第10話 Lucifero
Luciferoという単語を調べたら、
ラテン語では「明けの明星」という意味。
聖書では、「堕天使」とされている。
アングラもしくは、ヘビメタをイメージしたけれど、
名は体を表すではなく、バンドのコンセプトは、
その名のイメージとは真逆だった。
バンドのメンバーは、その時によって変わる。
固定メンバーは、パーカッション兼作詞作曲担当の
リーダーとボーカル担当の2人だという。
バンドのリーダーの蜂谷正直氏は、
音楽療法を学んだ後、
パーカッショニストとして活動していた際、
現在のバンド結成にいたったという。
ボーカルのミカが昔、アイドルをしていたという噂は、
「ルシスト」と名乗るLuciferoのファンの間では有名。
元アイドルだと、ファンの間で知られているということは、
鹿さんが追放したという元宮益坂45のエース、
マリオン(道元マリ)と
同一人物だという可能性もありえなくはない。
リーダーの蜂谷氏も、当時、彼女との交際が噂された
「HACHIKOZ」のHACHIさんだということもありえる。
結成以来、都内や関西の
小さなライブ会場をまわる活動を続けており、
絶大な人気がありながらも、
いまだ、正式なデビューを果たしていない。
デビューの誘いは何度かあったけれども、
これ以上、バンド活動が増えると、
リーダーの蜂谷氏の個人的な活動と
バンド活動との両立が不可能になるとして、
いまだに、ことわり続けているらしい。
バンドのCDやグッズも販売されていない。
バンドの楽曲はどの音楽サイトにも配信されておらず、
今の時点では、どんな音楽なのかは、
ライブに行かなくてはわからず、
ネット内のファンの口コミだけが頼りの綱。
ファンの口コミによれば、
癒しややる気を起こさせるメロディーらしい。
ファンの中には、長年、悩んでいた原因不明のうつ症状や
自律神経系の不調が治ったとか
「セラピー効果」がうたわれていて、
蜂谷氏の経歴を照らし合わせてみて、
音楽療法を用いた楽曲になっているのではないかと思われる。
ひとりでは不安なので、棚橋を誘うことにした。
ライブは、来週の日曜日。まだ、時間はたっぷりある。
「いいですよ」
アニオタは、アニソンしか聞かないと心配したけれど、
棚橋が快諾したため驚いた。
「本当に? アニソンじゃないけどいい? 」
私は念を押した。
「アニソン? なんでそんなこと聞くんですか? 」
棚橋が訊ねた。
「あんた、アニオタなんでしょ? 」
私が訊き返すと、棚橋が疑うようなまなざしで私を見た。
「陰でコソコソ、他人の秘密探るなんて陰険なことしますね」
棚橋が上目遣いで言った。
「ごめん。まなからLINEもらって知ったんだ」
私がそう言うと、棚橋が詰め寄って来た。
「まなさんからLINEが来たんですか?
どうして、そんな大事なことを今まで秘密にしていたんですか? 」
私は、まなから来たLINEの内容や鹿さんとの会話を棚橋に話した。
「そういうことなら、私も協力します」
棚橋が言った。
ライブ当日。
Luciferoはそれこそ、メジャーデビューしていないけれど、
音楽好きの間では、ちょっとした有名バンドらしく、
ライブ会場となった渋谷「LUSH」の前には
開演2時間前から長蛇の列ができていた。
「すごい人気ですね」
棚橋が感心したように言った。
「事前に、ネット告知があったせいじゃないかな」
私が、スマートフォンのネット告知の画面を見せると言った。
「幻のバンド、LuciferoがLUSHに登場!
ついに、ベールが外されるのか?! 」
業界内でも、注目されているらしく、ライブの数か月前から、
音楽雑誌で紹介されたり、
音楽好きが運営するネットチャンネルで話題になるなど
大変な盛り上がりを見せていた。
「ゲームで親しくなったプレイヤーから聞いた話によると、
ひいらぎが歌っている曲は、蜂谷氏が作ったものらしいです」
開演真近、騒然となったライブ会場内で、棚橋が声を張り上げた。
「それ本当? 」
私がそう言った次の瞬間、いっせいに照明が落とされて真っ暗になった。
パーカッションの音色と共に、
ステージの一角だけスポットライトに照らされた。
「きゃあああ! 」「Lucifero! 」
四方八方から、大きな声援が聞こえた。私は思わず耳をふさいだ。
「ボーカルのミカが登場しました! 」
私は、棚橋の声をぼんやりと耳にした。
ボーカルのミカが、天使みたいな衣装を身にまとい
かすれた声でささやくように歌いはじめると、
騒がしかった会場内が静まり返った。
「いい曲。声もステキ」
棚橋が目を輝かせると言った。
私は、スマートフォンの画面を盗み見すると、
マリオンか否か確かめた。
「ちょっと、お客さん。電子機器の使用は禁止ですよ」
運の悪いことに、警備員に見つかって終わるまで没収された。
あっというまの2時間だった。
「付き合わせて悪いね」
私が言った。
「理由が理由ですし、仕方ありません」
棚橋が肩をすくめた。
裏口へ急ぐと、出合頭に、誰かとぶつかりそうになった。
「ミカ! 」
棚橋が、私とぶつかりそうになった人物を見るなり大声を上げた。
「誰? ここで何をしているの? 」
ミカが後ずさりすると言った。
「すみません。つかぬ事を聞きますが、もしかして、
元宮益坂45のマリオンさんですか? 」
私は今がチャンスとばかりに訊ねた。
(これこそ、ケガの功名ってやつかしら?
スマートフォンを取り上げられなければ、
裏口にまわる勇気まで出なかったところだ)
「へ? そんな昔のことをまだ、覚えている人がいるんだ」
ミカが苦笑いすると言った。
「ファンの間では、元アイドルだったと言われていますよ」
私が告げた。
「もし、そうだったら何? 」
ミカが、私に訊ねた。
「紀尾井さんことは覚えていますか?
彼が昔のことを謝りたいと言っていました」
私が、鹿さんのことを伝えた途端、
ミカの表情がけわしくなった。
案の定、道元マリにとって、鹿さんは憎き存在だったんだ。
「そんな名前知らないわ。
もういい? 急いでいるから行くわ」
ミカは、私をつきとばすようにして行こうとした。
「待ってください」
私は思わず、ミカを呼び止めた。
「何? だいたい、ここは関係者以外立ち入り禁止なのよ」
ミカがつっけんどうに言った。
「すごく良かったです。ライブ以外で、
あなたの曲を聴くためには
どうしたら良いのか教えてください」
私がそう言うと頭を下げた。
「次の日曜日。モスピグレットで
ライブイベントを開催するから参加すればいいわ」
ミカはそう言い残すと、
その場から風のように立ち去った。
「今、モスピグレットって言いませんでしたか? 」
棚橋が訊ねた。
「アーチストなんだし、ありえないこともないわ」
私が答えた。
「歴代の出演者たちの中で、
日本の女性シンガーと言えば、ひいらぎしかいません。
なのに今になって、ほとんど無名のバンドを出演させるなんて
いったい、何を考えているのでしょうか? 」
棚橋が神妙な面持ちで言った。
「そんなこと、私に聞かないで」
私ななぜかイラついた。
Luciferoに実力があることは認めている。
だけど、ひいらぎ(まな)の居場所が奪われる気がして
妙に不安になってきた。
「次も、今回みたいに大々的に宣伝するのでしょうか?
もし、そうだったら、
参加者多数で抽選になるかもしれません」
棚橋が不安気に言った。
「私たちにはこれがあるじゃん。
これを持っている人間は優先的にライブに参加することが出来る
と知って、がんばって、手に入れたんだから」
私は、特製キーホルダーについた
クマムシをかたどった小さなぬいぐるみをにぎりしめると言った。
これは、ゲーム内のある
ミッションをクリアするとゲット出来るアイテム。
私の他にゲットしたのは、
偶然にも、鹿さん、ジンさん、蓮さん、棚橋の4人だけだ。
その後、無事に、スマートフォンを受け取り、
買い物をして帰ると言う棚橋とハチ公前で別れた。




