって来ていた。


「今夜、TVで放送されている音楽祭の中継映像みたいだね」


 鹿さんが冷静に言った。


「ひいらぎはバーチャルシンガーです。


TV番組に出演するはずがありません」


 私が強く言った。


そう考えたのは私だけでないらしく、近くにいた人たちの中にも、


フェイク映像に違いないと疑う人の声も多数聞こえた。


「いたずらにしては手が込んでいやしないか? 」


 鹿さんが、スマートフォンの動画を私に見せると言った。


 現実の世界で、とあるTV局主催の音楽祭がたった今、


TV局のスタジオ内で開催されていて、スタジオ収録に参加することが


出来なかったアーチストたちが中継と言う形で参加していた。


「今から、本物か否か、確かめに行きませんか? 」


 私がそう言って飛び出して行こうとすると、鹿さんが止めた。


「ここが、ゲームの中だということを忘れたかい?


現実の世界では真夜中だ。


今から、現役女子高生の君が家を抜け出して、


日本科学未来館まで行くのは無理だと思うよ」


 鹿さんが神妙な面持ちで言った。


「そうでした。あまりに、現実世界とそっくりなもので


ここが、ゲームの中だということを忘れていました」


 私が立ち止まると言った。


「今、出来ることと言えば、情報集めぐらいだ」


 鹿さんが冷静に言った。


「ひいらぎだ! 」


 誰かがさけんだ。


あわてて、スクランブル交差点を見下ろすと、


6基の大型ビジョンに、ひいらぎの姿が映し出されていた。


「モスピグレットのプレイヤーのみなさん、


私の親愛なるファンのみなさん、


今、流れた映像の中にいたのは、私ではなくにせものです。


私は、現実世界のTV番組に出演したりしません。


私の居場所は、ここ、バーチャル世界だけなんです。


どうか、信じてください! お願いします」


 ひいらぎのメッセージが大音響で流れると、


誰からともなく、拍手かっさいがわき起こった。


その姿を見て、私は、


みんな、心の中では、ひいらぎがバーチャル世界を飛び出して、


現実世界に姿を見せることに抵抗感があったのだと思った。


「僕は、ひいらぎのことを信じる。


今、観た映像はフェイクに決まっている」


 鹿さんが告げた。


「もしかしたら、蓮さんかもしれません」


 私はあることに気づいた。


蓮さんこと、蓮見さんが、中学時代に


容姿端麗なクラスメイトになりすまして、


SNSをやっていたことを思い出した。


「それはいったい、どういうことなんだい? 」


 鹿さんが訊ねた。


「まなからラインが来て、私以外の4人のことを教えてくれました。


その時、蓮さんが、私たちの中学時代のクラスメイトの蓮見さんで、


蓮見さんが、まなになりすましてSNSをやっていたと知りました」


 私が、蓮さんの秘密を話すと、鹿さんが暗い顔をした。


「なんてことだ。


あの子が、ひいらぎになりすましたかもしれないってことか!? 」


 鹿さんが力なく言った。


「こうなったら、蓮さんに直接会って確かめます」


 私が告げた。


「僕は遠慮するよ。なんだったら、元弁護士のジンさんを同席させると良い。


もしかしたら、会社ぐるみかもしれないからさ」


 鹿さんのアドバイスに素直に従うことにした。


 それから数日後、ジンさんは突然の願い出を快く引き受けてくれた。


私は、ジンさんを連れて、蓮さんに事実を確かめるため、


待ち合わせに指定された雑居ビルの2階にあるカフェへ向かった。


そのカフェは、私たち5人が初顔合わせした場所であり、


まなに似た女の子を見失ったビルの中にあった。





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