第9話 鹿さんのひみつ
しっかり者だったまなが、
誰かを頼りにするなんて初めてだ。
なぜか、急に、まなとの距離が近くなった気がした。
私は一晩中考えた末、鹿さんにまた会って、
「モスピグレット」の極秘情報を
どこにも公開しないよう頼むことにした。
SNSは、連絡ツールとして便利な反面、
相手の反応がわからない欠点がある。
大事な話をしなくてはならない時には、
ちゃんと、面と向かって話さないと、
互いの本心を理解することは出来ない。
私が、まなになりすましていた
偽まなに激怒して、
一方的に、まなを責めて絶交したのが悪い例だ。
取り返しのつかないことになる前に、
思い直して、まなとちゃんと話し合えば良かった。
まなの新たな居場所となった
「モスピグレット」を守ることが、
私に出来るせめてものつぐないだ。
今まで生きて来た中で、1番頭を使った一夜だった。
鹿さんが清掃員のかたわら、
ネットパトロールをしているとの
まなからの情報を思い出して、
鹿さんの情報入手先は、
ネットパトロールなのではないかと思いついた。
ためしに、「モスピグレット」が
ネットパトロール事業をやっていないか
ネットサーフィンして調べた。
すると、「モスピグレット」の
ネットパトロールを請け負う会社を見つけた。
その会社は、表参道のビル内にオフィスをかまえていた。
おそらく、私たちと会った時、
鹿さんは休日で来ていたのではなく、
夜勤明けで帰ろうとしていたところだったのだろう。
「いってきます! 」
早朝、私は家を出ると
最寄りの駅から電車に飛び乗り、
表参道へ向かった。
考えるより先にからだが動いていた。
その会社のオフィスが入っているビルに到着した。
エレベーターの脇にある案内図を確認すると、
その会社のオフィスは20階にあった。
「あった、ここだ」
思わず、心の中の声を口に出していた。
その時、エレベーターの到着を報せるランプが点滅した。
到着したエレベーターから大人が数人降りて来た。
その中に、鹿さんの姿もあった。
「鹿さん。いえ、紀尾井さんですよね? 」
私は慎重に、鹿さんに近づくと言った。
「どうして、僕の本名を知っているんだい? 」
鹿さんが目を丸くして言った。
「昨夜、まながラインで教えてくれました。
鹿さんだけでなく、ジンさん、
蓮見さん、棚橋の個人情報を知ってしまいました」
私がそう言うと頭を下げた。
「まなさんから連絡が来たのかい? 」
鹿さんが冷静に訊ねた。
「はい、今まで、音沙汰なかったのに‥‥ 突然です」
私が答えた。
「君になら、別に知られてもかまわない。
他の人たちもそうだと思うよ。
それより、わざわざ、ここまで押しかけて来て、
いったい、僕に何の用だい? 」
鹿さんが仁王立ちすると言った。
「使途不明金が見つかった件。
どうか、どこにも公開しないでください。
まなが心配していました」
私が単刀直入に言うと、鹿さんが苦笑した。
「その件なら、もう、僕の手には負えないから、
上司に報告して判断をお任せした。
取引先が、不利になることは絶対しないはずだ。
安心していいよ」
鹿さんが穏やかに言った。
「そうですか、良かった。
これでもう、何も心配ありませんよね? 」
私が念を押すと、鹿さんがiPadを差し出した。
iPadの画面には、「モスピグレット」の
スタート画面が表示されていた。
「復旧したのですか? 」
私が訊ねた。
「うん。今朝早く、確認のメールが入った。
動作は問題ないし、
これでまた、ひいらぎのライブイベントも開催出来るだろう。
君が、僕に直談判するため、
一晩中、考えて探し出したことへの
ご褒美だよ。がんばったね。あと、これもどうぞ」
鹿さんがそう言うと、ライブチケット2枚を手渡した。
「これは? 」
私は、手渡されたライブチケットのアーチスト名を確認した。
「Lucifero」聞いたことのないバンド名。
「僕に代わって、このバンドのライブを観て来てほしい。
このバンドのボーカルの子が知り合いかもしれないんだ」
鹿さんが真剣な面持ちで告げた。
「もしかして、マリオンさんじゃないかと考えていますか? 」
私の問いかけに、鹿さんの顔が青白く変わった。
「まなという子はどこまで知っているんだい?
そうだよ。マリオンのことは1度も忘れたことがない。
僕があんなことしでかさなかったら今ごろ、
彼女は芸能生活を続けていたかもしれないんだ」
鹿さんが神妙な面持ちで言った。
「会ってどうするのですか?
あっちは、顔も見たくないかもしれません」
私はあえてきついことを言ってみた。
鹿さんに、拒否される覚悟があるのかみたかった。
再会により泥沼化することだけはさけたい。
「とにかく、謝りたい。
あとのことはわからない。
ゲーム内で話す時は、あっちは、僕のことを知らないから、
ふつうに接してくれている。
彼女に拒まれることは覚悟出来ている。
元気なことを確認出来ればそれで満足だ」
鹿さんが前のめりの姿勢で訴えた。
「わかりました。マリオンさんの
お写真お借り出来ますか? 」
私は引き受けることにした。
鹿さんのスマートフォンから、マリオンさんの写真が転送された。
「ライブの後、ゲーム内のハチ公前で待っていてください」
「ありがとう。よろしく頼む」
私たちは、ライブの後、
ゲーム内で会う約束をして別れた。
私はビルを出るとすぐ、まなに報告した。
しかし、既読になることはなかった。




