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死んで詫びろと言われたので、本気で毒を飲んでみた  作者: 九葉(くずは)


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12/15

第12話:王太子の廃嫡と、最後の毒

 謁見の間には、王都に滞在している高位貴族と、各省の代表が集まっていた。

 壁に並ぶ歴代の国王の肖像画が、いつもより遠く見える。

 私はディートリヒの腕に手を添え、真紅の絨毯を歩いた。


 中央に、ローレンツとコレットがいた。

 コレットは手を握り合わせ、落ち着きなく周りを見回している。ローレンツは顔色が悪かったが、自分の足で立っていた。

 私を見つけると、二人とも口を開きかけた。

 すぐに、そばの兵が制した。


 玉座の前には、書類を広げた長机が置かれている。

 財務卿、憲兵隊の責任者、昨日会った法務官。

 私が記憶を取り戻したことは、昨夜のうちに正式に報告してあった。


「シセル嬢」


 国王が声をかけた。


「記憶が戻ったと聞いた。身体は、もう大事ないのか」


「まだ療養中でございます。本日は、休憩をいただきながらお答えいたします」


「うむ。無理はせぬよう」


 私は一礼した。

 大丈夫ですと言わずに済ませたことが、少し不思議だった。


 査問官が経緯を読み上げた。

 卒業パーティーでの発言。階段の件の証言撤回。買収された医師の供述と記録。ローレンツの名で決裁された、不正な支出。

 公金の調査はまだ続いているが、すでに確認できた分だけでも、弁明を求めるには十分な量だった。


 ローレンツは、細かい処理はシセルに任せていたと繰り返した。

 財務卿が、命令書を一枚持ち上げる。


「この支払いを通すよう、殿下ご自身が指示されています。宝飾店の受取記録とも一致しておりますが」


「それは、贈り物を頼んだだけで……!」


「神殿へ渡す金から支出せよ、とございます」


 ローレンツが黙った。

 筆跡の確認を求められると、彼は小さく頷いた。


 私も、前へ呼ばれた。


「費目を書き換えたのは、貴女で間違いありませんか」


「はい」


 返事をすると、周りがわずかにざわついた。

 私は机の上の紙を見た。


「私の書いたものです。命じられたことですが、不正だと分かっていました」


「命令を拒まなかった理由は」


「殿下に逆らえば、婚約者である私の家にも責任が及ぶと言われました。王太子府の上役にも相談しましたが、穏便に収めるようにと」


 名を求められ、答えた。

 列の中で、顔を伏せた者がいる。


「原本を残したのは、なぜですか」


「私だけが勝手にしたことにされるのを、恐れたからです」


 立派な理由ではなかった。

 国のためでも、正義のためでもない。

 それでも、今は飾らずに言えた。


 法務官が記録を閉じた。

 提出した命令書と、私が相談を求めた書付は、すでに確認されていた。

 上位者からの圧力を受けていたこと、私が不正な金を受け取っていないこと、原本を保全し、調査に協力していることが順に読み上げられる。


「シセル・ヴェルナー嬢の関与については、記録に留めた上で、不問とする。ただし、引き続き書面での照会に協力するように」


「承知いたしました」


 私は頭を下げた。

 自分のしたことが消えるわけではない。

 けれど、誰の命令だったかも、私が何をしたかも、同じ記録に残った。

 それでよかった。


 椅子へ戻ると、ディートリヒが水の杯を寄せた。

 私は一口飲み、ようやく指が震えていたことに気づいた。

 彼は机の陰で、私の手を一度だけ握った。

 それから離し、何事もなかったように前へ向き直った。


 コレットへの問いは、昼前まで続いた。

 転落の筋書きを考えたのは自分だと、最後には認めた。ローレンツに気に入られたかった、シセルが謝れば終わるはずだったと、彼女は泣きながら話した。

 父親が医師への支払いに関わり、王太子府から流れた金で借金を返していたことも、別の調書で明らかになっていた。


 休憩を挟んで、国王が裁決を言い渡した。


「コレット・ダグラス。身分を剥奪し、国境の厳罰修道院への終身送致を命ずる。ダグラス男爵家は取り潰しとし、財産は不正支出の弁済に充てる」


「陛下! お許しください! ローレンツ様、何か仰って!」


 コレットが振り返った。

 ローレンツは目を合わせなかった。

 彼女は何度も彼の名を呼びながら、兵に付き添われて退出した。


「ローレンツ」


 国王の声が、低くなった。


「立場を利用した不正支出、婚約者への威迫、事実の確認もないまま衆人の前で自死を強要したこと。王位を継ぐ者として、看過できぬ」


「父上、どうか」


「王太子の地位を剥奪する。王族籍を除き、北方の監視塔への終身幽閉を命ずる」


 ローレンツの膝が折れた。

 そばの兵が支えたが、彼は立ち直らなかった。


 私はその姿を見た。

 小さい頃、一緒に机を並べた男の子だった。

 困るたびに私の名を呼び、私が駆けつけることを疑わなくなった人。

 もう、助けに行こうとは思わなかった。


 国王が玉座から立った。

 絨毯を歩いて、私の前へ来る。


「シセル嬢。王家として、詫びる。提出された記録を見て、そなたにどれほどの仕事を負わせていたか、ようやく知った」


 私は返事をしなかった。

 知らなかったと言える場所に、この方は十年いたのだ。

 私が家へ戻れない夜にも、王太子府の明かりはついていた。


「ただ、一つだけ、願いを聞いてはもらえぬか」


 嫌な予感がした。

 隣で、ディートリヒがわずかに姿勢を変えた。


「ローレンツは愚かだが、そなたを求めている。北方へ送られた後も、妻としてそばで支えてやってはくれまいか。そなたなら、あれを更生させられるかもしれぬ。伯爵家への補償と栄誉は、十分に――」


「謹んで、お断り申し上げます」


 国王の言葉が止まった。

 私は頭を下げなかった。


「シセル嬢」


「婚約は、陛下のご裁可で解消されたはずです。療養を妨げず、殿下から遠ざけてくださるとも伺っております」


「それは無論、そなたの意思を」


「では、お聞き届けください」


 隣から手が伸びかけた。

 私はディートリヒを一度見て、小さく頷いた。

 自分で言える。

 今は、言いたかった。


「私は死にかけるまで、あの方を支えました。それで足りなかった分を、残りの人生で埋めろと仰るのでしょうか」


 国王は答えなかった。


「元王族の介護をする義務など、私にはございません。あの方を更生させるのは、私の仕事ではありません」


 自分の声が、遠くまで届いていた。

 誰も口を挟まない。


「補償が私の受けた被害に対するものでしたら、再婚約の条件にはなさらないでください。実家への栄誉と引き換えに、私の意思を変えることはできません」


 国王はしばらく私を見つめ、やがて目を伏せた。


「相済まぬ。今の願いは、取り消す」


 査問官へ向き直る。


「婚約解消に変更はない。伯爵家への補償も、これとは別に進めよ」


 書記がペンを動かした。

 今度は、取り消したことまで記録に残った。


 ローレンツが顔を上げた。


「シセル! 待ってくれ!」


 兵に立たされながら、彼は私を見た。


「記憶が戻ったんだろう! 俺を愛してくれていたことも、思い出したんだろう!?」


 私は彼の前で立ち止まった。

 兵が間にいるので、手は届かない。


「手帳を見た! 好物も、体調も、全部、気にかけてくれていたじゃないか! あの十年間は、全部嘘だったのか!」


「嘘ではありません」


 私は答えた。

 ローレンツの顔に、期待が浮かぶ。


「愛しておりましたわ、ローレンツ様」


「シセル!」


「だから、あなたに休んでほしかった。怪我なく帰ってきてくれると、嬉しかったのです」


 あの手帳を、私は覚えている。

 自分の手で書いたことだった。

 今さら、あれまで嘘にするつもりはなかった。


「では、どうして」


「あなたが、それで何をしても許されると思ったからです」


 彼の笑みが止まった。


「昔、愛していたことを、今も従う理由に使わないでください」


「俺は、やり直したいだけなんだ!」


「私は、やり直したくありません」


 簡単な言葉だった。

 けれど、口にするまでに十年もかかってしまった。


「私があの日、命を捨てようとしたことを悔やむのと、あなたを許すことは別です。もう、自分の命を差し出して返事をすることはありません」


 ローレンツは口を開いたまま、私を見ていた。

 私は静かに一礼した。


「さようなら、ローレンツ様。これからは、ご自分のことをご自分でなさってください」


 彼が叫んだ。

 何度も私の名前を呼んだ。

 私は振り向かずに、ディートリヒのところへ戻った。


 差し出された腕へ手を添えると、彼が顔を寄せた。


「よく言った」


「可愛げがございませんでした?」


「今さらだな、私の悪女」


 私は笑いかけて、少しだけ声を詰まらせた。

 ディートリヒは気づかないふりをして、出口へ歩き出した。

 彼の腕を掴んでいるのは、私の方だった。

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― 新着の感想 ―
王太子は言うまでもないけど、国王もおかしかった。 この国大丈夫かな。大丈夫じゃなさそう。
国王が厚顔無恥を通り越して人の姿をしたナニカだったのが心底ゾッとしました。
終身幽閉ってことはもう書類仕事もしなくていいし労働もなく、ただただぼーっとしているだけで衣食住を保障される幸せお気楽生活が待っているんですね。無能王子にはまさに適材適所です。クソ野郎を養うのが税金でさ…
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