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死んで詫びろと言われたので、本気で毒を飲んでみた  作者: 九葉(くずは)


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13/15

第13話:契約終了と、閉ざされた扉

 査問会から三日が過ぎた。


 ローレンツは北方へ、コレットは国境の修道院へ向けて護送された。

 不正支出の調査は続いていたが、照会は法務官がまとめて持ってくるようになった。答えられる分だけ書き、分からないことは分からないと返す。

 それでも、誰も怒鳴りに来なかった。


 実家への補償も、再婚約とは切り離して文書になった。

 父からは、自分たちを理由に進む道を変えなくてよいと返事が届いた。心配だから一度は顔を見せてほしいとも。

 私は、近いうちに帰ると書いた。


 そして今、公爵邸の客室で、トランクを開けていた。


 着替えを二着。使い慣れた羽ペン。返してもらった手帳。

 父に頼んで口座から引き出してもらった金は、別の内袋にしまう。

 机には、小さな借家の案内書もある。王都の外れだが、馬車に乗れば通院できる場所だった。まだ契約はしていない。退院の許可をもらってから、内見へ行くつもりだった。


 階下を店にして、上で暮らせるらしい。

 代書を引き受けてもいい。茶葉を並べるのもいい。

 人の仕事はもう嫌だと思っていたのに、自分で料金と営業時間を決めると考えた途端、少し楽しみになった。


「完璧だわ」


 私はトランクの金具を閉めた。

 閉めてから、部屋を見回す。


 窓辺の椅子。食事に使った丸机。

 私がスープを飲み終えるまで、あの人が座っていた椅子もある。


 妙に、落ち着かなかった。


 寂しいのだと認めるのは、少し癪だった。

 何でもしてもらえる生活に慣れたせい。まずは、そういうことにしておく。


 ディートリヒのことは、簡単には片付かなかった。

 妻にしたい女へ、最初に頼むことが帳簿だとでも思うのか。

 あの声を思い出すたび、余計なところで手が止まる。

 冗談だったとは思っていない。少なくとも、彼は私に好意を向けてくれている。

 だからこそ、一度は自分の足で立ちたかった。

 助けてもらったからここにいるのか、ここにいたいから残るのか。その区別を曖昧にしたままでは、返事をしても自分を信用できない。


 私はトランクを持ち上げた。

 ほんの少し胸に響き、慌てて下ろす。

 廊下で待っていたアンナが、すぐに気づいた。


「重いものは、まだお持ちにならないようにと仰せでしたでしょう」


「二着しか、入っていないのだけれど」


「金貨は、服より重うございます」


 言い返せなかった。

 結局、荷物は従僕に持ってもらい、一階の執務室へ向かった。


 ノックをすると、入れと返事があった。

 ディートリヒは机に向かっていた。窓から差す夕日の中、白いシャツの袖をまくり、書類に目を通している。

 従僕がトランクを下ろした途端、ペンが止まった。


「シセル。その荷物は何だ」


「ご挨拶に伺いました」


 私は一礼した。


「治療から療養、査問会でのことまで、本当にありがとうございました。これからの照会にも、引き続き協力いたします。ただ、王太子府の資料をお渡しするというお約束は、ひとまず果たせたかと」


「そうだな」


「ですので、退院のお許しがいただけましたら、こちらを辞去しようと思います」


 彼は返事をしなかった。

 私は用意してきた案内書を机に置いた。


「王都の外れに、小さな家を見つけました。まずは実家で数日過ごして、父と見に行きます。近くに診療所もありますから、通院は怠りません」


 淀みのない、退職の挨拶のようだった。

 我ながら、よくできている。

 ただ、彼が聞き終えても何も言わないので、用意した言葉が余ってしまった。


「その、閣下へこれ以上ご負担をおかけするわけには」


「負担?」


 ディートリヒが、そこで顔を上げた。


「君は今、何の費用の話をしている」


「費用に限らず、お時間も、お立場もです。私のような、騒ぎを起こした元婚約者をいつまでも置いては、あらぬ噂も」


「私が噂を気にして、君をここへ連れてきたと思うか」


 思わない。

 けれど、素直にそう答えたら、用意した挨拶が崩れてしまう。

 私は案内書の角を押さえた。


「では、私の都合で申し上げます。一度、自分の生活を持ちたいのです」


 ディートリヒは黙った。

 今度は、先ほどとは少し違う沈黙だった。


「君の都合なら、聞く」


 彼は案内書を手に取った。


「段差の少ない家だな」


「はい」


「冬の暖房は」


「暖炉があります。煙突は、内見で見ます」


「そうか」


 紙が机へ戻された。

 私の話を、ちゃんと聞いてくれている。

 ほっとするはずなのに、胸の奥が少し沈んだ。


「退院については、明日の診察で判断する。経過がこのままなら、伯爵邸へ帰ることは問題ないだろう」


「ありがとうございます」


 頭を下げた。

 そうか、達者でな。

 その言葉を待った。


「それとは別に」


 彼が立ち上がった。

 机を回り、私の前へ来る。


「私からも、君に話がある」


 従僕はすでに下がっていた。廊下では、アンナが近くの花瓶の水を替えている。

 ディートリヒはそちらを見てから、私へ尋ねた。


「少し、扉を閉めてもいいか」


「はい」


 木の扉が、静かに閉じられた。

 鍵の音はしなかった。

 私は扉の前から、半歩横へよける。

 彼は追ってこず、その場に立ったまま眼鏡を外した。


「仕事の契約が終わったから、私との話も終わりだと。君は、そう考えているのか」


 今度は、私が返事に詰まった。


「シセル。帰る前に聞いてくれ」


 眼鏡を持つ指に、力がこもった。


「ここから出て行ってほしくない。今話しているのは、君の医師でも、調査の協力者でもない」

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